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第5話 宝具

「ああ...クソ、なんで連チャン続きででこんな早起きしなきゃいけねぇんだ」


 ――いや、本来ならこれが当たり前か...

 

 独り言ちて、亜里好は眠い目を擦った。自主退学した身には縁遠くなったが、本来なら学生が登校のために起き出す時間だ。空腹を訴える腹をなだめつつ、彼は手早く朝食を済ませようとコンビニのレジ列に並ぶ。外では黒恵が、今にも不機嫌の火を噴きそうな顔で待っている。

 

「お嬢ちゃん、ごめんなさいね。この通貨は日本では使えないの。日本円とか持ってない?」

「...エン?」

 

 レジ前の光景に、亜里好は足を止めた。店員が困り果てた顔で、小さな少女を覗き込んでいる。中学生か、下手をすれば小学生に見えるその少女は、差し出した外国通貨を拒まれた意味が分かっていない様子だった。

 

 窓の外を見れば、案の定、黒恵の顔が険しさを増している。これ以上待たせれば、後で何を言われるか分かったものではない。亜里好は溜息をつき、少女の隣に立って自分の商品をカウンターに置いた。

 

「これも一緒で。あと、彼女の分と、これを一つお願いします」

「...え?」

 

 つい先ほど、魔物をたった一体片付けただけだ。それなのに、口座には初討伐手当という名目の入隊祝いが、10万円も振り込まれていた。

 

――魔導師って、めちゃくちゃ稼げるんだな!

 

 どうやら、この世界の魔導師という職業は、想像以上に羽振りがいいらしい。

 

――俺のランクじゃ、まだまだ下の方だけど...いや、それでも十分すぎるほど高いな。

 

 魔導師には、これまでの経験や成し遂げた偉業によって決まるランクが存在する。それは実力の証明であると同時に、信頼の指標でもあった。


 上から順に、S(サフィア)A(アルフィア)B(ベール)C(サイクル)D(デックス)E(エー)F(フレム)。この7段階の階級において、ランクが上がれば上がるほど、手にする報酬も跳ね上がっていく仕組み


 ――ちなみに黒恵はD(デックス)。確か月に数百万は貰ってると聞いたな...うん、今度なんか奢ってもらおう。

 

「あ、あの...あり...」

「いいって。俺が勝手にしたことだから」

 

 礼を言おうとした少女を背に、亜里好は逃げるように店を出た。


 ――ん?それにしてもさっきの子...日本人だよな?

 

「遅い!」

「悪りぃ。ほら、アンタの分も買ってきたから」

 

 差し出されたコンビニチキンに、黒恵は『...ふん、貰ってあげてもいいわ』と露骨に態度を軟化させた。実に扱いやすいリーダーだ。その後、辿り着いた場所は日本が誇る電波塔、スカイツリーの麓だった。見上げるほどに巨大な建造物を見やり、亜里好はシュークリームを頬張りながら、隣にいる黒恵に問いかける。

 

「それで、俺たちはここで何をするんだ?まさかただのデートってわけじゃねぇだろ」

「バカなこと言わないで。そんなわけないでしょ。任務よ、任務」

 

 現代の東京で、およそ似つかわしくない不穏な響き。亜里好は眉をひそめ、その言葉をなぞるように繰り返した。

 

「任務?」

「そう。ギルド側から...正確には聖教団からの依頼だけど」


 説明によると、魔導師には、ギルドから支給される固定の月給とは別に、特別な実入りがある。それが任務、提示された条件を完遂し、決められた報酬金が振り込まれる仕組み。


「えぇー、俺あいつら嫌い」

「そう言わないでよ」

 

 日本には四つのギルドが存在する。亜里好たちが今いるのは、その中でも最大規模を誇る組織の拠点だ。まさかスカイツリーの真下に、これほどの別空間が広がっているとは思いもしなかった。

 

 魔導師であることを証明するライセンスがなければ立ち入れない、人気のない一角。周囲に人がいないことを入念に確認してから、二人は従業員用エレベーターに乗り込んだ。ライセンスを専用の読み取り機にかざすと、籠体は意志を持ったかのように地下深くへと降下を始める。

 

「なんでまた、こんな隅っこにエレベーターがあるんだ?」

 

 亜里好の素朴な疑問ももっともだ。このうらびれた業務用エレベーターが、実は魔導師専用の入り口だとは、ここで働く一般の従業員たちも知る由はないだろう。だが、何より驚かされたのは、エレベーターの扉が開いたその先に広がる光景だった。

 

 視界に飛び込んできたのは、見たこともない青黒い空。まるで巨大なドームに包み込まれたかのような閉鎖空間のなか、威容を誇る城を中心に、数多の建造物が整然と軒を連ねていた。

 

「反転世界は、その場の空間をコピーして、一定以上の魔力を持つ者だけを招き入れる別次元。でも、それだけじゃないわ。現世から空間ごと切り離して、こうして街を造り上げることもあるのよ」

「へぇ...すげぇな」

 

 そこには、魔導師のためのホテル、魔導師のための料理店、そして魔導師のための道具店が並んでいた。並んでいる商品や、壁に無造作に飾られた武具。そのすべてが魔導師という存在に特化しており、現実を忘れさせるファンタジーな光景がそこには広がっていた。


「ギルドへ行く前に、まずは貴方の宝具を選びに行きましょうか」

 

 黒恵に連れられて足を踏み入れたのは、独特の静謐さと魔力の残り香が漂う専門店だった。

 

「こいつが宝具...前に言っていた、契約獣とは別に魔法を使う手段のことだな」

 

 亜里好は、事前に受けた説明を頭の中で反芻する。契約獣が魂のパートナーと呼べる存在なら、宝具はあらかじめ決まった魔法を組み込んだ量産型の魔道具。

 契約獣を持たない者や、相手の属性に合わせて手軽に戦術を切り替えたい時に重宝される。だが、人工物ゆえにその出力や性能は、契約獣を介した生きた魔法には一歩及ばない。

 

「じゅう...18万だと?!」

 

 陳列棚に並ぶ、何の変哲もない小ぶりな一本の杖。その値札を見た瞬間、亜里好は素っ頓狂な声を上げた。

 

「魔法は『火炎玉(ファイヤーボール)』のようね。吹き飛べという特定のキーワードを乗せて詠唱(トリガー)を唱えれば、火球が放たれるわ。魔力を込めるほど火力は上がるけど、許容量を超えれば爆発して壊れるから注意が必要ね...まあ、不動くんの外功の実力なら、思いっきり魔力を込めても壊れる事はないわね」

「なんか小馬鹿にされてる様に聞こえるんだけど」

「小馬鹿にしてるのよ。まだまだ未熟な不動くん」

「ちっ、今に見てろ。すぐにアンタを超えてやるよ」

 

 毒づく彼に、黒恵は楽しそうに薄く微笑んだ。二人はさらに店の奥へと進む。そこは先ほどの杖の展示室とは空気が一変し、まるで重厚なガンショップのような趣だった。壁一面に、無機質な輝きを放つ銃器が並んでいる。

 

「見た目は銃だけど、これも杖の一種よ。普段は杖の形をしていても、戦闘時には銃へと変形する」

「さっきの杖と何が違うんだ?」

「こっちは魔法をより鋭く、素早く撃ち出すことに特化しているわ。その代わり、術者の魔力消費も、宝具自体のエネルギー源である魔石の消耗も激しいけれど」

 

 黒恵の解説によれば、杖がホースから水をチョロチョロと出す状態なら、銃型はホースの先を指でつぶして勢いよく水を噴射させる状態なのだという。

 

「魔石?」

「弾の様なもの...そうね車のガソリンだと思えばいいわ。宝具も無限に使えるわけじゃない。もっとも、一回使い切りの杖と違って、銃型は魔石を取り替えれば新品同様にまた使える。これも中身は火炎玉ね」

「へぇー...はあ!?な、な、78万!?倍以上じゃねぇか!」

 

 性能差は理解できるが、あまりの価格の跳ね上がりっぷりに亜里好は眩暈を覚えた。魔法のランクが上がるごとに値段はさらに跳ね上がるのだという。『火炎玉は安い方だ』と聞かされた時には、思考が真っ白になった。

 

「あら、これは...」

 

 ふと、黒恵の足が止まった。一際異彩を放つ武器に目を留めた彼女に、店主がゆっくりと歩み寄る。

 

「そいつは、名だたる宝具師が悪ふざけで打った変形機構付きの逸品でね。近・中・遠の三形態を使い分ける万能宝具だが、中距離形態が曲者さ。魔石いらずなのは結構だが、専用弾の一つひとつに己の魔力を練り込まにゃならん。魔導師にとって、かさばる荷物は死活問題だろう?おまけに最大出力の遠距離形態ともなれば、術者の都合を無視して魔力を根こそぎ食らうじゃじゃ馬だ。一撃放てば己の魔力は空っぽにしちゃう代物だ」

「完全なジョークグッズね」

 

 切り捨てるような黒恵の言葉とは裏腹に、亜里好の心は射抜かれていた。黒を基調とした無骨なボディ。控えめに施された黄金の装飾が、闇の中で鈍く光る。全長34センチという圧倒的な存在感。8発もの巨大な弾丸を飲み込むシリンダーは、暴力的なまでの力強さを体現していた。極厚のロングバレルに、近代的な拡張性を備えたレール付きのデザイン。

 それはまさに、全男子が一度は抱く最強のリボルバーへの憧憬を形にしたような、ロマンの結晶だった。

 

「...何よ、その目。欲しいの?」

「...魅力的だが、俺には買えない代物だ」

 

――そもそも、18万の杖ですら手が届くかどうか怪しいし。


「何を言ってるのよ。ここは私が出すに決まってるじゃない。これでも私は貴方のリーダーなんだから。それに、貴方に金がないことくらい百も承知よ」

「...いや、流石にそれは男として」

「今の物凄く長い間なに?今の見たらそのセリフは最高にダサいわよ...はぁ。店主、これいくら?」

 

黒恵の呆れ顔を余所に、カウンターの店主が指を二本立てた。

 

「740万、といったところだな」


 ――は?

 

「あら、思ったより安いわね」


 ――え?安いの?

 

 提示された額に、黒恵は意外そうに眉を上げた。高性能な宝具、それも一点物の変形機構付きにしては破格すぎるらしい。

 

「性能が性能だからな。それに流石の俺も、黒魔女(スプリガン)にこんな欠陥品を高値で売りつけるほど命知らずじゃねえよ」


 ――やっぱり、天神って有名なのかな?


「...その異名、あんまり好きじゃないんだけど。まあ、安くしてくれるって言うなら、ありがたく買わせてもらうわ」

 

 交渉が成立し、魔弾を生成する魔法を持つ宝具付きで、リボルバー型の宝具と2つ合わせて、彼女にとって、740万という驚くべき安値で亜里好の手へと渡った。

 宝具を真に己の血肉とするためには、契約獣の様な契約の儀式が必要らしい。亜里好は、複雑な魔法陣が描かれた羊皮紙の上に、静かにその銃身を横たえた。指先に針を刺し、一滴の紅を滴らせる。血が陣に染み込むと同時に、淡い光が宝具を包み込み、魂の境界が溶け合うような確かな感触が伝わってきた。

これで、この宝具が持つ三つの形態を、自身の魔力とイメージ次第で自在に操ることができる。

 

 基本となるのは、中距離戦闘に適したリボルバーの姿だ。だが、亜里好は持ち運びの利便性を考え、意識を集中させてその形状を書き換えていく。鉄の骨格が熱を持ったように蠢き、瞬く間に無骨なマサカリへと変貌を遂げた。

 この近距離形態にも、なにやら興味深い魔法が組み込まれているようだが、その真価を試すのは、また次の機会でいい。亜里好は手の中に馴染む鉄の重みを確かめ、薄く微笑んだ。

 

「...悪いな。こんな高いもん買ってもらって、感謝する。この金、いつか絶対に返すから」

「返済なんて不要よ。まあ、一つ借りにしておくわ。私が困った時は、しっかり助けてちょうだい」

「マジか...アンタ、いい女すぎるだろ」

「ふん、当たり前でしょ...それと、その魔弾だけど、あまり溜め込まないようにしなさいね。荷物が増えて動きが鈍れば、戦場じゃ命取りになるわよ」

 

忠告する黒恵に対し、亜里好は不敵な笑みを浮かべた。

 

「その心配はいらない。どうやら、こいつとは相性が良さそうだ。喰らえ――『異袋』」

 

 亜里好の右手のひらがまるで怪物の口の様に裂け、そこへ生成された魔弾が吸い込まれて消えた。どうやら、この右腕を起動させるには、宝具の様に詠唱(トリガー)の前に、特定のキーワードを紡ぐ必要があるらしい。

 後になって知ったことだが、それは契約獣であっても同様なのだという。しかし、黒恵のような例外も存在する。彼女のようにキーワードを介さず、ただ詠唱(トリガー)のみで力を引き出す者も、この世界には確かに存在していた。

 

「吐き出せ――『異袋』」

 

今度は吐き出されるように、再び魔弾が掌の上に現れる。

 

「なっ、何よその力!」

 

 驚愕する黒恵に、亜里好は得意げに右腕を見せた。この右腕に宿る魔物の力は、魔物を喰らって強くなるだけではない。その口の奥に広がる亜空間に、物体を自由に出し入れできる収納能力を備えていたのだ。


「...って、バカ!」

 

 慌てて黒恵が亜里好の右手をひったくるように掴み、周囲から隠した。店内の客や店員に気づかれていないか、鋭い視線で辺りを確認し、安堵のため息を吐く。それから、彼女は今までにない険しい表情で、声を潜めて叱りつけた。

 

「いい、不動くん。貴方のその力は、まだごく一部の人間しか知らないのよ! 魔物の力を行使する魔導師なんて知れたら、どんな面倒に巻き込まれるか分かったもんじゃないわ。次からは絶対に人前で使わないこと。わかった?」

「...ああ。すまねぇ、浮かれすぎた」

 

 亜里好は短く謝罪の言葉を口にした。それから二人は、指定された時間までのあいだ、あてもなくこの反転世界を観光がてら見回り、やがてギルドへと足を向けた。案内役に導かれるまま、向かったのは建物の最上階だ。

 黒恵の話によれば、これから会う人物は『私のような戦士系(ウォーリア)にとって、憧れの存在』なのだという。だが、そもそもウォーリアという概念すらおぼつかない亜里好には、いまいちピンとこなかった。


 後から説明され、魔法をぶっ放すだけが魔導師の能じゃないらしい。剣術や格闘術みたいな流派をメインに戦う戦士系(ウォーリア)と呼ぶ。

 そして、宝具を使ったり、契約獣を召喚し魔法をメインに戦う法士系(ウィザード)と呼ばれるらしい。

 

「ローランドさん、お待たせしてすみません」

 

黒恵がノックをして部屋に入る。

 

「いえいえ、5分前じゃないか...君が不動亜里好くんだね」

 

 にこやかに右手を差し出してきた相手に対し、亜里好は思わず顔をこわばらせた。

 

「...」

「あ、私は聖属性を使えないから大丈夫だよ」

「えっ?あ、すみません...」

 

 先日、ヴァイスという男と握手をした際、一時間後に火傷のような激痛に襲われる出来事があった。黒恵いわく、魔物の天敵である聖属性をわざと流し込まれたらしい。今の亜里好にとって、握手という行為は警戒の対象でしかなかった。

 無意識に嫌悪感を表に出してしまったことを反省し、亜里好は恐る恐るその手を握り返した。

 

「総帥から色々聞いているよ。不動くん、君には魔物の力が宿っているそうだね。具体的には、どんな力を使えるんだい?」

「えっと...魔物を喰って強くなる、っていうか。あとは...」

 

 亜里好は黒恵を振り返った。先ほど見せた物の出し入れについて話してもいいのか視線で問うと、彼女は静かに頷く。

 

「吐き出せ――『異袋(いぶくろ)』」

 

唱えると同時に、亜里好の手のひらが口のように裂けた。

 

「こいつの異空間の中に、物を出し入れできるんです」

 

ずるりと、そこから大きなマサカリを取り出してみせる。

 

「それは便利だ!機動性を重視する魔導師にとって、大量の宝具を運搬できる能力は極めて有用だよ。上限はあるのかね?」

「どうっすかね...限界まで試したことがないので分からないです。ただ、感覚的にはまだまだ入りそうっすけど」

 

 その後、矢継ぎ早に質問を浴びせられ、ようやく話が本題である任務へと移った。

 

「さて、本題に入る前に、君たちに紹介したい人物がいる。アイさん、入ってきてくれるかい」

 

 ローランドが声をかけると、ドアが開いた。そこに現れたのは、亜里好にとって見覚えのある顔だった。

 

「ん...お前...」

「あんた、さっきのアイス少女じゃないか!」

 

そこには、先ほどコンビニで出会った少女が立っていた。



 第5話 【宝具】

 

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