第16話 君へ贈る、永遠のレイ 其の二
「ふん、こんなもんか」
爆炎の余韻に吐き捨て、セイダーは背を向けた。黒恵を仕留めたと確信し、次なる標的であるアクアの方へと歩を進める。だが、背後から猛烈な速度で結界が浸食を開始した。
「反転世界だと!?」
周囲の喧騒が消え、一般人の姿が霧のように消失していく。異変を察知し、セイダーが弾かれたように振り返ると、爆煙を切り裂いて黒恵が飛び出してきた。その身には、瞬時に召喚された契約獣が鎧となって纏われている。
「なっ!?」
直撃だったはずだ。それなのに、黒恵は倒れる事はなく、一発の弾丸と化して迫る。爆発の瞬間、彼女は外功を全身に集中させ、防御力を極限まで高めることで致命傷を回避していた。
「(あの一瞬で外功を練り上げたというのか。それに、この威力を耐えきるとは...この女、想像以上にしぶとい!)」
黒恵の鋭い打撃を、セイダーは紙一重の演舞でかわし続ける。
「(こいつの魔法発動条件は、一度対象に触れること。ならば、掠らせさえしなければ脅威ではない)」
セイダーの能力は、乗っ取った肉体の魔法を操ること。しかし記憶までは継承できない。ゆえに、彼は敵の情報を完璧に脳内へ叩き込んでいる。
隙を突き、手にした糸巻き棒を巨大なハンマーの如く振り下ろした。黒恵はそれを両腕で十字に受け止める。凄まじい衝撃が走り、彼女の足元の地面が蜘蛛の巣状に砕け散った。
「なんて硬さだ!」
「いくら身体を乗っ取ったからって、完璧に使いこなせない様ね。人形使いはこんなに弱くない」
天神黒恵は、内功と外功において天賦の才を有していた。平均的な魔導師に比べ、内功の熟練度は2倍近く。だが特筆すべきは外功であり、その頑丈さは常人の5倍を優に超える。
殺傷能力の高い羅旋拳、一度触れれば戦況をひっくり返す事ができる追撃魔法、そして鉄壁の外功。近接戦闘において、彼女はまさに厄介な敵になり得る。
セイダーは即座に判断を下し、距離を取る。人形から放たれる法弾で長距離からの削りに切り替えようとした、その時。
「なっ?!」
「爆発の元凶はアンタか?」
黒恵に意識を奪われ、完全に死角となっていた前方から、亜里好が風を切り裂いて突っ込んできた。首筋を狙った一閃に、セイダーは強引に身体を捻って致命傷を避ける。だが、その代償に胴体を深く斬り裂かれた。
「本当に裏切り者がいたとはな。それも人形使いとは、予想もつかなかったぞ」
「チッ」
セイダーは忌々しげに舌打ちし、回復用の宝具であるクリスタルを握り潰した。漏れ出す光が傷口を塞ぐが、状況は最悪だ。背後には黒恵、正面には亜里好とガラトロ。三人の手練れに包囲された今、時間をかければ他の魔導師まで集結してくるだろう。
「安心しろ。すぐに殺しはしない」
ガラトロが冷徹な声を響かせる。
「貴様の仲間、数、能力、そして目的...全てを吐いてもらうぞ」
「...砂男。また厄介な奴だ。黒魔女と同時に相手するのは面倒だな」
「無駄話はするな。貴様が話せる言葉は俺の問いに対する答えだ。召喚――『砂漠の妖精』」
ガラトロの背後に、異形の影が這い出した。その者は布のようなもので両目を覆い、異常に長い腕をだらりと下げている。不気味な怪物の出現と呼応するように、契約獣の肉体は砂へと崩れ、ガラトロの周囲を舞い始めた。ガラトロは軽く手を上げ、そして力強く拳を握りしめる。
「...っ?!」
標的となったセイダーの周囲に、突如として砂の結界がせり上がった。逃げ場を奪う砂の球体。だが、セイダーも即座に二体の人形を召喚し、荒れ狂う砂を力任せに撥ね退けた。
「死ねッ!砂男!」
三体同時、逃げ場なしの法弾。しかし、ガラトロが手のひらをかざすと、砂は瞬時に強固な壁へと形を変え、すべての衝撃を無効化した。黒恵が死角から鋭い蹴りを叩き込む。だが、それさえも背後の人形が平然と受け止める。
「驚いたか?前の術者と同じだと思うなよ。視界外からの攻撃だろうと、人形が勝手に俺を守るのさ!」
人形の腕が鋭利な刃へと変貌し、黒恵を切り裂かんと迫る。それを制したのは、間一髪で回り込んだ亜里好だった。逆手に持ったマサカリが、人形の腕をごうんと叩き斬る。
「俺のこと、忘れてねぇか?」
「くっ...!?」
亜里好の一撃は止まらない。人形ごとセイダーの胴体を断たんとする重い一閃。その背後からはガラトロの放った砂の刃が飛来し、セイダーはもう一体の人形を盾にする。貫通した刃が彼の肩を抉るが、人形のおかげで辛うじて致命傷は免れた。だが、三対一。戦況は絶望的だった。
「何事ですか!なぜ隊長を!?」
そこへ、人形使いのパーティにいた女魔導師が駆け寄ってきた。困惑する彼女に、黒恵が短く叫ぶ。
「貴方のリーダーは敵に乗っ取られたわ! 早く、アクアを連れて遠くへ!」
「...もう一人の仲間は?彼はどこに!?」
「...」
「...そうですか...分かりました」
黒恵の痛ましい沈黙が、すべてを物語っていた。女は唇を噛み締め、絶望を振り払うように頷く。仲間の死を悼む時間さえ、今の戦場には残されていない。
彼女はアクアを連れ、戦線を離脱した。代わって、続々と魔導師たちが合流し始める。
「人形使いはやられた!階級順に従い、俺が指揮を執る!護衛組の1パーティはアクアを守れ。残りはこいつを捕らえろ!」
ガラトロは次々と、集まった魔導師たちへ冷酷に命令を下していく。混乱しながらも、彼らは命令に従う。
「次から次へと...まあいい。冥土の土産に教えてやろう。俺の魔法と、この男の魔法は、恐ろしいほど相性が良くてな。前の身体では成し得なかった究極魔法――『人形劇』!」
セイダーの影がドロリと広がり、その闇の中から百体にも及ぶ人形が這い出した。
「俺の契約獣の力は『魂の鎮魂歌』。魂を入れ替えるだけでなく、奪った魂を蓄え、自己を強化する。そして、この男の『人形召喚』。これらを組み合わせることで、百の人形に魂を宿し、自律して敵を屠る殺戮兵団を作り出すのだ」
――なんであいつ、ベラベラと自分の手の内を話してやがるんだ?
亜里好は眉をひそめた。本来、魔法の強度を上げるには気の遠くなるような年月が必要だ。だが、それ以外に効果を爆発的に跳ね上げる禁じ手がある。
それが、【言魔の証明】。あえて相手に能力を開示する事で、魔法の効力を強制的に引き上げる誓約。ただし、それは相手が知らないかった場合に限られる。元から能力を完全に知られている者には効果はない。
人形に魂が宿り、技術と強度が底上げされる。さらに言魔の証明が加わることで、その戦闘能力は極限まで跳ね上がっていた。
「これは...」
黒恵は即座に一体の人形を破壊する。しかし、拳に伝わる硬質な手応えから、敵の異常さを察知した。一体あたりの実力は、亜里好たち以外の魔導師であれば、もはや互角かそれ以上。
「(俺や黒魔女がより多く叩くしかないか。ちっ、あの野郎!)」
ガラトロも苦い顔で現状を把握する。その隙を突くように、セイダーは五体ほどの人形を引き連れ、アクアの元へと疾走していった。黒恵やガラトロには一歩譲るものの、亜里好もまた、刀を振るい次々と人形を斬り捨てていく。
「(不動くん...あんなに強かったっけ?)」
前の戦闘より格段の実力を上げていた。目の当たりにする亜里好の戦闘力に、黒恵は驚愕を禁じ得なかった。剣など握ったこともないと言っていたはずだ。流派も型も身についていない、無頼の剣。それにもかかわらず、彼の剣術は恐ろしいほどの精度を誇っていた。
「不動くん!」
「あぁ?!」
「行って!」
黒恵かガラトロ、どちらか一人でも欠ければこの場の均衡は崩れる。他の魔導師を援護しつつ戦線を維持できるのは、実質この二人しかいない。黒恵は、迷わず亜里好にセイダーの追撃を託した。
「不動、行け。どうせあと少しで兄貴も到着する...そうか、妙に俺たちの配置がアクアから遠いと思ったら、こういうことか」
ガラトロは買い物のために偶然近くにいたからこそ、即座に駆けつけることができた。だが、セイダーの策によって、本来はアクアから遠く離れた場所に待機させられていたのだ。討伐組という役職に縛られ、今の今までその違和感に気づけなかった。
「(まあ、兄貴は鈍足だ。到着にはまだかかる。魔力の消費は激しいが、背に腹は代えられねぇな)」
ガラトロは腕を十字に交差させる。
「もって三分か――『砂の番人』」
彼の背後に、岩塊が人型に重なった三体の巨像が姿を現した。巨像は無数の人形をその巨大な腕で豪快に薙ぎ払う。
「不動!行け!道は開けてやったぞ!」
「ああ、感謝する!」
亜里好は開かれた道を駆け抜け、セイダーの背を追った。残った二人は押し寄せる人形を次々と粉砕していく。しかし、一人の魔導師が上げた悲鳴が、戦場の空気を一変させた。
「なっ?!」
倒されたはずの人形たちが、磁石に引き寄せられるように一箇所へと集まっていく。セイダーの魔法は、奪った魂をストックし、自身の糧とするもの。だがそれは人形にも適応されていた。人形同士が融合することで、その戦闘能力は倍々へと膨れ上がっていく。
「ちっ、硬い!」
先ほどまで一撃で粉砕していたはずの黒恵の拳が、岩を叩くような鈍い音を立てて弾かれた。だが、その頑強極まる人形の足元から、地を割って現れた鋭い骨の棘が、胴体を容赦なく貫く。
「顔黒、苦戦してる……じゃん」
「チビ助、遅かったじゃない」
黒恵が不敵に笑う。そこには、宙に浮く巨大な骨の掌の上に立つアイの姿があった。直後、天を突くような巨大な影が一体の人形を覆い、凄まじい質量でそれを押し潰した。
「兄貴...」
「兄さん、説明」
現れたのは、二メートルを超える巨躯を誇るゲレトロだ。残った人形が鋭い刃でゲレトロを斬りつけるが、その刃は彼の鋼のような筋肉に触れた瞬間、あえなく粉砕される。ゲレトロは太い腕を振り上げ、そのまま断罪の槌の如く振り下ろした。
「黒鉄、久しぶりね」
「黒魔女、いや、今は再会に浸っている暇はなさそうだな」
戦乱の渦中で視線を交わす二人。黒恵は拳を振るいながら、手短に事の経緯を伝えた。
「ほーう、なるほどな」
ゲレトロが頷く。その目の前で、潰されたはずの人形たちがドロリと溶け合い、再び形を成した。その戦力は個体の四倍。四体分が合体した巨躯から放たれた重いパンチがゲレトロの胴体を捉える。しかし、響いたのは肉の音ではなく、鋼鉄同士が激突する硬質な音だった。
「まだ、俺の方が硬いようだな」
ゲレトロは動じない。両腕を大きく広げ、逃げ場を塞ぐように人形の頭部を左右から叩き潰した。
「『二撃天法』!」
呼応するように、黒恵もまた四体分の融合体をその拳で粉砕する。
「(やはり、彼は強い。魔法の行使を待たずしてこれ程とは...Bどころか、今はAに届いているわね。この一年で相当な研鑽を積んだようね)
黒恵が内心で舌を巻く。だが、アイの力もまた、それに劣るものではなかった。
「んっ...」
アイが指をさすと、地表から無数の骨が剣山のように突き出す。だが、敵もさるもの。八体分の融合を果たした人形には、その骨さえも砕かれた。
「限界...か。なら、吠えろ――『冥犬』」
アイの声に応じ、彼女の杖が禍々しく変貌を遂げる。先端には三つの犬の頭蓋骨が具現化し、眼窩にドロリとした魔力の光を灯してアイの周囲を浮遊し始めた。
「避けられるなら避けて...みな」
放たれたのは、魔力の咆哮。三条の魔力ビームが唸りを上げ、逃げ場のない人形を塵一つ残さず消滅させる。その威力は凄まじく、融合による再生すら許さぬほどの破壊だった。
「なんて魔力量だ。一体、何者なんだ彼女は?」
「...うっそ。あそこまで規格外なの?」
黒恵やゲレトロでさえ手を焼いていた八体合体をも凌駕する一撃。アイの実力を脅威と見なしたか、残存する八十七体の人形が一箇所に集まり、異形の融合を始めた。無数の腕が生え、顔には数えきれないほどの眼球が蠢く。身体は巨大な蜘蛛のような姿へと変貌し、女の貌をした怪物が咆哮した。
「こりゃあ、強そうだ」
ゲレトロの口から、戦慄ではなく歓喜に近い言葉が漏れる。
「一筋縄ではいかないようだな。召喚――『鋼鉄妖精』!」
ゲレトロの呼びかけに応じ、眩い光が自信の体内に吸い込まれた。その瞬間、彼の肌は鈍いシルバーの輝きを帯びる。鉄の肉体となったゲレトロが蜘蛛人形の腹部へ飛び込み、強烈なアッパーで巨体を撃ち上げた。すかさず、ガラトロは『砂の番人』を砂にし、蜘蛛の四肢を縛り上げ、地面へと叩きつける。
「羅旋拳...『二撃天法』!」
螺旋の回転を帯びた打撃が炸裂し、その衝撃がさらに内部で爆発する。吹き飛ばされた蜘蛛人形へ、追撃としてアイが魔力の咆哮を叩き込んだ。
四人の一斉攻撃。戦場が爆炎と土煙に包まれる。だが、煙の中から現れた蜘蛛人形の肌には、傷一つ付いていなかった。
「手応えは...なしか」
「兄貴、こいつ相当硬てぇぞ」
「羅旋拳ですらノーダメージなんて。外殻だけじゃなく中身まで頑丈なのかしら」
「...面倒」
周囲の魔導師たちは倒れ、動けるのはもはやこの四人のみ。絶望的な硬度を誇る異形の怪物を前に、彼らは再び武器を構えた。
第16話 【君へ贈る、永遠のレイ 其の二】




