第12話 剣の天才
「おいおい、なんて馬鹿力してやがんだ...」
目の前で、分厚い装甲に覆われた豪腕の魔物が一振りで両断される。凛の桁外れの剣威に、亜里好は思わず息を呑んだ。だが、斬られた魔物は即座に肉を再生させると、哄笑をあげる。
「そんなもんで、俺をやれると思うなよ!」
魔物の腕が異形を成す。ガトリング砲から、無数の小型ミサイルを搭載した多連装ランチャーへと変貌した。直後、鼓膜を震わせる咆哮と共に、飽和攻撃が開始される。
「やべっ!」
咄嗟に身を翻すが、回避したはずの弾道が意思を持つように曲がった。外功を纏っていない亜里好にとって、直撃は死を意味する。
「ホーミング付きってか!」
執拗に食らいつく追尾弾。亜里好は迫るミサイルを刀で迎撃するが、連撃は止まない。一歩も近づけず、ただ防戦一方に追い込まれていく。
――チッ、埒が明かねぇ!
向かい来るミサイルの一基を素手で掴み取り、身体を独楽のように回転させて遠心力を乗せる。それを後続の弾頭へ叩きつけ、爆鎖を引き起こした。
「やべぇな、どんどん増えてやがる!」
対応の限界を超え始めたその時、一発のミサイルが刀の守備範囲をすり抜けた。直撃する瞬間、横合いから飛来した剣が弾頭を吹き飛ばす。凛の放った召喚剣だ。彼女もまた無数の剣を操り、魔物の弾幕を相殺していた。
「感謝する!」
短く礼を言い、亜里好は地を蹴る。対処しきれないなら、すべて引き連れて走るまでだ。ミサイル群を誘導しながら、全速力で戦場を駆ける。
――もっと...もっと速く!
全身に紫電が爆ぜる。感覚が研ぎ澄まされ、景色が引き伸ばされていく。追尾弾の速度を凌駕し、亜里好はさらなる加速の極致へと至る。
「アンタが喰らいな!」
魔物の懐へ、弾丸のような速度で潜り込む。頭上を飛び越えながら、自身を追っていたミサイルの群れを敵の本体へと叩き込んだ。爆炎の中、法琉によって魔力を刀に宿し、一閃。魔物の頭部を鮮やかに飛ばした。だが、期待した結末は訪れない。
――チッ、こいつも頭が弱点じゃねぇのかよ!
魔物は再生能力が高い代わりに、頭部を失えば消滅すると聞いていた。だが、亜里好はどうにも運が悪い。立て続けに定石の通じない個体に当たっている。
ならば、勇李の様に心臓が弱点と考え、背後に回り込み、心臓部へ深く刀を突き立てる。しかし、魔物は消滅するどころか、背中の装甲を割って至近距離からミサイルを射出してきた。
「なっ!?」
反射的に逆の手で紫電の塊を叩きつけ、ミサイルを強制爆破させる。爆風に煽られ後方へ吹き飛ばされるが、亜里好は空中で受け身を取り、鋭い視線を魔物に据えたまま着地した。
「はぁ、はぁ...ちっ、あちぃな」
焼けた肌がジリジリと痛み、焦げた匂いが鼻を突く。だが、亜里好の脚が折れることはなかった。
「惜しかったな、人間。だが、そこまでのようだな」
「...別に、これで終わりって訳じゃねぇよ。俺の攻撃が本命だと思ったか?」
――なんて、ただの強がりだけどな。正直、今ので仕留めきれなかったのは計算外だ。
「は?貴様、何を...ッ!?」
魔物が亜里好との対話に意識を割いた、その隙。凛が既に至近距離まで肉薄していることに、魔物は気づいていなかった。
ガトリングを向けようとするが、それよりも凛の踏み込みが速い。たった一振り。亜里好の目には、彼女がゆっくりと剣を振り上げたように見えた。だが次の瞬間、魔物の巨躯は四方八方から千切りにされたかのように、無残に細切れに刻まれていた。
「えぇっ!?すっげぇ」
驚愕する亜里好の目前で、しかし魔物はしぶとく食らいつく。刻まれた肉片が中心へ圧縮されるように集まり、スライム状の球体へと変貌したのだ。そこからタコ足のような無数の刃が生え、狂乱の斬撃を撒き散らす。
凛は片手に細剣を召喚し、そのすべてを冷徹に受け流していく。割り込む隙などない。亜里好はリボルバーを抜いて援護を試みるが、弾丸は刃の嵐に弾き返された。あまりの次元の差に、亜里好はただ立ち尽くすしかなかった。
――それにしても、緋縅さん。なんて速さだ、あの猛攻に完璧に対応してる...待てよ。なぜだ?なぜ、さっきから動きがどんどん遅くなって見える?
本来、魔導師は魔力の応用を常に発動して戦うもの。一流なら無意識に。だが、慣れていない亜里好は、これまで意識的に魔力を回していた。
それが今、自分の無力さを噛み締めながらも、凛の美しい剣技に魅了されていた。その没入感が、無意識のうちに法眼を強制起動させていた。視界が変質する。世界が、粘り気のあるスローモーションへと沈んでいく。
「...見える」
この遅さなら行ける。亜里好は一歩、前へ踏み出した。上下左右、斜め、あらゆる角度から襲いくる触手の刃を、紙一重の動きで歩いてかわす。
二人の速度が落ちたのではない。亜里好の肉体と精神が、極限状態で噛み合ったのだ。紫電による肉体強化と、超集中による反射神経の覚醒。
嵐のような斬撃の隙間をすり抜け、亜里好は球体の核へと迫る。そして一閃、その塊を真っ二つに叩き斬った。
「これか?」
「や、やめろぉぉおおお!!」
さっきは見えなかった再生の起点。肉が集まる中心に、ビー玉のような核が露出していた。亜里好はその核を掴み、握りつぶす。魔物が灰のような煙となって霧散する瞬間、亜里好はいつもの引き金を引いた。
「いただきます――『噛み砕き』」
身体の中を、奔流のような力が駆け巡る。以前、勇李の腕を喰らった時と同じ強大な力。魔物の籠手がほんの少し、手首から先へ浸食するように伸びた。
「すっごい!急に速くなったじゃん...って、亜里好!?」
「あ?急に大声出して...っ!?」
突如、強烈な頭痛が亜里好を襲った。いや、痛みは眼球の裏側から突き上げてくる。目に手を当てると、熱く湿った感触があった。引き剥がした手のひらには、どろりと赤い血がこびりついている。
「亜里好!目が、目から血が!」
膝をつき、焼けるような激痛に耐える。駆け寄ろうとする凛に、亜里好は制止の手を向けた。
「大丈夫だ。心配かけたな」
「本当に?本当に大丈夫なの?」
「ああ。不思議と、痛みは引いてきた...それより、さっきは助けてくれてありがとな。緋縅さん」
凛は不安げな表情を浮かべながらも、手にしていた剣を因子の光として消滅させた。彼女は手を後ろに組み、いつもの無邪気な笑顔を向ける。
「うんうん、どういたしまして!あとさ、凛でいいよー!」
「分かった。凛。それにしても強いな。ランクは高いのか?」
凛の圧倒的な強さ、卓越した剣術。さらに無限に剣を呼び出す魔法。これほどの実力者なら、魔導師として最高峰のランクに位置していてもおかしくはない。
「ランクって?」
「え?魔導師のランクだよ」
「そういえば、さっきも言われたけど...その魔導師ってなぁに?」
「え?」
思わず、間抜な声が漏れた。
――もしかして、ギルド以外の組織が存在するのか?
「何か組織とかに所属してるのか?」
「組織?うーん、アタシはアタシ一人だよ?」
「えっ?なら、なんでリスクを冒してまで人を助けるんだ?」
その問いに、凛は不思議そうに首を傾げる。
「人を助けるのに、どっかの組織に居なきゃダメなの?」
「...悪い。愚問だった」
その時、空がガラスが割れるように歪み始めた。異界の主である魔物が、正真正銘倒された証だ。亜里好は黒恵から預かっていた回復宝具のクリスタルを砕き、全身の火傷を癒やす。亜里好たちは眠ったままの子供たちを抱え、現実世界へと戻った。
「ん?あれ、寝ちゃってた?」
「やばい!もうこんな時間!帰らないとお母さんに怒られるー!」
元いた公園のベンチに寝かせると、子供たちは何事もなかったかのように跳ね起きた。亜里好たちは少し離れた場所から、彼らが無事に家路に就くのを見守り、ようやく深くベンチに腰を下ろした。
「よかったー、無事に帰ったね」
「そうだな」
――催眠状態の記憶は残らないってのは本当なんだな。あの子たちにトラウマを植え付けずに済んで、良かった。
「それにしても、あの剣を出したり火を吹いたり、すごい魔法だったな。あれは宝具の力なのか?それとも契約獣によるものか?」
「うーん? 魔法って、ただ出したいから出すもんじゃないの?」
「えっと、ほら。何か獣みたいなのと契約したり、特別な武器を媒介にして魔法を放ったりするのが普通だろ?」
「確かにアタシの剣たちには特別な力が宿ってるけど...そっか!それを宝具って言うのかぁ」
「うーん?あれれ?」
どうも会話が噛み合わない。亜里好は手のひらに小さな紫電を走らせて見せた。
「もしかして凛って。自由自在に魔法を使えるのか?」
「えっ、みんなそうじゃないの?」
「...」
亜里好は、急激に顔が熱くなるのを感じた。前代未聞の、魔法が宿った人間だと言われ、内心どこかで唯一無二の特別感に酔っていた自分を思い出したからだ。
「亜里好〜?どうしたの?」
「いや...ちょっと天狗になってたかもな。それより、凛の剣は本当にすごかった」
「え、そう?えへへ、嬉しいなー」
素直に剣術を褒められ、凛は子供のように破顔する。
「誰かに教わったのか?」
「うーん、基礎はパパが教えてくれたけど、あとは感覚かなー?こう動いたら相手を倒せそう!って感じで」
「へぇ...そりゃすごいな」
――ガチの感覚派の天才タイプか。羨ましいな。
ふと、亜里好の脳裏に考えがよぎる。今の自分に圧倒的に足りないのは剣術の練度だ。本来なら黒恵にどこかの流派を紹介してもらうつもりだったが、今、目の前に剣の天才がいる。
「なぁ、凛。俺に剣を教えてくれないか?」
唐突な願いに、凛は目を丸くしてパチパチと瞬かせた。
「えぇー、アタシが?教えられるかなぁ...あ、ならパパを紹介するよ!パパならもっと上手いし!」
「...それでも、助かる。お願いできるか?」
亜里好はふと思いつき、自身の内、胃袋の空間から一冊の古書を取り出した。
「凛、これ読めるか?」
「どれどれ?えーっと、うーん...ごめん!これ、なんて書いてあるか全然わかんないや!」
「そうか」
やはりダメか、と肩を落とす亜里好。だが、凛は文字ではなく、そこに描かれた挿絵をじっと見つめていた。ふいに彼女は立ち上がると、足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げる。そして、何かに集中するように枝の先をじっくりと見つめた。
「たぶん...こうかな?」
凛が軽く枝を横に薙いだ。空気が鋭く裂ける音が響き、地面に巨大な獣の鉤爪で引き裂いたような五つの斬撃痕が刻まれた。亜里好は絶句した。絵には確かに、一振りで五つの軌跡を描く技が記されていた。だが、それを一目見ただけで、しかも拾った枝一本で再現してみせるなど、理屈を超えている。
目の前の少女が持つ、本物の天才。亜里好は驚愕に目を見開き、やがてそのあまりの格差に、逆におかしくなってニヤリと笑った。
「うーん、思ったより飛ばなかったなー。これ、結構むずかしいね。手首の力をもうちょっと抜いて、鞭みたいにダラーンって振り払う感じかな?」
「凛」
「んー?」
亜里好はベンチから立ち上がり、凛に向かって深く頭を下げた。
「頼む。俺は、どうしても強くならなきゃいけないんだ」
復讐を果たすため。そして、黒恵やアイと共に戦える力を手に入れるため。今のままでは到底足りない。
「俺に剣を教えてくれ。頼む!」
「そっか、分かった!アタシ、お弟子さんなんて取ったことないけど、頑張って教えてみるよ!だから今度、アタシの家に来て。あそこなら思いっきり暴れても大丈夫だから!」
「ああ、恩にきる」
二人は連絡先を交換した。凛が父親に聞いてみると、次に会う約束を交わしてその日は解散となった。
◇◇◇
「ただいまー」
帰宅した亜里好は、染み付いた焦げ臭い匂いを洗い流そうとシャワー室へ直行しようとした。だが、そこへ聞き慣れた鋭い声が飛んでくる。
「不動くん!どこ行ってたのよ...って、ちょっと!その傷どうしたの!?」
黒恵だった。回復宝具で応急処置は済ませたものの、完治には至っていない。肌には、まるで古傷のような火傷痕が痛々しく残っていた。
「異星種?それにガキが連れて行かれるのを見かけたから、異界に踏み込んで叩き潰してきた」
「た、倒したって...異星種は遠距離攻撃が厄介な難敵よ?それを一人で...それに異界って、上位個体以上じゃない!よく無事で...」
絶句する黒恵の横から、ソファに寝転がってたアイがひょろりと顔を出す。
「確かに...あの時と同じくらい、魔力量が増えてる...ね」
アイは、亜里好の内にある魔力が底上げされていることに気づく。正確には、喰らったのは勇李の腕一本分に過ぎないが、彼女たちは勇李の生存を知らない。
亜里好は、凛の存在については伏せることにした。自分と同じく魔法そのものが宿っている人間だと説明するのは難解だし、何より事情も知らずに情報を漏らすのは筋違いだと思ったからだ。
「本当、貴方って色々と凄いわね」
「褒めんなよ。俺が凄いなんてのは、最初から分かってただろ?」
「その自信過剰なところがなきゃ、完璧なんだけどね」
ドヤ顔を決める亜里好を見て、黒恵は呆れ半分、安心半分といった様子で小さく微笑んだ。
◇◇◇
一方その頃。凛は亜里好から預かった古書を広げ、彼にどう教えるべきか、自分なりに研究を始めていた。
「おっとと!燃えないように気をつけなきゃ」
足元を流れる灼熱のマグマを軽やかに飛び越え、巨大な洞窟の奥へと進む。
「パパー!今日ね、魔導師って人に会ったよー!」
「魔導師だと!?余の監視が甘かったか。凛、何かされなかったか?あの連中は、自分たちの理解を超えた存在を見つければ、何をしてでも手に入れようとする。この世界において、お前はそれほど特別なのだ」
洞窟の奥から響く重厚な声。だが、凛は気にする様子もなく笑う。
「そうなのー?でも、亜里好はすっごく優しかったよ!」
「亜里好?...ほう、女子か。確かに凛の年頃なら、友の一人も欲しかろうて」
「男の子だよー」
「...」
凛の返答に、沈黙した。
「不埒なことはされていないだろうな?」
「んー?剣を教えてーって言われたよ。だからほら、これ!亜里好のママが使ってた流派なんだって。教えたいから、まずはアタシに教えてよ!」
「...どこでそれを手に入れた」
父親らしい落ち着いたトーンだった声が、古書の文字を目にした瞬間、地を這うような低音へと変わる。
「だから、亜里好から借りたんだってばー」
「...ふっ、ふははははは!そうか、そうか!」
主の哄笑が洞窟を震わせ、地震のような衝撃が走る。共鳴するように遠方の火山が火柱を上げた。
「亜里好と言ったか。その者の髪の色は...雪のような白か?」
「うん、白だよ。なんで?」
「いや、運命というやつか。凛よ、お前から見てその男は、信じるに値するか?」
「うーん、分かんない。でも、一緒に戦った時はすっごく楽しかったよ!」
「そうか」
ゆっくりと、洞窟の闇から巨躯が姿を現した。山のごとき威容、全身を覆う真紅の鱗、そして空を覆わんばかりの巨大な翼。神話に語られるドラゴンそのものの姿だった。
「今度、その男をここへ連れてこい」
「うん、そのつもりだよー」
「ああ、楽しみだ...娘のことを、色々と話さねばならんからな」
深紅の竜は空を見上げ、亜里好という男へ思いを馳せる。その眼光には、遠き日の追憶と、未来への期待が宿っていた。
第12話 【剣の天才】




