表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/31

第9話 勇者決闘

「貴殿...その力はなんだ。いや、まさか...私と同じだと?」

 

 ユウシャは驚愕に目を見開いた。もともとユウシャは、相手の力量を正確に測る能力に長けているわけではない。亜里好の右腕に呪力が宿っていることすら、つい先程まで見落としていたほどだ。

 だが、今の亜里好が全身に纏う、爆ぜるような紫の稲妻、その正体が呪力であることだけは、嫌というほど本能に突き刺さった。

 

「だが、何かが違う。貴殿ら人間が持つ魔力...それと混じり合っているというのか?呪力と魔力が共存するなど、どういう理屈だ」

 

 ユウシャの困惑はもっともだった。亜里好が今この瞬間、紫雷を宿した理由は単純だ。彼はたった今、この土壇場で覚醒者へと至ったのである。

 これまでの亜里好が、周囲から覚醒者だと誤認されていたのには訳がある。彼の内包する魔力量が、未覚醒の人間としては異常なほどに多かったからだ。

 

 しかし、それは彼自身の力ではなかった。右腕に宿る魔物の仕業に過ぎない。その魔物は、他の魔物を喰らうたびに、得た呪力を自身の強化へと回していた。そして、主である亜里好の肉体がその激しい進化の反動に耐えられるよう、呪力の一部を魔力へと変換し、彼の体内に流し込んでいたのだ。

 

 いわば、魔物の食べ残しが魔力として蓄積されていたに過ぎない。誰もがその偽りの輝きに騙されていた。ただ、アイを除いて。

 そして本来、変換される魔力は微々たるもの。蓄えた呪力のほとんどは進化の栄養として消費されるはずだった。

 それにもかかわらず、亜里好が平均以上の魔力を手にしていたのは、かつて不動江津子が放ったあの膨大な呪力があったからだ。通常、魔物を百体以上喰らわねば到達し得ない異袋の進化。それを、強大な呪力の奔流が無理やり押し進めたのである。

 

「はぁ、はぁっ...身体が、熱い...!」

 

 亜里好は荒い息をつく。視界が歪むほどの熱気。四十度を超える高熱に浮かされているかのような、内側から焼き尽くされる感覚。

 覚醒の瞬間、亜里好が本来持っていた僅かな魔力の種と、右腕から溢れ出した呪力が、触媒を得た化学反応のように激しく融合を開始した。

 それは、人間という器には決して宿ることのないはずの奇跡の力。呪力という闇と、魔力という光が混ざり合い、亜里好の魂そのものに刻み込まれていく。

 

前代未聞の現象。

 

 人間自身に魔法が宿るという、世界の理を覆す異能が、今ここに産声を上げた。全身を駆け巡る膨大な力が、内側から肉体を焼き、突き破ろうとしている。今すぐ放出しなければ、自分が爆発して霧散してしまう。衝動に突き動かされるまま、亜里好は目前のユウシャへ手のひらを向けた。

 

「?!」

 

 ユウシャがこの戦闘で初めて、その身に宿る呪力を練り上げた。迫り来る紫電の劫火に対し、口中に凝縮した呪力を一息に放つ。二つの奔流が激突し、爆鳴と共に空間を粉砕した。

 

「はぁ、はぁ...ヤベェな、これ...」

 

 内臓を灼かれるような苦悶。亜里好は暴走寸前の力を逃がすべく、リボルバーを投げ捨てて刀を抜き放つ。地を蹴る速度は、先ほどまでとは比較にならない。

 

「ほう」

 

 驚愕よりも、好敵手が至った高みへの歓喜がユウシャを突き動かした。手にした槍を旋回させ、鋭い刺突で迎え撃つ。二人の得物がぶつかり合う。だが、散ったのは火花ではない。大気そのものが震え、地震のごとき轟音が足元から響き渡った。

 

「アンタ...まだ力を隠してやがったのか」

「決闘とは、実力が拮抗してこそ成るもの。圧倒的な差で屠るなど、それはただの蹂躙よ」

「そうかい」

 

 亜里好が刀を手にすればユウシャは槍を。亜里好が未知の力に目覚めれば、それに合わせてさらなる出力を。つまり、ユウシャは常に亜里好の限界に合わせていたのだ。

 

「こっちは命懸けで本気なのに、そっちは余裕たっぷりかよ。少し...悲しくなるぜ」

「む?...なるほど、貴殿に対して非礼であったか。ならば詫びよう。そして真に本気で応えようぞ!」

 

 ユウシャが槍を大地に突き刺し、咆哮と共に全身を膨張させた。二メートル超のリザードマンの姿は変貌し、翼なき竜そのものへと至る。倍以上に膨れ上がった巨躯、人間など一撃ですり潰すであろう巨大な剛腕。

 

「私をここまで昂ぶらせたのだ。容易く果てるなよ、挑戦者、亜里好よ」

 

 振り下ろされた山のような拳。対する亜里好は、回避を選ばず自らの拳を突き出した。激突、凄まじい衝撃波が周囲の風景を薙ぎ払う。

 進化した右腕の魔物の鱗の様な籠手によって絶対的な防御、外功の様な力。紫電が細胞を活性化させ、極限まで高められた身体能力強化、内功の様な力。未だ外功と内功による魔力の応用技を身に付けられていなかった亜里好は皮肉にも、彼は技術としての外功と内功ではなく、それらと比肩する力を、全く別の形でその身に宿すこととなった。


「もうアンタは、俺を捕らえられない」

 

 紫電がもたらしたのは、筋力の強化だけではない。足元で弾ける雷光が爆発的な推進力を生む。巨大なユウシャの腕を螺旋状に駆け上がり、一気にその首筋へと肉薄した。

 

「硬ぇっ!」

 

 火花が散る。巨大化に伴い、ユウシャの鱗は岩盤をも凌駕する強度へと変貌していた。先ほどまで豆腐のように断てていた肉が、今は一太刀さえ拒絶する。

 

 亜里好はユウシャの大振りを紙一重で回避しながら、幾度も刃を叩きつけた。だが、無情な金属音と共に火花が舞うばかりで、その防壁を穿つことはできない。

 亜里好の最大火力は刀による斬撃、それは鱗に阻まれている。対するユウシャの連撃は掠めるだけで致命傷となり得るが、今の亜里好の速度を捉えきれない。

 膠着状態だが、ユウシャには底知れぬ再生能力がある。このまま消耗戦が続けば、体力を削り取られた亜里好の敗北は時間の問題だった。局面を打破する一撃。この硬度を突き破る火力が、今すぐ必要だ。

 

――こいつの鱗を通す火力...火力!そうか!

 

 脳裏にある思考がよぎる。だが、それは博打に等しい。外せば、その瞬間に敗北が決まる。だが、賭ける価値はある。亜里好は超スピードのまま地を滑り、リボルバーを拾い上げた。そして、亜里好がその場で動きを止めた。

 

「むっ?」

 

 ユウシャが微かに眉を動かす。敵前での静止は、本来なら自殺行為に他ならない。しかし、これまでの死闘を通じて知った男の矜持が、亜里好に確信させていた。

 

――こりゃ、卑怯かもしれんが...勝つためだ、やむを得ない。もし、本気でアンタが俺を殺そうとしていたら、アンタの勝ちだ。

 

「そうか...全力の一撃で私を倒すというのか!良いだろう、受けて立つ!」

 

亜里好の手にあるのはリボルバーではない。最大出力を誇る遠距離形態、大弓。術者の意思を無視し、全魔力を強制的に引き出す諸刃の剣。通じなければ魔力枯渇で身動きすら取れなくなる、事実上の最終手段。

 亜里好は一本の魔力を練り上げていく。それはもはや矢と呼ぶには巨大、それは正しく天を突く槍の様相を呈していた。

 

 ユウシャは応えた。亜里好が全霊を賭すならば、武人として全力で返すのが礼儀。喉の奥に、呪力を圧縮し、貯め込んでいく。

 

「貴殿が全力で行くのならば、礼儀として全力で返してやろう!」

「ああ。正真正銘、最後の一撃だ」

 

 亜里好の覚醒により、ただの魔力ではなく紫電に変質した魔力。放たれるべき魔力の一矢は、眩いばかりの紫電の矢へと昇華した。

 

「放てぇ!!」

「咆哮ぉ!!」

 

 互いの最大出力が真っ向から激突する。次の瞬間、世界は白光に塗り潰され、二人を呑み込む大爆発が異界を震わせた。


 ◇◇◇


「はぁ、はぁ...おい、ちび助!」

 

 黒恵は、ようやく合流したアイに向けて荒い息を吐いた。その表情には、隠しきれない焦燥が滲んでいる。

 二人が引き離されたということは、今この瞬間、あの強力な魔物と対峙しているのは亜里好ただ一人。上位の魔物を相手に、彼一人が勝てる見込みなど万に一つもないはずだった。

 異界の荒野を駆け抜けてきたが、肝心の主戦場である城はいまだ見えてこない。

 

「...」

「ちょっと、無視?私だって心配して言ってるのよ」

「心配...?お前がボクを気遣うなんて、意外...だね」

 

 アイは冷淡な視線を一度だけ向け、黒恵の横を素通りしていった。

 

「どこへ行くつもりよ?」

「決まってるでしょ...亜里好のところ」

「...不動くんの場所がわかるっていうの?」

「うん...はぁ」

 

 魔法の王と称えられるほどのアイだが、彼女には致命的な弱点があった。身体能力と体力が、常人の水準にも満たないのだ。黒恵は、覚束ない足取りで背後を歩くアイに振り返り、戦慄した。

 

「も、もしかして私...反対方向に走ってたの?」

 

 一番近くにいたはずの黒恵は、あろうことか亜里好から遠ざかるようにひた走っていたのだ。その時、アイの視線の先で爆発が起きた。黒恵の心臓が跳ね上がる。亜里好の身に何かあったのではないか。彼女は迷うことなく、体力を削りながら歩くアイを無理やり担ぎ上げると、爆煙の上がる方向へと全力で突き進んだ。

 

「うそ...」

 

 異界の空が、鏡のように歪み始めた。それは異界を展開している主が討たれた証拠。到底勝てないはずの相手を亜里好が仕留めた事実に、黒恵の口角が無意識に上がる。だが、倒したからといって無事である保証はない。彼女は再び足に力を込めた。

 

「おっ。アンタら、どこ行ってたんだ?」

 

 晴れゆく煙の中から現れたのは、上半身を露わにした亜里好だった。爆風に煽られたのか服は消失し、残ったズボンも際どいところまで裂けている。

 

「...本当に、勝ったのね」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる...って、おっとっと」

 

 亜里好の膝が折れかける。魔力枯渇。本来なら意識を保つことすら不可能な状態だが、彼の強靭な肉体だけが、辛うじて彼を現世に繋ぎ止めていた。黒恵は即座に自分のコートを脱いで彼に着せ、その体を支える。

 

「わりぃ、助かる」

「...どうやって勝ったのよ、一体」

「そりゃあ...あぁ、そうか。今、すっからかんなんだわ」

 

 手に入れたばかりの力を自慢げに見せようとした亜里好だったが、一滴も残っていない魔力に気づき、子供のように肩を落とした。

 

「んで、この異界ってのはどうやって出るんだ?」

「方法は二つ。入った場所にある出口に戻るか、主を倒して異界そのものを崩壊させるか...つまり、もうすぐここも消えるわよ」

 

 後から聞いた話であるが、出入り口を閉ざす事も可能。主が閉ざせば二度と出られぬ牢獄となる事もできる。そんな場所に迷わず突っ込む魔導師たちの度胸に、亜里好は感心していた。

 そして、空がガラスのように砕け散った。眩い光と共に、彼らは再び現実の世界へと降り立った。


◇◇◇


 ここは、ギルド側が用意した亜里好と黒恵が身を寄せる家。黒恵は、事の顛末をグラ爺へ報告するためのメールを作成しながら、同時に宝具を用いた亜里好の治療に専念していた。

 

「な、な、なにこれ...!」

「すごい...」

 

 黒恵とアイが戦場から吹き飛ばされた後、そこで何が起きたのか。ユウシャとの死闘を事細かに説明する亜里好。そして、彼が今見せている姿に、二人は言葉を失っていた。宝具も契約獣も介さず、ただ己の身一つで魔法を行使するその異様。

 アイの目には、亜里好と初めて会った時から呪力と魔力が融合しているのが見て取れた。魔法の世界の歴史を塗り替える存在になるだろうとは予見していたが、いざ目の当たりにすると、ただただ圧倒されるばかりだった。

 

「...これ、報告すべきかしら」

 

 亜里好の手元に奔る紫電を見つめ、黒恵は眉をひそめた。呪力が宿っているというだけで前代未聞だというのに、その身に魔法そのものを宿したとなれば、聖教団が強引に身柄を確保しにくるのは火を見るより明らかだ。

 

「(まずは盗聴の恐れがない安全な場所を確保して、グラ爺に相談するのが先決ね)」

 

「それで...上位の魔物を喰って、何か変わった?」

 

黒恵の問いに、亜里好は少しの間を置いて答えた。

 

「...あぁ、ほら。腕が本当に、魔物みてぇになっちまった」

 

 亜里好が籠手を展開させる。そこにあるのは、もはや武具というよりは生物の一部。そのあまりの禍々しさに、黒恵は思わず息を呑んだ。

 

「...ここまで来ると、本当に魔物なんだって実感しちゃうわね」

 

 皮肉めいた黒恵の言葉が、静かな部屋に響く。こうして、亜里好にとっての初任務は、成功と言う形で幕を閉じるのであった。



 第9話 【勇者決闘】



「すまぬ、待ったか?」

 

 静かな公園でベンチに腰掛け、冷えた缶コーラを啜っていた亜里好の背後に、一人の男が音もなく立った。

 亜里好は首を後ろに倒し、逆さまの視界で来訪者を仰ぎ見る。そこにいたのは、精悍な褐色の肌に、両眼の下には泣きぼくろ、白銀の短髪が映える屈強な男だった。目深に被ったフェドラハットに、隙のない着こなしの私服。だが、その威圧的な佇まいに似合わず、男の両手には溢れんばかりの中華まんが抱えられている。

 

「...随分と楽しんだようだな、()()()()

「むむっ?今の私はユウシャではない。竜頭勇李(りゅうとう ゆうり)だ」

「そうだったな...勇李」

 

 亜里好は自嘲気味に笑った。黒恵に喰らったと報告したはずのユウシャが人の姿に化けて生きていた。時は遡り、最大出力の魔力と呪法が正面から衝突した瞬間。亜里好の放った一矢は、勇李の呪法の塊を真っ向から貫き、その頭部を完膚なきまでに吹き飛ばした。

 勝負は決した。そう思われた直後、勇李の頭部は瞬く間に再生したのである。

 

「言ったであろう。私は心臓を破壊されぬ限り死なぬと...なぜ頭を狙った?貴殿としたことが、失念していたわけではあるまいに」

 

 魔力を使い果たし、膝をついた亜里好に、勇李は困惑を隠さず問いかけた。亜里好は荒い息の下から、途切れ途切れに言葉を返した。

 

「...はぁ、はぁ...あんたを殺しちまったら、意味がねぇんだよ。どうやらあんたは...話のわかる魔物のようだしな」

 

 その言葉を受け、勇李は静かに目を瞑り、思案に耽った。やがて、彼は潔く頷いた。

 

「...そうか。なるほどな。もし今の攻撃が私の心臓を射抜いていれば、私は今頃塵となっていただろう。私の敗北だ。良いだろう、勇者決闘の掟に基づき、この命、貴殿に捧げよう」

 

 記憶を現在に戻し、勇李は亜里好の隣にどっかと腰を下ろした。差し出された缶コーラを、未知のモノでも見るかのようにじっと凝視する。

 

「ここを開けて飲むんだ」

 

 亜里好が二本目のタブを引き、小気味よい音を立てて見せると、勇李もそれに倣った。喉を鳴らして一気に流し込む。

 

「おお...なんと、美味!刺激的な味だ!」

「そうかい。気に入ったなら何よりだ」

 

 勇李は空になった缶を置くと、表情を引き締め、本題を切り出した。

 

「それで、私に何を望むのだ?亜里好よ」

「魔狩り隊と呼ばれている集団を探してほしい。本来なら俺が探したい所だが、状況が状況でね」

 

 亜里好は現在、聖教団から目をつけられている身だ。それどころか、ギルド側からも監視の目が光っている可能性があり、迂闊な行動は自滅を招く。今の彼にとって、人間よりも、魔物の方が信頼に値する助っ人だった。

 

「二つほど、聞いておきたい。その人間姿は、魔導師連中に見破られる心配はないか?」

「うむ。私ほどの実力者ともなれば、呪力を抑え込むことができる。相当な手練れの魔導師でもない限り、看破されることはあるまい」

「ならいい...二つ目だ。人間を喰わずに、俺の血だけで何日生きられる?量はこのくらいだと考えてくれ」

 

 亜里好は、手元の500ミリリットルの空き缶を指し示した。その問いに、勇李は中華まんを一つ頬張りながら、真剣な面持ちで考え込み始めた。


「そもそも、私は私に負けた人間以外は口にせぬ。だが、その問いに答えるならば。貴殿の血は、驚くほど濃密で栄養に満ちている。その量があるならば、人間四人分に相当するだろうな。一月(ひとつき)ほどであれば、飢餓状態...誰彼構わず襲うような真似はせずに済む。まあ、貴殿とやり合った時のように激しい(いくさ)をせぬという前提だが」

「1ヶ月か……分かった。一ヶ月に一度、俺の血を分けてやる。その代わり、魔狩り隊の存在を探し出すこと、そして、自分に危害を加えた者以外、決して人は襲わないこと。それさえ守れば、この世界での暮らしを好きに堪能してくれて構わない。活動資金もこっちで用意する」

「うむ、確かに承った...して、仮に魔導師と戦い、そ奴を打ち倒した場合、喰らうことは叶わぬか?」

 

 勇李の問いに、亜里好は言葉を詰まらせた。本音を言えば、極力人を喰らわせたくはない。けれど、それは独りよがりなエゴだと自覚していた。彼にとって決闘で屈服させた相手を喰らうことが己の魂を研ぎ澄ますための武道に等しい儀式なのだ。

 それを完全に禁じることは、彼が積み上げてきた矜持を、その生き様そのものを、無慈悲に踏みにじる行為に他ならなかった。

 

「そうだな...もし、そいつが救いようのないクズだったのなら、構わない」

「クズ、か。我には見分けがつかぬな。何か見極める術はあるか?」

 

 人間という種をひと括りにしか捉えていない勇李にとって、その善悪の境界はあまりに曖昧だった。首を傾げる勇李に対し、亜里好は静かに、けれど断固とした口調で告げる。

 

「そうだな。アンタが...こいつには生きる価値なんてない、と心底思った時、かな」

「生きる価値のない人間か...む?」

 

 真剣なやり取りの最中、亜里好が懐から差し出したものを見て、勇李は眉を寄せた。

 

「何かあった時は、これで俺に連絡してくれ」

「...」

 

 手渡されたのは、亜里好がかつて使っていた、型落ちの古い携帯だった。勇李はそれを掌の上で転がし、穴が開くほどじっと見つめる。そして、真面目な顔でぽつりと零した。

 

「...これは、美味いのか?」

 

 今度はこれを食えというのか、と言わんばかりの視線。亜里好は思わず天を仰ぎ、短く息を吐いた。

 

「...あー、いや、使い方は今度血を渡す時に教えてやるよ」

 

 異界に引きこもっていたせいで、現代の機械にオンチな姿を見せる勇李。そんな彼に対して、これからの調査に一抹の不安と、奇妙な可笑しさを覚えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ