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第1話 魔の王

 真夜中の静寂を切り裂き、赤色灯の群れが波打ち際を血のような赤で染め上げていた。救急車の心拍を刻むような点滅と、パトカーのけたたましい旋回。打ち寄せる波の音さえも、この異様な光景の前では沈黙を強いられている。

 

「クソ、またかよ...」

 

 現場の砂を噛むように、一人の刑事が吐き捨てた。波間に揺らめいていたのは、かつて人間だった何かだ。首から上がごっそりと消失したその遺体は、月明かりの下で滑稽なほど無機質に見えた。

 

 ここ数日で、同様の首なし死体が発見されるのはこれで四件目だ。すべてが精密機械で切り取られたかのような断面を持ち、現場には血痕すら一滴も残っていない。

 刑事は乱れた官帽を指先で直し、肺の奥に溜まった淀みを吐き出すように、長く、重いため息をついた。その視線は、遺体ではなく、その周囲に漂う現実離れした違和感に向けられている。

 

「これはただの殺人じゃねぇな...こりゃ、我々の手に負える代物じゃねぇ。魔導師案件だ」

 

 彼は懐から、使い古された旧式の携帯電話を取り出した。登録されている名前はない。ただ一つの番号だけが、彼の最後の頼みの綱だった。

 呼び出し音が一度、二度。この科学万能の時代に、表舞台から姿を消したはずの異能者。歴史の裏側にのみ存在を許された魔力を持つ存在。

 

「...ああ、俺だ。至急、片付けを頼みたい」

 

 受話器の向こうから返ってきたのは、火花が散るような低い笑い声だった。

 

◇◇◇


 四月。世間が瑞々しい新生活の息吹に浮足立つ中、不動亜里好(ふどう ありす)の時間は、澱んだ空気とともに部屋の隅で停滞していた。

 高校二年生に進級したはずの初日から、彼は学校を放り出している。制服の代わりに身に纏うのは、やる気のない部屋着と、窓から差し込む春の陽光。テレビの中では、記号的な笑顔を浮かべたキャスターが、代わり映えのしない日常を読み上げていた。

 

 無造作に書き上げたオールバックの隙間から、右側の前髪がひと筋、無防備に垂れている。背中まで伸びたウルフカット、雪のように真っ白な髪が、無造作に揺れる。その白髪の間から覗くのは、両耳で静かに揺れる赤いタッセルピアスだ。顔も覚えていない母の形見だという。

 

「...ありす」

 

 自分で自分の名を呟いてみる。女のようなキラキラネームだと、陰で失笑を買っているのは知っていた。だが、自分自身はこの名前を、どこか遠い異国の言葉のように受け入れている。嫌いではなかった。ふと、テレビの速報テロップが視界を横切った。

 

『海上で頭部のない複数の遺体を発見...』

 

 凄惨な見出し。だが、今の彼にとっては、それさえもテレビの画素が作る砂嵐と大差ない。亜里好は机の上に置かれたガラス瓶に手を伸ばした。

 カチリ、と蓋を開け、指先で角砂糖を一粒摘まみ上げる。そのまま口の中へと運び、舌の上で転がした。じわりと広がる暴力的なまでの甘み。


「それにしてもこの場所...家から結構近いな」


 テレビの液晶画面が、無機質な事実を淡々と吐き出していく。今月に入って四度目。海面に浮かんだ、首から上のない肉塊。単独犯か、あるいは組織的な犯行か。動機も、被害者同士の接点も一切見えてこない。ただ、一つだけ共通する異様な事実があった。

 遺体の後頭部は、どれも無残に引き裂かれている。まるで飢えた獣が、そこにある何かを貪り食ったかのような痕跡。世間はそれを無差別殺人と呼び、見えない怪物の影に怯えていた。

 

「ゴホッ、ゴホッ...亜里好、今日の学校は?」

 

 背後から漏れた乾いた咳の音に、亜里好はテレビから視線を外した。台所の奥から、小さく背の曲がった老婆、不動江津子(えつこ)が姿を現す。

 

「...めんどくさいんだよ。婆ちゃん、明日は必ず行くから」

 

 投げやりな言葉を口にしながらも、亜里好の視線は縋るように祖母の顔色を窺っていた。『家族は皆、あの事故で死んだ』物心ついた頃からそう聞かされて育った。記憶を失い、天涯孤独の身となった自分を拾い上げ、たった一人で育ててくれたのが江津子だった。

 血の繋がりなどない。それでも、彼女は亜里好にとって残り最後の家族であり、心の拠り所だった。

 

 だが去年から目に見えて衰弱しはじめたその背中は、ひと回りもふた回りも小さくなった。一度出始めると止まらなくなる乾いた咳の音が、静かな部屋に空白を作る。

 学校が面倒というのは、彼が用意した精一杯の嘘だ。本当は、いつ倒れるとも知れない祖母を一人きりにするのが怖くて、四月の教室を拒絶している。

 

「そうかい...まあ、お前さんが好きにするがいい。私はお前さんがどんな選択をしようと、すべてを尊重するよ」


 江津子は表情を一つも崩さずにそう言った。しかし、ふと窓の外へ視線を投げると、その瞳に鋭い光を宿した。

 

「...亜里好。少しお使いを頼めるかい?」

「え?ああ、別に構わないけど」

「良い子だ。私の可愛い亜里好よ」

 

 それは彼女の口癖のようなものだった。頼みを聞いた時、あるいは何かを成し遂げた時、彼女は必ずその言葉を添えてくれる。亜里好はメモ帳と財布を受け取り、近くのスーパーへと向かった。外の空気は、昼前だというのにどこか冷え冷えとしていた。

 

「それにしても、ずいぶん人が少ないな...まあ、仕方ないか」

 

 近頃、世間を騒がせている残酷な殺人事件。その影に怯えるかのように、人通りのまばらな道が続いている。亜里好は帰路につく前、この一年間欠かしたことのない日課へと足を向けた。自宅とは真逆の方向にある、静まり返った霊園。そこにある一つの墓石には、『不動月姫(かぐや)』の名が刻まれている。

 

「よぉ」

 

墓石に向かい、ごく短い挨拶を投げる。

 彼女とは同じ苗字だが、江津子のように血の繋がらない家族だった。だが江津子にとっては、腹を痛めて産んだ、たったひとりの本当の娘だ。

 

 月姫は去年、不治の病でこの世を去った。別れは唐突ではなかった。亡くなる三年前から彼女は眠り続け、二度と目を覚ますことはなかったのだ。最後に言葉を交わしたのは、彼女の12歳の誕生日の翌日だった。亜里好はその場に膝をつき、彼女と目線を合わせるように語りかける。

 

「最近さ、不可解な事件が世間を騒がしてるんだ。探偵ごっこが好きだったアンタなら、事件現場に乗り込んでたんだろうな...まぁ、ワトソンの俺は、そんな危険な事、流石に止めるがな」

 

 苦笑いを浮かべ、墓石に付いた汚れを指先でそっと拭った。指先に伝わる石の冷たさは、あの日、最後に触れた彼女の頬の温度を鮮明に思い出させる。

 

「そっちはどうだ?毎日、退屈せずに過ごせてるか?」

 

 返事はない。ただ、霊園を囲む木々がザワザワと風に揺れるだけだ。分かってはいても、こうして語りかける時間は、亜里好にとって止まったままの時計の針を少しずつ進めるための、大切な儀式だった。

 

「さて...そろそろ帰らねえとな。婆ちゃんに頼まれたもんを早く届けねえと。じゃあな、また明日来るよ」

 

 立ち上がり、家の方へと歩き出す。すると、視界の先に一人の少女が立っていた。夜の闇に溶けそうなほど綺麗な黒髪をなびかせ、何かを探すように周囲を見渡している。

 すれ違いざまに軽く会釈をして通り過ぎようとした瞬間、彼女に呼び止められた。間近で見る彼女の瞳には、明らかな焦燥の色が浮かんでいた。

 

「貴方、大丈夫?」

「え?何が...ですか?」

「いや...不可解なこととか、起きてない?」

 

 突拍子もない問いに、亜里好は思わず首を傾げた。それを見た彼女は、憑き物が落ちたように安堵の表情を浮かべる。

 

「...そう。何もないなら、それでいいわ。呼び止めてごめんなさいね」

 

 それだけを言い残すと、彼女は風のように亜里好の横を通り過ぎて去っていった。狐につままれたような気分で帰路を急ぐ亜里好だったが、ふと前方を見上げ、足を止めた。

 暮れゆく空に、どろりとした不気味な黒煙が立ち上っている。遠くから救急車のサイレンが重なり合い、けたたましく自分を追い越していった。その音を耳にするたび、胸の奥で言いようのない不吉な予感が、黒い染みのように広がっていった。

 

「あそこ、俺の家の方向だよな...?」

 

 自分自身の家ではないことを願いながら、歩みを速める。

だが、その嫌な予感は皮肉にも的中した。辿り着いた場所には怒号が飛び交い、人だかりができていた。消防士が懸命に消火活動を行っているその場所は、幼い頃から祖母と二人で暮らしてきた、あの一軒家だった。

 

「っ...!」


 それは底知れぬ絶望だった。燃え盛る火の海を前に、亜里好は野次馬の壁を突き破り、中へと飛び込もうとした。そこにはまだ、祖母がいるかもしれない。

 だがその時、鼻の奥を突くような奇妙な刺激が走った。抗いがたい直感、『あっちへ行かなければ』という第六感に導かれるまま、彼は匂いの元へと歩み寄る。

 たどり着いた先は、何の変哲もない塀だった。視界には何も映らない。しかし、そこには確実に何かが存在している。確信を持って亜里好が右手を伸ばした瞬間、空間がまるでガラス細工のように、音を立てて砕け散った。

 

「なっ...!?」


 絶句したのは、超常現象のせいではない。現れた異空間、その壁にもたれかかる人物の顔に、彼は驚愕した。

 

「な、なんで...だよ。婆ちゃん」

 

 そこには、無惨に切り裂かれた祖母の姿があった。胸から肩までを貫通する深い傷。その場に倒れ伏し、溢れ出した鮮血が冷たい地面を赤く染め上げている。

 

「訳分からねぇ、一体誰が...」

「おい!見つけたぞ!」

「手こずらせやがって。逃げても無駄だというのに」

 

 背後から複数の足音が響く。現れたのは、軍隊を思わせる制服を纏った男たちだった。その手には古めかしいマスケット銃。そして先頭の男が握る刀からは、生々しい血が滴っていた。

 

「仲間か?いや、一般人のようだが...なぜ一般人がこの反転世界に入り込める?」

「なぁ、アンタらだろ。婆ちゃんを斬ったのは」

「婆ちゃん? そいつは...ふん、なるほど。魔物にたぶらかされたか」

 

 男たちはわけのわからない言葉を吐き捨てる。反転世界、魔物、理解など到底できない。ただ一つ、明白な事実があった。自分を一人で育ててくれた、唯一無二の家族を殺したのはこの連中だ。煮えくり返る怒りに共鳴するように、心臓の鼓動が激しく跳ね上がる。

 

「安心しろ。今すぐ解放してやる」

 

 嘲笑を浮かべた男が間合いに入った。その瞬間、無意識に亜里好の右腕が動いた。目にも留まらぬ速さで振り抜かれた拳が、男の顎を正面から捉える。

 

「がぁっ...」

 

 下顎を粉砕された男が、声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちた。軽く腕を振っただけのはずだ。それなのに、人間の顎を吹き飛ばすほどの衝撃。背後の男たちが一斉に銃口を向ける。

 

「なんだ、この力は...!?この気配、呪力に近いぞ。人間を装った魔物か!」

 

 亜里好から、ドロリとした邪悪な力が滲み出す。それは紛れもなく魔物の波動。


「待てぇ!!」


 砕かれた顎を、砕いたクリスタルの破片で強引に繋ぎ合わせた男が、銃口を向ける仲間たちを制した。

 

「撃つな。こいつは魔物に騙されただけの人間だ」

「木村先輩!ですが、彼には呪力が纏っています!」

「よく見ろ。ガキ自身に呪力はねぇ。あの右腕そのものが一匹の魔物なんだ。どうせ、そこに転がってる魔物が何かしたんだろう。何も知らねぇガキを、魔物のせいで理不尽に殺すのは胸糞悪ィんだよ...いいか、魔法は使うな。俺一人でやる。お前らは、あの老婆が逃げねぇように回り込め。まだ生きてるからな」

「...っ?!」

 

 その言葉に、亜里好は江津子の方へ弾かれたように振り向いた。明らかに絶命していてもおかしくない惨状。だが、生きているというのなら話は別だ。復讐よりも、家族を助けることが最優先だ。

 

「...」

「させるかよ」

 

 木村と呼ばれた刀使いを警戒しつつ、亜里好は江津子の元へ地を蹴った。もともと身体能力には絶対の自信がある。一人担いだ状態でも、この場を振り切れるという確信があった。

 

「なっ...!?」

 

 だが、江津子に辿り着くより早く、木村がその進路を塞いでいた。これまでの人生、走りで自分を追い抜く者など一人もいなかった。初めて速度で上回られたことに、亜里好の心に動揺が走る。

 

――こいつ、速ぇ!

 

 亜里好は思考を巡らせる。魔物、呪力、そして魔法。創作物の中でしか聞いたことのない言葉を、彼らは当然のように口にしている。ならば、奴らはその未知の力を操る集団であり、ただの人間ではない。

 そして反転世界という単語。誰一人として通りかからない街。堂々と銃や刀を帯びる集団。空間が割れた瞬間に現れた祖母。ここは、自分の知る場所ではない。

 

――婆ちゃんを連れて逃げたところで、病院に人がいなけりゃ意味がねぇ。なら...あの刀野郎の顎を治した、あの宝石を奪うか

 

「速いな。右腕の力か?」

 

 亜里好は弾丸のごとき速度で木村に肉薄した。唸りを上げる拳、空を断つ蹴り。猛烈な連撃を叩き込むが、木村はその全てを紙一重で、軽々と受け流していく。

 

 ドクッドクッ、と心臓の鼓動が跳ね上がる。全力疾走の直後のような息苦しさと、サウナの中に放り込まれたような肌を焼く熱気。身体からは陽炎のような熱が立ち昇っていた。

 

――なんだ、この記憶は。

 

 脳内に無理やりねじ込まれる、見知らぬ暗闇と洞窟の光景。だが、その記憶に呼応するかのように、右腕に眠る異形の力が馴染んでいく。手首までどす黒く変質した拳は、迷いなく木村の刀を叩き折った。

 

「なっ?!」

「どけぇえ!!」

 

 戦慄する木村の隙を突き、亜里好は剥き出しの拳をその顔面へ叩きつける。轟音と共に地面に叩き伏せられた木村の周囲には、蜘蛛の巣状の亀裂が深く刻まれた。

 

「はぁ、はぁ...おい!今すぐ助ける...っ!」

 

 安否を確かめるべく江津子へ振り向く。だがその瞬間、視界が何者かの手のひらによって遮られた。抗う間もなく顔面を鷲掴みにされ、木村と同じように地面へと叩きつけられる。

 

「また会うとはね」

「...アンタは」

 

 地面に組み伏せられ、指の間から見えたその顔には見覚えがあった。霊園で黒曜の髪をなびかせていた、あの少女だ。

 

「ん?貴方、人間?...これって魔物と同じ気配?そうだったのね、あの時の呪力の残骸は貴方からだったのね...」

「さっきから訳のわかんねぇことを...っ!俺は人間だ!なんで婆ちゃんを襲った!何をしたって言うんだ!」

「婆ちゃん?...へぇ、貴方は何も知らないのね。貴方がそう呼ぶ存在は化け物よ。ここ最近の事件の犯人は、その女なの」

「何言ってんだ! 信じられるかよ!」

「はぁはぁ、クソッタレの()()()()如きに私を殺せると思っているのか...」

 

 聞き慣れた、けれど冷徹な声が少女の背後から響く。そこには、無残に息絶えた男たちの中心で立ち尽くす江津子の姿があった。彼女の腕はもはや人の形を留めず、無数の蛸足のような触手となって、返り血を浴びながら狂おしくのたうっている。

 

「その子言うことは本当よ。私達のような魔物は、人を喰らわなければ生きていけないの。内緒にしていてごめんね...私の可愛い坊や」

 

 一番聞きたくない告白だった。世間を騒がせる凶悪犯が、自分の唯一の家族だった。保っていた理性が、音を立てて崩壊していく。

 

「意味がわかんねぇ...なんの冗談だ、嘘だと言ってくれ!」

 

亜里好の身体から、怒りに呼応して凄まじい圧が膨れ上がる。

 

「なっ?!なぜこれほどの力が...魔物の力? いや、こいつ自身の...」

 

 少女がその脅威的な身体能力に目を見張った、その一瞬。江津子の触手が、隙を見せた少女の背後を狙って鋭く突き出された。だが、それよりも早く亜里好が動いた。これ以上、大切な家族が人を殺す場面など見たくない。その一心で少女を突き飛ばし、自らが身代わりとなる。

 それが無意識の本能か、右腕の防御反応か。ドリル状に渦巻く江津子の触手は、亜里好の命を奪わんと肉を抉る。しかし同時に、亜里好の右腕もまた、江津子の心臓を深く貫いていた。

 

「...なんなんだよ」

 

 濁った江津子の瞳を見つめる。脳裏に悍ましい言葉がよぎる。口にしてはならないと直感が叫んでいるのに、呪いに導かれるように唇が動いた。


 ――やめろ、それはダメだ。それを言ったら、ダメな気がする...これ以上、俺から家族を奪わないでくれぇ!


「いただきます――『噛み砕き』」

「...あぁ...いい子...私の...」

 

 言葉が放たれた瞬間、右腕が黒い泥のような液体へと変貌し、江津子の身体を飲み込んでいく。濁流のように流れ込む彼女の記憶。人間を襲い続けた日々、本当の家族を手にかけた過去、そして自分を『化け物の王』へと成らしめた真実。

 

 信じていた家族からの苛烈な裏切り。その絶望が、焼火のように胸を焦がす。けれど、それ以上に胸を占めていたのは、取り返しのつかないものを失ったという空虚な悲しみだった。たとえ、あちら側にとっては自分など、使い捨ての駒に過ぎなかったとしても。

 

「これで、1人になっちまったな...っ」

 

 震える声がこぼれる。江津子を貫いた無慈悲な手。その上には、禍々しくも美しい、深紫の結晶石が揺れる首飾りがぶら下がっていた。その時だった。ふっと、糸が切れたような感覚が訪れた。

 

――なんだろう、この感じ...なんだかもう、どうでもよくなってきた...

 

 頬を伝う涙。同時に、身体の中に何かが定着していく感覚があった。身体が浮き立つように軽く、力が溢れ出す。何より、目の奥が焼けるように痛む。

 

「貴方、その目...」

 

 少女が息を呑む。鋭い眼光を宿した亜里好の瞳には、どろりと血に濡れた同心円の紋様が渦巻いていた。

 

「...さて、どうしようかしら」

 

 人間でありながら、魔物に育てられ、呪力を浴び続け、あろうことか魔物を喰らった存在。このあまりにも異常なイレギュラーをどう処理すべきか、少女は困惑を隠せない。そんな彼女を見据え、亜里好は江津子の記憶から手に入れた知識を絞り出した。

 

「なぁ、アンタは魔導師って奴だろ?」

 

 母と出会う前から、江津子が力を蓄えるために襲い続けていた天敵の名だ。

 

「俺も連れて行け。その、魔導師が集まる場所に」



 第1話 【魔の王】

 お読みいただきありがとうございました!次回は明日のこの時間に更新予定です。第一章が終わるまで毎日投稿する予定です、よろしくお願いします。


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