生み出す自動販売機
「スオリちゃんの家には珍しい物がいーっぱいあるんだよね?」
小さな女の子が大きく円を描くように腕を広げ、笑顔で質問をしている。
無邪気な子供は見ているだけで和む。
「もちろんですわ。わらわの家には古今東西から集めた珍しい品が、いくつもありましてよ」
口元に手を当てて当然とばかりに胸を反らし自慢しているのは、この集落で一番の金持ちらしい、商家の娘スオリだ。
しっかし、お子様はこんな環境でも元気いっぱいだな。
子供達が俺の前に集まり元気にはしゃいでいるので、聞く気が無くても子供特有の甲高い声が届く。
スオリと同年代らしい子供が三人いるのだが、服装からしてスオリのような富裕層ではない。
見るからに悪ガキっぽい男の子。眼鏡をかけた真面目そうな少年。大人しそうな女の子の三人組。
……ん? あの女の子って確かメイちゃんだよな。常連のお爺さんとお婆さんの孫だったはず。
この町に来たばかりだけど、仲良くやれているみたいで安心したよ。
そんな四人の中で、一人だけ仕立ての良い服を着ているスオリが浮いて見える。
少しきつい性格をしているから友達がいるのか心配だったけど、杞憂だったか。
「今度見せてくれよ! ここってダンジョンだから、なんもなくて暇なんだよ」
「集落の外に出たらダメだって、おじいちゃんとおばあちゃんも言ってたよ」
「こそっと出ようとしたら、すっごく怒られました」
足下の石を蹴って不満をあらわにする子供達。
仕方ないよな。ここは元来魔物の住処であって、人間の方が勝手にやってきて住み着いている立場。
だから、そこら中に魔物がうじゃうじゃいて当然の環境。子供が集落を出たら命の保証はない。大人が口を酸っぱくして注意するのもうなずける。
それでも集落の中は平和に見えるので子供達にとっては不満だよな。
「スオリちゃんのところにはどんな物があるの?」
「そうですわね……高価な武具が多いでしょうか」
小首を傾げて少し考えていたスオリが自慢を口にする。
「武器と防具かー。んー、ここじゃ珍しくないよなー」
「うん、いつも見てるし」
「そうだよね」
おっと、子供達の期待には応えられなかったか。
でも、当然だよな。俺だって当初はファンタジー世界特有の装備にわくわくしていたけど、流石に見慣れた。
ダンジョンでは普段着みたいなものだから。
この反応はスオリにも意外だったようで「ごほんっ」と咳払いすると表情を引き締める。
「それだけではありませんわ。名画や煌びやかな装飾品なども――」
「えー、そんなの面白くないよ。珍しい食い物とかの方がいいって!」
「あっ、ケーキ! ケーキ食べてみたい! あれって甘くて美味しいんだよね? 絵本に書いてたよ」
「いいですね。ボクも実際に口にしたことがないので興味あります!」
見せてもらうだけだった話が、食べさせてもらうに変化している。
やっぱり物欲より食欲だよな。子供らしくて結構。
「も、もちろん、ありますわ。ケーキ……そんな物で良いならいくらでもありましてよ。おほほほほほ」
三人に詰め寄られたスオリが余裕ぶって高笑いをしている。
……その口元は思いっきり引きつっているけど。
「マジで! じゃあ見せ……食べさせてくれよ! ああっ、もうお昼だ! 飯食いに帰らないと」
「メイも!」
「僕も! 弟に全部食べられちゃう!」
三人は踵を返し「明日、うちまで遊びに行くねー」と、大きく手を振りながら駆けていく。
微笑みながら小さく手を振り返すスオリ。その横顔は……少し寂しそうだ。
「家族ですか。……っと、そんなことで落ち込んでいる場合ではありません! 明日、明日までになんとか!」
スオリは急に大声を出すと拳をぎゅっと握りしめ、気合いを入れているようだ。
今日は感情の起伏が激しいな。
「ハッコンさん、今のお話聞かれてました?」
そのポーズのまま斜め後ろにいる俺へ顔だけを向ける。
なんか、怖いのですが。
「いらっしゃいませ」
「それは話が早くて助かります。ご承知の通り、わらわの家はそれなりに裕福な商家でして」
謙遜しているがスオリの実家はこの大陸でも指折りの商家らしい。どれぐらい金持ちなのかは、今も路地裏や物陰から心配そうにこっちを見守っている黒服のボディーガード集団を見れば嫌でもわかる。
少女一人の護衛にこれだけの人数を割けるなんて、相当な財力だよな。
「ですが、富のほとんどは実家の方に置いてまして、清流の階層へはほんの一部しか持ち込んでいないのですよ。それも大半が武具になります」
晴天の青空を眺めていると忘れそうになるが、ここはダンジョン。
モンスターもそうだがお世辞にも治安が良いとは言えない。俺が誘拐されたぐらいだ。
こんな危険な場所に全財産を持ち込む金持ちはいないよな。
「なので、皆様が期待していた品を用意出来る、とは言いかねる状況でして」
悲しげに目を伏せて、泣いているような素振りを見せてはいるが、ちらっちらっと何度もこっちを見ている。
前も似たようなことがあったなー。鎖食堂への対策会議に呼ばれたときだ。
店主達が悲壮感を演出しながら、同じような動きをしていた。
つまり、俺になんとかして欲しいってアピールか。
「ところで、ご相談なのですが。もし、よろしければお友達の望む品を提供していただけると、とても、とーっても助かります」
子供なのだから見栄なんか張らずに「ない」って言えば済む話だとは思うけど、プライドの高さが邪魔をしているのだろう。
あと、友達の前で良い格好をしたいというのは……異世界でも同じか。
スオリの背後に目をやると、物陰から半身だけ出した黒服の一行がペコペコと何度も頭を下げている。
……いつもご苦労様です。
しゃーない、お嬢様のお手伝いをして差し上げますか。
「いらっしゃいませ」
「本当ですか! ありがとうございます、ハッコンさん!」
両手を挙げてピョンピョンと跳ね、全身で喜びを表現している。
さーて、そうなると菓子……それもケーキか。
少し前まで、この階層では甘味はかなりの贅沢品だった。砂糖をふんだんに使ったお菓子なんて、地上でも富裕層以外は滅多に食べられない物……だったのだが、とある事情により甘味が珍しい物ではなくなった。
その理由というか原因は――はい、俺です。
多種多様な清涼飲料水の大半には糖分が含まれているわけで、果汁の入ったジュースなんて子供達に大人気だし。
「ケーキなら我が家のパティシエに作らせることは可能なのですが、あいにく今は父上に付き添い地上にいまして。簡単な焼き菓子であればメイドが作ってくれるのですが、ケーキとなると手間も腕も必要となります。それに、材料となる新鮮な果物を明日までに取り寄せるのは難しく」
そうだよな。清流の階層で農業をしている人はいるらしいが、それは野菜であって果物を育てているという話は聞いたことがない。
となると地上から転送陣を利用して仕入れるしか手はないのだが、それには時間が必要となる。
それがわかっているのだろう、スオリの表情に陰りが見られる。
果物だけならカットフルーツの自動販売機が存在するので販売は可能。だけど、肝心の作れる人が居ない。
クレープ自動販売機なら今すぐにでも提供できるが、それじゃあ子供達は納得してくれないだろうな。
俺が考え込んでいる間に、スオリの表情がますます暗くなっていく。
――大丈夫、心配しなくてもいいよ。心当たりがあるから。
自動販売機の体をシックな灰色に変え、中身の機能も変更する。
「ハッコンさんの見た目と色が……。この缶の形はいつもの飲料と同じようですが、この丸いものが描いてある絵は。あれ、こちらは赤い果物の断面とクリームにスポンジでしょうか……もしかしてっ⁉」
俺に額が付きそうなぐらい顔を寄せ、ずらりと並ぶ商品を凝視するスオリ。
彼女が注目するこの商品は――ケーキ缶!
その名の通り、缶の中身がケーキになっている代物だ。
これはアイデアだけの商品ではなく、ケーキ屋が作った本格的なもので味も保証付き。
小洒落たケーキ屋に男一人で入るのにはちょっと、なんてためらってしまう男性でも自販機なので気軽に買えるのがポイント高いよな。
試しに一個だけ取り出し口に落とす。
「えっ、まだお支払いしていませんが」
「いらっしゃいませ」
「その、いただいてよろしいのでしょうか?」
小首を傾げたポーズが可愛らしい。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ、というのはハイという意味でしたわね。では、遠慮なく」
ケーキ缶を手に取ると太陽にすかすように掲げ、あらゆる角度から真剣に調べている。
「材質は今まで手にした、どの商品とも少し違うような。ガラスのように中が透けて見えているようですが、肌触りが別物ですわ」
商家の娘なだけはある。子供らしからぬ洞察力だ。
その缶の材料は上部以外がプラスチックで、中のショートケーキが透けて見える仕組みになっている。
断面が見えているというのがポイント高いよな。
軽く叩いたり全体をなで回すようにをじっくり調べ、ひとまず満足したようだ。缶の上にあるタブを掴み、ゆっくりと引き上げていく。
「うわーっ、ウツガが白に埋もれてますわ」
クリームの白で覆われた表面の中心部には、ちょこんと顔を出すウツガ――イチゴみたいな果物。
「皆様にお出しする前に、味を確かめておく必要がありますわね。スプーンを」
パンパンと手を鳴らすと、すっとスオリの前に差し出されるスプーン。
うわっ! ……いつの間にやって来たんだ、この黒服の人。まったく気配を感じなかった。
「味の方は……ん、んーーっ⁉ クリームの雑味がない甘さ……かなり上質な砂糖を使っているのでは? それに、こんなみずみずしく甘いウツガなんて食べたことがありません。それに中に入っているこれは……砕いた木の実? この歯ごたえと味がアクセントになって、飽きがきませんわ」
喜んでくれているのは伝わるが、驚くよりも笑顔で「甘ーい」とか「おいしぃー」とか、もうちょっと子供っぽい率直な反応を期待していたのに。
商家の娘は伊達じゃないってことか。
あくまで冷静に食レポをすると、口元に付いたクリームを上品にハンカチで拭っている。
「これなら皆さんも納得してくれるはず。では、こちらの品を四人分いただきますわ」
「ありがとうございました」
そう言ったスオリの隣に佇む黒服が懐から財布を出して、俺の中に硬貨を投入していく。
スオリも含めた四人分の缶ケーキが売れ……たのだが、硬貨の投入は止まらない。
気がつけば目の前にずらっと並ぶ黒服の面々。黒服達が順番待ちをしている。
「申し訳ありません。あまりに美味しそうなので、つい」
黒服のリーダーらしき男が頭を下げて謝っている。
「貴方達……仕方ないですわね。適度の糖分補給は必要ですから。いつも頑張ってくださっていますし、この代金はわらわが持ちます」
スオリが肩をすくめて、ため息を一つ吐く。
その言葉を聞いて歓声を上げて喜ぶ黒服集団。
えっと、隠れて護衛するのが任務では? こんなに堂々と姿を現してはしゃいでいていいの?
と、ツッコミたくなったが、全員の嬉しそうな顔を見て言葉を発する。
「いらっしゃいませ」
黒服全員に行き渡ったのでケーキ缶を元の商品に入れ替えようとしたら、まだ一人残っていた。
可愛らしいお客様はうつむいて、もじもじしている。
「あ、あの。念のために少し多めに買っておこうかと思いまして。こういった珍しい品は研究材料として貴重ですからっ。これは商人の娘として必要事項なのですっ」
スオリが頬を赤らめ照れながら、早口で言い訳めいたことを口にしている。
ふふっ、実はかなり気に入っていたのか。
今度こそ全員に行き渡ると商品をすべて入れ替える。
それではご一緒に紅茶はいかがですか?
俺の意図を感じ取ったスオリが満面の笑みを浮かべる。
「ハッコンさんも中々の商売人ですこと」




