第2話 外れた勘と、隣の庭の狂人
俺の直感(第六感)は、昔から『たまに』外れる。
俺は今まさにそれを実感している。人生最後のタイミングの直感も外れたらしい。
空間把握能力と、筋肉の反射速度。この二つにおいて、俺は連邦軍の人間兵器の中でもトップクラスだったと自負している。
だが、その俺の完璧なはずの身体感覚が、致命的な「ラグ」を起こしていた。
脳が命令しても、筋肉が全く連動しない。体から伝わる感覚もフィルターがかかったように鈍い。手足は奇妙に短く、視界は焦点が合わない。
そして何より、巨大な何者かに抱き上げられ、温かい布のようなものを腰に当てられた瞬間――俺はすべてを悟った。
(……マジかよ。流石にこれは無理があるぜ)
死後の世界か、あるいは意識だけ切り取られて別の脆弱な生き物に放り込まれたか。いずれにせよ、俺の勘はとんでもないババを引かせたらしい。
身体操作の天才と呼ばれた俺が、自分の排泄すらコントロールできない肉体の牢獄に閉じ込められたのだ。あの理屈っぽい相棒がこの姿を見たら、腹を抱えて笑うだろうな。
(……わりぃ、相棒。俺の勘は死後の世界すらも外すらしい)
そんなふざけた懺悔を心の中で呟きながら、俺はこの理不尽な世界でのリハビリを開始した。
*
3年が経った。
俺は村の粗末な家の庭先で、拾った短い木の枝を握り、ひたすら素振りを繰り返していた。
(……チッ。大胸筋から広背筋への連動が遅い。骨格の重心も最悪だ。これじゃあ、連邦軍のひよっこ共にも劣るぜ)
この短い腕を見つめて、舌打ちをする。
この3年で分かったことは、ここが剣と魔法のぶっ飛んだ世界であること。そして、村のすぐ外には重装甲車レベルのバケモノ(魔獣)がうろついていること。
軍人として、こんな脆弱な体で未知の脅威に晒されている状況は、ストレス以外の何物でもなかった。
俺は木の枝を構え直し、あらゆる死角からの奇襲を想定したスタンスを取る。
まずはこのポンコツな肉体に、俺の脳内に焼き付いている白兵戦の記憶をミリ単位で同期させる。話はそれからだ。
ふと、隣の庭を見つめた。
粗末な木の柵の向こうに、俺と同じ年頃の幼児が座っている。
(……ん?)
ただの子供ではない。
あいつがやっているのは、空気中の未知のエネルギーを体内に取り込み、未発達な血管を無理やり押し広げるというイカれた自傷行為だ。
それを顔色一つ変えずに実行する異常者。
この広い宇宙でも、あんな気の狂った真似をする奴を、俺は一人しか知らない。
何より、その顔立ちと魂の形に見覚えがある。
(……おい)
(……嘘だろ)
俺は思わず、その幼児と見つめ合った。
相手の目も、俺を見て驚愕に大きく見開かれている。
俺たちは同時に、短く丸い幼児の腕を胸の高さまで上げた。
そして、無言のまま、指先だけで素早くサインを結ぶ。
『右拳で左胸を叩く(所属の確認)』
『人差し指と中指を立て、親指を交差させる(コールサイン・ハウンド)』
俺のサインを見た隣の幼児は、深くため息をつき、ひどく歪んだ笑顔を作ってから、同じサインを返しやがった。
――なんでお前が、ここにいるんだよ!!!
アルファが、短い人差し指で自身のこめかみを二度叩き、親指を下に向けた。
大人たちに聞かれるリスクを排除するために、ハンドサインを送ってきた。
「……(翻訳:最悪だ。お前のポンコツな勘のせいで、地獄より面倒な世界に付き合わされる羽目になった)」
「……(翻訳:うるせえ。俺の勘は『生き残れる』と言ったんだ。形はどうあれ、結果的に合ってただろ)」
「……(翻訳:ほう?大人の尊厳を捨てて3年間垂れ流し続けたこの屈辱を、『生存』と定義するのか?)」
「……?(翻訳:あの感覚もありだろ?)」
「……あー……(翻訳:……お前……そっちの扉は開いちゃダメだろ)」
俺たちは木の柵越しの、その懐かしいやり取りにお互いに肩の力を抜いて微かに笑った。
(……ったく。生存せず、再会も地獄じゃなかったな)
言葉にはしないが、相棒の目を見れば分かる。あいつも同じことを考えているはずだ。
だが、感傷に浸る時間は俺たちにはない。
アルファの目がスッと細められ、指先の動きが「日常会話」から「作戦行動」のコードへと切り替わる。
「……(翻訳:現状の戦力分析だ。お前の肉体の仕上がりはどうなってる?)」
「……(翻訳:最悪だ。前世の1%にも満たない。そっちは?)」
「……(翻訳:同じく。演算処理は致命的だ。だが、この世界の『魔力』というバグを利用すれば、脳も身体も物理法則ごとハックできるはずだ)」
柵越しに、俺たちの前世の階級と役割がカチリとはまる。
俺が近接格闘と身体操作のモデルを組み、相棒が魔力による演算と出力の最適化を行う。一人では途方もない時間がかかる基礎構築も、二人でデータを共有すれば一気にショートカットできる。
俺は右手を軽く握り、前に突き出した。
「……(翻訳:了解した。まずはこのポンコツな体を、二人で実戦レベルまで引き上げるぞ)」
世界をどうこうする、などという大それた目的はまだない。
ただ、この理不尽な未知の力と脅威に囲まれた環境で、自分たちの絶対的な生存領域を確保するため。
銀河最凶の猟犬コンビによる、大人たちから見ればただ庭で黙々と棒を振って遊んでいるようにしか見えない、狂気の共同軍事訓練がひっそりと幕を開けたのだった。




