二日後 選ばれし人
グネルド教の教会では、相も変わらず、村人たちが、明日をも知れぬ身の上について吐露している。
そのような状況下で、雫ちゃんの件を、皆の前で告白するというのは、やはり気が引けてしまう。しかし、今の摩希にとって、すがるべき存在は、神の代弁者たる東堂さん以外に考えられなかった。
だから、摩希は、勇気を振り絞り、右手を挙げた。
黒い服を着て、フードをかぶった老婆、東堂さんが、こちらに手を差し向けた。
「では、青村さん、どうぞ」
「はい」
摩希は、パイプ椅子から立ち、おずおずと東堂さんの横まで進み出た。
東堂さんに向かって、頭を垂れる。それから、自分の両肩を抱き、続いて、その両腕を大きく広げると同時に、宙を仰ぎ見る。グネルド教の神に誓って、真実を告白いたします、という誓約のジェスチャーだ。
その後、着席している村人たちのほうに、体を向けた。
昨日以上に、緊張と不安を覚え、膝が、かたかたと震える。そんな自分を奮い立たせ、高台から海に飛び込むかのような境地で、雫ちゃんの件について語り始めた。
雫ちゃんの名前だけは、頭文字を用いる形で、Sちゃん。内容は、母に相談したのと、まったく同じである。
また、先ほど、母からは激怒されたことも、最後に付け加えておく。
ひょっとしたら、東堂さんからも、お叱りを受けるのではないか――。
摩希は、そう戦々恐々としながら、
「――こんな、あたしは、大馬鹿者の、いじめっ子同然の、まるで生きるに値しない人間なのでしょうか?」
と、問いかけて締めくくった。
沈黙が流れる。
摩希は、気の遠くなるような感覚に襲われていた。
「あらまあ……、なんて子なの……」
横にいる東堂さんは、しわがれ声で言う。
「つまり、青村さんは――、その、Sちゃんという、お友達と、グループを組むのを恥ずかしいと思うことに、良心の呵責を感じているわけね……?」
「はっ、はい……。なんかもう、胸が押し潰されそうで……」
摩希は、唇を噛むようにして答えた。
「優しいわ……、優しすぎるわ……」
えっ――?
東堂さんからは、予期せぬ言葉が返ってきた。
「非の打ち所のない美少女であり、村で指折りの読書家であり、天使のように優しい心の持ち主である、青村さんは、まさに、選ばれし人よお」
自分のことを言われているとは、とても思えない。
「――そ、それは、ちょっと、変っていうか……。あたしは、あの、そのっ……、全然、優しい心の持ち主じゃないですし、現に……、友達を救うことから、逃げたがっているっていうか――。あのぉ、何かの冗談ですよね?」
「冗談なものですかっ! 青村さんは、優しすぎるから、そうやって、罪の意識に責め苛まれ、苦しみ抜いているんじゃないのっ。このご時世、そんな女の子は、天然記念物のように珍しいわよお」
東堂さんの口ぶりからすると、決して、ふざけて言っているのではないらしいと悟る。
そこで、着席している村人たちのうち、ある女性が、声を発した。
「あたしも、東堂さんと、同意見です!
ずっと前から思ってたんですけど、青村さんは、ちょっと行き過ぎかなっていうくらい、心が清らかで、本当に、選ばれし人っていう表現が過大でない、特別な存在です!
若い頃の、あたしなんかも、そうなんですが、ほかの女の子たちって、ずる賢いっていう言い方は、アレですけど、もっと、巧く立ち回ってますからっ。だから、青村さんは、もう少し、自己中心的に生きていいんですよ!」
摩希は、昨日と同様、信じられないくらい褒めちぎられて、たじたじになっていた。
続いて、今度は、ある男性が起立した。そうして立ち上がると、力士のような巨体が、仄暗い室内に浮かび上がる。
「あ、あのぉー、東堂さん、ぼ、ぼくもぉ、選ばれし人に、なりたいんですがぁー、どうしたらいいですかあー?」
彼は、摩希の知っている顔だ。失礼ながら、頭の弱い男性だという印象がある。
「あなたは――、ムリね」
東堂さんは、あっさりと断じた。
「えええっ――!?」
その大柄な男性は、嘆きの声を上げる。
「まず、あなたは、よく本を読み、知性を磨かないといけないわ。わたしが、薦めた、夏目漱石の本は、もう読み終えたのかしら?」
「――あっ、えっとぉ、一ページ目から、内容が、ちんぷんかんぷんでぇぇっ」
「それじゃあ、青村さんのようには、なれないわ。あなたは、選ばれし人、なんて言ってないで、分相応に生きることを考えるべきですっ」
東堂さんは、ぴしゃりと告げた。
大柄な男性は、しょげた様子で、パイプ椅子に腰を下ろすと、その巨大を縮めた。
「さて、青村さん。もちろん、人に対して、優しい心で接するのは、大事なことだわ。
でもね――、優しいだけじゃあ、人のためにならないことも、あるのよ」
東堂さんは、小さな子供に語りかけるような口調で言った。
「人のためにならない――、んですか?」
摩希は、その真意をつかめずに聞き返した。
「そう。その、Sちゃんのことだけど、青村さんは、Sちゃんの人生を、背負って生きていくつもりなのかしら?」
「――人生を、背負って……。あ、いえ、そんなことは……、で、できないです……」
「そうでしょう? 人にはねえ、それぞれの人生に応じた、試練があるの。Sちゃんは、今、まさに、試練を乗り越えるべき時なのよ。なのに、もし、青村さんが、Sちゃんに、手を差し伸べたら、Sちゃんは、今後、試練に直面するたび、人に甘えることばかりを考えるような、弱さを抱えてしまうかもしれないわ」
「た、たしかに――、そうで、す、ねえ……。しずく――、あ、いや、Sちゃんは、きっと――、というか、絶対、試練の連続のような、そんな過酷な人生を送るはずです……。
学校を卒業したら、就職しないといけないしっ、社会人になったら、もっともっと、大きな試練が待ってるに決まってますしっ! それなのにっ、それなのにっ! キャンプファイヤーごときで、ちょびっと仲がいい程度の、あたしに、すがり付いてくるようじゃあっ! この先、到底、生きていくことなんて、できないですよねっ!」
まくし立てるように言っているうちに、摩希のボルテージは、これ以上ないくらい上昇していた。
「そうよお。だからね――、時には、Sちゃんという、お友達を、突き放すことも、必要なのよ」
その言葉は、摩希にとって、神託にほかならなかった。
東堂さんに、後光が差して見える。
「はいっ! わかりました――!
今回もまた、気づきを与えてくださり! 本当に、ありがとうございますっ!」
摩希は、恐れ多い気持ちで、両手を伸ばす。
東堂さんのほうも、そのしわしわの手で、摩希の両手を、優しく包み込んでくれた。
まもなく、建物内には、万雷の拍手が湧き起こった。




