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第15話 君へ贈る、永遠のレイ 其の一

「おうおう、昨日より盛り上がってんな」

 

 昨日にも増して熱気を帯びた喧騒の中、亜里好は首に花のレイをぶら下げ、浮かれた様子でステップを踏んでいた。

 

「ちょっと。貴方、遊びに来たんじゃないのよ?」


挿絵(By みてみん)

 

 ギルドの制服をきっちりと着こなす黒恵が、冷ややかな視線を送る。対する亜里好は、派手なアロハシャツにサングラス、トドメに首のレイという、どこからどう見ても浮かれた観光客そのものの格好だった。

 

「これだけ人がいりゃ、ぶつからない方が難しいだろ」

 

 彼らが着ている制服には認識障害の魔法が施されている。視界に入っても無意識に意識から外させる代物だが、物理的に接触してしまえばその術も解けてしまう。

 

「なら、最初から怪しまれない服にすればいいって話よ」

「はぁ、見てなさい」

 

 黒恵は溜息をつくと、前方へと歩き出した。ぎゅうぎゅう詰めで隙間もないほどの人だかりの中を、まるで実体のない幽霊のように、誰にも触れることなく素通りしていく。そして、何事もなかったかのように戻ってきた。

 

「魔導師たる者、これくらいこなせなきゃ一人前とは言えないわね」

「アイもあんなこと出来んのか?」

「出来るわけ...ない」

 

 どうやら魔法ではなく、純粋な身体能力と歩法による技術らしい。二人は視線を切り替え、護衛対象であるアクアへと目を向けた。

 

「写真でも思ったが、実物はまた...かなりの美人だな」

 

 亜里好は目を細め、数キロ先にいるアクアの姿を捉える。彼女の首にはまだレイは掛かっていない。背後には岩のような大男、左右には隙のない男女が二人。

 

「あれは魔導師か?」

「ええ。護衛組の中では最高の実力を持つパーティよ。他の連中も、いつでも駆けつけられる距離に潜伏してるわ」

「あの男、強いのか?」

「一応、私より二つ上のランクね」

 

――つまりB(ベール)か。月、いくら貰ってんだ。

 

 D(デックス)の黒恵ですら月収数百万円と語っていた。B(ベックス)ともなれば一体どれほどの額を貰っているのか、亜里好の脳内には不謹慎な計算式が浮かび上がる。

 

「まあ、この時間はまだ大丈夫。問題は、儀式が始まった瞬間よ」

「そりゃまた、どうしてだ?」

「レイの宝具には今、ロックがかかっているの。今盗んだところでただの飾り。その鍵を開けられるのは、アクア本人だけだから」

「なるほどな。儀式の開始と同時に、魔賊どもが動き出すってわけか」

 

儀式の時間まで、あと八時間。

 

「よし、俺はちょっと周りを見てくるわ!怪しい奴がいるかもしれねーしな!」

「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ!」

 

 じっとしているのが苦手な亜里好は、散歩にでも行くような軽いノリで、勝手に人混みへと消えていった。引き止めようとした黒恵だったが、荒波のような人の流れに、その派手なアロハシャツは一瞬で見失われてしまう。

 

「あのバカぁ!」

 

 南国の熱気に負けないほどの怒号が、黒恵の口から飛び出した。だが、当の亜里好はどこ吹く風で雑踏を歩いていた。彼は昔から、妙なところで運が良かった。超絶的な方向音痴である月姫の居場所を、なんとなくという直感だけで見つけることが多々あった。

 

――もしかしたら、このまま歩いてりゃ敵と出くわすんじゃねーか?

 

根拠のない自信を胸に、彼はハワイの街を闊歩する。

 

「ワンプリーズ」


 結局、最初に彼が辿り着いたのは、揚げたてのマラサダを売る店だった。もし敵が見つからなくても、一時間後くらいに何食わぬ顔で戻れば黒恵も許してくれるだろう。

 亜里好は近くのベンチに腰を下ろすと、空腹をなだめるように大きなマラサダを食らいついた。

 

「That looks delicious, where did you buy it?」

 

 唐突に英語で話しかけられた。見れば、そこには金髪を刈り上げ、センターで分けた端正な顔立ちの男が立っていた。両耳には十字架の髪飾りをつけている。

 

「オウ、エー、デェアー?」

 

 どうやら、自分が持っているマラサダをどこで買ったのかと尋ねている。なんとなく聞き取れた単語に対し、亜里好は店の方を指さして片言で応じる。

 

「おや、もしや日本人ですかね?」

「日本語...もしかしてアンタもそうなんすか?」

「いえ、日本語を喋れるだけのアメリカ人ですよ。隣、座っても?」

 

亜里好が横にずれると、男はスマートな動作で腰を下ろした。

 

「私はレイモンドと申します。貴方は?」

「俺は、不動亜里好です」

「不動亜里好。亜里好さんですね。貴方は観光でここへ?」

「ええ、まあ、そんなところっすね」

 

 亜里好はふと思い立ち、まだ手をつけていないマラサダの箱を差し出した。

 

「何かの縁だ。一つどうすか?」

「いいんですか?ありがたく頂戴しましょう」

 

 レイモンドは丁寧な手つきでティッシュを取り出すと、マラサダを一つ摘まみ上げた。

 

「レイモンドさんも観光で?」

「いいえ。私は、可愛い後輩の初仕事を眺めるために来たのですよ」

 

 幸せそうにマラサダを頬張る様子は、どこか仕事の合間に休息を楽しむビジネスマンのようにも見える。

 

「これがハワイで人気のマラサダですか。なかなか美味しいですね」

「そうっすよね」

 

 他愛もない会話。だが、次にレイモンドが発した言葉が、空気の色を一変させた。

 

「それで、なぜ同胞がこんな場所に?」

「同胞?」

「おや、気づいていなかったのですか。なら、なぜ呪力を持つ貴方がこんな場所に?もしや貴方も、あのレイを狙っている口ですかね」

「っ!」

 

 呪力、そしてレイ。その言葉を聞いた瞬間、亜里好の背筋に冷たいものが走った。彼は無意識にベンチを蹴り、男から距離を取る。

 

「そう警戒しないでください。私も貴方と同じ魔人なんですから」

「魔人?何のことだ」

「おや、ご自身が何者かご存知ない?魔人とは、魔力と呪力の両方を併せ持つ生物のことですよ。人間でもなく、かといって魔物でもない。我々は自らをそう呼ぶのです」

「その言い草だと、アンタもその魔人ってことか」

「いかにも」

 

 不敵な笑みを浮かべる男に対し、亜里好は異袋から刀を抜こうと手を伸ばした。だが、気づけばレイモンドはいつの間にか隣に立ち、亜里好の右手首を優しく、それでいて鋼のように強く掴んでいた。

 

「まさかこんな公共の場で力を使おうなんて言いませんよね? 魔導師も大勢いますよ?」

「あいにく、俺はその魔導師なんだよ」

「ほう、それは興味深い。まあ、抑えてください。私は別に、貴方と戦いに来たわけではないのですから」

「だが、俺は任務でここに来てる。レイを狙うってんなら、戦う理由は十分だ」

「だから、ないのですよ。私は別にレイを狙っていません」

「え? そうなの?」

 

 拍子抜けした亜里好の問いに、レイモンドは笑顔のまま、うんと頷いた。


「まあ、私個人の話ですがね。私はあくまで後輩の初仕事を観察しに来ただけですよ。せっかくの休日に魔導師とやり合うのは面倒ですから」

「それを信じろと?」

「そうですね...なら、一ついいことを教えましょう。これはマラサダのお礼です。貴方たち魔導師は今、護衛組が五組、討伐組が三組に分かれていますね?」

「...!なんで、それを?」

 

 情報が漏れていることに、亜里好の背中に嫌な汗が伝う。激しく思考を巡らせた末、一つの結論に辿り着いた。

 

「裏切り者がいるってことか?」

「その通りです。正確には、一人の魔導師を殺して、そいつに成り代わっている...と言った方が正しいですかね」

「信じられるか。俺たちを混乱させるための出任せじゃねえのか?」

 

 仲間に敵が潜んでいる。そんな事実が広まれば、陣営は疑心暗鬼に陥り、防衛網は内側から崩壊する。レイモンドの言葉は、それを狙った揺さぶりのようにも思えた。

 

「それに、もし魔人なら呪力で判別できるはずだろ」

「いえ、別に邪神教団の全員が魔人というわけではありませんよ。流石に呪力を持つ人間に潜伏させるほど、彼も馬鹿ではありません。まあ、私はただ事実を伝えただけ。信じるか信じないかは貴方次第ですよ」

 

レイモンドは掴んでいた手を離すと、満足げに微笑んだ。

 

「それでは魔導師の魔人さん。私の後輩を、どうか可愛がってあげてくださいね」

「おい待て!」

 

 亜里好の声も虚しく、ひらひらと軽く手を振りながら、レイモンドの気配は一瞬で雑踏に紛れ、溶け込むように消えていった。物足りない観光を堪能するだけだったはずなのに、こうも思いがけない真実に混乱する亜亜里好は、黒恵たちの元へと全力で引き返した。

 

「貴方ね!どの面下げて戻ってきたのよ!勝手に消えないでちょうだい!」

「ああ、説教は後で好きなだけ聞いてやる!今はそれどころじゃねえ...多分、俺らの中に裏切り者がいる」

「...は?」

 

 亜里好のただならぬ様子に、黒恵も表情を険しくさせる。亜里好は先ほどレイモンドから聞いた話を、一気に説明した。

 

「それを信じろって言うの?」

「全部を信じ切れるわけじゃねえ。だがもし本当なら...もし、すぐ近くの護衛組に敵が潜んでいたら、どうする?」

 

鉄壁の防衛網も、内側に敵がいては意味をなさない。

 

「アクアの直衛は、まずあり得ないわ。人形使い(マスタードール)B(ベール)の中でも屈指の強者よ。他の二人もC(サイクル)の中でも実力者だしね」

「なら、その他の護衛組か...いや、護衛組と決めつけるのも危ねえな」

「そうね。でもマーレイ兄弟も除外していいわ。あいつらはランクは|Cサイクルであるけど、実力はB(ベール)に匹敵する」

 

 マーレイ兄弟とは、昨夜写真で確認した、強面の二人組のことだろう。

 

「なら...ボクが護衛組を見て...くる。ボクの目なら、どんな変装も...欺けない」

「なら俺は、もう一つの攻略組を当たればいいのか?」

「ええ。場所はここから南よ。貴方と違って制服を着ているからすぐに分かるはずだわ」

「浮かれててすみませんね...それで、黒恵はどうする?」

「一応、人形使い(マスタードール)にだけは伝えておくわ」

 

 この任務の代表格である彼にだけは耳打ちすべきだと判断し、黒恵はアクアの元へと向かう。三人はそれぞれの役目を果たすべく、散った。

 亜里好は南へと走り、屋根の上から街を見下ろす。すると、カフェで呑気にコーヒーを啜る三人の魔導師の姿があった。

 

――なんだよ、結局みんな俺と同じで裏でサボってんじゃねえか...

 

「おい」

「っ?!」

 

 不意に背後から声をかけられ、亜里好は反射的に前方へと飛び退いた。即座に迎撃態勢をとるが、その顔を見て力を抜く。

 

「確か、ガラトロ...」

「不動だな。何をしている?貴様の定位置はそこではないはずだ」

 

 亜里好は思考を巡らせる。黒恵は彼の実力なら乗っ取られる心配はないと言っていたが、この男に正直に話すべきか。

 

「もう一度言う。ここで何をしている?作戦を乱す行為はやめろ」

「...なあ、アンタ。もしかして、甘いもんが好きか?」

「は?」

 

 ガラトロの手には、先ほど亜里好が買った店と同じ、マラサダの箱が五つ入った袋が握られていた。ガラトロはそれを隠すように後ろ手に回し、会話を続ける。

 

「こ、これは...兄貴が食いたいと言っていたんだ。ここに来る途中でついでに買っただけだ」

 

――嘘だな。だが、甘党なら信用できるかも。

 

謎の理論を掲げ、亜里好は腹を決めた。

 

「正直に話す。俺たちの中に裏切り者がいる」

「...あり得ない。我々の身元はギルドが徹底的に調査済みだ」

「違う。敵は、俺たちの中の誰かと入れ替わってるらしいんだ」

「それを、どこで聞いた?」

 

 得体の知れない情報を、なぜ新人の亜里好が持っているのか。疑いの眼差しを向けるガラトロに対し、亜里好は呪力や魔人の件を伏せ、レイモンドとの接触について語った。

 

「そのレイモンドって男は、なぜ貴様にそれを話したのかは分からん。だが、頭に入れておこう」

「信じてくれるのか?」

「貴様だけなら疑った。だが、貴様はあの黒魔女(スプリガン)のパーティ仲間だ。それだけで信じるに値する」

「知り合いなのか?」

「俺自身に面識はない。だが、兄貴があいつにデカい恩があるらしくてな...この件、兄貴と相談してみる。貴様は元の場所に戻れ」

 

ガラトロが屋根から飛び降りようとした、その時。

 

「待って」

「まだ何かあるのか?」

「それ、ハチミツをかけるとより美味くなるぞ」

「...兄貴に伝えておく」

 

 亜里好がマラサダの袋を指差して言うと、自分で食べるくせに頑なに兄のせいにするガラトロ。しかし、彼が屋根を蹴り出そうとした瞬間。

 

 ドォォォォンッ!!

 

 前方で凄まじい爆発音が轟いた。上がる黒煙。その方角には、アクアがいるはずだった。

 

「なんだっ?!」

「ちっ、不動!行くぞ!」

「ああ!」

 

 儀式開始までまだ時間はあるはず。予定外の事態に、二人は爆風の渦巻く中心地へと駆け出した。


 ◇◇◇


人形使い(マスタードール)

「...黒魔女(スプリガン)か。何の用だ」

 

 黒恵は、短髪の黒髪を揺らす人形使いと呼ばる男に歩み寄った。彼女は背後のアクアから少し距離を置いた場所まで彼を促し、声を潜める。

 

「それで、どうした?お前にはお前の任務があるはずだろう。それを放棄してまで俺に話すべきこととは何だ」

「まだ確定ではありませんが...我々の中に裏切り者がいるかもしれません」

「...ほう」

 

 男は微かに眉を動かし、驚きの色を見せた。その情報の出所を探るように、鋭い視線が黒恵を射抜く。

 

「どこでそんな話を?」

「レイモンドという男から聞きました」

「....あの方は一体何を考えている。いや、あの方なりに意図があるのか」

「はい?今なんて?」

 

 人形使いは顎に手を当て、聞き取れないほどの小声で独り言を漏らす。すると奥の方から、彼のパーティ仲間である一人の男が駆け寄ってきた。

 

「隊長!アクアが、そろそろ移動したいと言っています」

「そうか...だが、移動する必要はない」

「はい?しかし、これから向かうのはレイの保管場所ですし...」

「だから必要ないと言っている。もう、俺自身で取りに行く」

「えっ?」

 

瞬間、空気が凍りついた。

 

「ッ?!」

 

 人形使いは、目の前の仲間の顎にそっと手を伸ばすと、迷いなくそれを圧し折った。鈍い破壊音が響く。黒恵は本能的に突き動かされ、咄嗟に後方へ飛び退いた。

 1番あってはならない事態が起きた事に、冷や汗が背中を伝う。この任務において最高ランクの実力を持つ者が裏切り者であるということに。

 

「もしかして、裏切り者は貴方だったのかしら?」

 

 黒恵の問いに応じるように、人形使いの瞳が濁った黒から、おぞましい鮮紅へと染まっていく。男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「(魔力の揺れも一切なかった、相当な高等変装魔法の使い手...)」

 

「これを変装魔法だと勘違いしているな?」

 

 まるで思考を読み透かしたような言葉に、黒恵の心臓が跳ねる。

 

「俺の名はセイダー。人体に宿る魂を入れ替える魔法を使う。前の体は肉体も魔力もこの男に劣っていたからな。この器は俺が貰い受けた。それに、こいつの魔法は、なかなか面白い。召喚――『守護人形(ドールナイト)』」

 

 昏い悦びに満ちた声が響く。セイダーが地に足をつけた瞬間。魔法陣が展開される。這い出した巨大な蜘蛛が灰となって霧散し、槍ほどの糸巻き棒になる。


 本来、契約獣は1人につき一体しか契約できない。だが、セイダーの契約獣の魔法によって乗っ取った身体の主の魔法も行使可能となる。

 

 同時にセイダーの影から、異形の化け物が這い上がる。化け物の形をした人形のうなじからは魔力の糸が伸び、セイダーの手にする糸巻き棒へと繋がっていた。

 

「それじゃあ、死んでくれ」

 

 人形の顎が大きく裂けるように開き、凝縮された法弾が放たれた。凄まじい爆轟が巻き起こり、黒恵の視界は白光の中に呑み込まれていった。



 第15話 【君へ贈る、永遠のレイ 其の一】 

 

 

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