一日後 図書館
学校が終わると、摩希は、図書館に向かった。ほぼ毎日の習慣だった。
図書館は、村で、もっとも大きな建物であり、地上五階、地下二階という構造だ。それぞれの階に、人と人がすれ違うのがやっとなくらい、所狭しと書架が配置されている。
まさに、人類の叡智を詰め込んだ場所だ。摩希にとっては、生きるよすがといってよかった。
前日、借りた本を、返却口に返すと、階段に向かった。
階段で四階まで上がると、フロアの中ほどまで、真っ直ぐ歩いていく。
目当ての本が、どの辺りにあるかは、書架案内板を見るまでもなく、おおよそ想像がついていた。
なにしろ、摩希は、この図書館に収められている本全体の、四分の一くらいは、すでに読み終えていたからだ。
周りの大人たちは、しばしば口にするのだった。
摩希ちゃんは、本を読むのが、ものすごく速いねえ――。
まあ、普通よりは、たしかに速いだろう。ただ、ほかの人たちが、遅すぎるだけのような気もする。
摩希は、書かれている文章を、一行一行、読んでいくというより、ページ全体を、画像として記憶するような能力を持っていた。
だから、平均的な厚さの小説は、休みの日ならば、五十冊以上も読めてしまう。
高等部に上がると、ほかの国の本を原文で読みたいという動機から、外国語の文法の勉強を始めた。すでに、英語はもちろん、ドイツ語、ロシア語、中国語は、マスターしたという自負がある。次は、アラビア語あたりを習得したいと考えている。
要するに、読書は、摩希の一番の趣味であり、同時に、ずば抜けた特技だといえた。
そして、摩希は、オーストリアの心理学者であり精神科医である、フロイトの大ファンだった。フロイトの著書に感銘を受け、今は、人間の無意識や催眠術に関する本を、取り憑かれたように読み漁っている。
あった。
書架から、辞典のように分厚い大判の本を抜き出す。
『無意識が引き起こす欲望と衝動』
むろん、こういった本に興味を示すのは、高等部の生徒たちの間でも摩希くらいだ。
小難しい内容の本は敬遠され、人気なのは、やはり、エンターテインメント小説である。
もっとも、小説を読んでいるのなら、ある程度、知的レベルが高いといえるかもしれない。
図書館の地下二階には、申し訳程度であるが、漫画本のみを収めた書架が配置されているコーナーがある。そこは、小等部、中等部、高等部を問わず、生徒たちの溜まり場となっていたのだ。
摩希は、二冊の本を持って、一階のカウンターに向かった。
図書館司書の女性、元木さんとは、すっかり顔馴染みになっていた。二十八歳だと聞いた。
「あらっ。摩希ちゃんは、またまた心理学系の本を選んだのね。まったく、一度、ハマりだすと、とことんまで突き詰める子だわ」
「ええー、そうですかねえ。でも、そういう元木さんだって、今、ロシア文学に、どハマり中じゃないですかあ。トルストイの著書は、もう、全部、読みました?」
摩希は、軽い気持ちで尋ねる。
「それが、まだなのよお。あたし、摩希ちゃんみたいに、速読ができないから――。
あ、そういえば、本当に、高等部卒業後は、ここに就職するつもりなの?」
「はい! もちろんです! こんな天国みたいな職場は、ほかにありませんもん!」
「わかったわ。じゃあ、明日にでも、この村一番の博識少女が、就職を希望してるって、館長に伝えておくね。きっと、館長も、大喜びすると思う」
元木さんは、この上なく嬉しそうに言う。
「よろしくお願いします!」
摩希は、ぺこりと頭を下げた。




