第十三話
扉を開くと、面白い光景が広がっていた。
ぐるぐると、縄で縛られているヴォルが床に横たわっている。
その前でメグが足を組みながら椅子に座っていて、「そろそろ白状したほうがいいんじゃないですか?」と冷たい目でヴォルを見下ろしている。
その隣にはキュアが立っていて、その手には光り輝く針が見える。
二人の表情は氷のように冷たく、思わず背筋が寒くなる。
「あ、おかえりなさい!」
二人がドアの方に視線を向ける。満面の笑みを見せるメグだが、先程の冷たい表情との落差に思わず苦笑する。
そして、メグはダジルの方を見て目を見開く。
「えっと……」
「ダジルだよ。頭がもとに戻ったから連れてきた」
すると、ダジルは「なんだその言い方」と呟く。
「ふぅん……」
メグは目を細める。
テルには見せなかった反応だ。ただ、なんとなく、その頬が赤くなっているように見える。
(まさか……)
もしや、ダジルの見た目が気に入ったのだろうか。
確かに、今のダジルは綺麗になって、それなりの見た目になっている。でも、いくら女性的な側面があるとは言え、どちらかというとイケメン寄りだ。少なくともかわいい顔ではない。
少し意外だと思いつつ、リンナの話を聞いてかなり嫌そうな反応を示していたから、性格は好みではないだろう。
これからくるであろう落胆を想像して、なんとなく申し訳ない気持ちになる。
「誰」
怪訝そうなダジルに、「さっき言った友達だよ」と説明する。
「メグはリバーの街でギルド職員をしていて、キュアは僕を助けてくれて……」
「メグ……、キュア……」
ダジルは呟いて、二人を怪訝そうな顔で見つめる。
「キュア……?」
ダジルは瑞希にだけ聞こえるぐらいの小さな声で呟く。
「知り合い?」
「……いや、気のせいだ」
キュアは不思議そうな顔で首を傾げている。キュアはダジルに心当たりがないようだ。
ダジルはすぐに二人から視線を外し、ヴォルに向ける。
「無様だな」
「ちっ……」
ダジルはヴォルを冷たく見つめる。
「お前、よくもこの俺に手を出したな」
「……何のことだ」
ダジルはヴォルに近づき、その頭を掴む。
「何を企んでるかは知らねえけど、お前とシルヴァが手を組んでることは知ってるんだ。お前は一体、俺に何をした?」
ダジルが怒るのは今まで何回か見たことがあるが、今日のそれは、かなり感情がこもっている。
「ふん、リーダーのくせして部下に罪をなすりつけようってか? 俺は何もしてねえし、勝手にお前らが混乱を引き起こしただけだ」
「そうかよ」
ダジルは手を離す。
「こいつ、ミズキさんを殴ったって白状しました!」
メグがそう言うと、ヴォルは笑う。
「殴ってなんかねえよ。証拠だってねえんだから」
メグとヴォル、どちらを信じるかと言われたらメグだ。「さっき言ってました!」と顔を真っ赤にするメグの隣で、キュアも眉を顰めて頷いている。
ヴォルはダジルをじっと見つめる。
「あんたも、ずっと思ってたんだろ? 落ちこぼれがパーティーに寄生してるって。それに、友達だと思ってたなら、俺がその落ちこぼれを殴る前に止めるよなあ?」
床に寝そべりながらも、ヴォルの表情は邪悪に歪んでいる。
「それに、そこの落ちこぼれを排除するって決めたのは、俺じゃなくてお前じゃないか」
ヴォルの言葉に、部屋に沈黙が流れる。
「……そうだな。でもそれは俺の本意じゃない」
「はっ、もしかして俺が命令したとでもいうのか?」
「違う。俺にそうさせたのはシルヴァだ。そして、お前はシルヴァと俺を会わせた」
「へえ」
「ヴォル、お前はあの日、俺に何をした?」
すると、ヴォルは「知るかよ」と吐き捨てる。
「答えろ!」
ダジルはまた、ヴォルの髪を引っ張り上げる。
しかし、ヴォルはじろりとダジルを睨みつけるだけで、何も答えない。
「お前、さっきミズキを殴った証拠なんてないって言ったよな」
ダジルは手を離して、ヴォルを見下ろす。
「何するつもり……」
すると、ダジルがヴォルの腹を蹴り上げ、鈍い音とともに、「ぐっ」とくぐもった声が響く。
「くそ! 何のつもりだ!」
「安心しろ、後でリンナが治してくれる。そうしたら殴られた証拠なんて無くなるぞ」
ダジルはもう一度ヴォルの腹を蹴り上げる。
「早く口を割れ」
「だから、俺は何も知らね――」
ヴォルは焦ったようにまくしたてるが、その前にダジルが再び蹴り上げる。
鈍い音と、ヴォルの唸り声が響いて、思わず肩を竦める。
「ちょ、ちょっと、あの人は何をやってるんですか!」
呆然とダジルを眺めていると、いつの間にかメグが近くに来て、袖を引っ張られる。
キュアも、メグの傍で心配そうに瑞希を見つめる。
思わずリンナの方を見るが、リンナも呆然とダジルを見つめている。
「えっと、どうしよう」
「どうしようって、頭がもとに戻ったんですよね! 全然おかしいままじゃないですか!」
「いや、さっきまでは普通だったんだよ」
まさか、ヴォルに会ってまた何か異常が発生したのだろうかと考えるが、流石にそれはなさそうだ。
「リンナ、どう思う?」
「……おかしいわね」
ダジルはまだ「言え!」と怒鳴りつけ、ヴォルを蹴り上げている。
怒っているのだろうが、急に変わり過ぎだ。
すると、テルが近付いてくる。
「あー、やっぱりこうなっちゃいましたね」
テルは呑気な様子でダジルの方を見て苦笑する。
「えっと、やっぱりダジルはおかしいよね?」
今まで、あんな様子のダジルは見たことがない。
そう思ってテルを見つめるが、「おかしくはないと思いますよ」と意外な返答が返ってくる。
「いやいや、どう考えてもおかしいですよ! それとも、冒険者パーティーのリーダーっていうのはこんなにも暴力的っていうんですか!?」
ダジルが蹴り上げるのを見て、メグは「ひぃ」と声を漏らす。
「怒っているだけですよ」
「……怒ってる?」
思わず聞き返すと、テルは頭を掻きながら答える。
「はい。リーダーはヴォルに怒り心頭に発しているんです」
思わずリンナと目を合わせる。
ダジルが怒っている場面は何度も見たことがあるし、ヴォルに怒っているのは流石に二人にも分かる。
でも、こんな風にその相手を殴りつけるのは見たことがない。
「こんなに怒っているのは見たことがない」
すると、テルが苦笑する。
「俺は何回か見たことありますけどね」
「本当?」
「そりゃあ、友達といる時に、本気で怒る事は滅多に無いでしょう」
困惑していると、テルは「止めますか?」と続ける。
「止めたいけど……」
「俺に任せてください」
テルはダジルへと近づき、「そろそろ止めてください」と声をかけ、その肩を掴む。
「離せ」
「もう止めてください。副リーダーとミズキさん、二人共戻ってきたじゃないですか。ヴォルに逃げ場はないんですから、そんなことしなくてもすぐに白状します」
「……ふん」
ダジルは渋々ヴォルから離れる。
視界に入ったヴォルは、その顔を真っ赤に腫らして、げほっと血が混じった唾をはいている。
「おい、やり返したぞ」
ダジルは瑞希を見つめて、「ふん」と満足げな表情を見せる。
「お前の代わりに殴り返してやったんだ。不満なら後で俺を殴れ」
「はあ」
何となく、ダジルの行動が読めてくる。
ダジルは、ミズキが暴力を振るうのが苦手なことを知っているから、その代わりにヴォルを殴った……。瑞希には理解できない思考だが、そう考えるしかないだろう。
「それで、ヴォルは何か言ったの?」
「知らないの一点張りだ」
ダジルは「おい!」と叫んでヴォルの顔を引っ張り上げる。
「何をしたか話せ」
「知らねえって言ってるだろ!」
ヴォルは痛々しい顔で、それでもダジルを睨みつけている。
「あのさ、本当に知らないんじゃない?」
流石に、ここまで殴られて何も言わないのは不自然だ。
「んなわけあるかよ。しらばっくれてるだけに決まってる」
「でも、ダジルはシルヴァに何かをされてからの記憶が曖昧なんでしょ? ヴォルも同じなんじゃない?」
次々と判明していく情報を繋ぎ合わせると、恐らくヴォルはシルヴァに協力をしていたわけでなく、シルヴァに命令されていたと考える方が自然だ。
「ふん、それでも、こいつの性根が腐りきってるのは変わりない。いいか、こんな図体がデカくなったアホの性根は、力尽くでしか治んねえんだよ」
ダジルはヴォルを冷たい目で見下ろす。
流石にこれ以上はやり過ぎだろうとリンナを見るが、リンナも怪訝そうな顔でヴォルを見るだけで、ダジルを止めようとはしない。
(どうしよう)
瑞希の感覚だと、ここでヴォルにやり返すのは少し気が引ける。
それに、もうヴォルの顔はボロボロだ。これ以上殴ったら可哀想だ。
「ヴォルは本当にシルヴァの事を知らないの?」
ヴォルに尋ねると「……知らねえ」とぶっきらぼうな返事が返ってくる。
「若い女だ、黒い髪で、気持ち悪い喋り方をしていた」
ダジルは補足するように続ける。
「……覚えてねえ」
(あれ?)
よく考えたら、ダジルはシルヴァのことを覚えているようだ。
シルヴァを忘れる事と、ミズキが持っている能力に関係はないのだろうか。
思考が脱線していると、ダジルが「ああ?」と唸る。
「覚えてねえ? つまり、女のことを知ってはいるんだな」
「ちっ」
ダジルは「知っていることを全部白状しろ」とヴォルの頭を強く引き上げる。
「クソ! 分かった、知っていることは全部話すから手を離せ!」
露になったヴォルの顔は、大きく腫れ上がっていて痛々しい。
それと同時に、ミズキを殴っていた時のあの醜い表情が頭に浮かぶ。
殴る時は楽しそうにニヤニヤしていたのに、今は痛々しい表情で「もう殴らないでくれ」と懇願している。
そして、ヴォルはようやく口を開いて説明を始める。




