第20話 如月蓮也①
僕の名前は如月蓮也。覚醒者として呼ばれ始めてから、一ヶ月が過ぎた。隣には、共に修羅場を潜り抜けてきた幼馴染、天王寺姫花の姿がある。魔物を討ち、研鑽を積んだ僕たちは、先日ようやくランクがEへと昇格したばかりだ。
『この一ヶ月でここまで上達するとはな。なかなかの才能だ』
不敵に笑い、僕の肩を叩いたのはパーティ仲間の前澤薫。短髪の薄水色に、黒縁メガネをつけている。僕に剣を教えてくれた師でもある。出会いは訓練場だった。がむしゃらに木刀を振る僕に、彼は『変な癖がつくぞ』と呆れたように声をかけてきた。それが、僕の剣士としての始まりだった。
この魔法の世界において、剣術は主に五つの流派に大別される。それらは『五大剣覇』と呼ばれ、熟練度によって初段・下段・中段・上段・最上段の五段階に分けられていた。
一つ、剛の極致である破天神剣。
文字通り天を破るほどの圧倒的な破壊力を追求した流派。この流派の使い手は、魔力を筋力と自重の加速にすべて変換する。その一撃は、たとえ木刀であっても岩を粉砕し、防具ごと敵を圧殺する。
だが、攻撃の予備動作が大きく、一度振り抜くと大きな隙が生じる。回避や防御といった守りの概念を捨てているため、外せば致命的となる。
二つ、速の極致である剣帝風刃。
風を纏う様な、目にも止まらぬ速さで斬撃を叩き込む流派。一撃の軽さを手数で補い、一秒の間に数十回の刺突を繰り出すこともある。特に突技に特化しており、敵が反応する前に急所を穿つ。
だが、刀身に重みが乗らないため、硬い鱗を持つ魔物や、正面からの打ち合いには滅法弱い。
三つ、柔の極致である天岩琉。
不動の構えから、敵の力を利用して制する守護の流派。最大の特徴は、軌道が読めない蛇のような斬撃。受け流した力を刀身に溜め、鞭のようにしなる打撃を放つ。自分から攻めることは稀だが、一度踏み込んできた相手を確実に仕留めるカウンターの精度は随一。
だが、相手が攻撃してこない限り、決定打に欠ける。受動的な戦いになりがち。
四つ、理の極致である魔剣式法術。
剣と魔法を完全に融合させた特殊流派。自身の体内の魔力を練り上げる内功と、それを剣身を通じて放出する外功を駆使する。遠距離でも戦える汎用性を持つ。他の流派と違って、型が存在する。
だが、身体能力だけでなく、術者の魔力量や制御能力によって威力が大きく左右される。
五つ、生の極地である殺影琉。
対モンスターではなく、明確に人を殺すために発展した暗殺術。無駄な動きを一切排除し、気配を消して死角から心臓を貫く。歩法や視線誘導、心理的な揺さぶりまでを剣術の一部として組み込んでおり、五大流派の中で最も実戦的かつ冷酷。
だが、正々堂々とした勝負を苦手とし、一撃一殺の暗殺にすべてを賭けている。
僕は薫君から、その中の破天神剣と魔剣式法術を叩き込まれていた。圧倒的な破壊力と、魔力による遠距離対応。この二つの組み合わせこそが最強の効率を誇るというのが彼の持論だ。
『だが蓮也、覚えておけ。最終的に至るべきは、全ての流派を中段まで身につけることだ』
薫君の言葉を反芻しながら、僕は愛剣の柄を握り直す。Eになったばかりの僕の物語は、まだ産声を上げたばかりだった。だが今、蓮也は絶体絶命のピンチに立たされている。
「...ふふっ、大変愉快な冗談ですわね。このロザンベルク家の次期当主、エリザベス=ロザンベルクをパーティに誘うですって? どこの馬の骨とも知れない殿方の軍門に、私が下るとでもお思いになって?」
目の前の少女は、こちらを射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけてきた。エリザベスとの出会いは、ある魔物退治の現場だった。姫花が窮地に陥った際、依頼帰りだった彼女が鮮やかな手際で助けてくれたのだ。
聞けばロザンベルク家は弓術の名門であり、幼少から英才教育を受けてきたという。蓮也たちのパーティに欠けているのは、長距離から敵を仕留められる強力な後衛だった。
ローランドさんから、彼女がどこのパーティにも所属していないという情報を掴み、万を辞して勧誘に挑んだのだが。金髪の縦ロールを揺らし、燃えるような碧眼でこちらを見下ろす姿は、まさにザ・お嬢様そのものだった。
「確かに、パーティとは前衛、中衛、後衛が揃ってこそ真価を発揮するもの。ですが、魔導師になって一ヶ月にも満たない貴方様のような新米に、私が付き従う理由がどこにありますの?」
「理由ならあります。僕が、君を必要だと思ったからです!」
「...そうですか。では、貴方は私に何をもたらしてくださるの?私は遊びでこの弓を握っているのではありません。生半可な覚悟で私を巻き込むというのなら、今この場で撃ち抜きますわよ」
冷徹な言葉とともに、ぴりついた魔力が周囲を支配する。蓮也は一歩も引かず、その瞳を真っ向から見据えて言い放った。
「僕は世界を救ってみせる。そして、君をその英雄にしてみせます!」
「...英雄?ふっ、おっほほほほ!」
エリザベスはこらえきれないといった様子で、鼻で笑った。
「英雄譚の読みすぎではありませんこと?世界を救う?笑わせないで。この世界は魔王に支配されているわけでも、破滅の淵にあるわけでもありませんわ。それに、私たち魔導師なんて世間じゃ日陰者。英雄になる方法など、どこにも存在しません...ただの綺麗事で、私の心を動かせると思わないことですわね」
「なら...どうすれば...」
確かに蓮也は彼女をパーティ仲間にしたい。何故ここまで彼女に固執しているかというと、後衛として仲間が欲しい。確かにこの気持ちもあるが、本当の理由は、彼女の眠る力には自分と同じ契約獣、いや天使の力が宿っている。
蓮也が契約している天使ミカエイルからの言葉だった。自分と同じ力を持つ残りの3兄弟の力を持つ者を仲間にして、近い未来起こる厄災から守ってくれという神託だった。そしてエリザベスからは、その1人の兄弟が眠っているとミカエイルは語った。4人揃ってこそ、初めて厄災に対抗できる。
――1人でも欠けちゃ、ダメなんだ。
「ふん、口でダメなら、その身で私を納得せてくださいませ」
「それって...」
「一対一ですわ」
それから2人は訓練場である場所に、立会人として薫君を呼んだ。訓練場を包む緊張感は、模擬戦という言葉の枠をとうに超えていた。
「...ふぅ」
エリザベスは細く息を吐き、愛弓を構える。金色の髪が風に揺れ、その鋭い眼光は百歩先の獲物である蓮也を射抜いていた。対する蓮也は、腰を低く落とし、愛刀の柄に手をかけている。その姿勢は、爆発的な前進を予感させる静寂。
「始め!」
薫くんの開始合図と同時に、エリザベスの指が弦を弾いた。空気を切り裂く風切り音。放たれた三本の矢は、それぞれが意志を持つかのように軌道を変え、蓮也の逃げ場を奪う。
「ッ!」
蓮也の体が低く沈む。抜き放たれた白刃が一閃。キィィィン!と、甲高い金属音が響く。蓮也は一歩も止まることなく、飛来する矢を最小限の動きで叩き落とし、エリザベスとの距離を一気に詰めにかかった。
「まだよ!」
エリザベスの手元が残像を残す。連射。一本、また一本と、間断なく放たれる追撃の矢。蓮也はジグザグに地を駆け、まるで重力を無視したような身のこなしでそれを回避する。矢が地面を穿ち、土煙が舞う。距離が縮まる。残り十歩。蓮也の剣が届く間合いだ。
「もらった!」
蓮也の踏み込みが地面を爆ぜさせる。鋭い刺突がエリザベスの喉元を狙う。だが、エリザベスの唇が微かに吊り上がった。
「甘いですわ」
彼女は弓を放り投げ、懐から短矢を引き抜く。それを近接戦闘用の短剣代わりに使い、蓮也の剣筋を受け流した。火花が散り、二人の視線が至近距離でぶつかり合う。
「弓使いが、そんな真似を!」
「私をただの弓使いとは違うですわ」
蓮也は強引に剣を引き、旋風のような回転斬りを見せる。対するエリザベスは、後方へ大きく跳躍しながら、空中で予備の小型弓を構えた。零距離での攻防から一転、エリザベスが空中で放った最後の一矢。
蓮也はそれを、紙一重のところで首を傾けてかわす。頬をかすめた熱に、彼は思わず不敵な笑みを漏らした。二人は再び距離を取り、肩で息をしながら武器を構え直す。
エリザベスの放つ光の雨のような連射が、蓮也の逃げ場を完全に削り取っていく。蓮也の衣服は切り裂かれ、その肌には幾筋ものかすり傷が刻まれていた。
「これで終わりよ!」
エリザベスが全魔力を弓に注ぎ込む。巨大な光の奔流となった極大の一矢が、逃げ場のない蓮也へと放たれた。空気が震え、訓練場の石畳が衝撃波で跳ね上がる。絶体絶命。誰もがエリザベスの勝利を確信したその瞬間。
「まだだ、ここからだ!」
蓮也の瞳が、神々しいまでの白銀へと変色した。彼の背後に、巨大な六枚の翼が幻影として浮かび上がる。天使の力、ミカエイルの聖属性解放。
「はぁあああ!強撃刃!!」
蓮也の咆哮と共に、彼の持つ剣が白銀の焔を纏った。彼は避けるどころか、真正面から光の一矢へと突っ込む。聖属性を帯びた刃が、エリザベスの渾身の魔力矢を真っ向から両断した。
「なっ...嘘でしょ!?」
エリザベスの驚愕を置き去りにし、蓮也は光の残滓を切り裂きながら肉薄する。翼がはためくたびに加速し、その速度はもはや人の目では追えない。エリザベスは咄嗟に防御の姿勢を取るが、蓮也の剣筋の方がわずかに速かった。
「あの、ロザンベルク家に勝つとは...はっ!そ、そこまで!」
薫君の鋭い声が響く。蓮也の剣の切っ先は、エリザベスの喉元数ミリの場所でピタリと止まっていた。白銀の焔が消え、蓮也の背後の翼が静かに霧散していく。
「...私の、負けね」
エリザベスはふっと肩の力を抜き、握りしめていた弓をゆっくりと降ろした。その表情に滲むのは、敗北の悔しさよりも、好敵手が振るった未知なる力への純粋な敬意だった。
「...ギリギリだった。ロザンベルクさん」
「エリザベスで良くてよ」
「え?」
予想外の言葉に、蓮也は素っ頓狂な声を出す。
「貴方のパーティに入ると申し上げているのですわ、蓮也」
「ほ、本当かい!」
「ええ。私を英雄にするという約束、反故にしないでくださいましね」
エリザベスは照れ隠しに、特徴的な縦ロールの髪をパサリと払った。前衛の蓮也と薫、中衛の姫花、そして後衛にエリザベス。今日、この瞬間に四人のパーティを結成する。
「本当に僕がリーダーでいいのか?この中じゃ、魔導師としての経験は一番浅いんだけど」
「俺は賛成だ」
「うん、私は蓮也がリーダーなのがいいな」
「私は貴方に負けた身ですもの。文句を言う筋合いはありませんわ」
「分かった!恥のないリーダーになってみせる」
結成後、初めて受けた任務は、異界での上位個体との戦闘だった。銀色の毛並みを持ち、戦車をも凌ぐ巨躯を誇る魔獣種の狼。死線を彷徨う激闘の末、四人は誰一人欠けることなく、辛くも勝利を掴み取った。
「四人とも、お疲れ様」
ギルドへ戻った一行を、ローランドが穏やかな声で迎える。
「どうだった?初めての上位個体は」
「物凄く強かったです。少しでも気を緩めていたら...僕たち四人のうち、一人でも欠けていたら勝てませんでした」
「あはは!そうですか。ですが、Eになって早々に上位個体を仕留めるとは、なかなかのものですね」
ローランドはギルド員の成長を喜ぶように、柔和な笑みを浮かべた。
「本格的にメンバーが揃ったことですし、どうでしょう。他パーティとの交流も兼ねてパーティ対戦などしてみませんか?」
「パーティ対戦?」
聞き慣れない言葉に蓮也が首を傾げると、隣にいた姫花が耳元で補足した。
「パーティ同士の模擬戦のことよ」
「ええ。あちらも丁度四人ですし、団体戦といきましょうか」
「あちら、と言いますと...既に対戦相手は決まっていますの?」
エリザベスの問いに、ローランドは事も無げに答える。
「ええ。如月くんの同期もいる天神パーティです」
「はぁっ!?」
その名を聞いた瞬間、エリザベスの顔が露骨に歪んだ。
「天神って、あの腹黒...黒魔女のことですの!?」
「姫花、黒魔女って?」
「蓮也を助けた人の異名よ。私たち魔導師はランクを上げると異名を持つようになるの。それを持って初めて、一流として認められる証になるんだけど...」
姫花は声を潜め、かつ熱を込めて続けた。
「あの人、天神黒恵さんは本物の天才よ。多分、私たちがようやく倒したあの上位個体を、一人で屠る力があるわ」
「そ、そんな強い人と戦うの...」
四人がかりでようやく勝てた相手を、単独で。蓮也の背中に冷や汗が流れる。だが、エリザベスはその不安を払拭するように、優雅に髪を払った。
「ふん、あの方に上位個体の単独討伐は無理ですわ。だって、私と同じDですもの。何より、あいつは私に一度敗北していますわ」
「いいえ。彼女、先日Cに昇格しましたよ」
「なっ!追い越された、だと...ッ」
石像のように固まるエリザベス。対照的に、蓮也の胸には未知の強者への期待が膨らんでいた。
――天神黒恵...一体、どんなに凄い人なんだろう。
第20話 【如月蓮也①】
東の空が白むには、まだ遠い時間。濃密な暗闇のなか、寄せては返す波の音だけが響いていた。海を見つめる一つの人影。その瞳の奥には、己の弱さへの惨めさと、烈しい怒り、そして底知れない焦燥が渦巻いている。
「負けた。完全に負けた」
不動亜里好は、脳裏にこびりついて離れない先の戦いを反芻していた。レイは守り抜いた。しかしそれは、敵が気分屋で殺意がなかったからに過ぎない。
もし最初から命を奪う気で来られていれば、勝利など塵ほども残されていなかった。勇李との死闘とは、ワケが違う。黒恵たちの前では平然と振る舞ってみせたが、内心はただただ、恐怖に似た焦りに支配されていた。
――ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
脳内で、自己否定の言葉が狂ったように響き渡る。亜里好にとって、敗北はすなわち死、それ以上の絶望を意味する。果たすべき復讐のため。遺された仲間のため。
彼は今の脆弱な自分を、全力で否定し続けるしかなかった。底なしの暗闇から無数の手が伸び、自分を泥沼の奥底へと引きずり込んでいくような、悍ましい錯覚が全身を襲う。
「俺だけの勝負なら良い...だが、誰かの命が関わる勝負に、負けちゃダメだ」
それは周りの人間を再び失う恐怖でもあった。どんなに血の滲むような修行を重ねても、魔導師にとって基本である技が身に付かない。
今の、このちっぽけな器のままでは、何一つとして成し遂げることはできない。堂々巡りの思考が限界に達した瞬間、割れるような割色を伴う強烈な頭痛が亜里好を襲った。
「くっ、あぁ!」
彼はその場に崩れ落ち、頭を掻きむしるようにして体を丸めた。額から冷や汗が流れ落ち、荒い呼吸が夜の静寂を乱す。
「あぁ...もっと、もっと強くならなければ...」
痛みに歪む視界の向こうに、もう二度と触れることのできない、愛しい彼女の幻影が儚く浮かび上がった。
「月姫...俺は、どうすれば敵を殺せる程強くなれるんだ」
届くはずのない問いかけは、ただ冷たい夜の海風に掻き消されていった。
――もう誰かを失うのは、嫌だ。
お読みいただきありがとうございました!第二章を書き終えたため、更新再開いたします。第二章が終わるまで毎日投稿する予定です、よろしくお願いします。
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