昆虫自動販売機
これ、どうしよっかなー。
まだ日が落ちていない時間帯なのに珍しく客がいないので、自分の機能や商品について調べていた。
頭に浮かぶ商品のラインナップ。
生前に購入したことがある物だけなのに、とんでもない数がある。自分の購入履歴を改めて確認すると我ながら……軽く引く。
買ったことのない品を自販機で見つけては、ほぼ即決で手に入れてきた成果がこれだ。
冷静に考えると、そんなに欲しくない物も少し、いや、結構あったけど自販機マニアとして買わずにはいられなかった!
後悔は……していない!
本当だよ!
過去よりも現在。ということで需要がなさそうな商品にも光が当たらないかと思案中なのだ。
それで、さっきからずっと悩んでいるのが――昆虫食。
栄養価も高く、味も悪くないがなんせ見た目が、ね。
透明のプラスチック筒の中に銀色の袋。そこには堂々と原材料である虫の画がリアルに描かれている。
問題の中身は虫をそのまま乾燥させた姿。
自販機も昆虫食ブームを受けて商品として売り出されたのだが、そのインパクトのおかげかメディアで取り上げられて評判になった。
まあ、俺は話題になる前から既に情報はゲットしていたけど!
……いかん、いかん。自販機マニアとしてマウントを取ろうとするのは良くないぞ。
話を戻そう。その昆虫食なのだが商品が一つじゃない。実は種類が結構豊富でコオロギ、タガメ、イナゴ、カイコ、ワーム、タランチュラ、カブトムシ、ミックスがある。
俺は自販機で購入した商品しか売ることができない。
つまり、この昆虫食一式を実際に買ったということになる。
ああ、買ったさ。そして、自販機マニアとしての心意気と食べ物を粗末に扱ってはいけないという躾を守り、完食しましたとも! 全種類をな!
味? なんか、ナッツみたいだったのは覚えている。意外にも悪くなかった。
ただね、ほんと見た目が悪い。子供の頃だったら昆虫の姿に抵抗も少なかったけど、大人になると昆虫がダメになる。
触るだけでもヤバいのにそれを口に入れて食うんだよ。ちゅうちょして当然だ。
なので、商品として売り上げは期待できないと諦めていたのだが、ふと気づいたことがある。
現代日本人の大半が同じ気持ちだと思うけど、異世界人はどうなんだ?
魔物を平気で食べる人たちなら、昆虫もいけるのでは。
「ハッコン、チカチカ光ってどうしたっすか?」
にゅっ、と横合いから視界に入ってきたのはシュイ。
愚者の奇行団の射手でボーイッシュな格好が似合う、大食いの女子。
「小腹が空いたから、何か美味しい物が食べたいっす」
普通ならこころで袋菓子や甘い物を提供すれば満足してくれるのだが、シュイの胃袋は常識を越えた異次元。
常人の数倍は軽く平らげてしまう。
最高のタイミングで実験体……お客が来た。
「できれば、食べたことない珍しい物があったら嬉しいっす」
ほほう、それは都合が良い。珍しい物をご所望か。
カタン、と取り出し口に商品を落とす。
「硬貨入れてないけど、いいんっすか?」
「いらっしゃいませ」
「やったー。ありがたく、いただくっす」
満面の笑みを浮かべ、素早く手を突っ込むと勢いよく引っこ抜いた。
そして、手にした商品を見て笑顔が凍りつく。
「うわわわわわ! ひぃぃぃっ!」
思わず放り投げた商品が地面を転がり、俺の体にぶつかって停止した。
「な、なんっすか、このリアルな虫の絵は!」
あれっ、虫が苦手なんだ。食いしん坊のシュイなら、なんでもいけるかと思ったのに。
「まったく驚かさないで欲しいっす。こんな絵を袋に描くなんて悪趣味っすねー。虫が食べるぐらい美味しいって意味なんっすか」
ブツブツと文句を言いながらも、落とした昆虫食を拾ってプラスチック筒から袋を取り出す。
勘違いして開けようとしているけど、さっきの反応を見る限り止めた方がいいよな。
「ざんねん」
「今更、やっぱやめたーは無しっす」
こちらの想いが伝わらなかったようで、背を向けると勢いよく袋を開封した。
そして、指を突っ込んで中身を摘まみ出す。
一度、体が縦に大きく揺れると、そのまま微動だにしない。
「こ、これ……」
なんとか絞り出したか細い声が俺に届く。
ゆっくりと振り返ったシュイは青ざめた顔で、摘まんだコオロギを俺に突きつけてきた。
「あたりがでたらもういっぽん」
「いらないっす!」
涙目で即答された。
「虫だけは、虫だけはダメダメっす。他はなんでも好き嫌い無く食べられるけど」
それは申し訳なかった。
この感じだとラッミスやヒュールミに、お試しして貰うのも止めておいた方が無難か。
残念だけど昆虫食は封印だ。
「シュイ、大きな声でどうしたの?」
「食べるとか言ってたよね! 何か食べ物あるの⁉」
「よだれが垂れているぞ、ペル」
「ハンカチ貸してあげるから、ショートが拭いてあげたら?」
元気な声でやってきたのは、大食い団の四名。
二足歩行のタスマニアデビルにしか見えないが、袋熊猫人魔という種族。
「うーん、なんでもないっす……。あっ、これ良かったらあげるっす」
シュイは摘まんでいたコオロギと開封したばかりの袋を押しつけるように、リーダーのミケネに渡した。
大食い団が集まると――歓喜の声を上げた。
「うわあー、美味しそうな虫だあ」
ぽっちゃり型のペルが袋に顔面を突っ込みそうな勢いで覗き込んでいる。
「大丈夫かどうか、ボクがまず味見をするから!」
ミケネがリーダーらしく仕切っているように見えるが、あの顔は先に食べたいだけだろ。
「ずるいぞ、俺にもくれよ!」
団の中では比較的冷静なショートなのに、欲望をむき出しにしている。
「もう、ここは団の紅一点に譲る場面でしょ」
スコも我先にと仲間を押しのけて昆虫食を奪おうとする始末。
大食い団には、まさかまさかの大人気となっている。
「おいひぃね! 外はカラッとしていて香ばしいあじがするぅぅ。生で食べひゅよりおいひいひょ」
「ペル、食べながら話すな。昆虫の足が飛び散って汚い!」
「ショートもペルも喧嘩しないの。ご飯は楽しく食べなくちゃ」
「うんうん、スコの言うとおりだよ。でも、本当に美味しいね。これならいくらでも食べられそう」
勢いよく貪る大食い団を見て、ドン引きするシュイ。
よくよく考えると二足歩行で人の言葉を話しはするが、見た目は完全にタスマニアデビル。それなら、食の好みは動物寄りなのかもしれない。
自販機の商品でも、シンプルな味付けのから揚げが好物だし。昆虫を餌とする動物は多いもんな。
……これは商売のチャンスかもしれない。
それからというもの、昆虫食は獣人が買いに来たときだけ提供するようにした。
人間相手にはからっきしだが、獣人相手には飛ぶように売れていく。
昆虫はスナック感覚で食べられるらしく、手頃なおやつとして浸透しつつある。
とはいえ、総売上で見るとよくはない。理由は単純明快。獣人が人間に比べて圧倒的に少ないから。
この迷宮でよく見かけるのは大食い団と熊会長とタヌキとキツネの獣人ぐらい。需要が少ないから供給もそれなりになる。
商品購入のメニュー欄を開いて、昆虫食をどれだけ仕入れるか悩む。
うーん、とはいえ大食い団はいっぱい食べるから、十個なんてあっという間だろうし、なら百個はやりすぎかな。ポイントは消費するけど、三十ぐらいなら問題ないか。
「ハッコン! ハッコン! どうしたの?」
うわっ、び、びっくりした。
不意に聞こえた、俺を気遣う大きな声。
それが、思考の海に潜っていた意識を引き戻した。
「話しかけても返事してくれないし、すっごくチカチカしてたよ?」
こっちに振り向いて心配そうな顔をするラッミス。
そうか、今はハンターギルドで受けた依頼中だった。
いかん、いかん。
今日はラッミスとヒュールミ、そして熊会長と一緒に清流の階層内の調査中。
王蛙人魔や蛇双魔だけではなく、階層主である八足鰐まで現れる始末。これは近年まれに見る異常事態のようで、熊会長自ら調査に同行している。
今のところ魔物に襲われることもなく、護衛も兼ねている熊会長の強さを知っているので今後の商売について考え込んでいた。
「ハッコン、別のこと考えてただろう?」
ニヤついた顔のヒュールミが鋭い指摘をしてくる。
「あたりがでたらもういっぽん」
「ハッコンってとぼけるときに、よくそれを言うよね」
うっ、ラッミスに見抜かれている。
反省して、真面目に依頼に集中しよう。商品のメニュー欄も閉じ、閉じ、んっ?
んんんんんんんんんんんんんんんんんんっ⁉
「わ、わわわ、わ! ど、どうしたのハッコン! めっちゃ光ってる!」
「ま、眩し!」
「ハッコン、調子が悪いのか?」
三人が心配してくれているけどそれどころじゃない。
やってしまった!
昆虫食のコオロギを三十個仕入れる予定が――三百個になってる!
ラッミスの声に驚いて誤発注ぅぅぅっ!
三十なら、捌ける自信はあるけど桁が違う!
大食い団相手に一日十個売ったとしても、一ヶ月で三十。一年で三百六十個。全部売り切るには一年近くかかる計算になる。
やらかした!
キャンセル、キャンセルは⁉ 無理なのか……。
ど、どうしよう、これ。ポイントもかなり消費したぞ。
「ハッコン、ピカピカが止まらないよ⁉」
お、お、落ち着け。ここは、冷静に、紅茶でも飲んで落ち着け。
「うおっ! おいおい、甘いお茶が大量に落ちてきてるぞ?」
取り出し口からあふれ出るミルクティー。
んんんっ! だから、落ち着け俺!
やっちまったもんはどうしようもない。大きく深呼吸……口がないや。
「あっ、点滅が止まった」
「故障したのかと思って焦ったぜ」
「お主が取り乱すとは珍しい」
あー、貴重なポイントを無駄に消費してしまった。
取り戻すのは諦めるとしても、三百個もある昆虫食はどうしよう。
在庫をいくら抱えても機能的には問題ないみたいだけど、売れない商品がこれだけあるのはとーーーっても気になる。
在庫の確認をするときに三百の数字が目について、毎回落ち込みそうだ。
「ハッコン。何があったのかわからぬが、悩み事は後回しにして貰えると助かる」
熊会長の静かで迫力のある声を聞いて我に返った。
近くにあった岩の裏に隠れる熊会長が手招きをして、ラッミスとヒュールミを呼ぶ。
二人とも慌てて駆け込むと、そっと岩陰から顔を覗かせる。
視線の先は見渡す限りの草原で、遠くには山や湖が見える。何もなければピクニックに最適な場所。
でも今は、そんなのどかな風景に見惚れる余裕はない。
右を見れば頭が二つある蛇の群れ。
左を見れば二足歩行している蛙の群れ。
清流の階層に居座る三大魔物の内、二種がそこにいた。
ただ、絶妙な距離感で互いに敵の存在は把握して警戒はしているが、争いには発展していない。
「にらみ合っている状況か」
「蛇双魔は蛙人魔の天敵なのだが、数的に不利なので手出しができぬようだ」
「んー、蛇双魔一体に対して蛙人魔三体ぐらいの割合かな?」
ラッミスが指さし確認をしながら数えている姿は可愛らしい。
蛙人魔は数的に有利だが、そもそもの能力差がある。蛇双魔は集落を襲ったものよりかなり小さいが、それでも蛙人魔の大きさを圧倒している。
結構な数がいるから、ここで一網打尽にしたいところだけど三人……戦力的には熊会長とラッミスの二人で対応するのは無茶が過ぎる。
同士討ちが理想的だけど、そう上手くはいかないよな。
「戦力が拮抗しているから消耗戦になるのは確実だ。奴らを動かす何か切っ掛けがあればいいんだが」
ヒュールミも似たような考えだったようで、顎に手を当てながら頭を悩ませている。
「切っ掛けって?」
「手を出すに値する理由があればいい。蛇双魔にとって相手は餌だが、蛙人魔は苦手な敵でしかない。撃退したところでメリットはほとんどねえ。戦うぐらいなら逃げた方がマシだろうな」
蛙の方は損しかないのか。
戦う理由ね。蛙は蛇を食べたりしないのだろうか。そもそも、蛙って何を食べ……あっ。
「ハッコン、何か落とした?」
取り出し口に商品が落ちた音を聞いたラッミスが、俺を地面に下ろしてしゃがみ込む。
「筒に入った袋?」
「虫の絵が描いてあるぞ」
ラッミスとヒュールミは首を傾げて、まじまじと商品を見つめている。
「これはおやつに購入した物か」
二人には提供したことなかったけど、熊会長は常連だからね。
良くわかっていないラッミスが熊会長に渡すと、手慣れた手つきで袋を空けて中身を取り出し、大きな口で頬張る。
「げっ」
「虫なのぉ」
二人の顔が渋面になった。
やっぱり、虫は苦手なんだ。
「ご馳走になった」
体が大きいので腹の足しになったのかは微妙だが満足げだ。
更に昆虫食を落とし続けてみる。
「ハッコン、こんなにはいらぬが」
「もしかして、何か別の意図があるのか?」
「いらっしゃいませ」
ヒュールミ大正解。
ラッミスは気づいてないようだが、俺の出した昆虫食を取り出しては地面に並べている。
その数が百近くなったところで一旦停止した。
ずらっと並ぶ昆虫食をじっと見つめる三人。
「「そういうことか」」
考え込んでいた熊会長とヒュールミが同時に呟く。
ラッミスだけわかっていないようで、二人の顔を交互に見ている。
「ハッコン。この昆虫を餌に蛙人魔を動かすって作戦か」
「いらっしゃいませ」
直ぐに理解してくれるから話が早くて助かるよ。
「んと、どういうこと?」
「つまり、この昆虫を蛇双魔の近くに配置して、蛙人魔をおびき寄せ争わせる、ということで間違いないか?」
「いらしゃいませ」
熊会長の説明で納得したラッミスが、大きく何度も頭を縦に振っている。
「でも、天敵がいるのに蛙人魔は近づくかな?」
「ラッミス、よく見てみろ。蛙人魔の方は痩せてるだろ。かなり飢えているように見えるぜ。そんな状態で目の前に美味しそうなご飯がある。お前さんならどうするよ」
「危険を承知で飛びつくかも」
「それに蛇双魔も虫は餌な筈だ。放って置いたら全部食われるかもしれねえ。だとしたら、行くしかねえだろ」
作戦に賛同して貰えたようなので、更に追加で昆虫食を出していく。
「ハッコン。この代金はあとで経費としてハンター協会が支払おう」
「ありがとうございました」
よっし、これで在庫がかなり減る!
いくらでも提供するよ!
「問題はこの餌をどうやって、あそこまで運ぶかだな」
ここは遮蔽部のない平原。
気づかれずに近づくのは不可能に近い。
ここからだと距離はかなりある。走って行って置いて帰ってくるのは無謀だ。
何か使えそうな商品は……これはどうだろう。
全身が発光して姿が変わる。
平べったい土台の上に長方形の四角柱。高さは一メートルより大きいぐらい。
四角柱の前面にはフックがあって、そこにはバッグが引っ掛かっている。
そうこれは、ショッピングバッグ・エコバッグ自動販売機!
側面に硬貨を入れると、フックが外れてバッグを取ることができる。エコバッグが必要不可欠になったここ数年に生まれた、新しい自動販売機だ。
「ハッコンがめっちゃ細くなった!」
「この引っ掛かっているのは紙袋……なるほど、ここに虫を大量に入れてあっちに投げ込めってことか」
「ラッミスの怪力があれば可能だ」
作戦を即座に把握してくれたおかげで、効率よく事が運んでいく。
ヒュールミがプラスチックの筒を空けて袋を破いて熊会長に手渡す。
ラッミスが顔を仰け反らせながら紙袋の口を開けているので、そこに熊会長が中身の虫を流し込んでいく。
それを手際よく繰り返すと、数分でエコバッグ十袋が虫でパンパンになった。
ラッミスがエコバッグの紐を心底嫌そうな顔で掴んでいる。
「心苦しいが、これも集落に住む人々のため。すまぬな」
「ま、役割分担だ。ガンバ」
「ヒュールミぃぃぃぃ。……う、うん。大丈夫だよ。うん、大丈夫」
軽い口調で励ますヒュールミを睨んでいたラッミスだったが、その瞳から光が消え大きく肩を落とす。
いつもの元気が微塵も感じられない沈んだ声で、自分に何度も言い聞かせている。
ごめんな、ラッミス。終わったらなんでも好きな物奢るから頑張って!
十袋分の紐をまとめて掴み、その場で回転を始めるラッミス。
「わわわわっ、虫が飛ぶ、虫が!」
熊会長の背後に逃げ込んで隠れるヒュールミ。
その姿を見て少しだけ溜飲が下がったのか、口元に笑みを浮かべたラッミスが遠心力を利用してエコバッグを投げ捨てた!
放物線を描き両者の真ん中辺りに着地する。
睨み合う視線を遮るように現れたエコバッグに注目する蛙人魔と蛇双魔。
袋だけ消滅させると、中身のコオロギが山盛りで地面に現れる。
あまりに突然のことに理解が及ばないのか、互いに動くことがなく沈黙が場を支配していたが、それを崩したのは蛙人魔だった。
空腹に耐えかねたのだろう、一斉にコオロギへ突っ込んでいく。
それを見逃す蛇双魔ではなく、コオロギを挟んで大乱闘が始まった。
「しばし、見物するとしよう」
無理に手を出す必要はないからね。熊会長は残っていた昆虫食を食べながら気軽に提案した。
「どうだね、観戦のおつまみに」
熊会長から差し出されたコオロギ。
ラッミスとヒュールミは全力で頭を左右に振り拒絶していた。




