第十一話
ダジルを近くのリビングまで運ぶと、ひどい匂いが鼻を突き、思わず息を止める。
「ぐちゃぐちゃね」
「ゴミ屋敷だね」
カーテンが閉め切られて部屋の中は暗く、床には食べ物の容器や酒瓶が転がっている。
瑞希は足でゴミを退かし、空いた場所にダジルを横たわらせる。
「くっさい」
「多分、ずっとこもりっきりだったんだろうね」
リンナは空いた手で鼻を押さえて空気を手で仰ぐ。
「リンナはダジルの様子を見ていて。僕はちょっと掃除をするよ」
「分かった」
リンナは短期間でヴォルと瑞希、そしてダジルの三人に治癒を施しているから、きっと疲れているはずだ。
それだけでなく、今日はずっと先導してくれた。リンナがいなかったらこんな順調に事は進んでいなかっただろう。
リンナは汗を拭いながら、ダジルの近くに腰掛ける。
「汚いなあ」
明かりをつけると、汚い部屋がさらに汚く見える。
リバーの街でも掃除の仕事をしていたのに、こっちでも早々に掃除をすることになって、瑞希は思わず苦笑する。
(確か……あった)
棚を漁って、ゴミ袋を見つける。ダジルに頼まれて家の掃除をしたことがあったから、記憶に残っていた。
瑞希はゴミ袋を開いて、片っ端からゴミを入れていく。
カーテンを開けて、窓を少し開ける。
外にある小さな庭は、まだ綺麗なままだ。ゴミをまとめたら一度庭に出そうと考えて、腕をまくる。
よかったのは、ダジルはもともと、部屋にあまり物を置いていないことだ。
ゴミしかないから、適当に掃除するだけでかなりきれいになりそうだ。
(なんか食べ物あるかな)
食料庫を漁ると、水と小さなお菓子が見える。
この世界では食べ物は食料庫に入れる。
温度は設定できない代わりに、熱いままにできるものと、冷たいままに出来るもの、そして常温のまま保存できるものの三種類がある。
瑞希は水とお菓子を手にしてリンナの元へ向かう。
「これ、よかったら食べて」
「食べてって、ダジルのでしょ」
「うん、いらない?」
リンナは小さくため息をついて受け取る。
「腐ってないでしょうね」
「多分大丈夫だよ」
リンナは怪訝そうな顔でお菓子を見るが、すぐに袋を開けて食べ始める。
掃除に戻る前、食べやすそうなお菓子があったので瑞希も一つ頂く。
(うまい)
見た目は細長いウエハースのようで、味はチョコ味のカロリーメイトに似ている。
腐っていることもなく、湿ってもいない。ちょうど良いお腹の足しになりそうだ。
それから暫く掃除を続けて、大きく膨らんだゴミ袋をいくつか庭に出していると、リンナの「ダジル?」という声が聞こえてくる。
瑞希は手持ちのゴミを急いで庭に出して、リンナの方へ向かう。
「起きた?」
声をかけると、リンナはダジルの傍でお菓子を食べながら顎をダジルの方へ向ける。
ダジルに視線を向けると、ダジルは「うぅ」と唸りながら、ゆっくりと目を開ける。
「あ?」
ダジルは小さく呟き、瞬きを繰り返して体を起こす。
そして、リンナと瑞希を見て驚いたような表情を見せる。
「なんでお前らがいるんだ」
ダジルはそう言うと小さく咳き込む。
「ほら、水」
持っていた水を渡すと、ダジルは戸惑いつつ残りを全て飲み干す。
「ダジル、どこまで覚えてる?」
「どこまでって……」
ダジルは頭を押さえて「いてぇ」と唸る。
「俺は何を……」
すると、ダジルはハッと顔を上げてリンナと瑞希を見つめる。
「ふん、ようやく状況を理解した?」
リンナが腕を組んで、ダジルをじっと見つめる。
怒ってはいるものの、怒りのピークは過ぎたようで、その顔には呆れが見える。
ダジルは気まずそうに俯くが、リンナが「顔を上げなさい!」と叫び、渋々顔を見せる。
「それで、シルヴァについては思い出せた?」
「シルヴァ……あの胡散臭い女の事か?」
「多分そうだね」
ダジルは頭を掻きながら、何か考えるような表情を見せる。
ようやくシルヴァを知っている人がいた事に高揚する気分を抑えつつ「何か思い出した?」と尋ねる。
「……ある日、ヴォルに『話がある』って呼び出されたんだ」
「へえ」
ダジルはちらりと瑞希を見る。
「そこでシルヴァに会ったの?」
「……ああ」
ダジルが少し気まずそうな表情を見せるので、瑞希は「全部説明して」と付け加える。
(まあ、きっと謝ったほうがいいんじゃないかとか思っているんだろうけど)
謝罪の言葉を瑞希の方から求めるのは違うだろう。それに、今はダジルの説明を聞きたい。
ダジルは一度深呼吸をして、口を開く。
「ヴォルはその時に知らない女……はっきりとした見た目は覚えていないが、黒髪の胡散臭い女を連れてきた」
「それで?」
「そこからがいまいち思い出せない。シルヴァに何か頼み事? をされて、俺は断ろうとしたんだ。でも、ヴォルが俺を羽交い締めにして、それで……」
すると、ダジルは頭を抑えて「くそ」と呟く。
やはり、ヴォルとシルヴァが手を組んでダジルを利用しようとしたのだろう。ただ、肝心なところがまだ歯抜けの状態だ。
「その後のことは覚えてる?」
「あの胡散臭い女が俺に近付いて、俺の頭に手を当てて、そうしたら思考がぐちゃぐちゃになって……」
ダジルは悔しそうな表情を見せる。
「俺は止めろって、そんな事望んでないって、何度も言ったのに、あの女はそれを無視した」
「それで、『ハズレ能力』はパーティーに不要だって考えが浮かんできた?」
瑞希の問いに、ダジルは沈黙する。
(違うのかな)
シルヴァは何か、思考を汚染……洗脳するような能力を使ったのではないのだろうか。
「多分違う」
ダジルは小さく呟く。
すると、リンナの「『ミズキを追い出す』って考えが浮かんできたんでしょ」と鋭い声が響く。
「……つまり、シルヴァの頼み事は『僕を追放しろ』って事だった?」
そうなると、ますます意味がわからない。
「恐らく、それを望んだのはヴォルなんじゃない? そして、その望みをシルヴァが叶えようとした……それならヴォルとシルヴァが手を組んでいた理由が分かるわ」
「そんなに僕は嫌われていたの?」
「ヴォルにとっては、そうだったのかもしれない。あるいはヴォルも、シルヴァに思考誘導をされていたとか」
シルヴァはどうしてそんな事をしたのだろう。ヴォルに協力する目的は……。
(お金……とか)
何も考えが浮かばず、思わず首を傾げる。
「……悪かった」
瑞希が黙っていると、ダジルが小さく呟く。
「何の謝罪なのか、はっきり言ったら?」
唐突なダジルの謝罪に、リンナはふん、と鼻を鳴らす。
「ミズキを追放するって言ったのは俺だ。たとえ俺の意思じゃなくても俺がやったことには変わりない。だから、その……」
ダジルはもう一度「悪かった」と瑞希の目を見て小さく言う。
気まずそうに俯きつつ、チラチラと瑞希の方を見るダジルは、まるで小さな子供のようで、思わず笑ってしまう。
「……ちっ、何笑ってんだ」
「謝罪を受け入れるよ。僕も、異変に気づいてあげられなくてごめん。ダジルとリンナ、二人とも忙しくしてるのは分かってたのに、僕だけのうのうとしてたのは事実だからさ」
面倒な性格はそのままだが、ダジルは確実に成長しているし、責任感のある人間に成長している。
「あのさ、一個だけ聞きたいんだけどいいかな」
「……んだよ」
「ダジルは僕の事を本心では『邪魔だ』とか『嫌いだ』って思ってたわけじゃないの?」
すると、ダジルは瑞希から視線を逸らして「……い」と呟く。
「はっきり喋りなさい!」
リンナが足でダジルを蹴ると、ダジルは視線を逸らしたまま叫ぶ。
「思ってねえよ!」
ちらりと見えたダジルの頬が赤いのを確認して、瑞希は思わず微笑む。
「それなら良かった」
ダジルは嘘をつくのが苦手だから、きっと本心だ。そして、この反応から考えるに、ずっとそんな事は思っていなかったのだろう。
「ふん、ミズキがお人好しで良かったわね」
「リンナはダジルに言いたい事とかないの?」
「そうね……あんたが気を失う前に言った通りよ。ギルドは辞める。でも、あなたとの縁は切らないであげるわ」
すると、ダジルは目を泳がせて焦ったような表情を見せる。
「み、ミズキはどうするんだ」
「えっと、僕もやめようかなって……」
「な」
ダジルは目を見開いて二人を見つめる。
「……俺のことが嫌いだからか? 謝罪を受け入れるって言ったのは嘘かよ!」
「そうじゃなくて、ただ、僕が銀の覇者に貢献できることはもうないし、新しいことでもしてみようかなって思っただけだよ」
ダジルは続いてリンナに視線を移す。
「ミズキが辞めるから、私も辞める」
すると、ダジルは「じゃあ、俺も辞める」と言う。
「はあ? あんたはやることがあるじゃない! それに、リーダーが辞めたらパーティーは無くなっちゃうわ!」
リンナは立ち上がってダジルを睨みつける。
しかし、今度はダジルもしっかりとした口調で「辞める!」と叫ぶ。
「別にダジルが辞める必要はないんじゃない?」
ダジルは小さい頃から冒険者になることが夢だったし、パーティーを作ることも夢見ていた。
今はリンナにつられてそんな事を言っているだけで、きっと考えを改めるだろう。
「どういうことだよ」
「いや、だってダジルは僕達がいなくても十分やっていけるじゃん」
「なんだよそれ」
ダジルは呆然とした表情で瑞希を見つめる。
「……忘れたのかよ」
「え?」
「……もういい」
ダジルは何か言いたげな表情から、少し悲しそうな表情になって、顔を逸らす。
(何かの約束をしてた……とか?)
もしかしたら、ミズキはダジルと二人にとって重要な約束をしていたのかもしれない。
だが、今それを聞くのは何となく躊躇われて、瑞希は沈黙する。
ピコンと、リンナの方から通信時計の音が鳴る。
「テルから連絡、ヴォルが意識を取り戻したそうよ」
「どんな状態?」
「暴れているみたい。でもちゃんと拘束されてるから問題はないそうよ」
「リンナの治癒が効かなかったのかな」
「さあ? まともに話ができる状態ではないみたいだけど、妙な雰囲気は無いそうよ」
「そっか」
リンナは小さくため息をついて「そろそろ向こうに行かなくちゃ」と呟く。




