第26話 キル・ゾーン起動
ギィィィンッ!!
激しい金属音が森に響き渡った。
決戦の火蓋が、ついに切られた。
バルドがブーストの勢いを乗せて振り下ろしたファルシオンの一撃。
狙ったのはタイラント・ベアの右後肢、その外殻の隙間である関節部だ。だが、刃は僅かに食い込んだだけで、致命的な切断には至らない。
「チッ……! やっぱりフルスイングじゃ、装甲に阻まれるか!」
バルドは舌打ちしつつも、反動を利用して即座に後方へ跳躍した。
直後、彼がコンマ一秒前までいた空間を、丸太のようなタイラント・ベアの前肢が薙ぎ払う。空気が爆発したような風圧が吹き荒れ、太い木の幹が豆腐のようにへし折られて吹き飛んだ。
ゴロロォォォォォッ!!
痛痒よりも矮小な羽虫に傷をつけられたという事実が、王者の怒りに火をつけた。
血走った瞳が完全にバルドを捕捉する。狙い通りのヘイトのロックオンだ。
「こっちだ、図体ばかりのデカブツ!!」
バルドはあえてファルシオンで近くの岩を叩き、金属音を鳴らして挑発する。
タイラント・ベアの10メートルに達する巨体が、大地を揺らして突進を開始した。
(よし……! そのまま真っ直ぐ突っ込んでこい!)
俺は倒木の上に伏せ、息を殺して戦況を俯瞰する。相手は体長10メートルの規格外だ。遠目からでも、その暴力的な質量とバルドの動きは痛いほどにクリアに見えた。
バルドの動きは神懸かっていた。
前世で培った極限のCQC(近接格闘)のステップに、魔力による『ブースト』の緩急を織り交ぜ、巨獣の猛攻をミリ単位で見切っていく。
タイラント・ベアが前肢を振り下ろすたびに地面がクレーターのように抉れ、土塊が散弾のように降り注ぐ。バルドはその暴風の中を、ワイヤーを張り巡らせた「死の領域」の中央へ向かって、踊るように巨獣を誘導していく。
「――今だ、アル!!」
バルドが罠の中心を通り抜け、急激に横へスライディングして射線を空けた。
怒り狂い、盲目的にバルドの残像を追って突進していたタイラント・ベアの巨体が、計算通りにキル・ゾーンの「ど真ん中」へと踏み込む。
俺は倒木の上で、滑車の回転をロックしているストッパー(安全ピン)の紐を、躊躇いなく引き抜いた。
――ギチィィィンッ!!
トリガーが外れた瞬間、周囲の巨木に仕掛けられていた鋼鉄の滑車が一斉に悲鳴を上げた。
タイラント・ベアの足元に隠されていた強靭なワイヤーが跳ね上がり、奴の太い首と、左右の後ろ足首に同時に絡みつく。
グガァッ!?
驚愕の咆哮。
だが、時すでに遅い。ワイヤーの構造は、奴自身の「前へ進もうとする突進の運動エネルギー」を逆利用するものだ。
タイラント・ベアが前へ踏み込もうとする強大な力そのものが滑車を引き絞り、後ろ足の腱を後方へと強引にロックし、同時に太い首を上方へと猛烈な勢いで吊り上げた。
バキバキバキッ!!
「……ギィィ、ガァァァァァッ!!」
アンカー(支点)となっている数本の大木が、巨獣の体重と張力でミシミシと嫌な音を立ててしなる。
前傾姿勢で突進していたタイラント・ベアは、重心を完全に後ろへ持っていかれ、首を上へ吊り上げられたことで前肢が宙に浮き、無様に上半身を反らせた状態で『完全拘束』された。
どれだけ強靭な腕力を持っていようと、空を掻く状態では地面を砕く力は発揮できない。
「……ターゲットの拘束を確認。射線、クリア」
俺は低く呟き、右手に魔力を集中させ、最悪の徹甲弾のチャージを開始する。一秒半のカウントダウン。
「くらえ、デカブツ……ッ!」
巨獣の足元――宙吊りになった分厚い胸の装甲の真下へと、バルドが滑り込んだ。
狙いはタイラント・ベアの心臓と脳髄を繋ぐ急所。バルドは全身のバネを使い、肉厚なファルシオンを下段から鋭く振りかぶる。
「――『フル・バースト』!!」
分厚い刃が、巨獣の硬質な装甲に触れた、まさにその『ゼロ距離』の瞬間。 バルドの腕と背中の筋肉の中で限界まで圧縮されていた魔力が、インパクトのタイミングにピタリと合わせて爆発的に解放された。
9歳の骨格の限界を超えた理不尽なトルクが、遠心力のロスを一切生むことなく、ファルシオンの刃先からタイラント・ベアの体内へと叩き込まれる。




