第28話 交流会 其の一
「へぇー、面白そうじゃん」
ギルドの呼び出しに応じた天神パーティの面々。亜里好、黒恵、アイ、シャーロットの4人はグラ爺の前に集まっていた。
「これから他パーティとの交友を目的とした、パーティ対戦を行ってもらう」
グラ爺の口から告げられたのは、予想外の模擬戦の報せだった。ルールは、互いの魔導師が順番に一対一で戦う勝ち抜き戦方式。しかし、4対4という偶数同士の対戦では、引き分けになって決着がつかないのではないか。亜里好がそんな疑問を抱いていると、グラ爺は好々爺らしく髭をなでた。
「あくまで交友目的の対戦じゃ。勝敗や勝率は二の次、気にする必要はない...そして、対戦では、こちらのルミナスウェポンを使ってもらう。これには武器としての殺傷能力は一切ない。いわば、魔力で形作られた武器じゃな」
グラ爺が手元にあった円筒形の柄を握ると、シュインと音を立てて円錐状の光の刃が伸びた。それはまるで、SF映画に登場するビームソードそのものだった。
「両刃のソードと、片刃のブレードと変えられるぞ。亜里好、お主はブレードを使うじゃろ?」
「そうだな、馴染みがあるし」
愛刀を思い浮かべながら、亜里好は素直に頷いた。グラ爺の説明によると、この魔力武器はバリエーションが豊富で、槍、銃、弓なども用意されているという。見た目こそ本物の武器だが、どれだけ鋭くとも相手を傷つけることはない。ただ、光の刃が体に触れると、まるで本当に斬られたかのように、その箇所へ鮮やかな光の線が浮かび上がる仕組みになっていた。
「天神、それはなんだ?」
「これ?」
一組のオープンフィンガーグローブだった。その裏側には、致死の威力が放たれた瞬間にのみ発動し、相手への衝撃を強制的に和らげる特殊な防護術式が組み込まれている。
「まあ、何にせよ...」
グラ爺はそこで言葉を区切ると、パーティの奥で静かに佇む少女へ、真剣な眼差しを向けた。
「流石にアイ、お主は魔法を自重してくれ。お主の規格外の魔法を喰らえば、相手が塵になってしまうからのぅ」
アイは表情を変えないまま、小さく頷いた。
「うん」
そして今回の対戦相手は、話によるとCはいないものの、実力的にはそれに匹敵するレベルだった。亜里好達は彼らに関する資料に目を通していた。
「如月パーティ?聞いたことないわね」
「まぁ、最近結成されたパーティじゃからのう。その中にロザンベルク家の次期当主がおるぞ」
手に持っていた4枚の紙。その一枚をそっと裏返すと、金髪の巻き髪が眩しい女性の写真が目に飛び込んできた。
「んげっ、あの性悪女が人類とチームを組めるなんて驚きだわ。パーティ仲間に同情するわ」
「エリザベス様ですか...」
どうやら黒恵とシャーロットには、知り合いがいるらしい。だが、黒恵は本気で嫌そうな表情を浮かべていた。
二日後、パーティ対戦の日がやってきた。亜里好は対面にいる四人のパーティをじっくりと観察する。亜里好側の順番は決まっていなかったが、亜里好は誰と戦った方が楽しめるか見極めようとしていた。
――あのメガネが強そうだ。やるならあいつだな。
そう思った瞬間、その隣にいた黒髪の男と目が合う。
――確かあれが如月だよな。お?
蓮也は亜里好と目が合うと、丁寧にお辞儀をした。亜里好も咄嗟にお辞儀を返す。
「あら、黒魔女お久しぶりですこと」
傲慢そうな態度を隠さずにやってきたのは、縦ロールの女性だった。エリザベスが見下すように黒恵に話しかける。縦ロールの髪をくるくると指で回す彼女は、まるで悪役令嬢のような風格を漂わせていた。
「相変わらず腹の奥が真っ黒そうですわね。その腐り具合、貴方の口臭からゴミの匂いがしますわ」
「あら?相変わらず本名のままで通してるのね。ほぼ同期なはずなのに、随分と差がついたものね。そろそろ本名以外の名前で貴方を呼んでみたいわ。あ、なら私が変わりにつけてあげるわよ。何が良いかしら?勘違いシンデレラとかどうかしら?」
「っ、ぐぬぬ」
――ぐぬぬって口に出す奴、初めて見た。
亜里好は心の中で突っ込む。
異名とは、認められた魔導師を示すもの。魔導師にとって異名は栄光の存在であり、まずは異名を貰うことが目標と言われている。プロのライセンスのようなもので、Cに上がり、異名で呼ばれることは魔導師として本当に認められた者に与えられる称号だった。それを持たない魔導師は、未熟者に等しい存在。カウンターを喰らったエリザベスは、さらに畳み掛けた。
「本当、お口が悪いですわ。本当に私と同じ名家出身の娘ですこと?あら、ごめんあそばせ。天神家にとって貴方という存在は紛い物でしたわね」
その言葉に、黒恵の表情がほんの少し暗くなる。
「魔導師に家柄を求めるなんて、本当におめでたい脳みそをしていらっしゃること。そんなに立派な血筋をお持ちの本物のお嬢様が、どうして紛い物の私よりランクが下なのかしら? 伝統ある血統の限界を、身を以て証明してくださって感謝するわ、エリザベスお嬢様」
「っ...」
だが、黒恵はすぐに反発した。昔から言われ慣れている彼女はすぐに冷静になり、いつも通りの様子に戻る。なんとも思っていない風を装っているが、彼女にとって天神家の偽物と呼ばれていることは、裏で深く気にしていることだった。
その背後では、当の本人以上にエリザベスに対して感情を昂らせている者がいた。二人が動こうとした瞬間、先にシャーロットが反応する。
「エリザベス様。少しばかり、お言葉が過ぎるのではなくて?」
張り詰めた空気を切り裂くように、シャーロットが冷徹な声を放った。 標的を変えられたエリザベスは、眉を不快そうに跳ね上げる。
「何ですの? 救世者。私に喧嘩を売っているのかしら?そもそも、今の会話を聞いていませんでしたの?そっちの野良犬の方が、よっぽど鋭いナイフを投げつけてきているように思えますけれど!」
激昂するエリザベスと、それを冷ややかに見下ろすシャーロットの視線が鋭く交錯する。だが、先に仕掛けたはずのエリザベスの瞳には、明らかな動揺と焦燥が滲んでいた。一触即発の空気が膨れ上がった、その時だった。
「本っ当、すみません!うちの口の悪いパーティ仲間が君達の気分を害させてしまい、ごめんなさい!」
「ちょっと、薫、辞めなさい!なんでこいつに頭を下げなくちゃいけないわけ!?」
「何考えてるの、エリザベス!喧嘩をふっかけてどうするの!」
「蓮也まで!」
反対側では蓮也も声を荒らげて止める。薫が暴れるエリザベスを自分たちの陣地に戻し、その隣では蓮也が何度も頭を下げながら戻っていった。
「ゴホン、それでは始めてもいいかね?」
少しハプニングがあったものの、ローランドはすぐに場を切り替えた。如月パーティの一戦目はエリザベスだった。彼女の手には弓が握られ、背中には矢筒を背負っている。
「ほら、出てきなさい。またボコしてあげますわ」
「はぁ、まだあんなラッキー勝利に喜んでるわけ。良いわよ、相手してあげる」
「まぁ待てって。一戦目から大将は早すぎるだろ?ここは俺に任せてくれ」
ステージに向かおうとする黒恵を、亜里好が止めた。代わりに亜里好がステージの方へと上がっていく。その姿を見送る黒恵は、亜里好の手にある異変に気付いた。彼が握っているのは、さっきまで持っていたルミナスウェポンとは違う武器だった。
「あら?貴方は不動亜里好。情報によると剣士ではなかったのですの?」
「ああ、そうだが?」
「なら、なぜ...弓を」
亜里好の手にはシャーロットと同じ弓が握られ、背中には矢筒がついていた。
「なぜって...そりゃこれは交流会だろ?」
亜里好は不敵に口端を吊り上げ、肩をすくめてみせた。
「一方的な蹂躙じゃ、お互い分かり合えないに決まっている。だからわざわざ、俺がアンタの格に合わせてやってんだよ...だがあいにく、俺は手加減ってやつが壊滅的に苦手なんだ。ならどうするかと考えた結果、答えは一つ。自分の得意分野じゃなく、相手の得意分野で真っ向から叩き潰す。それが、俺なりの最大の手加減さ」
「あら?」
エリザベスの切れ長の瞳に、冷徹な蔑みの色が混じる。向けられた言葉の傲慢さを、彼女のプライドが許すはずもなかった。
「弓の名家である私に対して、使い慣れてもいない弓で挑むと?随分と舐められたものですわね」
大切に思っている仲間を傷つけた。その瞬間に沸点へと達した亜里好の怒りと、自身の尊敬する由緒ある名家を侮辱されたエリザベスのプライド。二人の放つ凄まじい殺気が火花を散らし、張り詰めた空気をビリビリと震わせる。
「そんなに怒るなよ、お姫様。使い慣れてない弓を使うのが舐めてるんじゃなくて、それでも勝てると思わせてしまう自分自身の未熟さを恥じるんだな」
「んぐっ」
痛烈な一撃に、エリザベスは思わず一歩後ろによろめいた。その見事な返しに、黒恵はニヤリと不敵な笑みを浮かべて感心する。
「えげつないわね」
「人のこと...言えな、い」
その隣で、少し前により強烈な精神的カウンターをエリザベスに浴びせていた黒恵に対し、アイが呆れたようなジト目を向けていた。緊迫が極限に達したその時、戦闘開始の合図が爆音となって響き渡る。
「先に撃ってくださいまし?貴方がどれほど愚かな妄言を吐いていたのか、その身に教えて差し上げますわ」
「そうか」
「なっ!?」
次の瞬間、エリザベスの視界から亜里好の姿が消えた。亜里好は矢を番えながら、地を穿つような踏み込みで、一直線にエリザベスの懐へと飛び込んできたのだ。遠距離戦を常とする弓使いが、自ら超近距離のインファイトを仕掛けてくる。その常識外れの戦術に、エリザベスの脳裏に動揺が走る。ゼロ距離から放たれる、空気を切り裂く一矢。
「くっ!」
エリザベスは紙一重で頭部を捻り、頬をかすめる矢を回避した。だが、彼女も名門の人間。ただ退くはずがない。回避の動作と同時に、神速の手際で背の矢筒から一本を引き抜き、至近距離の亜里好へ向けて矢を放つ。
「弓使いの戦い、その程度か?」
対する亜里好は、目前に迫る矢の質量を恐れるどころか、剥き出しの野性で笑った。左手を引き絞り、肉眼では捉えきれない速度で飛来する矢のシャフトを、なんと素手で掴み取ったのだ。そのまま自身の弓へと引き戻し、流れるような動作でエリザベスへと撃ち返す。
「舐めないでくださいまし!」
エリザベスは鋭いバックステップで亜里好との距離を引き離しながら、迫る矢を自身の弓の反り(で弾き飛ばした。距離が開けば、完全に彼女の間合いだ。エリザベスは一呼吸で三本の矢を同時に番え、弦を引き絞る。
「穿ちなさい!」
放たれた三条の閃光が、それぞれ異なる軌道を描きながら、亜里好を逃がさぬよう扇状に襲いかかる。亜里好には、同時に複数の矢を放つような高等技術はない。だが、彼にはそれを補って余りある圧倒的な身体能力があった。
亜里好は超加速のステップで軸をずらし、一歩目で左からの矢の軌道を外す。直後、二本目の矢を自身の放った一矢で相殺し、力任せに撃ち抜いた三本目の矢を、超高速の連射で叩き落とした。
「つまんねぇな。まだ、前に戦った魔物の矢の方が鋭かったぞ?」
冷淡に言い放たれた言葉に、エリザベスの顔が侮蔑と怒りで引きつる。
「はぁ?この私が、魔物如きに劣っているとおっしゃるのかしら?」
「何だ?一発で理解できなかったか?そう言ってんだよ。わざわざ復唱しねぇと理解できねぇか?オウム嬢」
「ああ、完全にカチンときましたわ。なら、本気で叩き潰して差し上げますわ!」
激昂するエリザベスを見て、亜里好は薄く笑った。そして、自身の脳を指し示すように、人差し指でトントンとこめかみを叩く。
「なら、最初から本気出せよ。そんな舐めた余裕をかますのは、相手が自分より格下の時だけだ。それすら分からねぇか?...あ、そうか。弓ってのは標的に合わせて矢を放つだけの単純作業だもんな。考える力なんて必要としねぇから、普段から脳みそを使ってないわけだ。これは失敬」
「あぁ?今、なんと?!」
亜里好の言葉は、エリザベスが人生のすべてを懸けて磨き上げてきた、弓術師としてのプライドを完膚なきまでに踏み躙った。これまでの血の滲むような努力の歴史を、根底から否定されたのだ。エリザベスの瞳から理性が消え、目の前の男をただ殺すためだけの、殺意へと変貌していく。その様子を盤外から見つめていた黒恵が、小さく言葉をこぼした。
「あっ、不動くんの勝ちね」
「えっ、そうなんですか?」
隣にいたシャーロットが、驚いたように身を乗り出す。
「私、弓のことはあまり詳しくないけれど...弓術において最も大切なのは集中力でしょ?不動くんはそれを分かっているのよ。彼、わざとあの性悪女を挑発して、感情を激しく乱させているわ」
黒恵の指摘通り、怒りが頂点に達したエリザベスからは、本来の冷静さが完全に失われていた。頭に血が上り、今まで叩き込まれてきた精密な技術や基本をかなぐり捨てて、ただただ目の前にいる憎たらしい男を圧殺することしか頭にない。
「不動くん、戦い方が本当にいやらしいわね。純粋な弓の腕前だけなら勝てないと自覚しているから、彼女に最大限の実力を出させないように立ち回っている...あっ、終わったわ」
エリザベスが弓の狙いを天へと向けた瞬間、黒恵は亜里好の勝利を確信した。
「塵に還りなさいっ!」
引き絞られた弦から放たれた一矢が、上空で眩い光を放ちながら無数へと分裂する。それはまるで、意思を持った矢の豪雨となって、容赦なく亜里好の頭上へと降り注いだ。だが、死の雨を前にしても、亜里好は退屈そうに空を見上げるだけだった。次の瞬間、彼の全身にバチバチと紫色の電撃が駆け巡る。
身体に紫電を纏わせた亜里好は、神速のステップで流れるように面的な範囲攻撃を回避していく。紙一重で雨をすり抜けながら、自身の弓に一本の矢を番えた。その矢にもまた、狂暴な紫電が巻き付いていく。バリィッ!と空気を引き裂く爆音が響き、紫電の矢が弾丸となって撃ち出された。
「なんて...速っ!」
己の最大火力の攻撃を放ち、勝利を確信したほんの一瞬の隙。感情の乱れから来る反応の遅れが、エリザベスの回避を致命的に遅らせた。閃光となった矢が、エリザベスの心臓を正確に貫く。
だが、それはルミナスウェポンによる模擬戦の攻撃。実体を持たないエネルギーの矢は、ただ彼女の胸に突き刺さっているように見えるだけで、命に別状はなかった。
しかし、システムが弾き出した精神的なダメージは計り知れない。黒恵は、鋭い目つきでその場に膝をつくエリザベスを見下ろした。
「普段の彼女なら、今の速度でも反応できたはずなのにね。相手をただ倒したいっていう私怨だけで、思考が完全に鈍くなってたわ」
幼少期から英才教育を受け、鍛え抜いてきた誇り高き弓術。それが、弓を使い慣れてさえいないはずの男に、手も足も出ずに敗北した。圧倒的な屈辱と悔しさが、エリザベスの心を容赦なく打ちのめしていく。茫然自失となる彼女の前に、亜里好がゆっくりと歩み寄り、冷ややかに見下ろした。
「今度から、うちの大将との接し方をよく考えるんだな」
亜里好は自分の陣地に戻り、第1試合目の勝利をもぎ取った事に黒恵達のハイタッチするのだった。
第28話 【交流会 其の一】




