二日後 青天の霹靂
その後、後片付けに移り、摩希は、ひとりでスポーツドリンクを飲んでいた。
と、いきなり、梨瑠香が、どかっと肩を抱いてきた。
「ちょっとばかし、話が、あんだよねえ」
摩希の頭上には、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
梨瑠香は、人気のないところに摩希を誘導すると、なにやら、ずるそうに歯を見せて笑う。
「摩希。あんた、秋乃さんとの試合で、ぶっちゃけ、手、抜いてたでしょ?」
その言葉を聞いて、心臓が、どきりと跳ねる。
「えっ、なになになに? 急に、何を言い出すの? 梨瑠香――。
ま、まさか、あたしが、本気を出せば、あの秋乃さんにも勝てたはず、とか思っちゃってる? もし、そうなら――、あたしのこと、買いかぶりすぎだからっ。や、やめてよっ。なんか、照れくさいなあっ」
摩希は、平静を装って反論するも、声は、自分でもわかるくらい上ずっていた。
「ハハッ。摩希って、ホンット、とぼけるのが下手だね。
要するにぃ、秋乃さんがいる限り、自分は、何事においても、その上に立つ器じゃない、っていう謙遜でしょう? 昔っから、摩希って、そういうふうに、二番手のポジションに徹する性格だったよねー」
ダメだ。
親友だけあって、絶対、ごまかしの効かない相手だ――。
それならばと、これ以上、追及されるのを防ぐべく、強硬手段に出ることにする。
「だーかーらっ、梨瑠香は、あたしのことを、過大評価しすぎなんだってば!
変な言いがかりを付けてきやがって、このこの、このガキ、こうしてやるっ!」
摩希は、右脇に梨瑠香の頭部を抱え込み、ふざけてヘッドロックの体勢を取った。
「ああーっ! この、暴力女! ギブアップ、ギブアップ、ギブアップ!」
梨瑠香は、堪らず叫び声を上げる。
そんなこんなで、摩希と梨瑠香は、じゃれ合いながら、平屋の校舎に入り、教室に向かっていた。
すると、前方の廊下の角から、ふいに、二人の女子生徒が姿を現した。
摩希たちは、行く手を阻まれた形で、足を止める。
前にいるのは、雫ちゃんと一緒に給食を食べている、一年生の二人組だった。まるで、摩希たちが、ここを通るのを待っていたかのような様子である。
「どうしたの?」と、梨瑠香が二人組に問う。
「あの……」
左の生徒が、言いづらそうに視線を斜めに落としながらも、口を開いた。
「雫さん、いますよね? あの人――、キャンプファイヤーのグループ分けの時、同じ二年生同士ということで、そちらに、入れてあげてくれませんか?」
その意味を呑み込むのに苦労するような、妙な間が空いた。
隣の梨瑠香は、呆気に取られているのが、摩希にはわかった。
なので、摩希が説明する。
「あー、なるほど。たしかに、あたしは、まあ――、雫ちゃんと、本のことで、そこそこ喋れる。けど――、梨瑠香は、雫ちゃんと、まったくといっていいほど、接点がないからなあ……。
だから、雫ちゃんも、そのことを気にして、あたしたちのトコには、来たがらないんじゃないかな、と思うけど?」
「いえ、雫さんから、お願いされたんです。どうしても、摩希さんたちのところに、入れてもらいたい、って。でも、自分の口から、それを言う勇気が出ないから、摩希さんたちに、このことを伝えてほしい、って」
えっ――。
ええっ――?
胸の内では、色々な感情が絡まり合う。
それから今度は、右の生徒が言う。
「あと――、もし、よろしければ、給食の時間も、雫さんと、一緒に食べてあげてくれませんか?
あたしたち、もう、耐えられないんです――。
元から、雫さんとは、とくに仲がよかったわけでもないですし……。それに……、三人で固まってると、男子から、毎日、毎日、嫌がらせみたいなことを言われて……」
それに関しては、さすがに、目の前の二人に同情せざるを得ない。
「なので、よろしくお願いしますっ!」
そうして、前の二人は、軽く頭を下げると、足早に去っていった。
摩希は、横目で梨瑠香の様子を覗う。
梨瑠香は、茫然とした表情を浮かべていたが、つと、こちらに目を向け、
「どうする?」と、口にした。
「うーん、どうしよっか……」
即答できる話ではない。
雫ちゃんは、自分の友達だ。そこに、疑問を差し挟む余地はない。ただし、グループに加えるとなると、正直、違和感を禁じ得ない。摩希でさえ、そうなのだから、梨瑠香のほうは、強い抵抗を持っていることだろう。
けれど、雫ちゃんの頼みを、無下に断っていいものか、どうか……。
ああ、悩ましい――。
摩希は、途方に暮れる思いだった。
先ほどまでの楽しい気分は、どこへやら、二人は、押し黙ったまま教室へと戻っていった。
それから、時間が経ち、この日、最後の授業が終わる頃にもなると、摩希の頭の中は、いよいよ、混沌とした様相を呈しつつあった。
三軍――、というより、誰がどう見ても底辺の生徒である、雫ちゃんが、一軍の、あたしや梨瑠香と、グループを組みたい――、か。
昨日、岩津予義也に、容姿を侮辱されたことに続く、青天の霹靂だ。




