第17話 君へ贈る、永遠のレイ 其の三
「カルミナさん!」
アクアの直属護衛を任されたパーティの一人、カルミナ。隊長は敵に乗っ取られ、もう一人の仲間は命を落とした。今にも感情が崩れ落ちそうだったが、彼女は任務を優先し、それを必死に押し殺していた。
「大丈夫です。私が責任を持って守ります」
「逃げ回られるのは面倒なんだよ。そのアクアを俺に渡してくれ」
次の瞬間、風を裂く音。カルミナは反射的にアクアを突き飛ばし、自身は半歩後退。人形が持つ刃が迫ってくる、カルミナはそれを受け流し、剣で遠くに吹き飛ばした。
「ちっ!」
「カルミナちゃーん」
「っ!...隊長でもない奴が、その名前で呼ぶな!」
踏み込んだ、怒りに任せた一閃。だが、刃は届かない。人形が先に動き金属がぶつかる甲高い音が鳴る、カルミナの剣と人形の刀が火花を散らすのだった。
「(速い...でも、この動き...)」
押し込まれる。体勢が崩れる寸前、足を捻って衝撃を逃がす。すぐに二撃目に横薙ぎで攻撃、しかし読まれていたのか、人形は軽く跳び、逆に上から剣振り下ろしてきた。
「ッ!」
受けるが、カルミナの腕に重い衝撃で骨が軋む。後方へ滑りながら距離を取る。
「カルミナさん...隊長さん、ですよね?」
「違うあれは、もう別物です」
彼らのパーティは、これまで何度も命を張って守ってくれた存在だった。見知った隊長が、もういないと言うその現実に、アクアの表情が崩れそうになる
「ごめんね?来月、結婚するはずだった彼、殺しちゃってさ。最後の任務で死ぬなんて、まるで出来すぎたオチで笑えるよなぁ?」
それはもう一人の仲間、カルミナの恋人のことだった。カルミナは言葉が出なかった。
「まぁ安心しな。すぐに魂を引きずり出して、この人形に入れてやる。永遠に一緒にしてやるよ。なぁ?嬉しいだろ?」
「...まさか」
カルミナは、セイダーの隣に立つ人形へと視線を向ける。その奥にいるものを、直感してしまった。
「さぁ恋人同士、殺し合え」
振るわれた刀をカルミナは咄嗟に受け流す。アクアを庇いながら、距離を取る。だが、さっきの違和感、その動き、間合いの取り方、踏み込みの癖。すべてが、あまりにも見覚えのあるものだった。
「(やめて...)」
心の奥で、声にならない叫びがこぼれる。目の前にいるそれは、確かに、かつて、自分が愛した人そのものだった。
「あはは!傑作!」
「楽しそうじゃん。俺も混ぜてくれよ」
「なっ?!」
背後に声がした時には、すでに亜里好の刀は奔っていた。他の人形の防御体勢のそのわずかな隙を縫う一閃。刃はセイダーの背を正確に捉える。だが、手応えは鈍い。
――硬てぇな。外功か?
「くっ!」
セイダーが呻き、手にした糸巻き棒をハンマーのように薙ぎ払う。亜里好はそれを刀身で受け流し、生じた隙へ容赦のない蹴りを見舞った。
「ガハッ!」
「なんだ?アンタ自身はそんなに強くねぇのか」
拍子抜けだった。人形たちのほうがよほど骨がある。それもそのはず、今のセイダーは魂の大部分を人形に割いており、本体の戦闘能力は素の状態に近かったのだ。
「クソがっ!」
セイダーの怒声に応じ、五体の人形がどろりと融け合い、一つに重なる。六つの腕を持ち、それぞれに鋭利な剣を構えたその姿は、さながら異形の阿修羅。六条の閃光が同時に亜里好を襲う。それは剣士六人分に相当する同時攻撃、絶望的な物量だった。だが、亜里好は対応していた。
――こうして見ると、凛はやっぱりおかしいんだな
脳裏を掠めるのは、あの修行の日々だ。彼女との苛烈な模擬戦に比べれば、腕が六本あろうと動きは読める。必死に防ぎ、捌き、受け流す。
だが、その反応は紫電の力で底上げされた反射神経によるものに過ぎず、防戦を強いられる状況に変わりはなかった。狙うはカウンターの一撃。腕を一本でも叩き折れば勝機は見出せるが、その一本に届く隙すら、今の敵には存在しなかった。
――こっちも二刀流で行くか?...いや、中途半端な二刀より、凛に叩き込まれた一刀に賭けるのが妥当か。
一瞬、マサカリに手をかけようとしたが、即座に思考を切り捨てる。迷いは死に直結する。
「さっきの勢いはどうしたぁッ!」
「ちっ!」
六臂の人形が正面から圧をかけ、その背後からセイダー本人が回り込む。放たれた糸巻き棒の強撃を足の裏で強引に止めるが、意識を逸らした代償は大きかった。人形の追撃に対する反応が、コンマ数秒遅れる。
「いっ...!」
刀を戻すのが間に合わない。鋭い刃が亜里好の指を跳ね飛ばした、小指と薬指。鮮血を撒き散らしながら、亜里好は大きく後退して距離を取る。
――確かに、上手く握れねぇな。まぁ、困るほどじゃねえが。
以前ネットの記事で、指を欠損すると握力は大幅に低下すると読んだ記憶があった。確かに違和感はある。だが、戦闘を継続できないほどではない。亜里好は痛みを精神の奥底に押し込み、刀の右手に持ち替える。
「こいつ、気が狂ったのか!?」
守りきれないなら、守りを捨てる。亜里好は人形の刃を肉で受け、骨で止めることを選んだ。血飛沫と引き換えに、カウンターを叩き込む。人形の腕が一、二本と虚空に舞った。
「再生させねぇよ。いただきます――『噛み砕き』!」
本体へ戻ろうとする欠損部位。それを再生の種にさせじと、亜里好の右腕が喰らった。だが、期待した力は湧いてこない。漲る感覚は皆無だった。
――呪力限定だから、魔力は意味ねぇのか?それとも人形だから...ッ!?
直後、胃の底からせり上がるような、猛烈な吐き気が亜里好を襲った。視界が歪み、平衡感覚が消失する。
――拒絶反応だと
「急に動きが止まったな。なら、今だ!」
好機と見たセイダーと人形が、同時に牙を剥く。万事休す。しかし、ふらつく亜里好の前に、紅い影が割り込んだ。
「させないっ!」
カルミナだった。彼女は身を挺して二人の猛攻を食い止める。だが彼女に、二方向からの同時攻撃を捌き切る力はない。セイダーの棒を止めるのが精一杯で、人形の剣が彼女の肢体を容赦なく切り裂いた。
頬を、胴を、鮮血が舞う。だが、その一瞬の時間が、亜里好の意識を現世へと引き戻した。
「感謝するぜ!」
「先輩ですから、これぐらい」
カルミナは手中のクリスタルを握り砕いた。止血を施すと、二人は阿吽の呼吸で同時に地を蹴った。猛烈な衝撃波がセイダーと守護人形を左右に吹き飛ばす。
「不動さん、でしたよね。あっちの人形、私にやらせてください」
「だが、アンタはアクアを...」
「大丈夫です。防御魔法の宝具を渡しました。それに相手は二人、私も戦わせてください。あの人形だけは...私じゃないとダメなんです」
その瞳に宿る烈火のような覚悟に、亜里好は言葉を飲み込んだ。彼女にとってあの人形を倒すことは、何か深い因縁があるに違いない。
死別の悲しみも、隊長を失った迷いも、今の彼女にはない。ただ一点、魂の救済を掲げ、カルミナは剣を構えた。
「了解」
二人の影が交差する。カルミナの流派は破天神剣。五大剣覇が一角で、木刀一本で巨岩を砕く圧倒的な破壊力を誇るが、その重さゆえに隙が大きく、回避や防御には適さない。四本の腕で絶え間なく刺突を繰り出す人形とは、本来、最悪の相性だった。
「はぁぁぁぁッ!」
刀身が灼熱に焼かれ、深紅の輝きを放ち始める。剣を振るうたび、そこには逃れようのない劫火が奔流となって現れた。鋭い咆哮を上げ、カルミナは死線を超えて踏み込む。幾条もの刃が彼女を切り刻み、鮮血が舞う。だが、傷を負うほどに彼女の剣撃は熱量を増していく。
「うっ...これしき!」
肩から鮮血が噴き出すが、彼女の歩みは止まらない。頭上から振り下ろされた白刃を、紙一重の転身で躱す。同時に、地を割るような踏み込みから剣を振り上げた。閃光が奔り、人形の腕の一本が宙を舞う。
「腕が多いだけね。これだと...あの人の方が、よっぽど強い!!」
一方、亜里好とセイダーの死闘も熾烈を極めていた。だが、戦況は明白だった。亜里好の猛攻の前に、セイダーは防戦一方に追い込まれている。
「人形がなきゃ、あんたなんか敵じゃねぇな!」
「くっ!調子に乗るなよ!」
「なっ」
逆上したセイダーが糸巻き棒を振り回し、凄まじい衝撃に亜里好はガラス窓を突き破り、店内に吹き飛ばされた。亜里好に立ち直る猶予など与えない。
倒れ込んでいる亜里好に、振り下ろされる糸巻き棒。だが先端を蹴り上げ、その軌道を強引に逸らした。激突した床が爆ぜ、瓦礫が舞う。その視界不良を突き、亜里好はセイダーの胸ぐらを掴み寄せた。
「ガハッ!?」
亜里好は全身のバネを解き放つように踏み込み、渾身の頭突きを叩き込んだ。鈍い衝突音が響き、セイダーの身体が大きく揺らぐ。その反動で額から血を流しながらも、亜里好は獣のように口角を吊り上げた。乱れた髪の隙間から覗く眼光は、怒りと高揚に爛々と燃えている。顔を上げ、倒れかけたセイダーを見下ろしながら、吐き捨てるように言う。
「調子に乗るなって?はっ...好き勝手斬りつけてくれた野郎を、今こうして叩き潰せるんだ。最高に気分がいいに決まってるだろ!」
セイダーが体勢を立て直すより早く、亜里好はその胸元へ飛び込んだ。勢いのまま押し倒し馬乗りになり、拳を振り下ろした。瞬間、拳から紫電が爆ぜる。雷鳴にも似た炸裂音と共に、紫の電流がセイダーの全身を駆け巡った。
「がっ」
一撃。骨を軋ませる衝撃。
二撃。電流が神経を焼き、意識を掻き乱す。
三撃、四撃と拳を叩き込むたびに紫電が奔り、その度にセイダーの瞳から焦点が消えかける。亜里好は止まらない。怒りを吐き出すように、憎悪を叩き込むように、拳を振るい続けた。
「この...野郎ッ!」
執念で手を伸ばしたセイダーが、床に落ちていたガラス片を握りしめ、亜里好の首筋へと突き立てた。たまらず身をよじった亜里好の隙を突き、セイダーは脱出すると、転がっていた糸巻き棒で彼を殴り飛ばした。
「はぁ、はぁ...化け物かよ、お前は」
「痛てぇな。俺じゃなきゃ即死だぞ、これ」
首から血を流しながらも、亜里好は不敵に笑う。純粋な戦闘能力は、現時点では亜里好が上。セイダーはこのままではジリ貧だと悟った。これ以上魂のストックを消費して人形を召喚すれば、術者本人の弱体化を招き、それこそ致命傷になりかねない。
「そうか、そもそも、こいつの使い方はこうだったな」
セイダーの視線が、店内に並ぶ不気味な影に止まった。彼が糸巻き棒を回すと、無数の糸が店内のマネキンたちに絡みつく。本来の『守護人形』とは、用意された人形に魔力を流し込み、糸で操る戦術。魔力を注がれた数十体のマネキンが、金属並の強度を伴って一斉に動き出した。
「こりゃまた乱闘になりそうだな」
襲いかかるマネキンを次々と斬り捨てる亜里好。だが、切断された部位は磁石のように引き合い、瞬時に接合される。
「おもちゃが無けりゃ弱いだと?そりゃ、こいつらが俺の武器なんだよ!」
背後から迫ったマネキンの一打が、亜里好の後頭部を捉えた。衝撃で視界が火花を散らし、床に叩きつけられる。意識が遠のくが、一瞬の停止は死を意味する。
叩きつけられた反動を利用し、弾かれたように宙へ舞う。亜里好は空中で体勢を立て直すと、着地ざまに再びセイダーの服を掴み取った。
「わざわざ近づいてくれて、助かるぜ」
二度目の頭突き。鼻骨が粉砕される鈍い音が響き、怯んだセイダーがたじろぐ。その隙を逃さず、亜里好は下段から一気に刀を跳ね上げた。
「ぐあっ!こいつ!」
セイダーはたまらず距離を取る。目の前の彼から放たれる異様な違和感、そして肌を刺すような狂気に冷や汗が流れた。
「(なんなんだ。なぜ倒れない?それに、戦うごとに強くなっていく。おかしいだろ!)」
「なっ?!」
思考を遮るように、視界をマサカリが埋めた。セイダーは咄嗟に糸巻き棒で防ぐが、それは囮に過ぎない。マサカリを追うように肉薄した亜里好の刃が、セイダーの顔面を斜めに深く切り裂いた。
追い打ちの蹴りを見舞い、セイダーを吹き飛ばす。だが、同時に蓄積されたダメージが限界を超え、亜里好はその場に膝をついた。
「はぁ、はぁ...結構ヤベェな」
回復用のクリスタルを砕くが、あまり効果がない。焦燥に駆られながらカルミナの方へ視線を向ければ、彼女もまた、地面に鮮血を滴らせながら死闘を演じていた。
「(これ以上は、あの人がもたない...いや、そうでもないな)」
助太刀に立ち上がろうとするが、震える足は言うことを聞かない。だが、その心配は大丈夫の様だった。
「終わりよ!」
カルミナの剣が鋭い弧を描いた。狙いは腕ではない。装甲のわずかな継ぎ目を突き通し、鈍い手応えが手に伝わる。次の瞬間、人形の動きが止まった。だが、安堵という一瞬の隙が、カルミナを死の淵へと追いやる。機能を停止したはずの人形が両腕を広げ、カルミナを強く抱きしめたのだ。
「やべぇ!」
亜里好が叫び、駆け寄ろうとした時、異変に気づいた。カルミナの瞳から涙が溢れている。亜里好がセイダーを追い込んだことで魂の呪縛が緩み、人形に宿るカルミナの恋人の意識が、束の間だけ覚醒したのだ。
「...」
人形の口から声は出ない。しかし、その唇は確かに『愛してる』という言葉を紡いでいた。直後、人形は自らを内側から破壊し始める。
「私も、愛してる...」
糸が切れたように、カルミナはその場に崩れ落ちた。一刻も早く止血しなければならない。亜里好が駆け寄ろうとしたその時、横合いから狂気に染まったセイダーが躍り出た。
「ガキがぁあああ!!」
「図太いんだよぉ!!」
火花を散らして武器が衝突する。亜里好は渾身の力でセイダーを横へ弾き飛ばした。
「彼女をお願いします!」
「は、はい!」
手持ちの回復宝具をすべてアクアに投げ与え、亜里好は再びセイダーへと向き直る。その瞳には、逃れようのない殺意が宿っていた。
「ああ、決めた。こいつだけは絶対にぶち殺す。出し惜しみは無しだ。ここからは、短期決戦で行かせてもらう!」
セイダーが何かの封印を解いた。周囲からおぞましい魔力の球体が集結していく。犠牲となった者たちの残響、魂そのものが、彼に取り込まれていく。
「フルソウルで行くぞ。塵も残さず消してやる」
濃密な殺気が渦巻いた。
第17話 【君へ贈る、永遠のレイ 其の三】




