第26話 再会、そして沈黙の扉
「1、2、3、4...7人か。意外と多いな」
建物の上に現れた7つの人影が、亜里好たちを包囲するように見下ろしていた。亜里好は指を差し、冷静にその数を数える。
「魔導師に察知されるとはな...お前のせいだぞ、この未熟者が」
敵の頭らしき大男が、隣に立つひ弱そうな眼鏡の男の首根っこを掴み上げた。男の未熟さゆえに、シャーロットの展開した法円に引っかかったのだろう。
「す、すみません、ボス...」
ボスが手を離すと、眼鏡の男は首を押さえながらその場に頽れた。迫る戦闘の気配を察し、亜里好は腕から刀を吐き出して腰に帯びる。
「召喚――『七天法陣』」
シャーロットの足元に眩い魔法陣が展開し、一羽の白い鳥が舞い降りる。その鳥が光の粒子とともに十字架の杖へと姿を変え、彼女がそれを力強く握り締めると、同時に生み出された7つのオーブが背後で円環を描いて回転を始めた。
「一天集中」
シャーロットが亜里好に2本の指を向けると、1つのオーブが彼の頭上へ移動する。途端、亜里好の身体に爆発的な力が漲った。
シャーロットの『七天法陣』は、7つのオーブを1人につき最大4つまで付与できる支援魔法、付与した数によって効果が変化する。また、その効果範囲は彼女の展開する法円の大きさに依存する
一天集中は本来、外功と内功の精度を強化するものだ。しかし、それらを持たない亜里好に対しては、身体能力と皮膚の強度を劇的に引き上げる。
「さて、どうする?相手は2人だ」
「一気に潰そうぜ!」
敵の1人であるハンマー使いの大男が、容赦なく巨大な質量を振り下ろしてきた。だが、亜里好はそれを素手で受け止める。間髪入れず、反対の拳で肉厚な鉄塊を殴り砕いた。新たに装備した宝具、ガントレットの初陣だ。
――すげぇ、痛くもねぇ。いや、シャーロットの魔法の強化もあるが、こいつは良いや!
「よくも、我が相棒をォォ!」
武器を失った男が色めき立ち、丸太のような拳を振り回す。亜里好は難なくその猛撃をかわすと、鋭い蹴りで男の顔面を粉砕した。
「1人目」
「よくも!」
すかさず褐色の女が、亜里好へ向けて4本の矢を同時に放つ。しかし、身体強化に伴い五感まで研ぎ澄まされた亜里好の目には、矢が止まっているように見えた。彼は右手を伸ばし、迫る4本の矢をまとめて掴むと、力任せに握り折った。その直後、背の低い筋骨隆々の男が、斧を担いで亜里好の視界に飛び込んでくる。その突撃に意識を向けた瞬間、背後から別の2人が、刃に変形させた両腕を突き出して不意打ちを狙った。
「「なっ!?」」
だが、亜里好の法円が死角からの強襲を正確に捉えていた。反転した刀が背後の刃を鋭く弾く。同時に、目の前から迫る斧の男を前蹴りで吹き飛ばした。
すかさず腕からリボルバーを吐き出し、背後の2人へ銃口を向ける。引き金を引くと、魔力によって生成された弾丸が銃口を飛び出した。亜里好の魔力には、特有の紫電が宿っている。
「がぁッ!?」
命中した弾丸から紫の電撃が迸り、2人の身体を激しく駆け巡る。感電して一瞬だけ動きの止まったその首を、亜里好の刃が容赦なく撥ね飛ばした。
「ちっ!」
ボスは一気に3人の仲間を失った苛立ちから激しく舌打ちを鳴らし、屋根から飛び降りた。未だに地面に倒れ伏している、ひ弱そうなメガネの男を除けば、残る敵は3人。
「仲間の仇だぁ!」
褐色の女が、憎悪を剥き出しにして再び弓を引く。絶え間なく放たれる矢の猛攻に加え、巨躯を誇る斧の男とボスが息の合った連携を見せ、亜里好へと猛然と襲いかかった。
「天二羽衣!」
シャーロットの凛とした声が響く。直後、斧の男とボスの身体に、それぞれ2つの光るオーブが付与された。眩い光の布が、まるで生き物のように彼らの身体を巻き付けていく。
「っ?」
ボスが怪訝な表情を浮かべた。動きが、鈍い。
――バフ系や治癒だけじゃなくて、デバフ系まであんのか...
亜里好は内心で舌を巻いた。天二羽衣は、相手の身体にまとわりつく光の衣によって、まるで鉛の重りを課されたかのように足取りを急激に鈍らせる魔法だった。
強化、治癒、そして敵の弱体化。シャーロットのサポート能力の高さに、亜里好は改めてチート級と驚愕する。
自由を制限された2人は、焦燥からか人化の術を解いた。骨格が軋む音と共に、その姿が大きな二足歩行のオオカミへと変貌していく。それはまるで、昔話に出てくる狼男そのものだった。
「おい!いつまでそこでグズグズしてやがる!」
ボスが、後方で縮こまっているメガネの男に向かって怒鳴り散らす。メガネの男は恐怖に震えながらゆっくりと立ち上がり、加勢しようと一歩を踏み出した。だが、亜里好の冷徹な一瞥に射すくめられ、あまりの威圧感に腰を抜かしてその場に尻餅をついた。亜里好は一瞬の隙を突き、狼男と化した斧男の顎へと鋭い蹴りを見舞う。
「グハッ!」
確実に手応えはあった。だが、あと一歩というところで横槍が入る。背後から飛来した褐色の女の矢が、亜里好の追撃を阻んだのだ。亜里好はチッと眉をひそめ、籠手の盾でその矢を弾き返す。
――先にあの弓使いを潰したい。だけど、ここから動けば後ろにいるシャーロットが狙われるな...なら
リボルバーから無数の銃弾を放つが、褐色の女は野生的な勘と素早い動きでそれらを紙一重で回避していく。ならば、と亜里好は思考を切り替えた。愛用のリボルバーを、一瞬にして巨大な大弓へと変形させる。
「なっ!?これは?!」
ボスの目が見開かれた。大弓に凄まじい密度の魔力が集中していく。形成されたのは、バチバチと不気味な音を立てて狂い咲く、紫電の矢。
亜里好は容赦なく、その矢を褐色の女へと解き放った。轟音と共に、放たれた雷撃の矢は地面を深く抉りながら、超スピードで空間を駆け抜ける。
次の瞬間、矢は褐色の女に直撃した。凄まじい閃光が視界を染め上げ、光が収まったときには、文字通りチリひとつ残っていなかった。
――ちょいと、オーバーキルだな。
「なんて威力してやがる...だが、今がチャンスだ!」
莫大な魔力を一気に使い切った亜里好の身体が、僅かにふらりと揺れる。その隙を逃さず、斧男が爪を剥き出して肉薄した。
しかし、敵の歓喜は一瞬で絶望へと変わる。亜里好の指にはめられた、アイから貰った指輪が淡く輝いた。瞬時にストックされていた魔力が全身を駆け巡り、消耗したはずの活力が完全に回復する。
亜里好の魔力量のタンクは、実質二つ分。術者の意思を無視して放たれるような大技の後であっても、アイの魔力ストックがあれば、亜里好の戦闘は終わらない。
「ガハッ!?」
不意に、斧男の顔面に浮遊していたオーブが直撃し、その巨体が大きくのけぞった。
「ナイスタイミングだ!」
「すみません...付与するだけなら簡単なのですが、変幻自在に操るのは精一杯で、あまり力になれなくて...っ」
申し訳なさそうに叫ぶシャーロットに、亜里好は不敵に笑う。
「いや、充分すぎる!」
一瞬の隙。それだけで、亜里好には十分だった。手にした刀が、鋭い弧を描いて一閃する。光の速度で放たれた斬撃は、肉の断つ感触と共に、狼男の巨体を一刀両断に真っ二つへと叩き切った。崩れ落ちる肉塊を背に、亜里好は刀の血を払う。そして、冷たい視線を最後の生き残りへと向けた。
「最後に、アンタだな」
目の前で起きたあまりの惨劇に、ボスの顔から完全に血の気が引いた。つい先ほどまで数的優位を誇っていたはずの精鋭たちが、今や見る影もない。残されたのは、腰を抜かして震えるメガネの男と、自分だけだ。
「化け物め!」
「それは、アンタらだろ?」
ボスは恐怖を打ち消すように咆哮し、残る呪力のすべてを解き放った。人化を解いたオオカミの肉体がさらに膨れ上がり、鋭い爪が不気味な黒い輝きを帯びる。死に物狂いの突撃。その速度は、先ほどまでの比ではない。
「死ねぇッ!」
地を裂くような踏み込みと共に、ボスの爪が亜里好の喉元へと迫る。
――速い...けど
亜里好の瞳は、冷徹にその軌道を見切っていた。勇李との決闘、ハワイでの死闘に比べれば、あまりにも単調で退屈な攻撃だった。
ボスの猛攻を迎え撃つように、亜里好は迫る巨腕を正面から掴み取った。そして、そのまま力任せに握り潰す。
「ぐぁああ!?」
体格差は明白。それなのに、力比べで圧倒されたのはボスの方だった。ミシミシと骨の鳴る音を響かせながら、ボスはその場に膝をつく。
「このまま、やられてたまるかぁ!」
「?!」
「させません!」
ボスは最後の力を振り絞り、牙を剥いて亜里好の頭部を噛みちぎろうとした。だがその瞬間、横合いから飛来したシャーロットのオーブが、ボスの顎を激しく弾き飛ばす。
「いただきます――...いや、ダメだ」
亜里好は唱えかけた詠唱を途中で止めた。この力を使えば、自身の呪力が完全に露わになってしまう。事情を知らないシャーロットを困惑させるわけにはいかなかった。
せっかくの極上の餌を前にして、亜里好は内心で舌打ちする。諦めてボスの巨体を強引に引き寄せると、手にした刀でその心臓を一突きに貫いた。
「さて、最後の一人は...あれ!?あんにゃろ、いねぇ!」
ずっと怯えて何もできずにいたハズの、最後の敵。しかし、視線を向けた先にその姿はなかった。シャーロットがすぐさま法円を展開して周囲を索敵するが、どこにも反応は引っかからない。
「ダメです、感知できません」
「マジかよ。逃げ足だけははえーんだな」
一人を取り逃がしてしまった亜里好は、刀を上下に振り回す。ひとまず魔物との戦闘が終了した旨を黒恵にメールで報告し、ようやく一息つく。せっかく浅草まで来たのだからと、亜里好は気になっていた抹茶ブリュレクレープを注文した。
「あぁー...やはり、日本のお茶は落ち着きますね」
シャーロットの両手には、緑茶のペットボトル。どこかほわほわとした雰囲気を漂わせながら、美味しそうに緑茶を堪能している。
◇◇◇
「あれ?ここは...」
シャーロットが探しているという会いたい人がいる街。そこに辿り着き、駅から降り立った瞬間、亜里好は既視感を覚えた。そこは、紛れもない亜里好自身の最寄り駅だった。
「どうしたのですか?」
「いや...なんでもない。行こうか」
「はい!」
シャーロットはスマホの地図アプリを見ながら、目的の場所へと歩みを進める。だが、進めば進むほど、そこは亜里好にとって見慣れすぎた道だった。そして二人が足を止めたのは、他でもない、亜里好が暮らす自宅の前だった。
「いや、俺ん家じゃん」
「え!?そうなんですか!?」
まさかの事態に、シャーロットも目を丸くして驚愕する。
「あれ?不動くん?そちらの方は?」
その時、ちょうど帰宅したらしい黒恵と鉢合わせた。聞き覚えのある声に、シャーロットがハッと顔を上げる。二人の視線が交わった瞬間、黒恵の瞳が驚愕に染まった。
「シャル...なんで」
「く...黒恵ちゃん。ひ、久しぶり……です」
「なんだ?二人とも知り合いだったのか?天神、シャーロットがアンタのこと探してたらしいぞ」
「そう...」
「おい!」
黒恵はそれだけを冷淡に言い残すと、シャーロットを無視するような形で、逃げるように家の中へと入って行ってしまった。
バタン、と無情に閉まった扉。冷たい拒絶に、亜里好が慌ててシャーロットに視線を向ける。そこには、泣き出しそうなほど悲しげな表情で、固く閉ざされたドアを見つめ立ち尽くす彼女の姿があった。
第26話 【再会、そして沈黙の扉】
「危ない、危ない...」
時は少し遡る。浅草の喧騒から外れた、人通りの途絶えた薄暗い路地裏。そこを、一人の男が足早に歩いていた。男は不意に足を止めると、かけていた眼鏡を無造作に地面へ放り投げ、躊躇いもなく踏み潰した。バキリ、と硬い音が夜の静寂に響く。
「せっかく見つけた魔物の集団。どれほどの実力か試そうとしたんだが...あんな魔導師に引っかかるとは思っていなかったよ。運が悪いのか、それとも...運が良いのか?」
男は煩わしそうに、長い前髪を容赦なく後ろへ掻き上げた。続けてシャツの袖を捲り上げる。露わになったその腕には、まるで歪なパズルを繋ぎ合わせたかのような、無数の縫い痕が刻まれていた。脳裏に浮かぶのは、先ほどまで死闘が繰り広げられていた戦場。そして、金髪をなびかせていた、シャーロットの姿だ。
「あの金髪、見覚えがあるぞ。まさか、こんなところで捧げ物を拝めるとはな。やはり私は運が良い」
男は唇を歪める。亜里好たちによって一瞬で全滅させられた、狼の魔物たち。個々の力は確かに他愛のないものだった。しかし、男の思考は醜悪な方向へと加速していく。
「まあ、あんなに弱いようじゃ、調教したところで戦力外か...いや、待てよ?あの狼どもをキメラとして合体させれば、それなりの戦力に化けるんじゃないか?」
死体を繋ぎ合わせ、新たな化け物を生み出す。その悍ましい光景を想像し、男の瞳に狂気が宿る。
「過ぎたことだし、まあいいや。今は少しでも戦力が欲しい。すべては、あの女神祭のために。魔物の軍勢が狂い踊る、その日が来るまでに」
男は低く不気味な笑い声を漏らしながら、誘い込まれるように夜の闇へと消えていった。




