第13話 魔法専門書と、魔法使い希少性のなぞ
「……注文の品だよ。」
村の西門の外、人目を避けた荷馬車の影。
数ヶ月ぶりに村を訪れたあの行商人は、約束通り、俺たちが指定した物資を密かに引き渡してきた。
分厚い帆布に包まれていたのは、鈍く光る鋼の剣と鋼の短剣(サバイバルナイフに似た形状)が二振り。最低限の情報が載った近隣の地図。そして、古びた羊皮紙で装丁された『魔法の専門書』だった。
「ありがとうございます」
「……魔法の専門書はあまりでまわらない。その本も特別なルートで仕入れたものだ。取り扱いにはくれぐれも気をつけてくれよ」
行商人は周囲を警戒するように声を潜めた。
「この世界で魔法を使える『魔法士』と呼ばれる人間は、ごく一部の特権階級だけだ。貴族の血筋か、騎士団、王立研究所の人間……あとは、冒険者の中でも一握りしかいない。辺境の村でそんなものを読んでいると知られれば、厄介事に巻き込まれるぞ」
「忠告ありがとうございます。善処します。」
俺たちは新たに狩った素材を渡すと、北東の防壁沿いの拠点(家の裏)へと帰還した。
***
「さて、待ちに待ったファンタジーの時間だ」
拠点の雑木林の中。俺は早速『魔法の専門書』を開き、その難解な魔法言語や図式を前世の知識を活かして読み解いていった。
「……なるほど。酷いな」
ある程度、読み進めたところで、俺は思わずため息をついた。
「どうした、アル」
「非効率極まりない。この世界の魔法の発動プロセスだ」
俺は本に書かれた内容を、バルドに向けて簡潔に要約した。
この本によれば、魔法を使用するには以下の『6つのシーケンス(工程)』を順番に踏む必要があるらしい。
① 体内の魔力活性化(魔力を蓄積している体内魔力炉をONにする)
② キーワード詠唱による意識化(魔法を使うという意識に切り替える)
③ 体内魔力炉から魔力を必要箇所に動かす(手から放出するならその手に)
④ 詠唱により魔力を必要な属性に変換する(火属性など)
⑤ 詠唱により属性魔力を必要な形に変換する
⑥ 詠唱により使用する
「……実戦でこんな悠長な手順を踏んでいたら、③の時点で眉間を撃ち抜かれるぞ」
バルドが呆れたように吐き捨てる。
「同感だ。とりあえず、マニュアル通りに試してみるか」
俺は立ち上がり、右手を前に出した。
本に記されたキーワード(詠唱)を紡いでいく。
『××××――土よ。球体となりて、敵を貫け』
直後、俺の右の掌から、ソフトボール大の塊が飛び出し、5m程先の木にぶつかって霧散した。
俺は首を傾げた。
「……出来たな。だが、やはり非効率だ。これがこの世界の魔法なのか、この本が時代遅れなのか……しかし、工程が面倒とはいえ、やってやれないことはないな」
「試してみるか、で希少な魔法士になっちまうお前も大概だけどな……」
「正直、なぜここまで魔法使いが希少なのか分からないな。行商人は、ごく一部の特権階級か一握りの野良しかいないと言っていたが……」
俺が不思議そうに呟くと、バルドが顎に手を当てて専門書を覗き込んできた。
「……アル、魔力運用の『コツ』については何か書いてあるか? 例えば、魔力を体内で動かす時の感覚とかだ」
「いや。ただ『意識して必要箇所へ動かす』としか書かれていない。『痛みを伴う』とは書いてあるな。俺たちが幼い頃にやったように動かすだけのようだ」
「……」
バルドは数秒沈黙した後、納得したような顔になった。
「なら簡単だ。魔法使いが少ない理由が分かった」
「なんだ?」
「あの『激痛』に耐えられる人間が、まず少ないってことだ」
「……」
俺は想定外の理由に一瞬時が止まった。
すっかり忘れていた。
体内の魔力を無理やり動かしていた頃。それは『血管の中に煮えたぎる鉛を流し込まれるような』、あるいは『全身の神経をガラス片で削り取られるような』言語絶する激痛だった。
俺たちは前世での拷問耐久訓練や、特殊部隊のイカれたシゴキの経験があったからこそ耐えられたが……。
「……普通の子どもや大人があれをやれば、ショックで気絶するか、恐怖で二度と魔法の訓練などやろうと思わないな。しかも、その後に待っているのはこの非効率な運用だ。」
「ああ。つまりこの世界の魔法使いってのは、その激痛を『血筋(才能)』でクリアしている一部の人間か、気合と根性で乗り切った痛覚のイカれた連中だけってことだ」
「なるほど。盲点だった」
どうやら俺たちは、自分たちの『常識』がこの世界の一般人からどれほどズレているのかを、根本的に見落としていたらしい。
だが、理由が分かれば問題はない。
俺たちはすでに、その最大のボトルネックをクリアしているのだから。
「さて、前提条件はクリア済みだ。……この無駄だらけのマニュアルを最適化する」
俺たちは真新しい鋼のナイフを腰に帯び、嬉々として『魔法の魔改造』という新たなプロジェクトへと着手した。




