第1話 星海に散った猟犬たちと、屈辱の産声
「――ハウンド・アルファ。メイン武装、残弾ゼロだ」
「奇遇だな、ブラボー。こっちもだ」
銀河連邦の果て。まだコード名しかない開拓惑星の防衛陣地。
ひび割れた強化バイザー越しに見えるのは、地平線を黒く染め上げる反乱軍の無人兵器の群れだった。
俺たちが所属する独立特殊部隊――通称『犬』に下されたのは、反乱軍に囲まれた開拓研究者の救出作戦である。研究者と開発民を脱出させるための殿を隊長から命じられたという状況だ。
「なあ、アルファ。俺の勘だが……今回はなんとか生き残れる気がするぜ」
隣でへたり込む相棒が、血を吐きながら笑った。
俺は自分の脳内で弾き出していた生存率の計算を止め、深くため息をつく。
「……最悪だ。お前のそのポンコツな第六感がそう告げているなら、俺たちの生存確率は完全に『0%』になった」
「違いない。流石にこれは無理があると思ったよ。」
前世で何万回と死線をくぐり抜けてきた、俺の最高の相棒。
こいつの身体操作センスは天才的だが、直感だけは常に死神を引き寄せる。
頭上を覆い尽くすほどの爆撃機が、俺たちの陣地へ一斉に機首を向けた。
「要人の乗ったシャトルは、すでに大気圏を離脱した。……任務完了だ」
「ああ。地獄でまた会おうぜ、相棒」
恐怖も、後悔もない。 俺たちはただの猟犬だ。命令に従い、最前線で死ぬ。それが一番の「日常」だった。
視界が、白く焼き切れた。
*
(……なんだ? 体が、動かない)
視界がぼやけている。
全身を泥水に沈められたような感覚。
指一本、まともに動かせない。脊髄をやられたか? いや、痛覚がない?
(視覚センサーの故障か? いや、違う。なんだこの巨大な顔は……!)
ぼやけた視界に、巨大な女の顔が覗き込んできた。
何かを喋っているが、言語野が翻訳を受け付けない。未知の言語。
そして次の瞬間、俺のAI超えと謳われた演算脳は、かつてないほどのパニックを起こした。
(待て。まさか、俺の今のサイズは――)
ひどく短い手足。
焦点の合わない視界。
そして、下半身から伝わる、制御不能な『温かい排泄感』。
「あー、あー! (※未知の言語)」
巨大な女――が、慌てた様子で俺の腰回りの布を外す。
(まさか!? やめろ! 触るな! 俺は銀河連邦特殊部隊の――ああっ!!)
屈辱。
絶対的な絶望。
大人の、それも極限の戦場を生き抜いてきたエリート軍人の精神を持ったまま、下の世話をされるという致死量の屈辱。
俺は心の中で絶叫しながら、抵抗できない赤子の体でただただ天を仰いだ。
……あの爆発で一瞬で消し炭になった方が、何万倍もマシだった。
*
3年が経った。
この3年間、俺のAI超えと評価された演算脳で、己の置かれた状況をプロファイリングし続けた。
あの絶望的な状況から生還し脳髄だけを移植された可能性は、この原始的なインフラを見るに除外できる。文明が滅んだ遠い未来に記憶をアップロードされた可能性は排除できないが、異なる物理法則が文化の消滅だけでは説明できない。何より、星の配列が俺が記憶する生存可能な星のいずれにも当てはまらない。
一番可能性が高い結論はこうだ。
『俺はあの戦場で一度死に、まったく別の進化と文明を辿った未知の惑星で、新たな生命として生まれ変わった』
……いや、演算脳なんか持ち出さなくても、3年もオムツを替えられていれば誰でも気付く当たり前の事実なのだが。単なる「輪廻」という非科学的な現象を事実として受け入れるまでに、プロとしての無駄な計算とプライドが邪魔をしただけだ。
とにかく、この不便な星には「魔力」と呼ばれる未知のエネルギーが空気中に満ちている。
「ふぅー……、すぅー……」
辺境の村。粗末な木造の家の庭先で、俺は一人、脂汗を流しながら奇妙な呼吸を繰り返していた。
空気中の魔力を体内に取り込み、未発達な子供の魔力回路を無理やり押し広げるという、自傷行為スレスレのチューンナップ。
(……1年ほど続けているこの魔力操作は順調だが、肉体のスペックが低すぎる。前世の戦術を最低限出力できるようになるまで、あと7年はかかるな。脳の機能もかなり低下している。)
自分のままならない思考に、舌打ちをする。
この3年で分かったことは、ここが魔法と剣の不便な世界であること。そして、村のすぐ外には重装甲車レベルのバケモノ(魔獣)がうろついていること。
軍人として、こんな脆弱な知能で未知の脅威に晒されている状況は、ストレス以外の何物でもなかった。
短く息を吐き、空を見上げる。
(相棒、地獄で会うのはまだ先になりそうだ)
ふと、視線を感じて顔を戻した。
隣の家の庭。
粗末な木の柵の向こうに、俺と同じ年頃の幼児が立っていた。
(……ん?)
ただの子供ではない。
そいつは、木の枝を片手に持っていた。
その立ち姿。重心の位置。あらゆる死角からの奇襲を想定した、一切の無駄がないスタンス。 そして何より、軍人の「目」をしていた。
血管を浮かび上がらせ、脂汗を流しながら魔力操作を行う俺の異常な姿を見て、そいつの目が大きく見開かれている。
俺はそいつの顔立ちに、いや、その魂の形に、見覚えがあった。
(……おい)
(……嘘だろ)
俺たちは、幼児の舌足らずな口から声を出す代わりに、心の中で同時に叫んだ。
――なんでお前が、ここにいるんだよ!!!
はじめての執筆、はじめての投稿です。
ある程度まで書き溜めていますので、投稿続きます。
最強バディのアンジャッシュをお楽しみいただけたら幸いです。




