第27話 決着
9歳の骨格の限界を超えた理不尽なトルクが、遠心力のロスを一切生むことなく、ファルシオンの刃先からタイラント・ベアの体内へと叩き込まれる。
ドガァァァァァンッ!!
爆弾が破裂したような轟音と衝撃波がキル・ゾーンを吹き荒れた。
ファルシオンの分厚い刃が、刃物すら通さないはずのタイラント・ベアの胸部装甲を粉砕し、その下の強靭な筋肉の層へと深く食い込む。
「……ガ、ァ……ァァアアアアッ!!」
胸をえぐられたタイラント・ベアが、これまでにない絶叫を上げた。
だが――。
「チッ……! 抜けきらねえか……ッ!」
バルドが苦痛に顔を歪める。
最大出力の『フル・バースト』を叩き込んだ反動で、バルドの右腕の筋繊維が悲鳴を上げる。彼は苦痛に顔を歪めながら後方へ飛び退いた。
破壊的な一撃だった。だが、体長10メートルという規格外の生命力と、内臓を守る筋肉の壁が、ファルシオンの刃が心臓に届くのをギリギリで阻んでいた。
ゴガァァァァァァッ!!
これまで晒されたことのない死の恐怖を悟った巨獣が、最後の狂乱を見せる。
宙吊りにされた状態から、残された全生命力を振り絞り、強引に四肢のワイヤーを引きちぎろうと暴れ狂ったのだ。
バキィィッ! メリメリメリッ!!
「マズい……!」
バルドが後方に飛び退く。
支点にしている巨木の方が、タイラント・ベアの火事場の馬鹿力に耐えきれず、根本からメキメキと裂け始めた。
暴れ狂う巨体、鞭のようにしなるワイヤー、降り注ぐ土塊と木屑。
倒木の上で、俺はカランビットを構えたまま舌打ちをした。
(マズいな。これだけ暴れられると、いくらスピンで弾道を安定させても、あの穴に正確に撃ち込むのは難しい)
あと数秒で巨木が折れ、拘束が解ける。そうなれば、負傷しているバルドがミンチにされる。
罠にハメた状態での『狙撃』というプランは、ここで完全に崩壊した。
即座にプランを変更し、俺の本来の戦闘スタイルに切り替える。
俺は倒木から地面へと飛び降りた。
『ブースト』など使えない9歳の足だが、前世で腐るほど叩き込まれた、戦場を最速で駆け抜けるためのフットワークがある。
俺は充填された『凶弾』を保持したまま、暴れ狂うタイラント・ベアの懐へ向かって全速力で走り出した。
頭上を、引きちぎれた極太の枝が唸りを上げて通り過ぎる。鼓膜を潰さんばかりの咆哮と、地面を揺らす地鳴り。
一歩間違えれば、巨大な前肢に踏み潰されるか、ワイヤーに弾き飛ばされて即死する。
だが、恐怖はない。思考は氷のように冷え切っている。
(的がブレるなら、急所に直接銃口を押し当てるだけだ)
俺はスライディングで泥に塗れながら、タイラント・ベアの宙吊りになった巨体の真下へと滑り込んだ。
「……ッ!」
見上げるほどの、圧倒的な質量の暴力が頭上にある。
奴は体長10メートルの規格外だ。首を上方へ吊り上げられた今、バルドが抉り開けた胸の装甲の『大穴』は、地面から優に3メートル以上離れた高所にある。立ち上がっただけの9歳の背丈では、到底届かない。
俺は一切の躊躇なく地面を蹴って跳躍した。巨獣の硬い体毛を掴んでよじ登り、装甲の大穴の縁に左手でしがみつく。
完全に宙にぶら下がった状態のまま、俺は右手のカランビットの刃先を、その抉れた傷口の奥、脈動する筋肉の壁へと直接突き立てた。
チャージ時間はゼロ。あとは、引き金を引くだけだ。
「……チェックメイト」
俺は感情の消えた声で呟き、短いコマンドを入力した。
――『ショット』。
完全なゼロ距離発射。魔力が現実世界に引き渡された直後、推進剤の爆発エネルギーと、強烈なジャイロ回転を伴った徹甲弾芯が、至近距離からタイラント・ベアの体内へと撃ち込まれた。それと同時に、宙にぶら下がっていた俺の体は、その強烈な反動によって弾き飛ばされるように後方へと吹き飛ぶ。だが、それも計算済みだ。俺は空中で身を丸めて受け身を取り、泥だらけの地面を滑って衝撃を殺した。
ズグォォォォンッ!!
エントリーホールは小さい。だが、体内での破壊力は絶望的だ。
強烈な回転を維持した超高密度の弾頭が、心臓を、肺を、そして脳髄へと続く重要な器官を無残に抉り開け、内部組織をミキサーにかけていく。
いかなる強靭なアーマーを持っていようと防ぐことのできない、『内側の破壊』だった。
「……ガ、……ァ……」
狂乱していたタイラント・ベアの動きが、嘘のようにピタリと止まる。
血走っていた瞳から急速に光が失われ、その規格外の巨体が、ワイヤーに吊るされたまま、ぐらりと力なく項垂れた。
アンカーの巨木が軋む音だけが、静かになった森に響く。
数秒の残心の後。
「……ターゲットの沈黙を確認。任務完了」
俺は泥を拭いながらカランビットを鞘に収め、ふうと長く息を吐き出した。
大人たちの目を盗み、9歳の子供二人だけで成し遂げた、規格外の巨獣の討伐。
俺たちの前世の技術と、この世界の魔法が完全に融合した、初めての『完璧な狩り』だった。




