第11話 閉鎖経済圏
「……手札がない」
家の庭で、俺が唐突に発したその言葉に、木剣の素振りをしていたバルドが動きを止め、怪訝な顔を向けた。
「……どうしたんだ、急に」
「文字通りの意味だ。俺たちは、現在致命的な壁にぶつかっている」
俺は地面に並べたなまくらな小刀と、手作りの防具を指差した。
手伝いのお礼で受け取った短剣は、度重なる魔獣の解体ですでに刃こぼれが酷い。硬い樹皮と獣の腱を編み込んだ即席の防具も、フィジカルの成長に追いつかず限界を迎えつつあった。
食料供給は安定した。北の森での実戦訓練も順調だ。だが、俺たちが次に必要としているのは、本物の鋼で打たれた『武器』であり、外の世界の情勢を知るための『情報』や『書物』だ。
「この村のベースは農作物などの物々交換で回っている閉鎖経済圏だ。村人の善意だけでは、日々の生活はできても、高度な物資や情報は手に入らない。外部から入手する必要がある。もうすぐ、西の街道を経由して定期的に村を訪れる王都の行商人がやって来る時期だ。そこで外部の物資を確実に調達するための『カード』が必要だ」
俺の冷徹な分析に、バルドはしばらく黙考し、やがて木剣を肩に担いでニヤリと笑った。
「なるほどな。で、何を調達する?」
「行商人が欲しがるリソース。狙いは魔獣の『素材』だ。ただ殺すだけじゃない、傷つけず最高品質の状態で確保する」
***
その日から、俺たちの狩りの目的は「食料確保」から「最高品質の素材調達」へと切り替わった。
「アル、右から来るぞ。」
「刃を入れるのは一度だけだ。首の動脈だけを正確に狙う」
北の森。
バルドが魔獣の突進をいなし、俺が死角から最小限の傷で延髄と動脈を断つ。
倒れた魔獣を前に、俺たちは一切の無駄口を叩かず、即座に解体作業に取り掛かった。
刃の角度、皮を剥ぐテンション、血抜きのスピード。前世で培ったサバイバル術と解剖知識をフル稼働させ、毛皮に傷一つつけず、肉も内臓も最も高く売れる状態で保存処理を施していく。
装備を拡張するための、大真面目な『物資調達』だ。
余計な傷を与えず処理を終えた最高品質の毛皮や素材は、誰の目にもつかない村の北東のはずれ――俺たちの家の裏の防壁沿いに、天然の防腐処理を施して密かに備蓄していった。
***
行商人の馬車が村の西門に到着する、数日前。
北の森からの帰り道、村の東に流れる小川沿いを歩いていると。
「あ! 見て見て、綺麗な石!」
「ほんとだ! これ、今度来る行商人のおじちゃんに売ろうぜ!」
「おじちゃん、綺麗な石を持っていくと、いっつも銅貨1枚か飴玉と交換してくれるんだよなー」
少し離れた浅瀬で、村の子どもたちが水の中の小石を拾い上げてはしゃいでいる。
川で拾った石を行商人に持っていくのは、この村の子どもたちの恒例行事らしい。行商人も、村との良好な取引関係を保つためか、子どもの遊びに付き合って小銭や飴玉を与えていると聞いている。
「……子どもに小遣いを与えて村の懐に入り込む。その行商人、なかなかの策士だな」
「ああ。現地住民との関係構築の基本だ。有能なパイプ役である可能性が高い」
俺は相槌を打ちながら、ふと、子どもたちが石を拾っている川の浅瀬へと視線を向けた。
(行商人がわざわざ買い取る石……はたして、ただの関係構築のためか)
透き通る水面を静かに見つめていた俺の目に、泥に半ば埋もれた『一つの石』が飛び込んできた。
周囲の石より一回り大ぶりな綺麗な石である。
俺は無言のまま川岸に歩み寄り、水に手を突っ込んでその石を拾い上げた。
「……アル?」
じっとその石を見つめる俺を見て、バルドが怪訝そうに眉をひそめる。
「……」
俺はバルドの問いに答えず、ただジーッと石を見つめ続ける。
遠くで村の子どもたちがまた石を見つけ、無邪気にはしゃぐ声が響いていた。
平和な日常の風景の中、俺は濡れたその石を、静かにポケットの奥深くへと滑り込ませた。




