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一日後 変顔トリオ



 急ぎ足で歩いてきたので、充分、時間に余裕を持って、学校に到着した。

 村で唯一の学校だ。

 小等部、中等部、高等部から成っている。

 昔でいうところの、小学校の一年生から三年生に該当するのが、小等部であり、四年生から六年生が中等部、中学校の一年生から三年生が高等部だ。

 高校や大学、専門学校といった教育機関は、この村に存在しない。


 摩希は、平屋の木造校舎に入る。

 高等部の教室の引き戸を開けると、同じ二年生であり、親友の来栖(くるす)梨瑠香(りるか)が、目敏(めざと)くも、真っ先にこちらに視線を向けた。

 

「遅いよ! 遅いよ! 摩希っ。ちょっと来て。あたし、すんごいモノ、持ってきたんだよねー」


 梨瑠香は、いきなり腕を組んできて、摩希を強引に引っ張っていく。


「なになになに!?」


 摩希は、困惑しつつも、なすがままに連れていかれる。

 日常の楽しい空気に、あっという間に呑まれ、耕治郎おじさんとのことなど、もはや、摩希の頭から吹き飛んでいた。


「じゃっぁぁぁん!」


 梨瑠香は、机の上にあるバッグのチャックを、勢いよく開けた。

 中に、黒い機器が入っているのがわかる。


 ん?

 これは――。


「ポラロイドカメラぁぁぁっ」


 梨瑠香は、さも自慢げに歯を見せる。


「えっ――。こんなの、どうしたの!?」


 摩希は、心から驚いて訊く。

 ポラロイドカメラといえば、撮影後、本体から、現像された写真が出てくるという、超画期的な機械だ。


「うちのお父さん、仕事の取引先が、カメラの部品を作ってる会社で、その取引先の、営業かなんかの人と、親しくなったっぽいの。それで、その人から、試作品を譲ってもらったんだって。

 だから、お父さんに、貸してって頼んだら、一日くらいならいいよ、って言われて。

 ――ってなわけで、持ってきちゃった」


 梨瑠香は、いたずらっぽく笑みを浮かべる。


「なーにやってんのっ?」


 横から、そう割り込んできたのは、三年生の西園寺(さいおんじ)秋乃(あきの)さんだった。

 

 秋乃さんは、梨瑠香のバッグの中を覗き込むなり、目を輝かせる。


「これっ、ポラロイドカメラっていうやつでしょう!? すぐ、写真が見られるんだよねえ!? 三人で撮ろうよ。一人、一枚ずつ、記念として持って帰れるよう、三人分、三枚。いまいまいま!」


 が、摩希は、控えめながらも異議を唱える。


「けど――、学校に、不必要なもの、持ち込むのって、禁止されてるよね? だから、もし、先生に見つかったら、あたしたち、大変なことになるかもよ? とくに、秋乃さんなんて、三年生で大事な時だし、内申(ないしん)に響いたら、それこそ、取り返しのつかない問題じゃなぁい?」


 それに、すぐさま反応したのが、梨瑠香だった。


「出た出たっ。ここぞとばかりの、優等生気取り」


 梨瑠香は、大げさに身を引くような仕草をする。


「ちがっ……、あたしは、べ、別に、優等生らしくしたいわけじゃなくて、ただ、そのぉ……」


 この程度のことで、徐々に、顔に血が上っていくのを感じる。

 実のところ、摩希は、かなりの赤面症()ちなのだった。


 梨瑠香は、その摩希を尻目に、バッグの中から、ポラロイドカメラを取り出した。それから、そばの席に着いている、一年生の女子の二人組に、


「ちょっと頼まれてくれる? あたしたちのこと、これで撮ってよ」


 と、有無を言わせぬ態度で、カメラを押しつける。

 

 二人組は、一瞬、ためらう素振りを見せた。

 が、先輩の言うことは絶対、というより、なにか、梨瑠香の存在感に気圧(けお)されているかのようで、片方の生徒が、うやうやしげにカメラを受け取った。

 その彼女が、立ち上がる。


 摩希は、秋乃さんと梨瑠香に、左右を挟まれる格好となった。

 右手側に立つ梨瑠香が、思い立ったように言う。


「ね、ね、ね、ね、ねぇっ。いっそ、変顔トリオで、いかない?」


 変顔――?

 うっそ。いやだ。

 摩希は、全力で拒否したくなったが、左手側の秋乃さんは、即座に賛同してしまう。


「おーっ、ワンダフルアイディア。了解。だって――、可愛く写ろうとしたら、うちら、百二十パーセント、摩希の、引き立て役になるだけだもんねぇー?」


「ねぇー!?」


 なにやら、容姿の点で、二人から、高い評価を受けているらしいことは理解できる。なのだけれど――。


 梨瑠香が、ドスの利いた低い声で、


「ってことで、決定したから、摩希も、ちゃんと協力してねえええ」


 と、(くぎ)を刺してくる。


 摩希は、宙を仰いだ。勝手に話を進める梨瑠香に対し、内心、地団駄(じだんだ)を踏む思いだったが、カメラレンズが向けられると、もはやこれまで、と開き直った。

 横向きのピースを、あごの下に持ってきて、丸顔を強調するかのように、ぷーっ、と膨れっ(つら)をしてみせる。


 フラッシュが()かれた。

 (あん)(じょう)、教室内の男子も女子も、ざわざわとしたが、摩希たち三人に、注意してくるような、気概ある生徒は、一人として現れない。

 

 秋乃さんは、カメラ本体から出てきた写真を確認したとたん、突如(とつじょ)、いきり立った顔つきに変わった。


「ああー! 摩希だけ、本気モードでやってなーいっ! 梨瑠香、梨瑠香、見てよ、これ。なんか、地上に舞い降りた天使と、二匹のバケモノ、みたいになっちゃってるから」


 梨瑠香も、その写真を見るなり、


「ま・きぃぃぃーっ。あんた、友情に、ヒビが入る並の、裏切りじゃないの、これはぁぁぁぁっ」


 ふざけ半分とはいえ、敵意のこもった眼差しを、こちらに向けてくる。


「ええっ、え、ええぇ!?」


 摩希は、へどもどした。

 あたしだって、女を捨てて、自分のコンプレックスを、思いっ切りさらけ出すような顔を、作っていたというのにぃぃぃぃぃっ。


 秋乃さんと梨瑠香は、その写真を眺めながら、摩希を抜きにして、どういうわけか、美醜についての論争を始めた。

 その二人による、言葉の応酬(おうしゅう)は、一言で表現するなら、異様、であった。

 なにしろ、どこからどう見ても、美少女である者同士が、自分自身は、いかに外見的に劣っているか、卑下し合っているのだ。

 

 摩希は、首を、ぼきっと音が鳴るほど傾げたくなるような、強い疑問を抱く。


 一方の秋乃さんは、いかにも理知的な目鼻立ちをしている。実際、頭の切れが鋭く、どの教科でも才媛(さいえん)ぶりを発揮するので、人の内面は顔に表れるという理論を、ものの見事に証明している例だと、つくづく感心する。

 

 外見上、摩希と共通しているのが、ショートヘアであるところだ。自身の長所である活発さを、前面に押し出そうという意図が、そのヘアスタイルからは、ありありと伝わってくる。

 

 実は、摩希が、耳にかからない程度に、髪を切り揃えているのは、そんな秋乃さんの影響を、多分に受けているためでもあった。

 つまり、摩希にとって、秋乃さんは、リスペクトの対象なのである。


 また、一方で、梨瑠香はというと、すこぶる表情豊かで、喜んだ時には、まるで、この世の覇者(はしゃ)であるかのように歯を見せて笑い、驚くと、かっと目を見開き、怒った時には、鬼神のように眉間にしわを寄せる。

 不思議と、それらのうちの、どの表情も、魅力的に思えるのだから、同性である摩希からすると、羨ましいことこの上ない。

 

 それに、サラサラとした髪を、いかにも無造作(むぞうさ)な感じに肩まで下ろした、そのミディアムヘアが、ちょうど高等部の二年生らしい、幼すぎもせず、背伸びしすぎでもない、自然体の色気を醸し出すのに、大きな役割を果たしていた。

 

 そして、極めつけは、なんといっても、あごの尖った、シャープなフェイスラインだ。

 もう、それこそ、物心(ものごころ)付くか付かないかの頃からだろう、昔から、摩希が、ずっと憧れてきたものを、梨瑠香は、持っているといっていい。


 だというのに――、そんな二人が、いったい、どんな顔つきをすれば、秋乃さんの言うところの、『バケモノ』になってしまうのか。



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