第10話 魔力運用技の応用
「フォッホホホ!体内に魔法を宿し、それを行使するとは...呪法じゃな。だが、これは紛れもなく魔力。ふーむ、魔力が八、呪力が二といった塩梅かのう」
ここはギルドの訓練場、通称平地の場と呼ばれる反転世界だ。見渡す限り無限の平原が続いているように見えるが、実際には数十キロ先に不可視の壁が存在する。そして何より、外部からの盗聴や干渉を一切寄せ付けない絶対的な秘匿空間でもあった。
グラ爺は、亜里好の全身を這い回る紫電を凝視し、長い髭を撫でながら高笑いした。人体そのものに魔法が宿るという前代未聞の光景を前に、老魔術師の好奇心は抑えきれない様子だ。やがてグラ爺は、ひらりと手のひらを亜里好に向けた。
「亜里好よ。ワシのこの手に、思いっきり拳を叩き込んでくれぬか?その力、この身で直に体験してみたいんじゃ」
「えっ、いいんすか?これ、ただ電気を出すだけじゃなくて、なんていうか...力もグーンって強化されてる感じなんすよ」
あの巨体化した勇李のパンチをも真っ向から受け止める威力だ。それを生身の老人に放っていいものかと、亜里好は眉をひそめる。
「構わん、構わん...ああ、せっかくなら進化した魔物の力も見せておくれ」
「...分かった」
亜里好は深く息を吐き、拳を構えた。右手が瞬時に魔物の籠手へと変貌を遂げる。全身を駆け巡る紫電をその一点へと凝縮させると、バチバチと激しい火花が周囲を焼き焦がした。亜里好は足を踏み込み、差し出された手のひらを目がけて、渾身の一撃を叩き込んだ。
ドォォォォンッ!
衝撃の暴風が吹き荒れる。傍観していた黒恵の髪が荒々しくなびき、アイは吹き飛ばされないよう、地中から巨大な腕の骨を生やして必死に身体を支えた。
「マジかよ...」
亜里好が呆然と呟く。それほどの衝撃を叩き込んだというのに、グラ爺は一歩も退いていなかった。まるで鋼鉄の山を殴りつけたかのような、圧倒的な不動の圧がそこにはあった。
「ふむ...内功に近い性質を持っておるな。高い破壊力に加え、肉体の劇的な強化。実に素晴らしい魔法じゃ」
「天神さんの報告によれば、超高速移動すら可能だとか。そもそも雷の魔法自体、極めて稀少ですからね」
傍らで観察していたローランドも、冷静に分析を口にする。魔法には一般的に、火・水・風・地・闇・光・無の七属性が存在する。それぞれの系統から派生する属性は多々あるが、雷は無系統からの派生にあたるという。かつての覚醒者たちの歴史を紐解いても、雷を自在に操る者は数えるほどしか存在しなかった。
「その身に魔法が宿ったと聞いた時は疑いましたよ。まるで...」
ローランドはそこまで言いかけて、あとに続くはずの言葉を飲み込んだ。
「お待たせしましたね、不動くん。遅くなってしまって済みません。君の特注品がようやく仕上がったようですよ」
ローランドが差し出してきたのは、どこかフード付きの学ランを彷彿とさせる、独特な裁断の衣類だった。亜里好はそれを受け取り、まじまじと見つめる。
「なんすか、これ?」
「ギルドの証、すなわち隊服ですよ。いつまでもシャツ一枚というのも不便でしょう? それには非常に頑丈で、物理攻撃はもちろん、並の呪法なら容易く弾いてくれます。何より特筆すべきは、組み込まれた認識障害の魔法ですね」
ローランドの説明によれば、その魔法は一般人の意識から魔導師の存在を切り離し、一種の透明人間のように認識させなくするものだという。どれほど奇抜な隊服を纏っていようと、周囲は違和感を抱くことすらない。ただし、あくまで認識の問題であるため、物理的に接触すればその効力は解け、姿が露わになってしまう。
「...というか、これ俺だけ周りと違くないすか?」
亜里好がふと記憶の中の景色を思い出す、そこはギルドを行き交う魔導師たちの姿が目に入った。彼らの制服は、大きく二つの系統に分かれている。
戦士系は、袖を通し端正に纏うコート型のマント。対して、法士系は、腰までを覆い、深いフードで貌を隠すケープ型のマント。隊服の色や、少しのカスタムは許されるらしい。しかし、亜里好の手に残るそれは、どちらの型にも当てはまらない。
「ええ……不動くんは本来、法士系のカテゴリに属するのでしょうけれど、その戦い方は戦士系そのものだと聞きましてね。どちらを渡すべきか悩みましたが、いっそ新しいものを誂えようと特注した次第です」
「今まで、魔法と剣を同時に使う...魔法剣士ってのはいなかったんすか?」
亜里好の問いに、ローランドは静かに首を振った。戦士系は魔法を使わないって訳ではないが、主に体内の魔力を身体強化や流派の技には転用するらしい。
「いないわけではありません。つまり、契約獣を召喚しながら自らも流派を行使する状態ですね...それは、恐ろしいほどの手数を誇る反面、致命的なまでに長期戦に向かないのですよ。契約獣の維持、流派の起動、さらに召喚中も絶えず魔力を吸われ続ける。通常の魔導師に比べ、倍近い速度で魔力を消費しますから」
ローランドは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、続けた。
「たとえ消費を抑えたところで、結局は二つの技術を同時に扱う器用貧乏に陥ってしまう。やはり戦いとは、量より質。手数の多さも魅力ですが、一つの道を極めた純粋な力こそが、戦場においては最大の脅威になると私は考えます...まぁ、それは昔の話。今は両方を使う魔導師が多くなってきましたからね。3つ目のクラスを新設するのも良いですね。魔剣士ってのはどうでしょう?」
――どうでしょう...って、言われてもな。
「まぁ、カッケェからいいんじゃないんすか?」
亜里好は適当に答えた。その後、グラ爺とローランドは反転世界を去る。残された亜里好は、魔導師の先輩である二人に見守られながら、自身の力である紫電の研究に着手することになった。
「貴方のその力、えーっと...魔力?魔法?...そうね、ここでは魔術と呼ぼうかしら」
黒恵が提案する。この魔導師の世界において、魔術という概念は本来存在しない。多くの創作物では魔法か魔術のどちらか一方が使われるのが常だが、亜里好の紫電は魔力を媒体としながらも、既存の魔法の定義からは逸脱していた。ゆえに、差別化のための呼称として魔術と名付けられたのだ。
「まず、その魔術を魔力と同じように扱えるなら、それは強力な武器になるわ。本当は外功や内功を先に身につけて欲しかったけれど、貴方の場合はその必要もなさそうね」
黒恵の指摘は正しかった。紫電の性質上、自己を強化する内功を改めて学ぶ必要はない。防御を固める外功も生存率に関わる重要事項ではあるが、現状の今から覚える応用技と比較すれば優先度は低いという判断だ。
「まずは法眼、法円あとは...法琉かしら」
黒恵が順を追って説明する。
第一に、呪法や魔力の流れを視認する『法眼』。これによって敵の術の発現を見抜き、先手を打つことが可能になる。
第二に、自身を中心に魔力を展開し、全方位の異変を察知するレーザーセンサーのような『法円』。死角からの強襲を防ぐための技だ。極めればその範囲は拡大し、降り注ぐ雨粒の数すら把握できるという。
そして第三に、得物を持つ者が用いる『法琉』。武器の強度と斬れ味を極限まで高め、本来なら断ち切れないはずの物質をも一刀両断にする。
「...もし刀を使うつもりなら、必要でしょ?」
亜里好は魔狩り隊の事、その組織に殺された事以外、母の遺した刀を手に入れた経緯を語った。
なぜ母が魔力の宿る武具を持っていたのかという疑問も呈されたが、亜里好は『知らん』と首を振った。それは紛れもない事実だった。
なお、魔力が宿っているとはいえ、その刀は宝具の範疇には含まれないらしい。宝具とはあくまで魔法そのものが定着した武器を指すからだ。しかし、天然の魔力を帯びた武具は往々にして頑強であり、歴史に名を刻む名刀の類もまた、そうした魔力を宿しているのだという。
「一点集中が出来るなら、法眼は容易いはずよ」
腕や足に意識を向けるのと同じ要領で、眼球に魔力を集めるだけ。黒恵の言葉に従い、亜里好は瞳に力を込めて眼前のアイを見据えた。だが、やはり一筋縄ではいかないのか、視界に変化は訪れない。
「...ん?ボクのこと、法眼で見てた?...ボク、法絶してるから、見えない...よ。見るなら、顔黒にして」
アイが淡々と告げる。法絶とは、自身の魔力を完全に抑え込む技法だという。アイは常にその状態でいるらしい。
亜里好は視線を隣の黒恵へと転じた。すると、先ほどまでは見えなかったものが映る。黒恵の全身を包むように、時空が歪んだような薄暗いモヤが揺らめいていた。その光景を口にすると、黒恵は露骨に不満そうな表情を浮かべた。
「取得難易度が低いとはいえ、一発で成功させるなんて...外功も内功もさっぱりな癖に、本当に才能があるのかないのか分からないわね...まぁいいわ。それを常時発動しておきなさい。少しは生存率が上がるでしょうから」
続いて、法円へと移った。しかし、これは外功や内功よりもさらに習得難易度が高い。ひとまず後回しにすることにして、先に法琉の指導を仰ぐことにした。
本来、魔力というものは自身の神経を介して巡るものだ。ゆえに、神経の繋がっていない物質に魔力を流し込む作業は、想像以上に困難を極めた。
「...全然、流しきれていないわよ?」
「くっ...これ、めちゃくちゃむずいんだよ」
黒恵の冷ややかな指摘に、亜里好は額に汗を浮かべて応える。
「なら、一旦法眼を解いたら?最初から二つの応用技を同時に展開しようなて、無理があるわ」
「...それだと、武器に魔力が流れてるかどうかが視覚的に分からねぇだろ」
「バカ?私たちが横で見ているんだから、その必要はないでしょ。それに、感覚で分かるもんよ」
――確かにな
亜里好は法眼を解除し、ただひたすらに武器へ魔力を流すこと一点に全神経を集中させた。
「...いい具合ね。まぁ、まだ全体には行き渡っていないけれど」
黒恵の言葉によれば、どうやら柄の部分までは魔力が到達したらしい。亜里好は、てっきり宝具などの魔法発現もこの応用技の延長線上にあるものだと思っていた。だが実際は異なる。宝具というものは、術者の意志と詠唱を鍵として、自動的に魔力を消費し発動する仕組みなのだという。
これら三つの応用技こそが、戦士系としてまず歩むべき道。一通りの説明を終えると、次はアイが口を開いた。彼女が教えるのは、法士系が優先して修得すべき応用技だ。法士系にとっても法眼や法円は生命線だが、他にも必須の技があるという。
「法弾、法隠、法盾」
「知ってはいたけれど...法隠以外は、どれも高等技術ね」
黒恵が眉をひそめる。
「法士系は戦士系よりも魔力の運用に長けている...だから、自ずと難易度が上がるのは仕方ないこと...だよ」
二人の会話から察するに、どれも一筋縄ではいかない技のようだ。
第一の法弾は、魔法に頼らず魔力そのものを打ち出す攻撃技だ。自身の体から魔力の塊を切り離し、指向性を持たせる技術が極めて難しいとされる。
第二の法隠、これは先ほどアイが見せた法絶の下位互換にあたる技で、自身の気配を殺す隠密術だ。打たれ弱い法士が魔物に優先して狙われるのを防ぐための知恵であり、さらには相手の法円による探知すらも妨害できるという。
そして第三の法盾。その名の通り、前方に魔力の障壁を展開し、呪法や魔法の直撃を防ぐ防御技だ。外功で肉体の耐久力を上げたところで、それは物理的な衝撃に対する守りに過ぎない。呪法による攻撃は魂や理を侵すため、まともに喰らえば致命傷になり得る。
しかし、これもまた法弾と同様、体内の魔力循環から一部を切り離して固定化させる工程が必要なため、修得の壁は高い
もちろん、新たに提示された三つの技は、身につく素振りすら見せなかった。一番難易度が低いとされる法隠でさえ、ただ魔力を集中させるのとは勝手が違う。理屈を説明されても、今の亜里好には感覚的な正解がまるで見えてこなかった。
◇◇◇
「...貴女、なんでここに居座っているのよ?」
「...住む所、ない」
「ギルドに行けば用意されるでしょ」
夕食のテーブルを囲む中、黒恵が冷ややかな視線をアイに向ける。当のアイはフォークを使って器用に天ぷらを口に運んでいた。ギルドからは宿泊先としてホテルなどが提供されるはずなのだが、夜になっても人が多いことや、外の喧騒が耳に障るのが嫌で、勝手についてきてしまったらしい。
部屋は余っているし、亜里好としては特に気にしていないが、黒恵の方はあからさまに不機嫌なオーラを隠そうとしなかった。
「...これ、美味しい」
「そりゃどうも」
目をキラキラと輝かせ、ハムスターのように頬を膨らませて食べる姿は、それなりに微笑ましくもある。
食後の片付けを終えた亜里好は、自室に戻ると一冊の古書を開いた。母の刀と一緒に仕舞われていたものだ。
そこには見慣れない文字が並んでいる。どこか外国の言語かと思ったが、どれにも該当しない。以前、黒恵に見せてみたが、彼女ですら読めなかった代物だ。
「...多分、剣術の伝書か何かだよな?」
文字の合間には、筆で描かれた棒人間のような図解がある。その手には剣を思わせる棒が握られていた。しかし、それがどのような動きを示しているのかまでは読み取れない。
さらにページを捲ると、最後には眼の絵が描かれていた。図鑑のように様々な模様の瞳が並んでいるが、解説が読めないため、それが何を意味する眼なのかは不明だ。ただ、そこはかとない不気味さだけが紙面から漂っていた。
「剣術か...ただ刀を振り回すだけじゃ、いつか限界が来るよな」
どこかの流派に門を叩くべきだろうか。亜里好は独りごちる。
「誰か、俺に剣術を教えてくれる心当たりがいればいいんだが...明日、天神にどこの流派がおすすめか聞いてみるか」
そして亜里好はベッドに飛び込み、眠りにつくのであった。
第10話 【魔力運用技の応用】




