第十二話
「そうだね。ダジルは……」
「俺も行く」
ダジルは即答する。しかし、今の状態で外には出られないだろう。
「それならお風呂に入ってきて」
「わかった」
リンナに睨まれたダジルは、大人しく部屋を後にする。
「ねえ、僕とダジルって冒険者パーティーについて何かの約束をしてたのかな」
ダジルを待つ間、リンナに話を振ると「知らないわ」と困惑気に返される。
「でも、私が引っ越す前からダジルは『冒険者パーティーを作りたい』とは言ってたみたい」
「リンナが引っ越してくる前……」
それならダジルとミズキは二人で何かの約束をしていたのだろうか。
「仕方ないわ、ミズキは今、記憶が混乱してるんでしょ? それに、何か言いたいことがあるならダジルの方からはっきり言えばいいだけよ」
リンナの言う通り、もし言いたいことがあるならダジルは遠慮せず言ってくるはずだ。
「そうだよね」
瑞希はもやもやする感情を振り払うように、小さく頷いた。
◇
食料庫を勝手に漁り、他のお菓子を食べながらダジルを待っていると、リビングの扉が開き、上裸のダジルが現れる。
「服ぐらい着てちょうだい」
「喉が渇いただけだ。水くれ」
瑞希は自分の飲んでいた水を渡す。
勢いよく飲み干して、またもや残りが無くなってしまった。
空になった容器を受け取ると、ダジルは瑞希達の食べているものを見てため息をつく。
「おまえら、人んちの食い物勝手に食いやがって……」
「別にいいじゃない。文句でもあるの?」
ダジルは「別にいいけど」と呟いて戻っていく。
「そういえば、ヴォルに何も言えずじまいだったな」
「そんなの、これから言えばいいわ。ヴォルはミズキにやった事をちらほら白状してるみたいよ」
「へえ」
リンナは通信時計を見て、何かメッセージを送っている。
ふと、ある疑問が浮かぶ。
「リンナはどうして最初から僕の事を信じてたの?」
「だって、ミズキが嘘をつく理由なんてないし、ミズキが嘘をついていたら簡単に見抜けるもの」
リンナは通信時計を見ながら、なんでもない風に返事をする。
(なんというか、友達って感じだ)
ミズキとダジルとリンナ。三人は小さい頃からの仲良しで、何をするにも一緒だった。
だから、お互いのことなら、自分よりも知っているといってもいい。
(友達……)
なぜかその言葉に引っかかりを覚えながら、瑞希はお菓子を一口かじった。
◇
それからすぐに、またダジルは戻ってくる。
今度は服を着て、ヒゲも剃って、髪の毛を整えている。
「なんだよ」
綺麗になったダジルは、少しムカついてしまうほどにイケメンで、思わずじっと見つめてしまう。
「いや、もったいないなって思って」
「はあ?」
この世界にアイドルと言う存在はないが、モデルに近い存在はいる。
雑貨屋や服屋にポスターがあったり、書店でファッション雑誌を見たこともある。
もういっそのこと冒険者をやめて、そっち方面で働いてもそれなりに人気が出そうだ。
ただ、ダジルは自分の能力に自己肯定感はあっても、それ以外には割と無頓着。容姿が整っている自覚さえないはずだ。
ミズキの記憶が抜けていなければ、ダジルが恋愛について語っていたことはない。
恋人の話を聞いたこともないから、こう見えてうぶなのかもしれない。
(まあ、そもそもリンナのことが好きだから興味がないのかな)
初恋をこじらせて他に興味がなくなってしまうのは、意外とあるあるな話だろう。
「くそ、まだ頭が痛え」
ダジルは食料庫を漁って、水を飲み続ける。
「お酒の飲みすぎね、自業自得よ」
リンナとダジルの間に、緊張が走る。
このままだとまた、やめるとかやめないとか、今話したところで喧嘩になってしまう話題に移りそうだ。
「まあ取り敢えず、テルのところに戻ろう」
「……そうね、これ以上テルに迷惑はかけられないわ」
リンナは大きなため息をついてダジルから視線を外す。
「ヴォルとそこら辺の確認をしたら、ギルドに報告して……やることが多いね」
「そうね、ただ、ギルドへの報告はメグがいい感じにまとめてくれているみたい」
「頼りになるね」
ギルドの職員だから、きっと書き方や必要なものをよく知っているのだろう。
瑞希とリンナが立ち上がる。
「ダジル、通信時計を忘れてるよ」
準備をしていると、ダジルが腕に何も付けていないことに気づく。
「……壊したから捨てた」
「不便でしょ」
「別に、誰とも話してないから問題ない」
「まあ、そうかもだけど、後で買いに行ったほうがいいよ」
この世界で通信時計は携帯に近いものだ。大人なら持っている前提で全てが動いていると言っても過言ではない。
「……分かってるよ」
ダジルは不機嫌そうな顔で返事をして、玄関へ歩き始める。
(話しにくいな)
ダジルは表情があまり変わらないせいか、何を考えているのかいまいちわからない。ミズキを人形みたいだと言っていたのに、皮肉な話だ。
ミズキなら分かるのだろうが、今の瑞希には、ダジルが何を考えているのか分からず、どう話せばいいのか戸惑いがある。
(何かに似てるような)
ただ、その態度にどこか既視感がある。
瑞希は少し不思議に思いながらダジルの後に続いた。
◇
銀の覇者の建物へ向かいながら、ダジルに詳しい説明をする。
ヴォルの手によってリバーの街に連れて行かれ、殴られて捨てられたと教えたら、ダジルは険しい顔で「そうか」と呟いた。
どうやら、ダジルはミズキを追放していた時の記憶が曖昧なようで、追放した記憶さえないと言う。
あの場所にはシルヴァもいたから、もしかしたらまた何かしらの力を受けていたのかもしれない。
やはり、シルヴァを捕まえなければ何も解決しないだろう。
ただ、ヴォルに協力していた割に、現れないということは、もうこの街にはいないかもしれない。
考えていると、建物へ到着する。
「どうかした?」
玄関で停止するダジルに声をかけると、「なんでもない」と呟いてすぐに中に入る。
なんでもないと言いつつ、その表情は何かあると言わんばかりのものだ。
(ああ、猫だ)
今、ダジルは少し瑞希の方を見て気まずそうに視線を逸らした。その、気付いてほしいのか分からない態度は、猫にそっくりだ。
瑞希とミズキ、二人とも猫を飼ってはいなかったが、瑞希が小学生の頃、仲の良かった友達の家に飼い猫がいた。
その猫は、気まぐれに瑞希の方へ歩いて、じっと見つめてから、どこかに行く。
そんな事を繰り返していると、友達に「撫でてほしいんだよ」と笑いながら言われる。
言われた通りに、次にやって来た時、瑞希がその猫を撫でていると、猫は満足げに瑞希の膝に座ってゴロゴロと音を鳴らしていた。
ダジルは猫のように可愛くはないが、何となくの雰囲気が似ている。
より具体的に言うなら、ダジルは構ってほしいのだろう。
(なら、もしかしてさっきのも……)
通信時計を買ったほうがいいと言った時の、あの変な表情は、もしかして「一緒にお店へ買いに行く?」みたいなのを期待していたのだろうか。
(面倒くさいな)
ミズキなら上手に会話していただろうが、あいにく瑞希には上手な返答が思いつかない。
ダジルのことを嫌いなわけではないが、記憶で知った情報と印象が違っていて、なんとも言えない気分だ。
三人は長い廊下を歩き始める。
「シルヴァって女は、変な奴だな」
「まあ、そうだね」
ダジルの言葉に適当に相槌を打っていると、ダジルが振り向いて変な表情を見せる。
「何?」
「……いや」
しかし、ダジルはすぐに前を向いて歩き続ける。
(言いたいことがあるなら言ってくれればいいのに)
ただ、いちいちそれを言うのも面倒なので聞かないでいると、ダジルがため息をついて口を開く。
「そいつ、自分のことを隠そうとする割に、名前は本名で通すんだな」
「確かに」
ダジルの言う通り、シルヴァは害力持ち候補としてギルドの書類に残っているのに、その名前を使っていることになる。
わざわざ本名を使う必要なんてないはずだ。
しかし、その姿は知られないように隠す。
矛盾している行動のせいで、シルヴァの目的が更に分からなくなってしまう。
「ダジルは理由がわかる?」
「どうでもいいんだろ」
「何が?」
「だから、シルヴァにとって、本名が知られたところでどうでもいいってことだ」
「自分がやったってバレちゃうのに?」
わざわざ自分の証拠を消す人が、そんな考えなしな行動をするだろうか。
すると、ダジルは続ける。
「馬鹿みたいなことをするやつは馬鹿だけだ。でもシルヴァは馬鹿じゃない。つまりわざと馬鹿なことをしてるってことだ」
「なるほど」
「だから、シルヴァの行動は、ただのお遊びだってことだ」
「それはちょっと飛躍しすぎじゃない?」
「ふん、シルヴァは皆が困っているのを見たいんだろ。そんな事を考えるのはガキか性格の悪い奴だけだ」
ダジルの言うことには一理ある。思わず感心していると、ダジルが振り向いて怪訝そうな顔を向けてくる。
「お前、馬鹿になった?」
「……ヴォルに殴られたからかな?」
すかさず反撃すると、ダジルは気まずそうに視線を逸らす。
「……悪かった」
「誠意ってものが足りないんじゃないのかしら」
リンナが横から口を挟み、気まずい空気になる。
「どうせ、ミズキなら許してもらえるって甘えてるんでしょ。不愉快だわ」
リンナの厳しい口調に、ダジルはちらりと瑞希に視線を戻す。
「考えておいてくれ」
「……何を?」
何を考えるというのだろう。何も思いつかないでいると、「どうするかだよ」と言われる。
どうするかと言われても、意味がわからない。
「ダジル、何が言いたいのかさっぱり分からないわ」
リンナも呆れたように眉を顰めている。
「……だから、俺に何かしてほしいことがあったら言えってこと」
「はあ」
言われて思い出す。確か、ミズキがダジルと喧嘩をしたら、お互いに何か奢ったりして和解していた。
その事を言っているのだろうが、どうして分かりにくい言い方をするのだろう。
「じゃあ……」
「まずは土下座でもしたら?」
物かご飯でも奢ってもらおうかと言いかけて、リンナが口を挟む。
「リンナには聞いてない」
「ミズキはどうせあなたを許しちゃうもの。でもね、あなたのやったことは許されないわ。それがあなたの意思でなくても」
「だから、それは悪かったって……」
「ふん、『悪かった』が謝罪だなんて、ミズキを舐めてなきゃできないことよ。無意識なんでしょうけど、余計タチが悪いわ」
ダジルは「な」と声を出すが、すぐに黙る。
(まあ、リンナの言うことも一理あるかな)
やはり、ここはもう少し怒ったほうがいいのだろうかと思案するが、どうすればいいのか分からない。
(怒る……どうすればいいんだっけ)
もう、疲れてしまって怒る気力が湧かない。それに、何に怒ればいいのかもわからない。
瑞希は人生であまり怒ったことがない。それはミズキも同じだ。
ダジルはちらりと瑞希を見るが、すぐに振り向き歩き始める。
もう、目的地のリーダー室は目の前だ。
三人はそれ以上言葉をかわさず歩き続け、ダジルは扉を開けた。




