第12話 老獪な大商人
(※とある行商人の視点)
この村には、今年で8歳になる少し変わった少年たちがいる。
私は行商人だ。普段は王都とこの辺境の開拓村をはじめ、いくつかの街や村を行き来している。今回はとある事情から隣国まで足を延ばしていた。
中でも、私はこの村を気に入っている。
村人たちは気のいい人たちばかりだし、未開の森がすぐそばにあるとは思えないほど、穏やかな空気が流れている。子どもたちもとても元気に走りまわり、大人たちは真面目に森の開拓や農業をおこなっている。皆が未来に向かって一生懸命生きているこの村の空気を感じると、私も頑張ろう、という思いがこみ上げてくる。
そして、森の魔物の良質な素材や特殊な薬草は、王都でとても高額で売買される。私はそれを卸してもらう代わりに、村に必要な塩や鉄器をなるべく安く提供している。
特に、子どもたちがどこかで拾ってきたと思われる「ただの綺麗な石」を銅貨1枚で買い取ってあげたり、王都の珍しいお土産をオマケしてあげたりして、無邪気に喜ぶ子どもたちの顔を見るのが密かな楽しみだったりする。
今日も広場で馬車の荷台を開け、村の人々との取引を終えて一息ついていると、例の8歳の二人組がやってきた。
一人は大人と見紛うほどガタイが良く、もう一人は王都ですらお目にかかれないほどの綺麗な顔をしている。とても優秀な子たちだと村でも評判の二人だ。
綺麗な顔をした少年が、無言で私の前にスッと差し出したのは、子どもたちがよく拾ってくる『ただの綺麗な石』の中でも、ひときわ大ぶりで透き通ったものだった。
「おっ、これはまた特別に綺麗な石だね! よし、いつも皆が拾ってくる石は銅貨1枚だけど、これは特別だ。おじさんが銅貨3枚と、この王都の飴玉で買い取ってあげよう!」
私は大げさに笑いかけた。
大人の目から見れば、ただの石ころだ。何の価値もない。だが、澄ました顔の少年が「わあ、銅貨3枚も!」と子どもらしく喜ぶ姿を見たかったのだ。
だが、その少年は飴玉と銅貨には見向きもしなかった。
ただ、どこか冷めた目で私の荷馬車の中を一瞥した。
「……鉄の延べ棒と、なめし革の仕入れがないな」
「え……?」
「いつもなら必ず積んでいるはずだ。荷馬車の幌も古い。王都を経由したなら新調するはずだが、できなかった。……軍が野営の天幕や武具の補修用に、厚手の帆布と革を買い占めているからか」
私の表情が固まったのが、自分でも分かった。
「代わりに、日持ちのする岩塩と乾燥豆が、車軸が軋むほど積まれている。それに、車輪にこびりついている赤土……北の山岳交易路の土だ」
少年は、まるで天気の話でもするように淡々と事実を並べ立てていく。
「王都の卸売市場は、すでに軍の調達のせいで物価が狂い始めているんだろう。だからあんたは王都の市場を避け、直接北へ向かって、民間でパニックが起きる前に塩と食料を限界まで買い漁った。……北西の国境守備隊が動く。それも小競り合いじゃない、大規模な動員だな。」
私は心臓がドクンと跳ね、息を呑んだ。
……今、この子はなんと言った?
確かに北西の国境でキナ臭い動きがあり、軍が前線への物資輸送を始めている。私はその情報をいち早く掴み、軍の特需と、いずれ来る民間物資の枯渇を見越してこの仕入れルートに変更したのだ。他の商人には絶対に漏らしていない、私だけの命懸けの商機だった。
それを、なぜ辺境の村の、たかだか8歳の子どもが。
荷台の『ない物』と、車輪の泥を見ただけで、王都の経済状況と軍の動向まで完璧に言い当てているのだ?
驚きで声も出せず固まる私をよそに、少年は静かに言葉を続けた。
「軍が物資を買い占めている以上、この村の農作物程度では、俺たちの欲しい『本物』は手に入らないでしょう。だから、あなたに『特別な取引』を持ってきました」
少年が目配せをすると、後ろに控えていたガタイのいい相棒が、ドサリと重そうな麻袋を私の足元にそっと置いた。
「……なんだい、これは」
「中を確認してください」
言われるがまま袋の紐を解いた私は、中身を見て息をのんだ。
入っていたのは、森に生息する獰猛な魔獣の毛皮と素材。だが、問題はその『品質』だった。
刃が入った痕跡は見当たらず、血抜きは完璧で、皮を剥ぐ際のテンションの乱れ一つない。王都の上級冒険者やギルド解体師ですら、ここまでの仕事はできない。
「こ、これを、君たちが……!?」
「おじさんはいつも、この村に塩や鉄を適正な価格で売ってくれています。村の大人たちも子どもたちもあなたに感謝しているし、俺たちもあなたを誠実な商人だと思っています。だから、他の誰でもないあなたを取引相手に選びました」
少年は丁寧で、静かな、だが商談の場を完全に支配する落ち着いた声で告げた。
「次に来る時に、『本物の鋼の武器』と、可能なら『近隣国の地図』、そして『魔法の専門書』をいくつか調達してきてください。この素材を卸せる俺たちなら十分にその価値があると考えています。……受けてもらえますか?」
選択の余地などなかった。この特級品の素材と、彼らの底知れぬ情報分析力、そして何より、大人の私を対等な商人と認めて交渉を持ちかけるその手腕。私は商人の本能として、ただただ無言で何度も頷くことしかできなかった。
「……取引成立ですね」
少年はこれまでと同じ人物とは思えない、きれいなほほ笑みで、私がこれまでに村の子どもたちから「遊び」で買い取って、荷台の隅の袋に放り込んでいた『ただの綺麗な石』の山を指差した。
「おじさん、その石、しばらく大切に取っておいた方がいいですよ」
「……え? この、石を……?」
「軍の動員が本格化すれば、王都の工房は軍馬用や通信用の魔術具を昼夜問わず作らされる。おじさんの反応をみるかぎり、その触媒は国おかかえの大棚以外には秘匿され、極秘に売買されているんでしょう。数ヶ月後、その石の価値は『現在の適正価格』の数十倍に跳ね上がります。安値で手放さないことをお勧めします」
少年はそれだけ言うと、ガタイのいい相棒と共に背を向けた。
「行こう」
「ああ」
二人は足音一つ立てず、静かに広場を去っていく。
私は呆然と立ち尽くし、手元の『ただの綺麗な石』を見つめた。
触媒? 価値が跳ね上がる?
何を言っているのか、私にはさっぱり分からない。どう見てもただの石だ。
だが、背中にびっしょりと嫌な冷や汗をかいている。
ただの子どもの妄想と切り捨てるべきではないと、私の勘が警鐘を鳴らしている。
あの少年の目は、子どものものではなかった。王都の老獪な大商人か、あるいは軍の兵站のすべてを握る冷酷な将校のような、すべてを見透かした絶対的な『確信』の目だった。
「……処分するのは、やめておくか」
私は誰に言うともなく呟き、石の入った袋を荷台の奥深く、一番安全な木箱の中にそっと仕舞い込んだ。




