一日後 スクールカースト
ちょっと興味が湧いて、摩希も、その写真を覗いてみた。
うっ――。
二人とも、気合い入りすぎ……。
真っ先に、そう思った。
まあ、どちらも、原形をとどめていないほどの変顔とはいえ、梨瑠香のほうは、顔立ち的にも、また、キャラ的にも、許容範囲内かなという気がする。
しかし、秋乃さんは、普段、漂わせている気品のかけらもない、野獣みたいに変わり果てた姿で写っていた。
腹の底から、火山の噴火のごとく笑いが込み上げてきて、摩希は、ついつい、ぷっと吹き出してしまった。
「あっ、こいつ、笑ったっ!」と、梨瑠香。
「許せん……」
秋乃さんときたら、こめかみに青筋を立てているような顔をしている。
いやいやいや! まったく、悪気はありませんでしたっ! 不可抗力ですってぇぇっ! 秋乃さんの、この顔は、反則ですってぇぇぇっ!
摩希は、心の中で、声の限りに言い訳する。
「許せないっすよねえ? 断じて、許せないっすよねえ? 頭に来たから、摩希も、道連れにしてやるっ!」
突然、左右のほっぺたを、梨瑠香に、両手で包み込まれる。その両手を、むぎゅっと内側に寄せてきた梨瑠香が、
「次は、これでいくから!」
と、カメラ係の生徒に宣言する。
それと、梨瑠香自身も、一枚目の撮影時と同様、気合いのこもった変顔を作っているみたいだ。
今度こそ、完全なる変顔トリオとして、写真に納まろうというわけか。
摩希は、今の自分の顔を、ちらっと想像し、パニックにおちいりかけた。
キス顔みたいに唇を突き出し、動揺のあまり、目を白黒させている、あたし――。
このまま撮影されたら、写真に残る、その顔は、おそらく、二目と見られないような、悲惨な有様となるに違いない。
そう確信したとたん、死ぬほど怖くなり、
「ノーノーノーノォーッ、ノォォォォッー!」
まさに、自分の沽券に関わるという気持ちで、カメラ係の生徒に、ストップをかける。
その生徒は、梨瑠香と摩希という、二人の先輩の板挟みになったがゆえに、哀れにも、困り果てた様子だ。
が、秋乃さんが、カメラのほうを見ながら、ピースサインを出したことで、撮影許可の、お墨付きを与えてしまった。
二対一。梨瑠香側に軍配が上がった形となる。
まもなく、カメラレンズが、こちらに向けられる。
ふたたび、フラッシュが焚かれた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
まるで、断末魔のごとき摩希の叫びが、教室内に響き渡る。
我ながら、ほとんど公害レベルだろう、賑やかな三人組であることを、再認識させられる出来事となった。
そうして、写真撮影が一段落すると、秋乃さんが、つと、目を逸らした。
なんとなく、その仕草が気になったので、摩希も、秋乃さんの視線の先に、目を転じた。
高等部の教室には、男子が十三人、女子が十四人の、計、二十七人分の席が並んでいる。
なかでも、朝から楽しい時間を満喫している、摩希たちとは、対照的ともいえる生徒に、秋乃さんの関心は向けられているようだ。
そこには、席に着き、ひとり、読書にふけっている、茂川雫ちゃんの姿があった。
「摩希も、そうだけどさあ――、雫って、本当に読書が好きだよね」
秋乃さんは、半ば呆れたような口調で言う。
梨瑠香も、そちらを見ながら、
「いや、本、読むくらいしか、やることがないからでしょ」
と、毒気のある物言いをした。
その雫ちゃんの背中に、言い様のない哀愁を感じ、摩希は、その場を離れた。雫ちゃんの席へと歩いていく。
「おはよーっ、雫ちゃん」
「――うっ、あ、あっ、おはよう……」
雫ちゃんは、どぎまぎした様子で返事をする。
その反応を見て、かえって悪いことをしたかなと、摩希は、ちょっとばかり思う。
茂川雫ちゃんは、摩希や梨瑠香と同じ二年生であり、極めて内向的な生徒だった。
その性格は、容姿に自信がないことの表れだと、誰もが捉えているはずだ。
髪質は、見るからに硬そうに、ちりちりとしており、それを、なるたけ目立たせないためなのだろうけど、カーペットの毛並みのように、髪を短く刈り込んでいる。思春期の少女として、自分好みのヘアスタイルを選べないのは、やるせないことだろうなと、摩希は、憐憫の情を禁じ得なかった。
また、その目つきは、どう好意的に解釈しても、正直、悪い印象を拭えない。目の光そのものが、そこはかとなく濁っているように見え、年齢不相応にも、生きることに疲れ果てているのではないかと心配になる。
人を見た目で判断するのは、悪いこと。もちろん、それはわかっている。しかし、負のオーラを漂わせていると、周りから思われがちなのも、致し方ないといえる風貌なのである。
そんな雫ちゃんだが、摩希とは、熱心な読書家であるという共通点があった。だいたい、一週間に一度は、放課後、村の図書館で顔を合わせる。なので、摩希は、学校でも、折に触れて喋りかけているのだった。
「今日は、なに読んでんのぉー?」
すると、雫ちゃんは、おずおずとした手つきで、本の表紙を見せてくれた。
『実録・少年犯罪の深すぎる闇 ~彼ら彼女らは、こうして悪鬼へと変貌した~』
その題名を見て、摩希は、二の句が継げなくなった。
きっと、雫ちゃんとしては、色々と思うところがあり、昔の事件を紐解くことで、少年少女たちが、いかに残酷非道な行為に走りうるか、そうした類いの知識を得たいと望むに至ったのだろう。
ただ、それにしても、学校に持ってくるのなら、SFやファンタジーなどの、エンタメ性のある小説にすればいいのに、と思う。
こういう本、読んでいるのを、周りに知られると、ますます孤立しちゃうよ――。
そのように忠告すべきか迷ったが、よけいなお世話かなと、摩希は考え直す。
なので、雫ちゃんに対して、ふふっ、と意味のない笑い顔を向け、梨瑠香たちのほうに戻っていった。
梨瑠香が、苦笑しながら、
「摩希って、よく、雫みたいな子と、仲良くできるねえー」
と、口にする。
摩希は、きょとんとした。
まあ、梨瑠香の言わんとしていることは、なんとなくわかっている。けれど――。
「なんでなんで? 別に、どうってことないけどぉ? あたしも、本、読むの、大好きだしっ」
空とぼけて答える。
しかし、梨瑠香は、妙に真剣な眼差しになり、
「周りの目とか、気にならないわけ?」
ずばり、本質を突いてきた。
摩希は、言葉を失った。
それから、妙に居心地が悪くなり、早々に立ち去ることにした。
自分の席に着くと、ある概念が、頭にこびり付いているのを自覚する。
一軍、二軍、三軍とかいう序列。
スクールカースト、か――。吐き気がするくらい、嫌な言葉だ。
そして、この日の数学の授業中に、摩希を、立ち直れないほど打ちひしぐ出来事が起きたのだった。




