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第29話 交流会 其の二

「エリザベスさん、あまり気にしないで」


 試合にボロ負けしたエリザベス。色々とプライドを踏み躙られ今は一言も発せるほど気力がなかった。それを支える様に姫花が慰めている。

 

「自業自得だ。お前があんな態度を取らなかったら、あっちからの接し方も変わっていただろう。反省するんだな」


 呆れたような口調とは裏返しに、薫の視線はエリザベスの痛々しいほどの落ち込み具合を捉えていた。声をかけることすら躊躇われるほどの絶望。ここで引き上げなければ、彼女は本当に壊れてしまう。薫は彼女の前に立ち塞がり、外の光を遮るようにして影を作った。


「...だけどな、お前がどれだけ不甲斐なかろうが、俺たちの仲間であることに変わりはないんだよ」


 ぶっきらぼうに髪を掻き毟り、薫は視線だけを敵陣へと向ける。その瞳には、静かだが決して消えない烈火が宿っていた。


「大事な仲間をコケにされて、黙っていられるほど、俺の気は長くなくてね。お前の仇だ。次の試合で叩き潰してきてやる」

 

 腰の鞘に収まったルミナスウェポンであるソードの柄に手をかけ、前澤薫は静かに闘志を燃やしながらステージへと足を踏み入れた。対する相手は、身の丈に合わない禍々しい杖を携えた、小さな少女。

 

「俺は前澤薫だ」

 

 剣士としての礼儀に従い、薫はまず己の名を名乗った。しかし、返ってきたのは、

 

「んっ...」

 

という、気の抜けた短い鼻鳴らしだけだった。

 

「確か、法士系(ウィザード)のアイだったな。あいにく俺は戦士系(ウォーリア)。広い場所ならばお前に理があったろうが、ここは遮蔽物のない狭い空間だ。戦士系(ウォーリア)にとって、あまりにも有利な舞台だと思わないか?」

 

 挑発を交えた薫の言葉に、少女は酷く億劫そうに視線を向けた。

 

「...だから?戦士系(ウォーリア)は...近づくことを前提に戦う。なら、近づかせないで、あげ...る」

「ほう、それは面白い!」

 

 不敵に笑み、薫は開始の合図を待ちながらアイを鋭く睨みつける。一方のアイは、今にも閉じてしまいそうな目でうとうとと揺れていた。彼女は一日の大半を睡眠に費やさねば、まともに活動できない体質。

 今朝も黒恵から、対戦相手に無礼がないよう無理やりマナーを叩き込まれていた。だが、その黒恵自身が先ほどそれを台無しにしてしまっていた。

 

「はじめ!」

 

 審判役を務めるローランドの鋭い声が響く。戦士系(ウォーリア)法士系(ウィザード)に勝つ方法はあまりにも簡単な事であった。それは詠唱(トリガー)を完了される前に、一気に間合いを詰めて斬り伏せる。

 

「貰った!」

 

 薫は爆発的な踏み込みで距離をゼロにする。刃を振り下ろす瞬間、アイの小さな唇が動いた。

 

「うん、あげる」

「「は?」」

 

 あまりに無防備な言葉に、薫の思考が一瞬フリーズする。光の刃がアイの身体を真横に駆け抜けた。

 

「えっと...うん。はい、そこまで」

 

 ローランドの声に困惑が混じる。アイは回避の素振りすら見せず、文字通り無抵抗のまま薫の一撃を受けたのだ。彼女の胴体には、一本の鮮やかな光の線が走っている。それを見つめる黒恵と亜里好の顔に、深い戸惑いの色が広がった。

 

「ちょっと!チビ助!どういうことよ!」

 

客席から黒恵の怒声が飛ぶが、アイは気るさげに、

 

「ね、むい……」

 

 とだけ返した。そしてその横で負けず嫌いの亜里好も反応する。

 

「ふざけんじゃねぇ!俺たちは全勝を狙ってんだ!ぶっ殺せ!」

「うる、さい...」

「まぁまぁ、二人とも、落ち着いてください...」

 

 外野でギャーギャーと騒ぎ立てる二人を、シャーロットが苦笑いを浮かべながら宥める。アイはそのまま、緩慢な動きでステージを降りようとした。

 

「おい、待て」

 

その後ろ姿に、薫が硬い声を投げかける。

 

「...」

「何の真似だ。こんな不戦勝のような真似で、俺が納得すると思うか?」

「一勝あげる...ボク、これにはあまり興味が...ない。好きにやって...ね」

 

 アイは振り返りもせず、気怠げに手を振った。だが、薫のプライドがそれを許さない。彼にとって重要なのは勝ったという結果ではなく、どう勝ったかという剣士としてのプロセスだった。無抵抗の相手を一方的に斬って得る勝利など、侮辱以外の何物でもない。

 

「もう一度だ!こんな試合、俺は認めない!」

「そう?黙って認めておいた方が...良いんじゃ、ない?...後ろ」

「は?...なっ!?」

 

 冷や水を浴びせられたような感覚に、薫は弾かれたように背後を振り返る。そこには、いつの間にか出現していた鋭利な骨の槍が、薫の喉元を正確に捉えていた。

 

挿絵(By みてみん)


 詠唱(トリガー)など、一切聞こえなかった。薫は彼女に再び視線を戻す。決して殺意を向けているわけでもないのに、彼女から感じ取る死という明確な予感。薫の背筋を冷たい汗が伝う。


 しかし、そんな薫の戦慄など露知らず、アイはふらふらとした足取りで黒恵たちの元へと戻っていく。そして壁に寄りかかると、そのまま身体を丸めて、瞬く間に深い眠りへと落ちていくのだった。

 

「次はシャルよ!勝ってきて!」

 

 背中を押され、シャーロットがステージに上がる。対面するのは姫花だった。その手には、ルミナスウェポンのライフル銃が握られている。試合開始の合図が鳴り響くと同時に、二人は詠唱(トリガー)を唱えた。

 

「召喚――『七天法陣(セブンズフォース)』」

「召喚――『白狐』、『黒狐』」

「へぇー...」

 

 出現した姫花の契約獣を見て、黒恵は顎に手を当てて深く感心したように視線を向ける。

 

「噂通り、契約獣の2体契約ね」

「珍しいのか?」

 

その隣で、亜里好が問いかけた。

 

「契約獣は基本的に、1人1体が原則なのよ。でも、稀にいるの。2体同時に契約できる者は、今の魔導師を集めても十人に満たないわ。チビ助、貴方はできるのかしら?」

「無理...できるけど...この子は嫉妬深いから。他と契約したら、その子を...食い殺す、かも」

 

 アイは眠りこけたまま、うわ言のように黒恵の質問に答える。だが、その言葉に亜里好はある疑問を抱く。


「あれ?アンタも二体じゃなかったか?」


 黒恵の契約獣、左殻虫(ゼブレス)右殻虫(バルアス)を合わせれば二体だった。


「私のは二体で一体なのよ」

「なるほど」


 その間にも、シャーロットと姫花の戦闘は始まっていた。先に仕掛けたのは姫花だ。

 

「黒狐!影を縫って!」

 

 シャーロットの影から無数の鎖が這い出、その身体を瞬時に拘束する。だが、シャーロットも即座に魔法を展開した。

 

「天二羽衣」

 

 姫花の周囲に、二つの光るオーブが付与される。直後、眩い光の布が彼女の身体を巻き付け、その凄まじい重圧に姫花はその場で膝をついた。

 

「くっ...」

「月天三異」

 

 続けて、三つのオーブがシャーロット自身に付与される。その能力は、異常状態の回復および耐性。身体を縛っていた影の鎖は光に洗われ、塵となって消え去った。

 

「白狐!」

 

 間髪入れず、白狐がシャーロットに飛びかかる。至近距離から放たれたのは、強烈な光源。閃光弾のごとき輝きが、シャーロットの視界を一時的に奪った。視力が回復するより早く、鋭い銃声がステージに響き渡る。

 

バァンッ!

 

「嘘っ!?」

 

 姫花は驚愕の声を上げた。視界を奪われ動けないはずのシャーロットを狙い、伏射の姿勢からライフルを放ったのだ。しかし、放たれた銃弾は完璧に展開された法盾によって防がれていた。視力を回復したシャーロットが動く。残り二つのオーブを、鋭く姫花へと飛ばした。

 

「させない!」

 

 飛び回るオーブを、姫花はライフルで迎撃しようとする。だが、変則自在に動くオーブを狙い撃つのは困難を極めた。

 ならば、攻撃してくる近距離まで引きつける。飛び込んでくるオーブを、姫花はライフルで直接殴り飛ばした。その隙を突き、白狐と黒狐がシャーロットに襲いかかる。だが、攻撃が届く瞬間に法盾を展開され、シャーロットの身体に触れることさえ叶わない。

 

「白狐!黒狐!」

「あら?」

 

 シャーロットが小さく声を漏らす。二体の狐はシャーロットを離れ、主である姫花の方へと飛び込んでいった。そして、そのままライフルの銃口の中へと吸い込まれていく。

 

「このままじゃ、魔力が先に尽きるのは私。なら、この一撃で終わらせる!」

「この感じ、法盾では防ぎきれそうにありませんね」

 

 姫花の膨大な魔力が、銃口へと一点集中していく。チャージを完了した姫花は、躊躇なく引き金を引いた。

 

白黒砲弾(モノクロームバレット)!!」

 

 白と黒が螺旋を描いて交差する、巨大な魔力の塊がシャーロットへと迫る。対するシャーロットは、姫花を攻めていたオーブと自身に付与していたオーブをすべて手元に集め、前面へと整列させた。

 

「第五天硬」

 

 五つのオーブが、強固な五角錐状の盾を形成する。それは、いかなる強烈な破壊魔法さえも無に帰す、最強の盾だった。


「ごめんなさい。降参してくれるとありがたいんですが」


 シャーロットの本音だった。今の彼女には、オーブによる打撃攻撃以外に、姫花に有効な打撃を与える手段がなかった。これ以上の大技となれば即死レベルの魔法しかなく、それは模擬戦の枠を超えてしまう。

 ここで相手が退いてくれなければ、泥沼の膠着状態に陥るところだった。ほぼ全ての魔力を使い切っていた姫花は、これ以上の抗戦は不可能と判断した。そっと目を瞑り、潔く右手を挙げる。


「私の負けよ。流石は救世者(セイヴァー)ね...どんな強敵が相手でも、どんなに不利な状況でも、その姿が現れれば戦況がひっくり返る。あの噂は本物だったのね。お見事でした」


 魔導師にとって生ける伝説とも言える存在。姫花の胸に去来したのは、敗北の悔しさよりも、むしろ至高の戦いに身を投じられたことへの光栄な余韻だった。二人がステージを降りると、待ち構えていた黒恵が両手を広げてシャーロットを出迎える。


「シャル、最高の戦いだったわ。誇りに思いなさい...戦いもしないで尻尾を巻いた、どこぞのちびっ子とは大違いね」

「...」


 何もせずに降伏したアイは、その皮肉を完全に無視して深い眠りにつき続けていた。そして、ついに最終局面。勝負の行方はリーダー戦へと委ねられる。張り詰めた空気の中、黒恵と蓮也がステージへと足を進めた。


「初めまして、如月蓮也です!」

「あら、礼儀正しい子ね。私は天神黒恵よ。よろしく」


 エリザベスのパーティを率いるリーダーにしては、あまりに実直で礼儀正しい少年の態度に、黒恵は内心で感心していた。お互いに右手を差し出し、握手を交わす。すると、蓮也の表情が微かに強張った。


「どうしたのかしら?」

「いえ、なんでもありません...良い試合にしましょう」

「ええ、望むところよ」


 二人が距離を取り、同時に構えを取る。審判を務めるローランドの開始合図と同時だった。


 ドォン!


 空気が爆ぜる。二人の姿が視界から完全に消失した。超高速の踏み込み。ステージ中央で交差する拳と剣。衝突した衝撃波が、激しい突風となって周囲の観客席まで吹き荒れた。


「いい剣筋ね。血の滲むような努力が見えるわ」

「ありがとうございます...ッ!」


 黒恵の容赦のない拳の連撃と、蓮也が放つ鋭い剣の連撃が火花を散らす。だが、黒恵の動きが一枚上手だった。蓮也が繰り出す無数の斬撃の隙間を縫うように潜り込み、その重い一撃が蓮也の腹部を正確に捉える。


「くっ!」


 蓮也は衝撃を逃がすように後方へと大きく跳んだ。


「来なさい」


 黒恵は余裕を崩さず、手のひらを上に向けて挑発的に指を動かす。蓮也は息を整える間もなく地を蹴り、さらに鋭さを増した横一文字の平突きを放った。


強撃刃(スラッシュ)!!」

「良いことを教えてあげる。剣士がそんな近距離で大技を打つと、こうやって止められるわよ」


 黒恵の瞳が冷徹に光る。剣が振り上げられるまさにその瞬間、彼女の手が蓮也の手首を容赦なく掴み、腕の起動を完全にロックした。流派に裏打ちされた剣技ゆえの決まりきった型を、黒恵は見事に見切っていた。


「しまっ...」

「技の型って、簡単に見破られちゃうのよね」


 黒恵は掴んだ手首を支点に、蓮也の身体を軽々と引き剥がすように突き放す。すかさずその拳に濃密な魔力を凝縮させ、吸い込まれるように突き出した。放たれたのは、拳の形をした純然たる魔力の弾丸。


「かはっ、げほっ...!」


 腹部に鉄球を叩き込まれたような凄まじい衝撃を受け、蓮也はその場に膝をつき、腹を抱えて激しく咳き込んだ。


「それに貴方、次に攻撃する場所を目で追いすぎよ」


 黒恵はまるで後輩を指導する先輩のような口調で、淡々とアドバイスを紡ぐ。


戦士系(ウォーリア)にとって視線の制御は命取り。その動きだけで次の行動を悟られるわ。視線は動かさず、視界の隅の周縁視野で敵を捉える修行をしなさい...でも、剣技そのものは悪くない。外功も内功も及第点ね。不動くんと同じ時期に覚醒したんでしょう?この数ヶ月でここまで至れたのなら、未だにその基礎すら身につけていないどっかの男よりは遥かに才能があるわ」

「...」


 ステージの下でとばっちりを受けた亜里好の胸に、黒恵の鋭い言葉のナイフが容赦なく突き刺さる。理由なき精神攻撃に、亜里好は今にも涙が溢れそうだった。


「さて、もう終わりかしら?まだ自慢の神聖魔法を見ていないのだけれど」

「...分かりました。そこまで言うなら、望み通りお見せしましょう!」


 顔を上げた蓮也の瞳が、神々しいまでの白銀へと変色していく。その瞬間、彼の身体から溢れ出た力は、先ほどとは完全に別次元のものへと跳ね上がった。圧倒的な速度、放たれる高火力を跳ね上がる。

 

「いいわ、その鋭さよ!」

 

 黒恵の身体がブレる。蓮也の左頬に向けて、ほぼ同時と錯覚するほどの超高速で三連撃の拳を叩き込んだ。しかし、蓮也の身体は揺るがない。肉体が受けるダメージなど初めから存在しないかのように、白銀の瞳の少年はその突進を寸分たりとも止めなかった。

 

回転刃(アースラッシュ)!!」

 

 身体を軸に鋭く回転しながら、破天神剣の技術を合わせた刃でなぎ払う。遠心力の乗った勢いに加え、破天神剣がもたらす火力の底上げ。その一撃の威力は計り知れなかった。

 

「残念」

 

 だが、黒恵はそれを素手で受け止める。しかし、先ほどまでとは違った。びくともしなかったはずの彼女の腕が、今は微かに震えている。

 それを鋭く察知した蓮也は後方へと跳躍し、着地と同時に剣へと神聖属性の魔力を限界まで集中させ始めた。

 

「これは...流石にやばいわね」

 

このまま受けるのは悪手だと察した黒恵が、拳を構え直す。

 

「らせ……いや、これは本気で殺しちゃうかも」

 

 必殺の羅旋拳で迎え撃とうとしたが、今の蓮也相手では威力が過剰になりかねない。直撃すれば運が悪くて即死。運が良くとも魔力回廊を破壊し、生涯消えない後遺症を残してしまう。

 

「(まぁ、どうせすぐに終わるし。……こっちを使ってみるか)」

「修羅一門」

 

 それは、羅殺による自己強化技『天武強式・羅生一門』。肉体のリミッターを強制解除することで、爆発的な力を生み出す禁忌の技だ。急加速する血流によって身体が劇的に熱を帯び、黒恵の肌から白い蒸気が立ち上る。

 だが、この強化形態には黒恵にとって致命的な欠陥があった。未だ完全に身につけていないゆえに、制御が極めて難しい。恐ろしい勢いで魔力を消費するため、実戦における長期戦には全く不向きだった。

 

斬飛刃(ソードラッシュ)!!」

 

 蓮也が剣を思い切り振り下ろす。神聖属性を纏った高密度の魔力斬撃が、空を裂いて撃ち放たれた。対する黒恵は、その迫る斬撃に向けて拳を真っ直ぐに突き出す。強化された圧倒的な質量の一撃により、飛来する斬撃は一瞬で霧散した。

 

「っ!?」

 

 だが、蓮也の猛攻はそこで終わらない。放った斬撃の影に身を潜めるようにして、蓮也自身もすでに肉薄していたのだ。死角から肉迫した刃が、黒恵の首元を容赦なく捉える。

 

強撃刃(スラッシュ)!!!」

「あっ」

 

 迫る銀閃。その瞬間、黒恵の肉体が無意識の防衛本能で動いた。リミッターの外れた怪力そのままに、蓮也の顔面へと拳を殴りつけてしまったのだ。

 凄まじい衝撃音と共に、蓮也の身体が地面へと叩きつけられる。激しく瓦礫を砕き、クレーターの中心で完全に気絶した蓮也を見て、黒恵は一気に血の気が引いた。

 

「殺したな」

「殺してないわよ!!」

 

 観戦していた亜里好の冷ややかな呟きに、黒恵は涙目で全力の否定を返すのだった。



 第29話 【交流会 其の二】

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