第15話 無詠唱の代償と現実の壁
俺たちは息を整え、魔法発動の後半戦――詠唱工程の解体へと移行した。
④ 詠唱により魔力を必要な属性に変換する
⑤ 詠唱により属性魔力を必要な形に変換する
⑥ 詠唱により使用(射出・発動)する
「属性変換の工程で分かったが、この世界の魔法士が長々と呪文を叫ぶ理由は、『イメージの補助輪』でしかない」
俺は専門書を指で叩きながら分析を口にする。
「例えば『土よ。鋭き槍となり…』と唱えることで、抽象的なイメージしか持てない素人でも、無理やり脳内に『土の槍』の形を固定させているんだろう」
「なるほど。なら、俺たちにはそのポエムは不要だな」
バルドが即答する。
「その通りだ。属性変換は無詠唱で可能だった。科学知識のある俺たちはこの世界の魔法士と比べ、エレメントのイメージに圧倒的なアドバンテージがある。おそらく、構造変換においても同様だろう」
前世で近代兵器の構造、流体力学、そして実際の戦場の物理法則を嫌というほど目に焼き付けてきた俺たちには、明確な殺傷力を持った物質の『構造』や『密度のイメージ』を、脳内で完璧な解像度でシミュレートできる。
「試してみるぞ」
俺は右手の指先に魔力を集め、無詠唱のまま属性変換と構造変換の工程を処理した。
言語化すら不要。脳内に描くのは、空気抵抗を極限まで殺した流線型の質量弾。
指先に集まった魔力は、俺の科学と物理学の知識という絶対的な『設計図』に従い、瞬く間に高密度の土の弾頭へと変換・成形されていく。
「……完璧だ。呪文なんて一切いらないな」
バルドが俺の指先に浮かぶ、黒光りするほど圧縮された土の弾頭を見て唸る。
ここまでは想定通りだ。
あとは、この成形された弾頭にベクトルを与え、対象に向けて打ち出すだけだ。
⑥ 詠唱により使用(射出)する
次の工程のイメージは少し難しい。普通の物理法則において、静止した物体が勝手に動き出すことはない。弾頭を飛ばすには、火薬の爆発や風の圧力など、別のエネルギーが物体に作用する必要がある。
だから俺は、成形した弾頭のすぐ後ろに、もう一つの高密度の『魔力の塊』を配置した。
俺が実験で発生させた炎は物理的燃料なしに熱を発していた。バルドの身体強化もあいつの肉体に対してエネルギーを加えている。つまり、魔力自体が何かしらのエネルギーを有している可能性は高い。その魔力を意図的に『崩壊(消滅)』させることで生じる莫大なエネルギーを、一方向への爆発的な『反発力(運動エネルギー)』へと変換し、推進剤として弾頭を押し出す。
「撃つぞ」
俺は標的の木を見据え、脳内で『推進剤の点火(実行)』のコマンドを無詠唱で叩き込んだ。 ――その瞬間だった。
『…………ッ!!』
爆発音は、一切なかった。
ただ、俺の指先で完璧に成形されていたはずの魔法が、物理法則を無視した完全な『無音』と共に、突如として俺の目の前で崩壊した。
直後、前へ放たれるはずだった推進力(運動エネルギー)が、凄まじい反発力となって俺の胸部を真正面から殴りつけた。
「ガ、ハッ……!?」
胸の骨が内側へ軋む嫌な音。声すら出せず、俺の小さな身体は木の葉のように吹き飛ばされた。
数メートル後方の太い木の幹に背中から激突し、肺の中の空気がすべて吐き出される。視界が明滅し、口の中に生暖かい鉄の味が広がった。
「アルッ!!」
バルドが弾かれたように駆け寄り、地面に崩れ落ちた俺の状態を確認する。
「……ゲホッ、ゴホッ……! 肋骨が、2本……いや、3本イッたな。アバラで衝撃を殺したおかげで、内臓破裂はない……」
俺は血の混じった唾を吐き捨てながら、激痛に顔を歪めて身を起こした。
「おい、何が起きた! 敵の奇襲か!?」
周囲を鋭く警戒するバルドに、俺は首を振った。
「違う。……暴発だ。」
バルドが信じられないという顔で、俺と、何事もなかったかのように静まり返る空間を交互に見た。
「暴発だと……?俺にはお前が一人で突然吹っ飛んだように見えた。空間の異常はおろか、『爆発音』すらなかった」
「無音……ああ。そうか。そこだ、バルド。ようやくロジックが分かった」
俺は痛む胸を押さえながら、頭の中で起きた現象を整理し、仮説を口にした。
「こう仮説をたてると説明できる。魔法は6つ目のシーケンスが実行されるまで、現実世界で『存在を定義されていない』状態だ」
「存在が定義されていない?」
「魔法は④属性変化し⑤構造変化を実行すると目に見える。そこで俺たちは誤解した。確かにそこに魔法が「具現化されている」と……。しかし、実際にはまだそこに『存在しない』んだ。」
「……頭が混乱してくる」
「魔法は発動するまで、術者の『パーソナルスペース』に固定されている。発動とは、魔法を俺の魔法支配下から切り離し、現実世界に引き渡す行為だ。最後のシーケンスの詠唱は、イメージの補助輪ではなく、現実の物理法則に引き渡す『実行キー』だ」
「つまり『存在を定義する』わけだ」
「さっき俺は、弾頭の存在を定義せずに、その手前で魔力を推進エネルギーに変換した。現実の空間に出られない以上、行き場を失ったエネルギーは閉鎖空間で暴れ回り……ホストである俺の肉体に直接的な『反動』として逆流してきた。外界の空気を一切震わせていないから、爆発音すら鳴らなかったんだ」
「なるほどな……」
バルドは呆れたように息を吐いた。
「簡単に行き過ぎて……油断した。ファンタジーの世界を甘く見てたようだ」
俺は反省しながらため息をついた。
「さて、とはいえ。この仮説が正しければ、存在を定義する方法を探さなければならない」
俺たちはそこから数十分、『無詠唱で実行キーを押す方法』を議論した。
詠唱を試し、再度無詠唱も試した。
だが、見つからなかった。
この世界において、魔法を現実に引き渡す『最後の引き金』は、どうしても脳内の思考だけでは引けない仕様になっている。
「……完全に無詠唱のチート野郎とはいかないらしいな」
「実戦でこんなエラーを起こせば、敵を殺す前に自爆する。……無詠唱は廃止だ。安全装置兼、現実への実行キーとなる『最小限の詠唱』を探る」
「ポエムを叫ぶのか?」
「馬鹿を言え。俺たちが使うのは、戦術短縮詠唱』だ」
未解明のシステムエラーという理不尽な壁。
だが、仕様が分かったのなら、それに適合させるのが実務家(軍人)のやり方だ。
俺は血を拭い、再び標的の木へと向き直った。




