自動販売機 都市伝説
「ねえ、ハッコン。一つ訊いていいかな?」
忙しい食堂で臨時の給仕となって働いていたラッミスが、仕事終わりのスポーツドリンクを飲みながら俺をじっと見つめている。
いつもの服装も素敵だが、頭の三角巾とエプロン姿もいいなー。
ムナミと同じく食堂の看板娘として人気なのも頷ける。……じゃなくて、返事をしないと。
「いらっしゃいませ」
いらっしゃいませはイエスの意味で、ざんねんはノー。簡単な会話ならこの二つでやり取りが可能だ。
「えとね、ハッコンが出してくれる飲み物って、どうやって出してるの? その体の中に保管してるとしてもこんなにいーっぱいは入らないよね?」
両腕を広げて表現している可愛らしい姿に見惚れそうになったが、さっきの質問か。
正直……俺もわからない。体内に保管できる量は決まっているけど、売り切れたら即座に補充可能。じゃあ、その商品が何処からきているのかというと、何処だろう?
ポイントを消費して得ているけど、ポイントが商品に変形するのか? どういう法則なのだろう。
イエスでもノーでも答えられない質問だ。
「わっ、ハッコン、凄い勢いで点滅してるよ! ごめん、ごめん。変な質問だったよね」
「ざんねん」
ラッミスは悪くないよ。ずっと俺も不思議だったからね。
そもそも、自動販売機に転生した時点で何もかもがおかしいのだが、加護の力を除けば基本的には妙に現実的なんだよな。
実在していた自動販売機にしかなれず、一度は自動販売機で購入した商品しか出せない。
だけど、出した商品は任意で消すことが可能。なので異世界にゴミが溢れることはない。……この消したゴミも何処に行っているのやら。
「お疲れ様です。暑かったでしょ」
「ええ。まだ五月だっていうのにこの暑さはなんなんでしょうね」
倉庫兼車庫の隣に建てられた事務所に入ると、クーラーの効いた涼しい風が火照った体に染み渡る。
大量の汗をタオルで拭い、手にしていたスポーツドリンクを一気にあおった。
「くはあああっ。労働の後の一杯は最高」
「お酒飲んでるようなリアクションはやめてね。言うまでもないけど飲酒運転は御法度だから、一瞬身構えちゃうのよ」
苦笑する事務員の女性。
「もちろん、肝に銘じていますよ」
「この仕事を始めてもう十年近いんだっけ?」
事務員の女性が指折り数えた後、俺に視線を向ける。
穏やかな気質で職員に分け隔てなく接してくれるので、多くの同僚から人気のある女性なのだが、残念ながら既婚者だ。
「そうですね。結構長くやってんだなぁ」
自分のことなのに他人事のように呟いてしまう。
「運転もそうだけど、力仕事だからね。思ったよりもしんどくて、人の出入りが多いから。頼りにしてるわよ」
「はっ、頑張らせていただきます」
背筋を伸ばして敬礼をすると、事務員の笑みが深くなった。
そうか、この自販機ドリンク補充スタッフを始めてから、もう十年なのか。始めた頃は二十代前半だったが、今や三十代。時の流れは恐ろしい。
「ところで、仕事はどうだったの。売り上げの方は……」
言葉尻が徐々に小さくなり、最後は囁くように声を潜めて話す事務員。
「はい、ここ数日と同じく……めっちゃ売れてます! 特にスポーツドリンク、水、紅茶は、どの自販機も完売か売り切れ直前といった感じです」
「やっぱり。いいことなんだけど、この数ヶ月の売り上げが尋常じゃないのよ。どういうことなのかしら。今までこんなことはなかったのに。大きなマンションが近くに建ったとかもないし、工事現場もないよね……うーん」
事務員が頭を捻って唸っている。
「二ヶ月ほど前からですよね。それまでは月に二桁も売れなかった自販機でも、水、スポーツドリンク、紅茶は完売してますし。最近はジュースの売れ行きも伸びてますよ。それも担当しているエリアの自販機の大半が同じような状況です」
「謎に売れ続ける自動販売機の商品。何か裏があるのかもっ!」
「裏ってなんですか。やたらと自販機のドリンクを購入する謎の組織の存在とか?」
盛り上がっている事務員を尻目に、適当に思いついたことを口にする。
「まあ、ないわよねー。あっ、そういえば!」
パンッ、と手を打ち鳴らした事務員の目が大きく見開かれた。
ハッとした表情で何かを思い出したらしく、机に両手を付いて身を乗り出している。
「あの人を最近見かけなかった?」
「あの人ってどの人ですか」
「自動販売機と言えばあの人でしょ」
明確な答えは返ってこなかったが、今のやり取りですべてを理解した。
「ああ、あの人ですか。自販機マニアの」
「そうそう。補充スタッフの大半が目撃したことのある、自販機マニアのサラリーマン」
新商品を仕入れると必ずと言っていいほど遭遇する謎の人物。
俺も何度か会ったことがあり、目を輝かせてドリンクの補充を眺めている変わった人だった。
軽く会話を交わしたこともあり、当人曰く「自動販売機マニア」らしい。古今東西の有りと有らゆる自動販売機が好きで、新商品には目がないそうだ。
俺よりも自動販売機について詳しく、楽しそうに自販機についての知識を語っていたな。暑い日は飲み物を奢ってくれたりするので、悪い印象は全くない。
「一時期、都市伝説扱いされてましたよね。この界隈限定ですけど」
「うんうん。何故か新発売の商品を嗅ぎつける能力が高くて、発売日や遅くても数日の内に購入するのよね。あと、商品の搬入を見るのが好きらしくて、補充スタッフの大半が一度は目撃したことがあって。最近なんて、あの人を目撃したらいいことがあるなんて、動くパワースポットみたいな扱いをされているぐらいなんだから」
「あー、仲間内でもそういう話をしたことありますよ」
「それで、その自販機マニアの人を最近見かけたことがある?」
「えっ、言われてみればここ最近は……噂話も聞かないですね」
あの人を見つけた同僚たちは「今日はいいことがありそうだ」と自慢するので、嫌でも目撃談を耳にするのだが。
「でしょ。ちょうど二ヶ月ほど前から噂も聞かなくなったのよ。それが……自販機の売り上げが伸び始めた時期と一致するの。これって何かありそうじゃない?」
意味深な笑みを浮かべて語る事務員。
どう考えてもこじつけが酷いのだが、ここは話に乗っておくか。
「中々、面白そうな考察ですね。タイミングとしてはバッチリですし」
「でしょ、でしょ。でも、まあ、なんの関連があるのかって言われたら、なーんにも思いつかないんだけど」
両手の平を上に向けて肩をすくめると、首を傾げて小さく息を吐く事務員。
「自販機マニアが増えるなら兎も角、いなくなって売り上げが伸びるなんておかしな話ですからね」
「だよねー。それにあのマニアさんなら新商品に目がないはずなのに、新商品の売り上げは悪いのよ」
「そうですね。新発売の商品は全然売れてないです。不思議ですよね」
既存の商品はすべて売り上げが伸びているのに、新商品の売り上げは芳しくない。
あの自販機マニアの人なら、迷わず飛びつく変わり種の商品もあるというのに。
「なんとなく気になるから、あの自販機マニアさんを見かけたら教えてね」
「はい、わかりました」
「く し ゅ ん」
「わっ、どうしたのハッコン?」
なんの前触れもなく変な音声を出してしまった。
なんか、体内というか機械の体がむずがゆいような錯覚が。痛覚も感覚もないというのに。
「いらっしゃいませ」
「平気みたいだね」
ご心配をおかけしました。
最近は機能も増えてポイントにも余裕があるので商品の入れ替えを頻繁にしているが、不動の売り上げトップ3はスポーツドリンク、紅茶、水だ。
あと意外にもコーンスープの売り上げも悪くない。小腹が空いたときや冷え込んだ夜に最適だからだろう。
自販機の体にも慣れてきたが、一つだけ不満がある。
新商品が欲しい! ああっ、地球では今も数々の新商品が生み出され、自販機に補充されているはず! 新たな自販機も現れていることだろう!
くそっ、休日恒例の自販機捜索の旅に出発したい!
「ど、ど、どうしたのハッコン‼ 急にすっごい勢いで点滅してるよ!」
抑えきれない情熱が表に出てしまっていたか。
人間に戻らなくてもいいから、この自販機の体のままでいいから少しだけ日本に戻って新商品を購入させてほしい。せめて、夢の中でもいいから自販機巡りの旅をしようかな。
今日は久しぶりに電源を落として眠ることにしよう。楽しい自販機の夢が見られますように、と願いながら。




