第十話
ゆっくりと顔をのぞかせたダジルは、リンナと瑞希、二人を見た瞬間、急いでそのドアを閉める。
が、閉まる直前でリンナがドアノブを掴んで、ダジルの腕を思い切り引っ張る。
「いい加減にしなさい!」
「離せ!」
二人はかなりの力で引っ張り合っているが、やはり、ダジルの方が強いみたいで、扉が閉まっていく。
「ダジル、扉を開けて」
一瞬ダジルが瑞希の方を向き、同時に扉が勢いよく開かれる。
「くそ……」
日光に照らされたダジルは、どこかくたびれた様子で小さく呟く。
髪の毛はボサボサで伸び切っていて、口周りには髪の毛と同じ、くすんだ緑色の髭がちらほら伸びている。
ダジルは女性的な顔だからか、違和感がある。
「くっさいわねえ、何日お風呂に入ってないの?」
「うるせえ……」
リンナの言う通り、ほんのりムワッとするような独特な体臭と、酒の匂いが漂ってくる。
服にも酷い皺が付いていて、自分の世話が出来ていないのが一目瞭然だ。
「……なにしにきたんだ」
ダジルは俯いて小さく呟く。
「はぁ、取り敢えず中で話を……いいえ、どうせ臭そうだからここでいいわ」
リンナがそう言うので、瑞希は玄関の明かりをつける。
ミズキはダジルの家に何度も行ったことがある。リンナと三人で遊んだり、「男同士で飲むぞ」なんて言って、テルと三人で飲み会をしたこともある。
(あれは多分、テルと二人で食べたりするのが苦手なだけなのもあると思うけど)
ダジルはテルのことを酷いあだ名で呼んではいたが、ダジルにしてはかなり可愛がっていた。
ただ、その方法がいまひとつ分からなかったようで、だから、「テルと話をするからミズキも来い」と言って連れ回されることが多々あった。
「私からの話は一つだけ、あなたの代わりにヴォルのことは片付けてあげたから、パーティーに戻って後始末をしなさい」
「……」
ダジルは俯いたまま、返事をしない。
すると、リンナは苛立った表情でダジルを睨みつける。
「いつまでそうやってうじうじしてるの? 私の言ったことが聞こえなかったの? それとも自暴自棄にでもなってるつもり?」
すると、ダジルはボサボサの髪からその瞳を覗かせる。
「テルのおかげで、あんたはまだパーティーリーダーよ。私はもう元副リーダーとしてやるべきことはやったわ。後のことが終わったら、もうこれであなたとも銀の覇者とも関係を切らせてもらうから」
すると、ダジルから小さく「……る」と声が聞こえる。
「なにか言った?」
「……やめる」
「は?」
リンナの低い声が響く。
何をやめるというのだろうか、そう思っていると、リンナが「何をやめるっていうの」と尋ねる。
「パーティーをやめる。もうやる意味なんてない」
ダジルの返答を聞いて、リンナはきつく手を握りしめる。
どんどんその手が赤くなり、顔は怒りに歪んでいる。
(まずいな)
このままだと、とんでもないことになりそうだ。
「ダジル、聞きたいことがあるんだけど」
喧嘩が始まる前に、用事を済ませてしまおう。
リンナの方をちらりと見ると、気まずそうに視線を逸らされる。
「……んだよ」
「ダジルはヴォルに何かされたの?」
「……」
ダジルは返事をしない。
「今の状態、なんとなくは分かっているんだよね。ヴォルとダジルの間で何があったの?」
ダジルの反応から考えるに、恐らく、ダジルは自分のやったことを理解している。
「僕達は今起きている事態の原因を探る為に戻ってきたんだ。いろいろ情報を集めないと、解決に向かわない」
「なんで」
「何?」
ダジルは小さく呟いて、ちらりと瑞希を見る。
「なんで、お前は怒ってないんだ」
瑞希は思わず苦笑する。
ダジルの発言は、恐らく無邪気なものだ。決して瑞希を怒らせようと言っているものではない。
「怒ってるよ。でも今のダジルに怒っても、あんまり意味がないかなって。どうせお酒の飲み過ぎで頭はぼうっとして、どうすればいいか分かんなくなって外に出るのが嫌になってるんでしょ」
「……」
ダジルはまた、沈黙する。
しかし、ちらりと見えた瞳が微かに揺れていて、きっと図星なのだろう。
今、冷静な話し合いを求めても意味がない。
「思い出せないんだ」
ダジルは暫く黙りこくった後、小さく呟く。
「何を?」
「最後にはっきりしてる記憶は、ヴォルに『話がある』って呼ばれた所で、そこから先の記憶が曖昧なんだ」
「どういうこと?」
思わずリンナを見ると、リンナも困惑げにダジルを見つめる。
「じゃあ、シルヴァについてはどうなの?」
「……シルヴァ?」
ダジルは困惑げに呟く。
「黒髪の若い女。シルヴァも何か関わってるかもしれないんだ。シルヴァはあの時、ダジルの側にいたから知ってるよね」
すると、ダジルは「シルヴァ、若い女……」と呟いて、頭を押さえる。
「大丈夫?」
ダジルがどんどん苦しそうな表情になっていくので、思わず近寄るが、ダジルは脚を引きずるようにして後ずさる。
「や、やめろ」
「ダジル、ちょっと、どうしたの」
ダジルは頭を両手で押さえながら、ゆっくりと後退し続ける。
やはり、何かがあったのだろう。思わず立ち止まっていると、リンナに「ちょっと捕まえて」と耳打ちされる。
「一旦リンナに見てもらおう。何かおかしい気がする」
ダジルに近寄り、手を伸ばすと、思いがけない強さでその手を振り払われる。
「俺に触れるな! 俺はそんな事望んでない!」
同時に、ダジルの髪の毛が舞い、その瞳が露わになる。
その瞳は恐怖に揺れていて、ミズキの記憶の中でもかなり珍しい……今までに見たことのないものだ。
しかし、その瞬間に力が緩んだようで、瑞希は急いでその手を掴んで、リンナの前に連れて行く。
「くそ、触るな!」
ダジルの言葉は、瑞希達に向けられたものではない。
やはり、何かあった……シルヴァに何かをされた?
暴れる体を押さえながら、瑞希はリンナに目配せをする。
「リンナ、急いで!」
「分かってるわ! ちょっと、じっとしてなさい!」
ダジルを羽交い締めにして、じっとリンナの前に立つ。
いつもの調子だったらとっくに暴れて手に負えなくなっているだろうが、憔悴しきっているおかげでその力はかなり弱い。
リンナは手のひらをダジルの胸辺りにかざす。
すると、青白い光がダジルを包んでいき、リンナは目を閉じる。
ダジルは「離せ!」と暴れているが、ゆっくりと落ち着いていき、叫ぶ声も小さくなる。
数分後、ダジルは意識を失ったのか、体から力が抜けその体重を預けられる。思わずよろけると、前の方からリンナが支える。
「どうだった?」
リンナの顔には少し汗が浮いている。
能力を使うのには体力を消耗する。リンナは特に精神力を消耗すると言っていた記憶がある。
「ヴォルと似ていたけど、ヴォルより大きい異物があったわ」
「治せた?」
「簡易的にはやったわ。ただ、もうちょっと見たほうが良いわね」
「じゃあ、取り敢えずダジルは部屋に運ぼうか」
「ええ、そうしましょう」
瑞希とリンナはダジルを持ち上げようとするが、意識を失った体は意外と重くて、持ち上げることが出来ない。
仕方ないので引きずるようにして、二人は部屋まで運んだ。




