黒の団 その3
犬岩山の内部に空洞があるのは事前の調査で判明していた。
シメライが海鳥の意識を乗っ取って操り、犬岩山の内部に侵入した際の見取り図は完成している。既に頭に叩き込んでいるので地図を取り出す必要もない。
犬岩山の内部は生物の器官と同じような空洞が張り巡らされていて、生物なら心臓にあたる部分に魔法のコアが存在している。
「本来、こういった岩を素材としたゴーレムは表面に発動呪文を彫る。そして、そこに魔力を流し込むことで魔法生命体としての命を与える。だから、その呪文を削れば動けなくなる」
「わかりやすいけど、弱点がモロ見えなのが欠点よね」
「だな。でもよ、体内部に発動呪文を設置しちまうと、修理や不具合を調べるのが面倒になっちまう。それに空洞ができちまうと折角の強度が脆くなる。だから、普通はそんな面倒で手間のかかるゴーレムは作らねえ」
「この巨体故にできること、か」
犬岩山のコアに向かって進んでいる最中に、暇を持て余したシメライのゴーレム講義が始まった。ためになる話なので全員が耳を傾けている。
「あとはこだわりだろうな。ゴーレム制作者って稀に異様に凝った装飾を施したり、見た目や機能性にこだわる連中が出てくるんだよ。職人気質ってヤツなのかね。俺には理解できねえけど」
「犬岩山はダンジョンマスターが制作した物で間違いないであろう。つまり、かなりのこだわりを持つダンジョンマスターということか」
「んなもん、階層ごとに景色や環境が違うのを見れば一目瞭然だろ」
シメライの言う通りだ。ここは階層ごとが別世界のように景色や気温がまるで違う。幾つものダンジョンを渡り歩いてきたが、こんな場所は始めてだ。
「かなり優秀でこだわりのあるダンジョンマスターが作ったんだろうな。わざわざゴーレムの内部を本物の生物に似せるなんて狂気の沙汰だろ。同じ魔法使いとして感心を通り越してゾッとするぜ」
ダンジョンを作り出したのは古代の優秀な魔法使い、という説がある。
未だに確証はなく、幾つもある通説の一つでしかないが魔法使いたちの間では、その説が有力視されているそうだ。
「まあ、そのこだわりのおかげで倒すことが可能なんだが、な。まるで、わかったうえで欠点を自ら作り出した……のかもな」
含みを持たせた言い方をするシメライ。
実際の所はわからないが、ダンジョンとは必ず攻略できる糸口が用意されている。まるで制作者であるダンジョンマスターが踏破を望んでいるかのように。
それは考えすぎか。
頭を振って余計な考えを振り払う。今は犬岩山の討伐に集中しなければ。
「食道の途中だが、ここから胃には向かわずに心臓に向かうぞ。心臓部分にコアがあるからな」
大きな空洞である食道から道を逸れて、細い管になっている穴へと入っていく。
少し体を曲げなければいけない高さしかないので、正直窮屈だが文句を言っている場合ではない。
「今進んでいるのが血管を模した空洞だ。血液が流れていたら厄介だったが、そこまで再現はしてなくて助かったぜ。まあ、その代わり膨大な魔力が巡っているけどな」
シメライの話によると血液代わりに魔力を循環させることで、巨大な体を動かしているそうだ。魔法については詳しくないので話の半分もわからなかったが。
適当に説明を聞き流しながら進むと、目的地へとたどり着いた。
巨大な空洞の中心部に、巨大な丸い物体が宙に浮いている。表面には無数の文字が刻まれていて、緑の光を放っていた。
「ほぅ、古代文字か。これ持って返ったら三世代にわたって使い切れないぐらいの金が手に入るのにな、もったいねえ」
「はいはい、そもそも持って帰るなんて無理なんだから、とっとと壊すよ」
顎に手を当ててしかめ面のシメライを押しのけて、ユミテが一歩前に進む。
刃を鞘から抜き放ち、正眼に構える。
「ちっ、しゃあねえな。ほいっと」
シメライが扇子を振ると、ユミテの刃に金色の光が宿った。
達人の腕前に加え、魔法の力を付与することで尋常ではない破壊力を生み出す。今までこの一撃に何度助けられてきたか。
「念のために同時に射っておきますね」
「あいよ。そっちも付与しとくぜ」
ホクシーの鏃にも光が灯る。
ユミテとホクシーは顔を見合わせると呼吸を整えて一斉に動く。
光を放ち飛行する斬撃と矢。それがほぼ同時にコアへと命中した。
真っ二つに切り裂かれたコアに矢がぶつかり、爆音を響かせて木っ端微塵に砕け散る。
「うっしゃー! 大成功だぜ!」
「これで犬岩山討伐完了! 呆気なかったわね」
手を打ち合わせて喜ぶ、シメライとユミテ。
そんな二人を優しい目で見つめるホクシー。
活躍の場がなかった私とクロクロは後方でそっと握手を交わした。
「皆、無事に帰るまで油断は――」
突如、体が大きく揺れた。
立っていられないほどの振動が何度も何度も。
「おおおおおおっ! ど、どうなってんだ!」
「おそらくだが! 横転しようとしているのでは!」
コアを失った犬岩山が横倒しになろうとしている、と仮定して考えられるのは――。
「衝撃に備えろ! 高所から叩き付けられると想定しろ!」
「いやいや、備えたところで体がもたねえっての! クロクロ、船の要領でまた膨らんでくれ! ボミーは船代わりにクロクロの両手両足を掴め!」
「了解した」
シメライに従って実行する。クロクロの両手脚を掴むと、シメライたちが私の体にしがみ付く。
「浮いた状態で壁にぶつからないように、動きを合わせないといけないのかっ! ああもう、くそがあっ!」
シメライの負担は大きいが踏ん張ってもらわなければならない。
体が浮き床から脚が離れるとほぼ同時に、細い管から大量の液体が流れ込んできた。
「うおっ、なんだこれは。むむっ、液体に触れたコートに穴が」
「これは消化液ではありませんか? 生物と同じ内臓を模しているのであれば、胃も存在していて当然かと」
「なるほど、胃液というわけか」
いつもならシメライの解説が入るのだが、今は魔法の調整で手一杯のようで口を挟む余裕がない。
この展開は想定内。巨大な生物の中に入ると仮定していたので対策はしている。
「クロクロ、アレを取り出してくれるか」
「はい。……おろろろろ」
黒い布状に広がったクロクロの一部に穴が開き、そこから液体の入った瓶が落ちてきた。
「これで消化液を一時的に防ぐことが可能なはずだ。急げ! 消化液が迫っている!」
「ということがあってな」
「今思い出しても、ぞっとするわい」
「あの後、小さなゴーレムが襲ってきたり、脱出までにも色々ありましたから」
「いやはや、懐かしい。先輩たちの目を見張る活躍もお見事でしたが、ここにいる仲間が一人でも欠けていたら、こうしてここにはいられなかったでしょうね」
ユミテ、ホクシーは穏やかに語っているが、壮絶な逃亡劇も詳しく聞きたかった。
それまでの話も充分面白かったけど、また機会があれば続きを聞かせてもらおう。
「ありがとうございました」
貴重な話を聞かせてくれた五人――元黒の団にお礼として飲み物を渡しておく。
「すっごいお話だったね」
「全盛期の熊会長たちか。半端ねえな」
「園長先生、もっと若い頃の話を聞かせて欲しいっす」
ラッミス、ヒュールミ、シュイの三名が目を輝かせて尊敬の眼差しを注いでいる。
黒の団か。今も全員の強さが際立っているが、若い頃のみんなにも会ってみたかった。もし、その頃に自動販売機として転生していたら、別の物語が生まれていたのかな。
あっ、そういえば、肝心な話を聞いてない。
「く り よ く り」
「よ か い ち よ」
「せ い か く」
「くりよくり、よかいちよ、せいかく、とは?」
熊会長が首を傾げている。ハッコン検定三級にはまだ難しかったか。
「えっと、クロクロ会長の性格が変わった話を聞きたいんじゃないかな」
「いらっしゃいませ」
さすが検定一級のラッミスだ。完璧な通訳だよ。
昔話ではあんなに大人しかった闇の森林会長のクロクロがこうなってしまった理由を知りたい。
「クロクロがこうなったのは、まあ、あれだ」
「ボミーが原因じゃ」
「そうですね」
「その通りです」
空を仰いで言葉を濁していた熊会長の逃げ道を無くすように、三人が口を挟んだ。
「そうやで。わいに向かって、もう少し積極的に我々と接してみてはどうだ。もっと気軽に砕けた口調で話してくれると嬉しい。話が苦手でも構わぬ、どんなくだらない話でも耳を傾けよう。って言ってくれたんや! そこからわいは奮起して話術を磨いて、ギャグを学び、完全体へと進化したってわけやな!」
なるほど、コレを生み出した切っ掛けは熊会長だったのか。
「後悔先に立たず、とはよくいったものだ。人生で一番の後悔がそれだ」
「さあ、約束通りわいの話に付き合ってもらうで! まさか、清流の湖の会長ともあろうお方が、約束事を破るなんてことはあり得へんよな? 今日は一晩中、語り明かそうやないか」
周囲をぐるぐると回りながら放たれる言葉の濁流で、熊会長が溺れそうになっている。
そんな二人から目を逸らさずに徐々に距離を取っていく、シメライ、ユミテ、ホクシー。見事な足さばきだ、一切音を立ててない。
「今日は昔話で盛り上がるで! もちろん、黒の団のみんなでなっ!」
撤退の構えだった三人の足下から影が伸びて胴体に巻き付いている。
「逃げ損ねてしもうたっ」
「影を切ってでも撤退した方が」
「ユミテ先輩、それはさすがに」
全員が観念したのか、うなだれた状態でとぼとぼと歩いて行く。
彼らの行き先にあるのは酒場もやっている、ムナミの宿屋。
いつもは店の前が定位置だけど、今日は中に入れてもらおうかな。ジュークボックスにフォルムチェンジして、みんなの昔話に花を添えるとしよう。




