第28話 事後処理
「……ターゲットの沈黙を確認。任務完了」
俺がその言葉を口にした瞬間、脳内を支配していた極限の集中が急速に引いていくのを感じた。
同時に、肉体に強烈な痛みが押し寄せてくる。
「……ッ」
カランビットを握っていた右手が、小刻みに震えていた。
身体操作で衝撃を吸収したとはいえ、10メートルの巨獣の筋肉の壁にゼロ距離で徹甲弾を撃ち込んだ反動だ。手首から肩にかけての骨と筋が、焼けるように軋んでいる。
だが、俺より深刻なのは前衛を務めた相棒の方だ。
「……わりぃ、アル。右腕が完全にイカれた」
バルドが大木に背中を預け、力なく座り込んでいた。だらりと下がった右腕は、指先ひとつ動かせない状態だ。
あの理不尽な装甲を粉砕するため、スイングのインパクトの瞬間に最大出力を叩き込んだ代償。筋繊維がズタズタに千切れ、毛細血管が破裂して皮膚の下に痛々しい内出血が広がっている。
「骨が砕けなかっただけマシだ。帰ったら親父たちの目を盗んで、治癒魔法で少しずつ修復する」
「ああ……頼む。で、どうする? ミッション・コンプリートとはいえ、ここはまだ敵地だぞ」
「わかってる。撤収と証拠隠滅だ。まだ誰も到達できないエリアとは言え、なるべく痕跡は残したくない。血の匂いを嗅ぎつけて他の魔獣が寄ってくる前に終わらせる」
俺は痛む右腕を庇いながら、すぐさま『清掃作業』に取り掛かった。
まずは罠の解体だ。
木々に登り、アンカーとして固定していた滑車と軍用ワイヤーを素早く回収していく。このオーバーテクノロジーの遺物を森に残せば、いずれ村の猟師や行商人に発見され、不必要な詮索を招く。
ワイヤーの拘束を解かれたタイラント・ベアの10メートルの巨体が、ズシンと重い音を立てて地面に横たわった。
「さて、素材の回収だが……当然、全部は持ち帰れないな」
「このサイズの毛皮なんか持ち帰ったら、即座に自警団の尋問送りだ。価値を凝縮した『一点モノ』だけを抜くぞ」
左腕しか使えないバルドに代わり、俺がカランビットを使って解体作業を進める。
狙うのは、胸の奥にある『魔石』だ。バルドが抉り開け、俺が内部をミンチにした傷口から腕を突っ込み、血肉を掻き分けてそれを取り出す。
「……デカいな。人間の頭くらいあるぞ」
引きずり出したタイラント・ベアの魔石は、これまでに見たどの魔獣のものよりも濃密で、禍々しいほどの魔力光を放っていた。これ一つで、王都に一軒家が建つかもしれない。
それに加えて、比較的抜きやすかった前肢の巨大な『爪』を剥ぎ取り、麻袋に放り込む。
残る問題は、この巨大な残骸だ。
「アル。この死骸、どう偽装する? 俺が開けた胸の大穴はともかく、内部の臓器がドロドロにすり潰されてるなんて、どう見ても異常だ。万が一、大人たちに見つかれば騒ぎになるぞ」
「別のバケモノのせいにする」
俺は周囲の地面を見渡した。
「幸い、数キロ先に別の個体がいることは確認済みだ。……シンプルに『縄張り争いで同族同士が殺し合い、敗者が胸を抉られて死んだ』というシナリオで偽装する」
「……アル。ちょっと待て」
「どうした?」
「……この肉、どんな味なんだろうな?」
「……」
俺は無言でカランビットを握り直し、巨獣の背中から極上のロース肉を塊で切り出して麻袋にねじ込んだ。
「さて、仕事(偽装)を終わらせるぞ」
俺は周囲の地面から距離を取り、右手に魔力を集中させた。
(徹甲弾ほどの精密な構築は要らない。ただ巨大で、砕けやすい『氷塊』でいい。溶ければただの泥水になり、魔法の痕跡は一切残らない……)
「――『ショット(散弾)』」
ズドドドドンッ!!
俺から撃ち出された複数の巨大な氷塊が、周囲の地面に次々と着弾し、砕け散りながらクレーターを作り土砂を激しく吹き飛ばした。
精密なコントロールは必要ない。ただ地面を無差別に抉り、俺たちの小さな足跡をぬかるみで上書きしていく。さらに、ワイヤーが深く食い込んでいたアンカーの巨木にも氷弾を叩き込み、幹ごと抉り飛ばして「巨獣の激突でへし折られた痕」へと強引に偽装する。
あたかも、10メートル級の巨獣同士がこの場所で激しく取っ組み合い、大地を砕き、木々をなぎ倒したかのような『激戦の爪痕』を、証拠の残らない質量爆撃によって捏造したのだ。
体内を破壊した徹甲弾の弾頭は、筋肉の奥深くに埋まっており外からは見えない。胸の大きな傷跡も、同族の異常な腕力で抉られたように見えなくもない。
そもそも、こんな深層の未踏領域まで入ってくる猟師はいないし、いずれ他の肉食獣や虫が群がり、証拠となる肉体は自然に朽ちていくだろう。
「……偽装工作、完了だ」
荒れ果てたフェイクの戦場を見渡し、俺は短く告げた。
「完璧だな。それじゃ、帰投といくか。……クソッ、麻袋が持てねえ」
「お前の分は俺が持つ。腕を固定して、足元に気をつけろよ。帰り道で殺されたら、前世の部隊の連中にあの世で笑われるからな」
満身創痍の9歳の肉体に鞭を打ち、俺は重い麻袋を担ぎ上げた。
夕闇が迫る開拓の森を抜け、大人の目を盗み、誰にも知られることなく村の裏手へと帰還する。
俺たちだけの、誰の記憶にも記録にも残らない、二つの世界の技術が融合した会心の狩りが終わった。




