第4話 情報共有と戦略的睡眠
「俺のコールサインは『アルファ』ではなく『アル』だ。親がそう呼んでいた」
「俺は『バルド』らしい。俺たちはどういう状況だ?」
次の日、俺の家の裏庭で土の上に座り込みながら、小声で情報のすり合わせを行っていた。
情報分析は俺の領分だが、残念ながら提供できる情報は少ない。
「この状況に陥った原因は今のところ不明だ。神の気まぐれではないかと思考放棄したくなるほどだ。……そっちのフィジカルの状態は?」
「話にならん。見てろ」
バルドがうつ伏せになり、厳格な軍式の腕立て伏せの姿勢をとる。だが、短い腕がプルプルと震え、一回も身体を持ち上げられないまま、ベチャッと顔から地面に突っ伏した。
「頭蓋骨の比重が大きすぎて、完全に重心が狂ってる。筋力は姿勢の維持すらままならないレベルだ。CQC(近接格闘)のフォームを取りたくても、肉体が全く連動しない。赤子とはここまで不便だったのか」
泥を吐き出しながらぼやくバルドに、俺はふやけた蔦を投げてやった。
「俺も同じだ。指先の巧緻性が死んでいる。トラップ用の結び目どころか、ただ蔦を結ぶことすらできない」
肉体の性能は、絶望的なまでに低い。ただの平和な国なら「成長を待つ」で済む話だが……。
「周辺環境の推測だが」
俺の言葉に、バルドが土を払いながら頷く。
「文明レベルは低い。火器の類は見当たらないし、インフラも前時代的だ。牧歌的という言葉が一番しっくりくる。だが、畑仕事に向かう大人たちの何人かは、使い込まれた刃物を帯びていた。俺の父親を含め、歩法も素人じゃない奴が混ざっている。」
「ああ、俺の父親もだな。村の外周を囲む丸太の防壁もそうだ。あれを維持しているということは、外に明確な脅威がいる。野盗か、あるいは大人たちが時折口にする『魔獣』という存在か」
「いずれにせよ、村の外は確実にレッドゾーン(交戦地帯)だ。現状の俺たちのスペックでは、脅威に遭遇した時点で生存確率はゼロに等しい」
バルドの言葉に、俺は同意した。
今の俺たちには、自分の身を守る手段すらない。当面の目標は、この脆弱な肉体を最低限「動く」レベルまで引き上げることだ。
「まずは、基礎体力の向上と――」
言いかけたところで、急激な視界のブレと、猛烈な欠伸が襲ってきた。
……まずい。思考が強烈な睡魔に引きずり込まれそうになっている。
「……アル。目が虚ろだぞ」
「……幼児の未発達な脳で、状況分析を回しすぎたらしい。ブドウ糖が枯渇して、脳が強制的に睡眠をとろうとしている。」
俺はろれつの回らなくなってきた口で、冷静に現状を報告した。
「……違いない。俺も朝から枝を振り回してたツケが回ってきた。身体中から『寝ろ』って悲鳴が上がってる。……周囲の警戒は?」
「不可能だ。防衛は大人に依存する。今後の成長のために……今は睡眠が最優先だ……」 「……了解した。俺も寝る」
俺たちは大真面目に頷き合うと、土の上に仰向けに倒れ込み、自己防衛本能に従って数秒で深い眠りへと落ちた。
***
「アル!? またこんなところで寝て……あらやだ、バルドちゃんも一緒じゃないの!」
どれくらい眠っていたのだろう。
頭の上から降ってきた母親の声に、俺の意識がわずかに浮上した。だが、瞼は鉛のように重く、ピクリとも開かない。
「母さん、アルまたお庭で力尽きちゃったの?」
「そうなのよ。しかも今日はバルドちゃんも一緒。もう、二人して何をして遊んでたのかしらねぇ」
のんびりした足音と共に現れたのは、俺の今世での兄、ルカだった。
声帯の構造上まだうまく喋れない俺を、彼はいつも過剰なほど可愛がってくる。少し臆病だが、底抜けに優しい、ごく普通の村の少年だ。いつも裏庭で土まみれで寝落ちしている俺を見つけては、こうして優しく声をかけてくる。
「二人とも土まみれだね。……アル、風邪ひかないかな」
「バルドちゃんのお母さん呼んでくるわ。ルカ、ちょっとアルを見ててね」
「うん。僕がアルのそばにいるよ」
兄が俺の隣にしゃがみ込み、小さな手で俺の土のついた頬を優しく撫でる。
(戦場では真っ先に死ぬタイプだな……)
やがて戻ってきた母親たちによって、俺とバルドはそれぞれヒョイッと抱き上げられた。
「ほーら、お部屋に戻って寝ましょうねー」
(……家族のやさしさか……不思議な感覚だ……)
前世ではありえない無防備な状況だが、俺は母親の温かい腕の中で、屈辱となじみのない感覚と共に再び意識を手放した。




