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第18話 君へ贈る、永遠のレイ 其の四

「もう、なんなのよ!殴っても殴っても、再生するさ続ける!」

 

 降り注ぐ拳の雨をあざ笑うかのように、蜘蛛人形は異形の肢体を脈動させ、瞬時に傷口を塞いでいく。四人掛かりの一斉攻撃をものともしないその不死身ぶりに、黒恵の堪忍袋の緒が切れた。

 

「...魂の核が、あの中心に...ある。あそこに届かない限り、あれは永遠に...死なない」

 

 アイの瞳には、幾重にも重なる肉の障壁の奥、不気味に脈動する魂の光が視えていた。だが、そこに至る道は険しい。鋼鉄にも匹敵する外殻、超高速の自己再生、そして山を穿つほどの超火力魔法でなければ貫けない絶望的な質量。

 

「はぁ、はぁ。すまねぇ、兄貴。ちっと魔力を使いすぎた」

「兄さんは火力こそ高いが、燃費が悪すぎる。もう少し工夫して戦わないと」

「分かってる...だが、俺はそういう器用な真似は苦手なんだよ!」

 

 肩で息をするガラトロの視界が、魔力枯渇によりぐらりと揺れる。

 

「なら、少し休んでなさい」


 ゲレトロが鋭く言い放つ。ガラトロは後方に下がる。


「こういう時に、シャーロット嬢がいてくれれば...」


 ふいに漏れた独り言に、ゲレトロはハッとして黒恵を振り返った。


「すまない!無神経なことを...」

「...別に、いいわよ。実際、あの子がいればこんな奴...」


 冷ややかな拒絶。今の彼女にその名は禁句だった。だが、後悔に浸る暇はない。不気味な音を立てて蜘蛛人形が迫る。残された三人は、欠けた一人の穴を埋めるように盾を並べ、猛攻の渦中へと踏み込んだ。

 

「これ...なら、どう?」

 

 三頭の冥犬の顎を三角形に並べたアイは、先ほどの単発的な砲弾攻撃から一転、ガトリングガンの如き魔力の咆哮を掃射し始めた。高速回転する冥犬、絶え間なく降り注ぐ魔弾の嵐。再生が追いつかぬほどの速度で、敵の肉が抉られ、飛散していく。


「ほう、流石だ嬢ちゃん!」


 だが、蜘蛛人形は避けた。降り注ぐ魔力の咆哮すら置き去りにする、超絶的な反応速度。本能的な危機感に、人形の無数の眼が不気味な赤光を放つ。その邪悪な視線が、標的をアイただ一人に定めた。次の瞬間、巨大な肉塊が弾丸と見紛う速度で彼女へと躍りかかった。

 

「行かせんと言っているだろうが!」

 

 ゲレトロがその巨体で割り込み、人形の突進を正面から受け止めた。蜘蛛人形から生えた無数の腕が、鞭のように、あるいは杭のようにゲレトロの全身を打ち据える。凄まじい衝撃音が反響するが、ゲレトロは一歩も退かない。

 打撃を受けるたび、彼のシルバーの肌は熱を帯び、禍々しい黒へと変色していく。


 ゲレトロの魔法『黒鉄妖精(アイアンドワーフ)』は、衝撃を熱へと変換し、自らの肉体を鍛え上げる防御魔法。叩かれれば叩かれるほど、その強度はダイヤモンドすら凌駕する。しかし、代償として身体は重鉛のごとく鈍くなり、思考が低下してしまう。

 

「その程度の攻撃、俺を壊せないぞ」

 

 ゲレトロは漆黒の盾となって立ち塞がり続けた。蜘蛛人形の意識がゲレトロの鉄壁に奪われた、その一瞬。

 

「隙だらけよ、このデカブツ!」

 

 黒恵が地を蹴った。残像を残すほどの踏み込みで死角へ回り込み、蜘蛛人形の背中へと跳躍する。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

 魔力を込めた拳が、大気を爆ぜさせながら人形の背中に叩き込まれた。


「ん...数がダメなら、質で...そこを...開けて...」


 アイの声が、戦場に響く咆吼を切り裂いた。冥犬の顎が周囲の光をすべて吸い込んだかのような、禍々しくも美しい漆黒の輝きが宿っている。


「退け、黒魔女(スプリガン)!」

「分かってるわ!」


 極限まで硬度を高め、今や動く黒鉄の彫像と化したゲレトロが、最期の力を振り絞って蜘蛛人形の巨体を押し返した。同時に、その背に取り付いていた黒恵が、弾かれたように空中へ飛び退く。拘束から解き放たれた蜘蛛人形が、飢えた獣のように目の前のアイへと殺到しようとした。

 だが、アイが掌を突き出した瞬間、世界から音が消えた。放たれたのは、一筋の閃光。それは魔法という概念を超越した、純然たる破壊の奔流だった。


「ちっ...もうちょっと溜める...べきだった」


 苦々しい呟きが漏れる。消し飛ばしたのは魂の端切れに過ぎず、全壊には至らない。すぐさま二撃目の魔力が咆哮を上げようとするが、敵の再生速度がそれを上回った。

 しかし、魂の一部を消失したダメージは確実だった。蜘蛛人形の動きに、明らかな陰りが生じる。


「これなら、抑え込めれる!」


 ゲレトロが残り少ない魔力を振り絞り、砂の檻で蜘蛛人形の四肢を封じる。黒恵の放つ羅旋拳が、ついにその強固な外殻へ亀裂を刻み込んだ。


「数で勝負だ!」


 黒恵はライフルの連射のごとく、怒涛の連続拳を叩き込む。


「へ!?」


 次の瞬間、蜘蛛人形は灰のように脆く散った。魂の核を砕いていないにもかかわらず、霧散していくその様に黒恵たちは困惑を隠せない。


「倒したの?」

「違う...あっちへ行った」


 アイの視線の先。そこは、亜里好が一人で向かった方向だった。倒されたのであれば、魂の核ごと消滅するはずだ。しかし、魂の塊は意志を持つかのように、一点を目指して収束していく。


「まさか!」

「ん?...そういえば、亜里好...どこ?」

「あっちに、こいつを召喚した張本人がいるのよ!多分、不動くんはそいつと戦ってる!」


 黒恵の顔から血の気が引いた。四人がかりでようやく追い詰めた怪物の根源が、そこへ向かったのだ。覚醒して日の浅い亜里好にとって、それはあまりに分が悪い。一人で相手をさせるなど、自殺行為に等しかった。


「急ぐわよ!」


 黒恵が地を蹴り、猛ダッシュで街を駆ける。アイは巨大な骨の手を召喚してその掌に飛び乗り、魂の奔流を追って加速した。


 ◇◇◇


「(今魂を集めれば、黒魔女(スプリガン)砂男(デザートウォーカー)が来るのも時間の問題だ。なら、それまでこいつを殺すまでだ)」

 

 解き放たれた魂の奔流を、セイダーはその身へとすべて吸い込んだ。膨れ上がる魔力。爆発的な加速をもって、彼は亜里好の懐へと肉薄する。

 

「なっ!?」

 

 亜里好が上げた驚愕の声。先ほどまでは刀で受け止められていた糸巻き棒が、今は岩のような重圧となって彼を押し潰す。力負けした亜里好の腕が弾かれ、無防備な胴体が晒された。そこへ、セイダーの容赦ない蹴りがめり込む。

 

「が、はっ!?」

 

 衝撃に身をよじる亜里好の額めがけて、一条の糸が放たれた。セイダーがそれを力任せに引き絞ると、亜里好の肉体から、彼女自身の形を模した淡く輝く光の影が引きずり出される。

 

「くたばれ!!」

 

 セイダーは糸巻き棒をハンマーのごとく振り下ろし、その光の影を粉砕せんと叩きつけた。影に走る衝撃とリンクするように、亜里好の本体が激しくのけ反り、絶叫を上げる。やがて光の影が霧散し、彼の体へと戻っていった。

 

「がはっ!な、何が起きた...!?」

「『魂の繋がり(リンクソウル)』。お前の中にある塊を引き出す魔法だ。魂が受けたダメージは本体に反映される。だがそれは単なる傷じゃねえ。本体より強力で、決して回復することのない存在の痛みだ。一度叩けば、魂は強制的に本体へ戻るがな」

「へぇ、そりゃ説明どうも」

 

 血を吐き捨て、亜里好は不敵に笑う。なら、あの糸に触れさえしなければいい。二人は同時に踏み込んだ。セイダーが放つ必殺の糸を紙一重でかわし、亜里好は鋭いカウンターを狙う。

 

「チッ!」

 

 狙いが外れるや否や、セイダーは無数の糸を放射状に放った。亜里好はそれを刀で弾き飛ばし、地を這うようにして避け続ける。しかし、執拗な追撃が彼の腕一本を捉えた。

 

「アンタ自身を止めれば済む話だ」

 

 セイダーが再び魂を引きずり出す。無防備な魂へ糸巻き棒を振り上げるが、間一髪、亜里好の本体がそれを阻止せんと割り込む。だが、セイダーの背後から、彼と同じ形をした魂の結晶が音もなく出現した。

 それは亜里好が構えるマサカリを幻影のようにすり抜け、無防備な彼の魂を糸巻き棒で豪快に吹き飛ばした。

 

「魂の結晶は俺自身からも出せる。おまけに自由自在だ。これこそが、防ぐ術のない最強の攻撃だ」

「...」

「なっ!?」

 

 顔面への直撃。本来なら頭蓋内出血で即死していてもおかしくない一撃を受けながら、亜里好はなおも眼光を失っていない。

 どれほど肉体が頑丈だろうと、魂への直接ダメージに意味はないはずだ。それなのに、目の前の怪物は倒れない。セイダーの脳裏に、かつて対峙した、常軌を逸した強者たちの姿がよぎる。

 

「(そうか...こいつも...あの連中と同じ、死を成長の糧とする化け物か!)」

 

 亜里好の白目が不気味に赤く染まり、異様な気迫が場を支配する。亜里好は倒れるどころか、咆哮とともにマサカリを振り下ろした。セイダーの腕ごと断たんとする一撃。それは、奴の肩の骨を砕きながらも、辛うじてそこで止まった。

 

「クソ喰らえぇ!!」

 

 痛覚をねじ伏せ、セイダーの膝が亜里好の顎を跳ね上げる。再び糸を絡め、彼の魂を強引に引きずり出す。セイダーは手中の糸巻き棒を鮮やかに回転させ、その鋭い石突を、剥き出しになった魂へと向けた。


――ありゃあ、喰らえばやばそうだ

 

 打撃なら、まだ肉体が耐えてくれる。だが、今のセイダーが狙っているのは純粋な刺突だ。魂を貫かれれば、肉体がどれほど強靭でもひとたまりもない。亜里好の生存本能が警鐘を鳴らす。

 

 ならば、やられる前に殺すまで。亜里好は腕の中から鞘を吐き出し、左腰へと添えた。重心を深く沈め、居合の構え。

 

 赫月

 

 セイダーの石突が亜里好の魂の結晶を貫いた。それと同時、亜里好の抜刀がセイダーの胴体を深く、容赦なく斬り裂いた。

 

「が、はっ!」

 

 互いに致命の一撃。魂を貫かれた衝撃で亜里好の視界が火花を散らし、居合の勢いのまま地面を転がる。一方のセイダーも、噴き出す鮮血を抑えきれず、その場に膝をついて崩れ落ちた。

 

――まだだ、まだ死んじゃいねえ。

 

 それでも、亜里好の執念は消えない。ふらつく足取りで立ち上がり、止めの刃を振り上げる。だが、その切っ先が振り下ろされる寸前。

 

「ダメ。それは、ダメだね」

 

 軽やかな、場違いなほど穏やかな声。亜里好の刀は、金髪の男の足の甲によって易々と受け止められていた。

 

「邪魔はしねぇって話じゃなかったのか?」


 金髪の男はレイモンドだった。亜里好を間近でレイモンドを睨みつける。


挿絵(By みてみん)

 

「私はレイには手を出さないと言ったのですよ。そう、邪魔はしないとは一言も言っていません」


 レイモンドは薄い唇を歪め、冷ややかな視線を向けた。


「ただでさえ我が教団は人員不足。せっかくの新人を殺されるのは、看過できないのですよ。まぁもっとも、その約束自体を守るのも、いささか困難になってきましたがね」

 

 レイモンドの手には、一つの花の首飾りが握られていた。それを見たアクアの反応で、亜里好は理解する。それがレイの宝具なのだと。

 

「どうやら団長に居場所がバレてしまいましてね。いるなら仕事をしろと怒られてしまった。なので、これは回収させていただきます」

「そうか...なら、死ね」

 

 迷いなく放たれた亜里好の斬撃を、レイモンドはセイダーの襟首を掴んで後退することで回避した。

 

「その状態でよく動けますね」

「れ、レイモンドさん...あいつを、殺させてくれ...」

 

 呻くセイダーを耳元まで引き寄せ、レイモンドは不気味な笑みを浮かべた。

 

「その状態で、動けるのですか?...確か亜里好と言いましたね?どうです?一つ提案がありますよ」

「...」

「聞くだけは聞く、というわけですね。セイダー君に勝ったのに、宝具を奪われる。それはあまりに不条理だと思いませんか?」

「なら、なんだ。返してくれるってのか」

「ええ、返しましょう」

「なっ!」

 

 驚愕に目を見開くセイダー。抗議しようとした彼を、レイモンドの放つ冷徹な殺圧が縫い留めた。

 

「少し黙りましょうか。君は負けた。この世は勝利した者が動かす権利がある。今の君には反論する権利などはない。まあ、安心しなさい。任務失敗の責任はすべて私が持ちましょう。もっとも...君が、ある条件を達した場合の話ですがね」

「条件だぁ?」

 

亜里好の問いに、レイモンドは指を一本立てた。

 

「一分間、時間を差し上げましょう。私は一切攻撃しません。この私に、かすり傷一つでもつけてごらんなさい。そうすれば、この宝具は返しましょう...おっと、防御くらいはさせてくださいよ?痛いのは嫌いなので」

「...そうか」

「わーお、話が早い!ならば...スタートです」

 

 即座に亜里好は弓を構えた。弦を弾けば、紫電の矢が咆哮を上げる。放たれたのは、破壊の概念を宿した一撃。レイモンドは避ける素振りも見せず、その雷光を真っ向から浴びた。

轟音。土煙が舞う。


「なっ!?」

 

 だが、煙の中から現れたレイモンドは、事も無げに片手の手のひらでその矢を受け止めていた。連戦による魔力消費と負傷で、前に放ったよりも威力が落ちていたとはいえ、人間を塵一つ残さず消滅させるほどの一撃。それを彼は、無傷で凌いでみせたのだ。

 

「終わりですか?なら、これは持っていきますね」

「おい...まだ一分は経ってねぇぞ」

 

 今の矢で魔力は底をついた。亜里好は膝をつき、肩で息をする。戦闘不能と判断し、背を向けて去ろうとするレイモンド。だが、彼の背中に、いっそ純粋ですらある殺意が突き刺さった。

 

「...そうか。そうだったのか。根本的に、持ち方が違ったのか」

 

 亜里好は独りごちた。凛の赫月に対する、拭いきれなかった違和感。自分で放っても、何かが決定的に違うと感じていたその正体。亜里好は刀を逆手に握り直し、地を這うような極低の姿勢で構えを固める。

 

「ふぅー」

 

 残された魔力は、もう枯渇寸前だ。亜里好はその微々たる魔力を絞り出し、初めて、己の体内に無意識に内功を巡らせ、研ぎ澄ませていく。


「!?」


 空気が凍りついた。

 

「赫月!!」

 

 放たれたのは、先ほどのまでの模倣ではない、完成へと昇華された真なる一閃。レイモンドは決して気を緩めてはいなかった。超常の感覚をもって、本気でその刃を回避しようとした。だが、もし反応がコンマ数秒遅れていれば、彼の首は宙を舞っていただろう。

 

 鋭い風切り音と共に、レイモンドの頬に一筋の赤い線が走った。滴る血を親指で拭い取り、彼は自身の指先に付着した紅を見つめて、法悦に満ちた笑みを零した。

 

「流石です。我が同胞よ!」

 

 斬った。その確信を込めた鋭い眼光で、亜里好はレイモンドを睨めつける。約束通り、レイモンドは手中のレイを亜里好へと放り投げた。それを見届けた瞬間、極限まで張り詰めていた亜里好の意識はぷつりと途切れ、その場に崩れ落ちた。

 

「さあ、帰りましょうか」

「待ってください!あいつは確実に教団の敵になる。今のうちに殺しておくべきだ!」

 

 食い下がるセイダーを、レイモンドは冷徹な眼差しで射抜いた。

 

「二度は言わせないでください。そもそも私の力に頼った時点で、この戦いは彼の勝利だ。私が居なければ、死んでいたのは貴方の方ですよ...ん?これは?!」

 

 言葉の途中で、レイモンドは弾かれたように背後を振り返った。そこには、剥き出しの暴力的な魔力を全身に纏ったアイが立ち尽くしていた。だが、レイモンドの背筋をより深く凍らせたのは、その隣に立つ黒恵の放つ異様な気配だった。

 

 彼女の様子は、明らかに常軌を逸していた。深く俯いたまま、小刻みに肩を震わせている。まるで底知れぬ恐怖に怯えているかのような、壊れる寸前の危うい姿がそこにあった。

 

「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ....嫌だ、イヤダ、イヤダ、イヤダ...あぁ!!」


 ゾワッ

 

「この感覚...おいおい、マジですか。本当にいたのですね。()()()()が」

 

 レイモンドの戦慄混じりの呟きを塗りつぶすように、黒恵の呪詛が漏れ出る。

 

「やったの、貴方?...貴方が……貴方が貴方がッ!」

 

 黒恵の視線が、冷たい地面に倒れ伏す亜里好の姿を捉えた。ピクリとも動かない身体。そこからじわじわと広がる赤い血。その光景がトリガーとなり、脳裏に焼き付いていたあの日の記憶が、激しいフラッシュバックとなって蘇る。

 黒恵は引き裂かれそうな頭を両手で強く押さえ、掠れた声を漏らした。瞳の奥で、ドス黒い過去の記憶が濁流となって逆流していく。それが臨界点を迎えた瞬間、彼女の理性が完全に吹き飛んだ。

 

「お前がやったのかぁあああ!!!!」

 

鼓膜を震わせる咆哮と同時に、足元の地面が爆ぜた。

 黒恵は一直線にレイモンドへと突撃する。怒りに任せた拳が、蹴りが、怒濤の嵐となって叩き込まれた。

 しかし、その猛攻には決定的な冷静さが欠けていた。レイモンドはまるで優雅に踊るかのように、紙一重の極限で見切ってそれらを躱していく。

 

「このままじっくりと味見をしたいところですが...おっと、今は引き下がらせてもらいましょう」

「帰すわけないだろ!!殺してやる!!お前を、ぶっ殺してやるッ!!」

「おぉ、めちゃくちゃ怖いですね」

 

 突き刺さるような殺意の視線を全身に浴びながら、レイモンドはゾクゾクとした愉悦の笑みを浮かべた。だが、これ以上の長居は命取りだ。組織から本気で粛清されかねない。

 

「帰りますよ。私たちは今から消えます。それでは...またいつか、お会いしましょう」

「ちっ」

 

 黒恵が何も考えずに地を蹴り、肉薄しようとする。アイは鋭く舌打ちをすると、暴走する黒恵を援護するように、凄まじい魔力の咆哮を前方へ放った。空を真っ二つに裂くような連撃がレイモンドを襲う。

 

 しかし、彼は優雅な紳士のように深く頭を下げると、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、虚空へと掻き消えてしまった。

 

「どこに行ったぁあ!!」

 

 飢えた獣のように周囲を見回す黒恵。荒い呼吸には未だ濃密な殺意が滲み、今にも再び暴走しかねない危うさを孕んでいた。その痛々しい姿を、アイは静かに目を細めて見つめる。

 

「敵を倒すより、先にすることが...ある。亜里好は、まだ生きてる、よ」

「はぁ、はぁ...生きてる?...不動くん!」

 

 アイの静かな声が、黒恵の狂気を現実に引き戻した。ハッと冷静さを取り戻した黒恵は、激しく息を切らしながら、倒れた亜里好とカルミナの元へと狂ったように駆け寄る。そして、震える手ですぐさま応急処置に取りかかった。

 

 多大な犠牲を払いながらも、アクアを守り抜き、レイを守護した。満身創痍の彼らが掴み取ったのは、辛くも、しかし確かな勝利の結末だった。



 第18話 【君へ贈る、永遠のレイ 其の四】

 

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