自動販売機に生まれ変わった俺は駅構内に設置される(ifストーリー)
あれ? 目の前が真っ暗で何も見えない。
何をしていたんだっけ……。
確か……冥府の王と最終決戦の途中だったはず。畑が合体階層主の相手をしてくれたおかげで、俺たちは冥府の王との戦いに集中できた。
そして、戦いの最中で「暗黒球」とかいう魔法を放たれて、それはブラックホールにそっくりで俺たちは黒い球に吸い込まれて……洗濯機の中に放り込まれたみたいに上下左右がわからなくなるぐらい、ぐるぐる回されて、それで……今に至るのか。
ということは現在進行形で暗黒球の中なのか?
手脚の感覚はない、というか自動販売機の体なので感覚なんて元からないけど。
現状を確認したいんだけど……んんっ? あれ、視界が明るく……。
黒で埋め尽くされていた視界に光が射す。
その光が大きくなると目の前の光景が一変した。
えっ?
まず驚いたのは音だ。
無数の足音、妙に滑舌の良い声が上の方から聞こえてくる。その声は「各駅停車が到着いたします」なんてことを言っている。
その声を聞いた人々の歩く速度が上がり、近くを何人もの人が足早に通り過ぎていく。
全員の目的地が決まっているかのような迷いのない足取り。服装はバラバラだが、スーツ姿と制服姿が多い。
手にはスマホを持っている人が多く、社会人風のスーツ姿の男女は鞄を肩からぶら下げている。
まず目に付いたのが人の波だが、他に目に入るのは八両編成の電車。それに、様々な飲食料や雑誌を購入できる売店。コンビニまで併設されているのか。
うん、この見覚えのある景色は――日本の駅構内⁉
えっ、もしかしなくても、日本に戻ってきた⁉
そういや、冥府の王が「異界への旅を楽しむがいいっ!」とか言っていたけど、まさかあの暗黒球と日本が繋がったとでもいうのか‼
想像もしなかった方法で異世界からカムバックした?
嘘のような話だが、この光景を目の当たりにしたらそうとしか思えない。
お、落ち着け。まずは冷静になるために深呼吸をしよう。
「いらっしゃいませ」
んー、ん?
あれ、今のは……。
「ありがとうございました」
「またのごりようをおまちしています」
「あたりがでたらもういっぽん」
「ざんねん」
「おおあたり」
「こうかをとうにゅうしてください」
聞き慣れた機械音声がする。
目の前を通り過ぎようとしていた数名がギョッとした顔でこっちを見ている。
でも、直ぐに視線を逸らすと再び歩き出した。
……自動販売機のままなんかい‼
普通、日本に戻るなんてシチュエーションなら人間に戻っていると思うよね!
なんで、自動販売機のまんま日本の駅構内に設置されてんだよ!
いや、自販機という立場で考えるならこっちの方が相応しいんだけどさ!
くそっ、なんか自販機の体の方が妙に落ち着くのが悔しい。この体に慣れすぎたか。
俺が元の世界に飛ばされたのは理解したが、問題は他の面々だ。特にラッミス――。
「コーヒー買うか。昨日、夜中までゲームしてたから眠くてよ」
「また、ソシャゲかよ。授業中に居眠りしたら、センコウに怒られっぞ」
考え事をしている最中だというのに、俺の前で二人の男子高校生が足を止めた。
こっちはそれどころじゃないのに、平和で暢気な会話を交わしている。
取りあえず、ここはビシッと言っておくか。
「いらっしゃいませ」
「こうかをとうにゅうしてください」
迷わず出た音声がこれだ。
うん、自動販売機としての習性が身についてしまっている。この体になってから結構な年月が経過したからな。完全に馴染んでしまったぜ……。
硬貨が体の中に入ったので、商品を取り出し口に落とす。
そういや、日本のお金で商売をしたのはこれが初か。日本製の自動販売機なのに異世界のお金しか扱ったことがなかったから、新鮮な感覚だ。
「ありがとうございました」
……じゃなくて! 俺には考えるべきことが山のようにあ――。
「今日は暑いからスポドリ買うか」
「いらっしゃいませ」
「ミルクティーにしようかな」
「いらっしゃいませ」
「おっ、この自販機飲み物の種類が多いな」
「いらっしゃいませ」
「お母さん、ジュース飲みたい!」
「だーめ。早く行かないと遅刻するでしょ」
「またのごりようをおまちしています」
引っ切りなしに客がやって来て途切れる気配がない。
自動販売機の本能には逆らえず、客を捌くことに没頭していた。
一時間後。
通勤通学ラッシュが過ぎて、ようやく一段落付けそうだ。
ここはかなり大きい駅みたいだな。清流の湖階層の一日の売り上げを、この一時間で超えたんじゃないか。それぐらい人の行き来が激しい駅だ。
一時間に満たない時間でこれだけ稼げれば充分だな。この駅をつぶさに観察してわかったのだが、俺が働いていた会社の最寄り駅だ。何度も利用していたので見覚えがあって当然。
まさか、自分が利用していた駅の自動販売機になるなんて、誰が想像できるのか。
ここの駅前には有名な飲食店が幾つもあって、いつも行列ができるので昼前ぐらいから駅の利用客が増えそうだ。
だが、自動販売機としての売り上げは期待できないか。今から飯を食いに行く人が自動販売機で飲み物を買うとは思えない。
むしろ、行列のできる飲食店に入れなかった、もしくは利用しない人をターゲットにするべきか。
となると、ノーマル自動販売機ではなく、別の……じゃなくて! なんで、自動販売機としての戦略を練り始めているんだ、俺は!
まずは現状の確認だろ。自動販売機としての機能は普通に使える。となれば、異世界で得たその他の能力が発動できるか調べておく必要がある。
まずは商品の入れ替えは……可能だ。アイスティーをロイヤルミルクティーに変更できた。他にも今まで購入した商品ならなんでも交換可能だ。
となると異世界で一番の相棒だった《結界》が使えるかどうか。
辺りを見回して人がいないのを確認。一瞬だけ《結界》発動!
おっ、俺を取り囲むように薄くて青い板が発生。無事に《結界》が出てくれた。
となると《念動力》も……使えるな。
取り出し口に落とした商品がふわふわと浮いている。
次にすべきはフォルムチェンジか。ここで日本一巨大な自販機になんてなったら目立つし、駅を破壊してしまう。手頃な大きさで、駅構内にあっても違和感のないものにしておこう。
じゃあ、〈自販機コンビニ〉にフォルムチェンジ!
うん、問題なく成功した。これなら駅構内にあっても自然だ。
ここまでで判明したことは異世界で得た能力はすべて使える、ということだ。となると、最終決戦の為に残しておいた、あの能力も発動可能ということか。
…………ここでやったら大騒ぎになるな。それに、あれは最後の手段だから、こんなところで使うわけにはいかない。
現実の日本で自動販売機生活も楽しそうだけど、俺は元の異世界に戻る必要がある。
大事な決戦を目前にして俺がいないと話にならない。ラッミスや多くの仲間たちがきっと待ってくれているはずだ。
だから、どうにかして駅構内から異世界へ戻らなければ。
今度は百円で起動する備え付けの双眼鏡にフォルムチェンジをして、周囲を念入りに観察する。
何か、戻る手がかりはないのか。ここに来たのだから帰る方法もあるはず……そう信じたい。
駅を端から端まで見回してみたが、これといっておかしな点はないな。
次に視線を上空へと向ける。
異世界の空よりも少しくすんで見える青空が広がっていた。
目を凝らして隅から隅まで、少しの違和感も見逃さないように目を皿にして……目はないけど調べ尽くす。
雲一つない青空だな。遠くにビルが見える。異世界にはあんな巨大建造物なんてなかった。やっぱり、ここは元いた日本なんだな、と実感してしまう。
感慨深くなっている場合じゃない。もっと、集中しろ。俺はどうしても戻らないといけないんだ!
あきらめずにもう一度、空に視線を向けると……妙なものが見えた。
空にポツンと黒い球体が見える。双眼鏡の倍率を上げてズームすると、それは冥府の王が放った暗黒球に酷似している。
色が以前より薄くなっているように見えるが、あれがここに俺を運んだ元凶。日本と異世界を繋いだ出入り口だ!
やるべきことが決まったなら即行動!
〈風船自動販売機〉にフォルムチェンジして結界内に風船を溜め込む!
「ねえ、ママ。風船がいっぱいあるよ!」
「あら、自販機が故障したのかしら。駅員さんに教えてあげましょう」
次々と排出される風船を遠巻きに眺めていた親子連れが、俺の方を指差して何か言っている。
ごめんな、余裕があれば風船の一つもプレゼントしてあげるのだけど、今は時間との勝負中だから。
結界の中が風船でパンパンになったので、今度は〈ダンボール自動販売機〉に。
そう、いつもの空中浮遊コンボだ。
「わっ、自動販売機が飛んでるよ!」
「何を言ってるの、そんなことあるわけ……えっ?」
眼下には驚いた表情でこっちを見る親子の姿が。ちょ、ちょっと、スマホで撮らないで。
ああ、写真を撮られる側の気持ちってこんな感じだったのか。俺も珍しい商品や自動販売機を見る度に写真を撮りまくっていたなー。
なんて懐かしい気持ちに浸っている間に、俺の体はぐんぐんと浮上していく。
風船の空気を抜いて結界の外に排出することで、進路方向を微調整する。
もうちょい右に、ああっ、ちょっと行き過ぎたから、ちょちょいと左に……よっし、いい感じだ。
高度方角良し。暗黒球が徐々に迫ってきている。
かなり黒が薄くはなっているが、まだ機能していることを祈るしかない。
見下ろすと、そこには駅があり、更に遠くへ視線を向けると自分が働いていた会社があるビルが見えた。
引き継ぎとか全然やってないし、俺は行方不明扱いされているのだろうか。
色々思うところはあるし、この世界にまったく未練がないわけじゃない。友人もいたし、新たな自動販売機巡りももっとやりたい。
だけど、俺には待ってくれている人がいる。異世界で大切な人と出会い、共に旅をしてきた。掛け替えのない仲間もいっぱいできた。
だから、もう、この世界に戻ることはない。
「ありがとうございました」
感慨深い思いを込めて言葉を呟く。
俺は迷いを振り切り、地上から視線を逸らし、目の前に迫る暗黒球を見つめた。
待っていてくれ、ラッミス、みんな! 今帰るからね!
暗闇を抜けるとそこは荒れ果てた広大な荒野だった。
大地はひび割れた赤茶色で、空は曇天。稲光が遠くの方で何度も瞬いている。
周りには相棒のラッミス、ヒュールミ、シュイ、ヘブイ、ピティー、ミシュエルといういつもの仲間が揃っていた。
ここは……俺は……。
確か暗黒球に呑み込まれて、なんがぐるぐるさせられて、この世界に飛ばされたのか……?
いや、なんか、もっと何かあったような?
喉の奥に小骨が引っかかったような違和感が拭えない。記憶の隅に何かが残っているかのような……。
「生き物が皆無じゃねえか」
「寂しいところだね……」
「こんなところ、どうやってご飯食べるっすか」
「ハッコン……怖い……」
仲間たちの怯えた声がする。
ええい、ボーッとしている場合じゃない。自動販売機として俺がみんなを元気づけないと
何故かわからないけど、気力もやる気も十分。思い出したくても思い出せない違和感は残り続けているけど、気分は悪くない。
それどころかスッキリしている。
さあ、意識を集中しろ。どんな逆境でも俺たちなら……この自動販売機の体なら乗り越えられる。
「いらっしゃいませ」
これにてアニメ化記念投稿は終了です!
皆様、最後までお付き合いありがとうございました。
アニメは観てくれていますか? まさかの第三期に加えて結末までアニメ化してもらえるとは。
原作者としてこれほど嬉しいことはありません。
そんなアニメ化に対するお礼も兼ねて、いくつかの短編を投稿させてもらいました。
少しでも楽しんでもらえたのなら嬉しいです。




