一日後 目覚め
青村摩希は、ぱちっと、まぶたを開けた。目覚めは、爽快そのもの。
勢いをつけて上体を起こせば、今日一日を、楽々と乗り切れるだけのエネルギーが、体中にみなぎっている感覚がある。
摩希にとって、月曜日の朝の憂鬱など、遠い国の出来事のように無縁の話だった。
一階に降りると、母の直美が、台所で洗い物をしていた。摩希の足音を聞いて、こちらを向く。
「おはよう」
「おはよーっ」
摩希は、朗らかに応え、ちゃぶ台に目をやった。すでに、おかずは用意されている。
炊飯器とお鍋から、それぞれ、ご飯と味噌汁をよそい、ちゃぶ台の前に正座した。
軽く両手を合わせ、食事に手をつける。
「摩希、昨日は、すごい早く寝たのに、朝まで、よく起きなかったわねえ」
母が、食器を洗いながら言う。
「うーん。よく憶えてない。何時頃、眠ったのか。ぐっすり寝て、気づいたら、朝だった、って感じ」
摩希は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「疲れてるんじゃないの? 摩希にしては、珍しく」
「いや、そんなことないよ。疲れるような原因なんて、これといって思い当たらないもん」
「そっか。それなら、安心だわ。
あ、でも――、三年生は、今頃、大変でしょう? 進路のことがあるから。学校で、そういう話、聞かない?」
「あー、ちらほらと聞くかな」
「摩希も、あと一年後は、ちゃんと、進路を決めないといけないんだよぉ。もう、何になりたいとか、考えてる?」
「うん。図書館司書さん!」
摩希は、即答した。
「ははっ。やっぱり、そう言うと思った」
母は、すこぶる嬉しそうだった。
朝食を終えた後、摩希は、洗面台に向かった。
歯磨きと洗顔を済ませてから、鏡を、じっと見つめる。
自分は、しばしば、タヌキ顔の美人だと言われる。
ぱっちりとした黒目がちの目。鼻筋は、しゅっとしていて、まあまあの高さだ。
けど――、ほっぺたからあごにかけてのラインは、大福を彷彿とさせるほど、丸みを帯びている。
このフェイスラインこそ、人からタヌキ顔と指摘される、その一番の理由なのだ。言っているほうに、悪気がないことは、よくわかっている。でも、その言葉を聞くたび、密かに、コンプレックスをつつかれているような気分になるのだった。
これまでは、自分の取り柄である、快活な面をアピールする意図もあり、ずっとショートヘアで通してきた。けど、そろそろ、ボーイッシュさを捨て、髪を伸ばすのもいいかもしれない。そのほうが、顔の丸みが目立たないだろうし。
ああー。いわゆるキツネ顔と言われる、シャープな輪郭の顔になりたかった。
きっと、そんな顔立ちだったら、あの、藤沢諭羅くんにも、自分から、積極的に喋りかけられたはず――。
つい、ため息をこぼしてしまう。
ないものねだりをしていても、仕方がない、か。
摩希は、二階に上がり、部屋に入ると、仕切り用のカーテンを引き、その奥のスペースに戻った。
紺色のブレザーとチェックのスカートに着替え、バッグに、教科書やノート、あとは、図書館で借りた本などを詰めていく。
この部屋は、母と共同で使っていた。
仕切り用のカーテンの奥が、摩希のささやかなプライベート空間だった。布団を敷くと、もう、ほとんど空いているスペースはない。
思春期の少女として、不便に思うことは、ままある。とはいえ、不満を口にしたって、何が解決されるわけでもない。
受け入れるしかないのだ。
この村では、ごく一部の例外を除いて、どの家も、こんなものなのだから。




