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二日後 給食の時間



 実のところ、摩希は、給食の時間が好きではなかった。

 一番の問題は、高等部のクラス担任である、前浦(まえうら)教諭にあるといっていい。

 

 前浦教諭は、四十代後半の男性で、背が高く、がっしりとした体格の持ち主だ。温厚さと厳格さを、兼ね備えたような顔立ちをしており、一見、曲がったことが嫌いな、熱血教師じみた雰囲気を漂わせている。

 しかし、残念ながら、そんな外見とは裏腹に、教育者としては、著しく資質を欠いた人物だった。

 少なくとも、摩希の目には、そう映った。


 教卓の席に着いている前浦教諭は、いつもと同様、新聞を広げながら、給食を食べている。もはや、自分が教育者であることなど、忘れ去っているかのような態度である。

 それをいいことに、クラスの、とくに男子生徒たちが、半ば、無法状態と化すのだ。


 かといって、摩希自身が、直接、迷惑をこうむるわけではない。

 摩希は、普段どおり、二年生の来栖(くるす)梨瑠香(りるか)と、三年生の西園寺(さいおんじ)秋乃(あきの)さんという、三人でグループを組み、机をくっつけ合わせていた。

 

 気になるのは、二年生の茂川(もかわ)(しずく)ちゃんのところである。

 雫ちゃんのいるグループは、彼女自身と、ほかに、いわゆる地味キャラである、一年生の女子生徒の二人組という構成だ。ただし、グループといっても、雫ちゃんが、その二人の仲に割り込むような形で、そこに加えてもらっているだけなのは、傍目(はため)にも明らかだった。

 

 要するに、誰にとっても、給食時、グループを組めるかどうかは、ほとんど死活問題だといえた。


 そして、今日もまた、岩津(いわつ)予義也(よぎや)を中心とした、二年生及び一年生の男子生徒たちが、口々に言い始める。


「それにしても、モカちゃんのグループって、不思議だよな。あれって、どういうつながりなわけ?」


「いったい、なに話してんのか、内容が知りたいよな」


「どうせ、おれらの想像の及ばないような、やばいことを企んでるに違いねえ。だって、わざわざ、あーんな隅っこで固まって、ひそひそやってんだぜ? きっと、外部の人間には、絶対に聞かれちゃ、まずい、機密情報が交わされてるんだよ」


「えー、こわーい、モカちゃんたちぃ。犯罪者予備軍の可能性、大として、佐伯巡査に、密告しちゃおうかなあ」


「でも、おれ――、そもそも、給食の時、モカちゃんが喋ってるの、見たことないんだけどー」


 その時、教卓の席に着いている前浦教諭が、のんびりとした声を上げた。


「おーい、おまえら、あんまり、茂川のことを、いじるんじゃねーぞー。ただでさえ、茂川たちのところは、寒々しいっていうのに、そこに、すきま風が吹くようなことまでして、どうすんだあ? そのうち、茂川が、疫病(やくびょう)神と見なされて、追放(パージ)されちまうだろうがよお」


 新聞から目を上げようともせずに言い、「ハッハッハッ」と笑う。


 摩希は、唖然とさせられた。

 口さがない男子たちに、本気で注意する気がないどころか、むしろ、同調しているようにさえ思える、その言動。


「もしかすっと、モカの奴、ぼっち飯になるのが怖いから、一年の二人を、脅してるんじゃねーの? 『もし、あたしのことを裏切ったら、一生、(うら)んでやるから』みたいに」


「モカちゃんなら、()(りょう)となって呪ってきそうだよなー」


「やべー。モカの生き霊とか、想像しただけで鳥肌もんだぁっ」


「っていうか、すでに、あの三人、揃いも揃って、死相が出てませーん?」


 給食を口に運ぶ意欲すら失うほど、聞いていて胸がむかむかしてくる。

 摩希は、昨日に続き、ふたたび、机に、ばん、と両手を叩き付けて立ち上がる寸前だったが、しかし、そこで、あの予義也の声が、頭の片隅によみがえった。


『おまえの行動は、いっつもいっつも、偽善まみれなんだよ、この、タヌキ女』


 偽善まみれ。それに――、タヌキ女、という容姿侮辱。

 またしても、予義也から、そういう言葉を浴びせられる可能性を思うと、どうしても、身が硬直するかのように心が萎縮してしまう。

 摩希は、そんな自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。


「どうしたの、摩希――。そんな怖い顔しちゃって。もしかして、予義也たちの発言が許せなくて、また、キレそうになってたり?」


 来栖梨瑠香が、探るような眼差しを向けてくる。

 摩希は、その指摘を受け、はっ、と我に返った。


「い、いや、なんか、キレそうっていうか……、なに? あたし、今、そんな怖い顔、してた?」

 

「してた、してた。だって、闘志をむき出しにした目で、あっちを、にらんでるんだもん――。

 とにかくさ、摩希が、雫たちのことを可哀想に思うのは、わからないでもないけど、うちらには、とくに関係ないじゃん。だからほらっ、気にしないで食べよっ」


 梨瑠香は、肉団子のスープを、美味しそうにすすった。


「でもさ――」


 今度は、西園寺秋乃さんが、口にする。


「――雫って、キャンプファイヤーのグループ決め、どうすんだろう?」


 言われてみれば、たしかに、摩希としても、考えさせられることだった。

 

 五日後、つまり、次の日曜日、高等部の生徒たちは、校庭に集合し、キャンプファイヤーを行うことになっている。学校行事としては、一大イベントだといっていい。明日は、そのグループ決めをする予定である。

 そして、どういうわけか、キャンプファイヤーに当たっては、同じ学年同士で、グループを組むという、暗黙のルールが成立していたのだった。

 だから、秋乃さんは、それなりに親しい、三年生の女子生徒と、すでに、ペアの約束をしており、摩希と梨瑠香は、当日、二人で行動する予定だ。


 他方、雫ちゃんはというと、給食を一緒に食べている、一年生の二人と組めないとなると、孤立してしまうのは、目に見えていた。

 当日、生徒たちが、わいわいとキャンプファイヤーを囲んでいる状況下、雫ちゃんだけは、隅っこのほうで、ぽつんと(たたず)んでいる情景が、ありありと思い浮かび、摩希は、暗澹(あんたん)たる気持ちにさせられた。



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