生搾りオレンジジュース
深夜、皆が寝静まったのを見計らって、俺は一人いつものアレをやっていた。
冥府の王との最終決戦は目前だが、これだけはやらずにはいられない。
全員が寝静まっているのを確認して、周囲に敵がいないかどうかもチェック済み。
今日は俺が見張り担当だから、他の人の目を気にする必要はない。
問題はないな。これで思う存分、アレができる。
毎夜の日課となっている、自動販売機の項目を上から順にチェックするという大事な任務を実行。
これは今後必要となる、かもしれない自動販売機の予習復習を兼ねている。そう、決して個人的な欲求を満たすための行いではない!
さーてと、ランク3になったことでフォルムチェンジできる種類が大量に増えた。一度も生で見たことのない昔の自販機に魅力を感じるのは言うまでもないが、他にも気になるポイントがある。
自称、自販機マニアの俺でさえ知らない自販機の存在。
古今東西有りと有らゆる自販機を調べ尽くし、移動できる範囲なら実物を見に行くほどのマニアだと自覚している。そんな俺でも知らない自販機があることに驚きが隠せない。
当初は自分のチェックが甘かったのかと猛省したのだが、よくよく考えてみると、こんな画期的な自販機を自分が見逃すわけがない、との結論に達した。
ならば、この見知らぬ自動販売機たちはなんなのか?
試行錯誤と妄想を繰り返した結果、真実へとたどり着いた。
もしや、俺が日本からいなくなってから新たに現れた自動販売機なのではないのか‼
俺が死んで転生してから結構な年月が経っている。その間に新機種や変わり種商品が現れてもなんらおかしくはない!
くそっ、生でその自販機を見たかった! 商品を味わってみたかった!
あまりの悔しさに照明が点滅してしまう。
お、落ち着け、俺。実際に味わうのは無理だが、自販機そのものになれるじゃないか。
どんな姿形をしているのかは自分の目で確かめることができる。
さーて、そうなると、どの自動販売機になるべきか。すべて試したいのが本音だけど、毎日一つずつと決めている。その方が長く楽しめるしね。
んー、悩むなぁー。俺が日本からいなくなってから、こんなにも自販機の種類が増えているなんて。まだまだ、発展進化を続けてくれるのがマニアとしてとても嬉しい。
あれもいいし、これもいい。あえて、こっちを選ぶのもありか。
でも、これは今後みんなに使う機会がありそうだから、あえて今試さなくても……。
悩み初めて一時間が経過した。
睡眠を必要としない体なので好きなだけ悩んでいいのだけど、このままだと朝日を拝むまで悩み続ける展開が待っている。
よっし、目的を決めよう。
あれだ、今度会う予定の畑に転生した日本人が喜ぶような自販機。これでいこう。
日本人向けの変わり種自販機は……候補が多すぎる。何にフォルムチェンジしても喜んでくれそうだし。となると、実用的なものに絞ると……。
実用的。畑。絞る。
あっ、あれがあるぞ!
フォルムチェンジ!
この新たなボディーはどんな見た目をしているのか、じっくりと観察さ、せ、て……んー?
しまった! 自分で自分の体を見ることができない! 近くに水場があれば水面に映すことも可能だが、見渡す限り平原だし、深夜だから遠くの方は見えない。
いつもの宿屋の定位置ならガラスに映る姿を確認できたが、ここにそんなものはない!
鏡があれば最高なんだけど、鏡を売っている自動販売機ってあったかな。土産物を販売しているのにあったような気もするが。
ずらっと並ぶ商品の項目を一から調べるとかなりの時間を浪費してしまうが、別に嫌じゃない。むしろ、ご褒美なので気合いを入れてチェックを開始しようとしたとき、ある物体が視界に映った。
みんなを運ぶために出した、商品の車。
これなら窓ガラスやサイドミラーに自分の姿を映すことができる。車は商品だから、自分の意思で自在に操れるからいけるのでは?
意識を集中して自動車を動かす。直ぐ近くにあるのでこの距離ならエンジンを掛けなくても、大丈夫なはず。
もうちょい、左に切って。少し後ろに……ああ、行き過ぎ。ちょ、ちょいと右に行ってから、そ、そうそう。
10分ほど悪戦苦闘した結果、サイドミラーに自分の体が映る位置に調整できた。
ふぅぅぅぅ。思ったより長引いてしまったけど、ここからが本番。フォルムチェンジ!
サイドミラーに映った自分の姿を眺め、努力が実ったことに満足する。
橙色のボディーに前面上半身はガラス張り。そこから体の中身が透けて見える仕様なのが、裸を見られているようでちょっと恥ずかしい。
ガラス越しに見えるのは無数の橙色の果物――オレンジだ。
そうこれは、生搾りオレンジジュース自動販売機!
な、なんとこの自動販売機、本物の果実をその場で搾り、ジュースとして提供してくれる代物なのだ。
凄いよね! 100%ジュースを売っている自動販売機ならいくらでもあるけど、その場で果実を搾って新鮮な果汁を提供できる自動販売機なんて、想像したこともなかった。
いやー、時代は進むねぇ。今後も俺が想像もできないような自販機が次々と現れるのだろう。はぁぁ、楽しみだ。ほんっっと、ランク3になってよかったー。
この自動販売機はオレンジを搾る機能だが、実はリンゴを搾る機種も存在する。そっちはまた別の日に試すとしよう。
詰め込まれた無数のオレンジが体内で絞られていくのか。……なんか、妙な気持ちになりそうだけど、俺には感覚ないしね。
この自動販売機になった最大の理由は、畑で採れた果物を有効活用できるのではないかと考えたからだ。キコユ曰く「畑さんの野菜や果物は食べた人が正気を保っていられないほどの美味しさ」らしい。
大袈裟だとは思うけど、畑の欠片で採れたサツマイモを食べた熊会長が称賛するほどの味だった。完全復活した畑で栽培された農作物は、欠片とは比べ物にならない美味しさだと熱弁していたな。
となると、本当に正気を失うほどのうま味が濃縮されている可能性もある。
そこで、この自動販売機のオレンジを畑産の果物と入れ替えれば、面白いことになるのではないかという発想だ。
まあ、これはただの建前だけどね。
実際は俺の知らない自動販売機の動く姿を見てみたかっただけ!
さあ、見せてみよ! 生搾りオレンジジュース自動販売機の実力とやらを!
起動開始すると、ずらりと並んでいたオレンジが四つ押し出されてレーンを転がる。
まずは真っ二つにカットされてから、切り口が収まるプレス機にはめられ絞られていく。
おおおおっ、大量の果汁があふれ出しているよ!
取り出し口にセットされたカップに絞りたて果汁が注がれ、完成。
こぼれないように蓋のフィルムを貼り付ける。ここに付属のストローを刺して飲むのか、なるほど。
さてと、出来上がったのはいいが、このジュースどうしよう。
作ることに集中しすぎて、後のことを考えていなかった。捨てるのは論外だし、念じれば商品を消せるけど初挑戦の商品だから、誰かに飲んでもらいたい。
「ハッコン、どうしたのぉ」
寝ぼけ眼を擦りながら、眠気を隠そうともしない間延びした声。
その主は確認するまでもない、ラッミスだ。
「お こ し た」
「緊張で眠りが浅かったから、気にしないで。それで、どうしたの?」
こんな状況でも俺を気遣って会話をしてくれている。
その優しさが心に染みるよ。
「し ん し ゃ う」
「い ん」
「しんしゃういん? ……あっ、新商品かな。見たことない体になってるし」
毎度のことながら、ラッミスの翻訳能力には助けられるよ。
「いらっしゃいませ」
できたてほやほやのジュースにストローを刺して、念動力で彼女の目の前まで運ぶ。
「んー? この液体ってえっと、ジュースだよね?」
「う ん う ん」
「えっと、飲んでいいんだよね?」
「いらっしゃいませ」
まだ眠気が残っているみたいだけど、躊躇うことなくストローに口を付けて吸い込んでいる。
喉が膨らみ飲み込んだ途端、ラッミスの半分閉じていた目蓋がぱっと大きく開いた。
「わっ、これ新鮮で美味しい! 他のジュースも美味しいけど、なんか自然な感じがする」
そりゃ、混じりっけなしの搾りたて果汁100%だからね。
オレンジはビタミンC、カリウム、食物繊維が豊富だからお肌にもいいよ。
一気に飲み干したラッミスは完全に目が覚めたようで、ニコニコと微笑みながら俺の正面に腰を下ろした。
「ありがとう、ハッコン。これで元気も充填できたよ」
「ありがとうございました」
こちらこそだよ。キミがいてくれたから、こんな姿になっても悲観せずにここまでやってこられたんだ。残すは冥府の王との最終バトルだけど。頑張ろうね、相棒。




