第3話 開拓村の平穏と、元冒険者の違和感
(※とある父親の視点)
「ふぅ……。今日も無事に帰ってこれたな」
開拓村を囲む丸太の防壁。その門をくぐり抜け、俺は肩に担いだ『角ウサギ』と、荷車に積んだ『鉄皮猪』の死骸を下ろした。
王国の東端に広がる未開の森。その境界を切り拓いて作られたこの辺境の開拓村では、常に危険と隣り合わせだ。男たちは木を切り出しながら魔獣を狩って村の防衛と食肉の確保を担い、女たちは農作業と共同の育児で生活基盤を支えている。
俺も昔は、王都の周辺でそれなりに活動していた冒険者だった。だが、妻と出会い、長男が生まれてからは、腰の剣に加えて木こり用の斧も振るい、この村の開拓民として落ち着いている。
「父さん、おかえりなさい! わあ、今日は大物だね!」
血抜きのための解体場に近づくと、今年で10歳になる長男が駆け寄ってきた。泥だらけの服で、どうやら畑の草むしりをしてくれていたらしい。
母親似の穏やかな顔立ちをした、優しくて自慢の息子だ。王都でも評判の美人であった妻に似て、王都に出れば女たちが放っておかないだろう。森はまだ危険で出せないが、農作業の立派な戦力として、毎日文句ひとつ言わず働いてくれている。
「ああ、ただいま。母さんはどこだ?」
「隣の奥さんの手伝いに行ってるよ。妹ちゃんが生まれたばっかりで大変だからって」
長男に猪の解体準備を手伝うよう頼み、俺は井戸で手についた血を洗い流してから、隣家との間にある裏庭へと足を向けた。
そこでは妻が、隣に住むかつての冒険者仲間の嫁と、日除けの布の下で朗らかに笑い合っていた。
「本当に、うちの子たちって手がかからなくて助かるわよねぇ」
「ええ、本当に。うちの長男なんて、下の子(妹)が生まれてからずっと、お兄ちゃんぶって大人しく一人で遊んでるのよ。泣き声ひとつ上げないんだから」
どうやら、お互いの3歳になる息子たちの話をしているらしい。
母親たちの視線の先。二つの家を隔てる粗末な木の柵を挟んで、俺の次男と、隣の家の長男がそれぞれの庭にいるのが見えた。
「どれどれ、手のかからない偉い息子たちの顔でも――」
微笑ましい気持ちで目を向けた俺は、次の瞬間、ピタリと足を止めた。
……ん?
隣の家の長男が、拾った短い木の枝を振っている。
大人の真似をしている微笑ましい姿。素人目にはそう見えるだろう。だが、冒険者として死線を潜り抜けてきた俺の目には、その「異常さ」がハッキリと見て取れた。
足元はおぼつかない。木の枝の重さに完全に振り回されている。
しかし、ただの無邪気な遊びではない。あの子が枝を振る軌道には、明確な『意図』があった。
大振りの隙を消すための手首の返し、そして、仮想敵の首や心臓といった『急所』だけを執拗に狙うような最短の軌道。俺が冒険者時代、幾度も血を吐くような実戦を経てようやく身につけたような鋭い気配を、あの3歳の幼児が放っているように見えたのだ。
(いや、まぐれだ。たまたま子供特有の思い切りの良さが、そう見えただけだろ……)
そう自分に言い聞かせ、今度は自分の息子(次男)に目を向ける。
息子は地面に座り込み、目を閉じていた。
そして、うちの息子の呼吸が、どうにもおかしい。
すぅー、ふぅー、と繰り返されるその異様に規則的な呼吸。それに合わせて、周囲の空気が微かに、だが確実に揺らいでいる。
ただでさえ希少な魔法使いの中でも、冒険者時代に一度だけ見たことのある高位の魔法使いが、極限まで集中して魔力を練り上げる時の空気に似ている。
いや、バカな。魔力操作なんて、王都の魔導院の大人でも一部の才能ある者しかできない技術だぞ。それを3歳の、しかもこんな辺境の村の子供ができるわけがない。
「あら、あなた? どうしたの、そんなところで立ち止まって」
「えっ? あ、ああ……いや、なんでもない」
妻の声にハッとして視線を戻すと、二人の子供は互いに向き合い、無邪気に意味なく手を動かし合っているだけだった。
あの研ぎ澄まされた気配のようなものは、綺麗に消え去っている。
「……最近、開拓作業と魔獣狩りが続いて疲れが溜まってるのか。変な幻覚が見えちまった」
俺は軽く頭を振り、小さく息を吐いた。
親バカが過ぎるのかもしれない。自分の息子と、親友の息子に、ありもしない天才的な才能の片鱗を重ねてしまっただけだろう。
俺は苦笑しながら、妻たちの待つ日陰へと歩き出した。




