第19話 村の鍛冶屋と、奇妙な農具
(※とある鍛冶屋視点)
俺の鍛冶屋には、今年で9歳になる変わった常連客がいる。
俺はこの開拓村で鍛冶屋をやっている。
かつては王都で工房を構えていたが、辺境の魔物の素材を使った強靭な武具を打つことを目指して、最前線のこの村に越してきた。
今は、鍬や斧の刃こぼれを直し、森でとれる素材や行商人から仕入れた鉄を叩いて村の暮らしを支えるのが仕事だ。村の連中は皆よく働くし、いい奴ばかりでやり甲斐がある。
ただ最近、俺の鍛冶場にはちょっと変わった常連が来るようになった。
村の東外れに住む二人組の坊主たちだ。大人顔負けの働きぶりを見せ、年上の少年たちすら束ねているという噂は、この鍛冶場まで聞こえてくる。
幼い頃から、何度か簡単な雑用を頼まれてくれていた二人組が、最近変わった注文をしにくるのだ。
「おやっさん。この前の鉈だけど、やっぱり軽すぎる。もっと重心を先端に寄せて、刃の厚みを倍にしてほしい」
そう言って俺に注文をつけてくるのは、9歳にしては異常にガタイのいい方の坊主だ。
普通、子供が使う刃物は怪我をしないように軽く、短く作るもんだ。だがこいつは、大人が両手で振るような重い斧ですら「バランスが悪い」と言ってのける。
「おいおい坊主、そんな頭でっかちの重い鉈、大人の木こりでも一振りで腕が持っていかれるぞ? 何を切るつもりだ」
「太い枝と、邪魔なツルをまとめて薙ぎ払うんだ。俺の腕ならこの方が取り回しがいい」
試しに、工房にあった一番重い鉄の塊を片手で握らせてみた。
純粋な力比べなら、流石に大人の木こりには敵わないだろう。だが、この坊主は鉄の振り方が根本的に違った。
腕の力任せに振るんじゃない。足腰の捻り、重心の移動、そして鉄の塊自体の『重さ』と遠心力を完全に利用して、ビュンッ!と恐ろしい風切り音を立てて片手で振り抜いてみせたのだ。手首のブレも、体幹のブレも一切ない。
……大人顔負けの筋力よりも、その異常な身体の使い方が末恐ろしい。
俺は呆れながらも、王都にいた頃ですら見たことのない完璧な『武の素質』に職人としての血が騒ぐのを感じた。結局、そいつの要望通りに極端な前重心の、鉈というよりは『肉厚なファルシオン(曲剣)』のような代物を打ってやった。
だが、俺が本当に底知れない薄気味悪さを感じているのは、もう一人の綺麗な顔をした坊主の方だ。
「おやっさん。俺のはこの通りに打ってほしいです。鉄の質は落としていいから、とにかく寸法と形だけは図面と完全に一致させてください」
そいつが木炭で木の板に描いて持ってくるものは、もう子どものお絵かきではない。狂いのない緻密な図面だ。そして、その図面はいつも奇妙だった。
今日差し出されたのは、刃渡りの短い小刀の図面。だが、普通の小刀じゃない。刃が猛禽類の嘴のように内側に向かって大きく湾曲しており、柄の底には、指を通すための丸い『輪っか』がついている。
「なんだ、この変な形の小刀は。坊主たちは上等な鋼の武器を持っているじゃねえか。それにこの柄の輪っかは何に使うんだ?」
「これは畑の草を刈る時に使うんです。この立派な短剣はあくまで戦う大人の汎用品ですから。俺の手に馴染む草刈り道具が欲しいんです。その輪は、泥で手が滑っても、ここに小指を引っ掛けておけば落とさないでしょ?」
綺麗な顔の坊主は、事もなげにそう言った。
なるほど、確かに合理的だ。賢い子供の感心なアイデアだ、……と素人なら褒めるだろう。
だが、王都で数々の業物を見てきた俺の職人としての直感が、図面を見た瞬間から嫌な汗を吹き出させていた。
内側に湾曲した短い刃。……これは『刈る』ための形じゃない。柔らかいものに突き立て、手前に引きちぎりながら『えぐる』のに最も適した形だ。
そして柄の輪っか。泥で滑らないため? 違う。これに指を通せば、どれほど強い衝撃を受けても、あるいは相手に腕を掴まれても、絶対に手から武器が離れない。それどころか、手首の返しだけで変幻自在に刃の向きを変えることができるし、手を開いた状態でも武器を保持できる。
これは農具じゃない。草刈りの小刀なんかじゃない。
極端に狭い場所で、相手と密着した状態で確実に致命傷を与え、相手の抵抗を無力化するための……極限まで洗練された『人殺しの道具』の形だ。
俺は図面から目を上げ、綺麗な顔をした坊主を見た。
相変わらず、感情の読めない澄ました目をしている。隣では、ガタイのいい坊主が新しく打ち上げたバカ重い鉈を満足げに眺めている。
「……できませんか?」
「い、いや。打てるさ。ただ、少し複雑な形だから、鉄の代金とは別に銅貨を数枚もらうぞ」
「もちろんです。ありがとうございます」
坊主はきっちりと代金を前払いで置いた。村の子どもが小遣いで持てるような額ではないはずだが、出処を聞く気にはなれなかった。
俺がその銅貨に手を伸ばそうとした、その時だった。
「二人ともー! 畑の草刈り、お願いできるー?」
鍛冶場の外の通りから、あいつらの母親たちののんびりとした声が響いた。
その瞬間、俺の目の前にいた「底知れない目をした化物」の気配が霧散した。
「今行くよ」
綺麗な顔の坊主が振り返り、少し声を張って答える。その横顔は、大人の手伝いを頼まれて少し誇らしげな、年相応の素直な子どものものにも見える。
「それでは、おやっさん。お願いしますね」
二人はペコリと頭を下げると、連れ立って鍛冶場を出て行った。
俺は残された銅貨と、木の板に描かれた図面を交互に見つめた。
王都の裏社会の特注品ですら、ここまで機能美に特化した悍ましいデザインはしていなかった。あいつらの頭の中には、俺たち大人には想像もつかないような『血生臭い戦場の景色』が広がっているんじゃないか。
「……考えすぎか。ただの賢いガキの、工作遊びだ」
俺は自分にそう言い聞かせ、炉の火に風を送った。
あいつらは親思いの手のかからない良い子たちだ。このいびつな鉄の塊が、親のための子どもの工夫であることを、俺は祈るしかできなかった。




