第5話 魔改造とお遊戯
「絶望的な状況だが……視点を変えれば、これは最高のアドバンテージかもしれないな」
裏庭の土の上に座り、俺は自身の小さな掌を見つめながら言った。
再会から数日、俺とバルドは現状のポンコツな肉体と向き合い、一つの『ポジティブな仮説』に辿り着いていた。
「ああ。人間の神経系の発達は、この幼児期に最も急激なカーブを描く。いわゆる『ゴールデンエイジ』の入り口だ」
バルドが土だらけの顔で、凶悪な笑みを浮かべる。
前世の肉体は、長年の酷使と負傷で限界が近かった。だが今は違う。
圧倒的な細胞分裂と学習能力を持つ『3歳の肉体』。まっさらなOSに俺たちの持つ『完成された軍事・生体力学の知識』を初めからインストールできるのだ。
さらに、この世界には未知のエネルギーである『魔力』が存在する。
「成長期における魔力の体内循環。それが細胞や筋繊維の発達にどう影響するか……試す価値は十分にある」
「骨端線を潰すような無機質なウエイトトレーニングは不要だ。必要なのは徹底した神経系の構築と、体幹、そして魔力操作のフュージョンだな」
俺たちは即座に、中長期的な『肉体魔改造計画』を立案した。
超演算能力を持つサイボーグにはなれなくとも、科学技術の粋を集めた肉体にはなれなくとも、生体と魔力の限界値までスペックを引き上げることは可能なはずだ。
***
その日から、俺たちの「徹底した基礎訓練」が始まった。
「よし、次は『ベアクロール(熊歩き)』から『マカコ(後ろ手跳び)』への移行だ。重心をブレさせるなよ」
「了解……ッ、痛ェ、くそ、また魔力が途切れた」
裏庭の倒木や岩を利用し、俺たちは四つん這いで這いずり、跳び、転がり続けた。これは体幹を鍛えつつ、全身の連動性と空間把握能力を極限まで高めるための、パルクールとアニマルフローを融合させた機動訓練だ。
バルドの身体操作は見事だった。俺よりも肉体のポテンシャルが高く、すでに前世のセンスの片鱗を見せ始めている。
だが、この訓練の真髄は、この激しい身体操作を行いながら、同時に体内で『魔力』をコントロールし続けるデュアルタスクにある。
「スゥー……、ハァー……」
俺は特殊部隊の呼吸法『タクティカル・ブリージング(4秒吸って、4秒止める)』と魔力循環をリンクさせ、泥のぬかるみを滑るように駆け抜けた。身体の動き自体はバルドに劣るが、血管に乗せた魔力の循環効率はミリ単位で維持されている。
「相変わらずお前は、その手のマルチタスクが異常だな……。動きながらこの激痛に耐えて魔力を回すなんて、まさに狂人の所業だ」
バルドが息を乱しながらぼやく。彼はまだ魔力循環の感覚を掴みきれておらず、動きに集中するとすぐに魔力が霧散してしまうようだった。
「動きに意識を割きすぎている。呼吸に魔力を乗せる感覚だ。激痛は……慣れだな。」
「……急に適当だな……。まぁ、でも、生存確率を上げるためにはやるしかないからな」
バルドは悔しそうに泥を吐き出すと、再び魔力を練り上げながら岩を蹴って跳躍した。
***
「あら、バルドとアルちゃんがまた変わったことを始めたわね。『けものごっこ』かしら?」
「……」
「どうしたの?驚いた顔して。」
「……ッ、何でもないわ。相変わらずアルは変わったことをする子だと思って」
「アルもバルド君も、蛙みたいにぴょんぴょん跳ねててかわいいね!」
縁側で洗濯物を干す母親たちの声が聞こえてくる。兄も手伝いをしているようだ。
母親たちには子どもたちの遊びに見えている。完全に平和な日常の光景として処理されている。
「……よし。バルド、今日の規定メニューは消化した」
「……ッ、ハァ、ハァ……マジで、身体が割れそうだ……」
魔力と体幹を限界まで使い果たした俺たちは、土まみれのまま裏庭の地面に倒れ込んだ。 急速に暗転する視界。猛烈な睡魔が襲ってくる。
「……本機はこれより、戦術的睡眠に移行する……」
「……ああ……明日こそは、魔力を……(スヤァ)」
急速に再構築されていく神経系の熱と激痛を感じながら、俺たちは抗うことなく、泥のような深い眠りへと落ちていった。
「あ、……二人ともまた寝たみたいだよ。」
遠くからやさしい兄の声が聞こえた気がした。




