第16話 絶対的イレギュラー
朝の柔らかな陽光が差し込む、質素な木の食卓。
我が家の朝食は、いつもこの四人で囲むのが日課だった。
「今日の開拓は南の傾斜だ。相変わらず根の深い切り株が多いが、気合いを入れていくぞ」
「分かってるよ、父さん。斧の扱いにも随分慣れてきたし、昨日のペースなら夕方には終わると思う」
向かいの席に座る父さんの言葉に、隣の兄さんが穏やかに返す。
十二歳から村の開拓作業に出ている兄さんの掌には、すでに分厚いマメができている。最初は重労働と開拓の森の恐怖に悲鳴を上げていたが、今ではすっかりこの環境に適応し、頼もしい顔つきになっていた。
俺は二人の会話を聞きながら、温かいスープを口に運んでいた。
実のところ、スプーンを持ち上げる動作や、浅く息を吸い込むたびに、折れた三本の肋骨から痛みが走る。昨日の魔法開発における暴発の代償だ。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
配膳を終えた母さんが、俺の向かい――親父の隣に腰を下ろした。
「アルは今日もバルドと一緒にトレーニングか?」
親父がパンを千切りながら、俺に話題を振る。
「はい、父さん。その予定です」
俺は父さんを見て、普段と変わらない声色で肯定した。
やがて食事を終え、俺は自分の分の空になった食器を片付ける。昨日の暴発ロジックを解明するため、森で待つバルドと合流しなければならない。
「いってきます」
踵を返し、扉に向かおうとしたその時だった。
「アル、ちょっと待ちなさい」
背中越しにかけられた母さんの声に、俺は足を止めた。
「……?」
振り返ると、母さんが俺をじっと見据えていた。
「怪我してるわね?」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「え?」
父さんと兄さんも、目を丸くして母さんと俺を交互に見る。
歩き方も、呼吸も、声のトーンも、何一つ不自然な動きはしていなかったはずだ。だが、母さんの静かで揺るぎない瞳は、俺の隠し事を完全に見透かしていた。
俺は観念して、小さく息を吐いた。
「……どうしてわかったの?」
あっさりと白状した俺の言葉に、父さんたちが息を呑む。
母さんは、当然のことのように静かに言い切った。
「母親だもの。気がつかないわけないでしょ」
その言葉の横で、父さんと兄さんが顔を見合わせる。
「父さん、気付いた?」
「まったくわからなかった。お前は?」
「全然。アル、普通だったよね?」
ひそひそと驚き合う男たちをよそに、母さんは真っ直ぐに俺の目を見た。
「トレーニングしていれば、怪我することもあるでしょう。それを責めるつもりはないわ。でも、しっかりと休む時は休みなさい。今日から暫く、外出禁止です」
「いや、大丈夫……」
「許しません」
有無を言わさぬ、静かで絶対的な圧力。
それはどんな敵の殺気よりも重く、これ以上の抵抗は無意味だと俺の直感が告げていた。
「……分かりました」
「よろしい」
俺が素直に引き下がると、兄さんが苦笑いしながら助け舟を出してくれた。
「バルド君には俺が伝えておくよ」
「ありがとう、お願い」
俺は小さく頭を下げ、大人しく自分の部屋のベッドへと戻った。
天井の木目を眺めながら、ゆっくりと息を吐く。前世の軍隊で身につけた完璧なカモフラージュも、母親という存在の前では一切通用しないらしい。
俺は静かに苦笑し、久しぶりに体を休めることにした。
まぁ、魔法という難問を思考するにはいい機会かもしれない。




