第八話
「お前何様? いつもいやいや俺に付き合って、俺の前でわざとらしくエシタに媚びへつらって。俺を馬鹿にしてるんだろ」
「してないよ」
「じゃあ何だ、その表情は。いっつも俺といる時は楽しそうじゃないのに、エシタにはへらへら笑って。その笑顔も仮面みたいで気持ち悪いし」
「……それは」
ダジルの言い分はかなり我儘に聞こえるが、そこまで間違ってはいない。
ミズキはエシタに愛想笑いをしていたし、気を使っていた。それを気味悪いという感想になるのは子供であるダジルからしたら変なことではない。
ただ、胸ぐらをつかんで言わなくてもいいだろう。
「お前さあ、女みたいに髪伸ばして、女みたいに喋って、女の振りして……おかしいと思わねえの?」
すると、ダジルはそんな事を言い始める。
ひどい発言ではあるが、ダジルは祖父母の影響でそこら辺の価値観が少し固いものになっている。
リンナはそんなダジルの価値観を「ひいひいおじいちゃんでもそんな事言わない」と一蹴していたから、この世界では異質な方だ。
でも、瑞希にとってはそこまで珍しい価値観ではない。だから、ミズキはリンナと会うまでダジルの発言が普通のものだと思っていた。
「別に、私がどう振る舞ったってダジルに関係ないじゃん」
先程の発言は不愉快だったのだろう。ミズキはようやく言い返す。
「そうだな、でもイライラする。お前のその喋り方、振る舞い、全部偽物みたいで気味が悪い」
「偽物って……」
「じゃあ何だ? それは全部お前の意思でやってるのか? それにしては楽しくなさそうだけどな」
ミズキはダジルの言葉にまた、沈黙する。
(うぅん? どういうこと?)
ミズキの行動が嘘に見えるのだろうか。そんな風には見えなかったが。
「ほら、今だって言い返さない。文句があるなら俺を突き飛ばすぐらいすればいい。どうせエシタがお前を怒ることなんてないんだから、殴ったって誰もお前を責めたりなんかしないぞ」
「そんなことしない」
「ふん」
ダジルは手を離して、ミズキを突き飛ばす。
自然とミズキは尻もちをついてダジルを見上げる体勢になった。
「俺にはお前の全てが誰かの真似をしてるようにしか見えない。でもその誰かが分からない。最初はお前の母親の真似でもしてるのかと思ったけどそうじゃなさそうだし」
ダジルはミズキに近づいて、冷たい目で見下ろす。
「一回ぐらいはお前の言葉で会話したらどうだ」
ダジルの言いたいことが何となく分かってきた。
つまり、この時のミズキは瑞希の記憶の通りに振る舞っているから、ダジルにとっては子供らしくない……誰かの真似をしているように見えたのだろう。
そして、それはダジルにとってかなり変に見えた。
(だからって言いすぎだけど)
流石にミズキも言い返すのだろうかと眺めていると、ミズキは目を泳がせている。
(何か気になることでもあったのかな)
瑞希が子供だったら、そんな事を言われたらすぐに胸ぐらをつかみ返して怒鳴りつけていただろう。
(まあでも、ミズキの中にある瑞希の記憶は大人のものだからね)
大人の瑞希だったらそんな事を言われても「子供なら仕方ない」と受け取るから、ミズキはその感情に引っ張られているのだろう。
(そうか、ミズキにとって、それは不本意な状態だったわけだ)
自我が形成される段階で、もう自我がある状態。今のミズキは、瑞希の真似をしているが、それがミズキの意志であるかどうかは別の話だ。
(この記憶にも心当たりはない)
ただ、夢にしてはあまりにも整合性がとられている。
ダジルにこんな事を言われたのなら、流石に記憶に残っているはずだが……。
忘れているのか、忘れるような力が働いているのか。そもそもこの世界は瑞希が死ぬ前に見ていた漫画の世界に酷似している。
ならば全てが嘘で偽物とでも言うのだろうか。
(うーん……)
意外と、それはたいした問題ではないのかもしれない。
だって、今「実はこの世界は物語の世界です」なんて言われても「はあ」としか思えない。それを知ってどうしろという話だ。
「私は……」
ミズキは小さく呟く。
「私は誰かの真似なんてしてない!」
ミズキが叫んだ瞬間、視界が揺れ、また景色が一転する。
ザアザアと、水の音が響いている。視界は霧が覆っていて、何も見えない。
(お風呂だ)
じわりと視界が晴れていき、ミズキの実家のお風呂が映る。
人影が見えてきて、それがミズキのものであることが分かる。
しかし、先ほどと明確に違う点が一つあった。
(髪の毛が切られてる)
胸ほどまで綺麗に伸びていた髪が、肩のあたりで乱雑に切られている。
ミズキはゆっくり鏡に近付いて、鏡に映る自分と視線を合わせる。
「私……」
ちょうど、視界はミズキの斜め後ろになっていて、その表情を見ることが出来ない。
「俺……」
ミズキは鏡に手を当てて、小さく呟き続ける。
「僕……」
(この時に、ミズキは女の子の格好をするのを止めた?)
なんとなく、可愛らしい格好は周りに合わせて止めたと思っていたが、ミズキは自分の意志で止めたのだろうか。
今までの時系列が繋がっているのなら、そのきっかけは、先程のダジルとの会話。
(瑞希とミズキは別人)
そう考えていたのは、瑞希じゃなくてミズキの方だった。
(もしかして、ところどころの記憶が思い出せないのはミズキの意思……?)
ミズキは、知られたくない記憶を隠してしまったのではないだろうか。
そんな考えが沸いて出てきて、今までの考えが一気にひっくり返る。
ならば、一体ミズキはどこにいるのだろうか。
(ミズキ、いるなら教えて。貴方は今、何を考えているの?)
心の中で呟いた瞬間、視界が白く光りだす。
◇
「――ズキ、ミズキ!」
リンナの声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。
「……ぅん?」
寝転がっていたのだろう。硬い床の感触が頭にあたっている。
ゆっくり起き上がると、心配そうなリンナと目が合う。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「う、うん……」
辺りを見回すと、リンナの他に全員がいる。
キュアはヴォル達三人を縄で一纏めにしており、メグはテルに包帯を渡している。
「何があったんだっけ」
ヴォルに蹴られてから、変な夢……忘れていた昔の記憶を見ていた。そこまで思い出して、もう頭が痛くないことに気がつく。
「ヴォルとテルが戦ってたんだけど、テルが一発食らった直後に、ヴォルがミズキを蹴り上げたの。その直後にピンク女がヴォルに針を刺して、ヴォルは意識を失ったんだけど、ミズキも意識を失って……」
リンナの説明を聞いていると、キュアが近づいてくる。
「ご、ごめんなさい」
「いや、キュアのせいじゃないよ」
「ううん。もっと早く動いていればよかったの。本当にごめん」
キュアは瑞希の側でうなだれる。
「ちょっと、ミズキに気を使わせるのは止めてちょうだい。あんたが悪いわけじゃないんだから、そんな顔、ミズキに見せないで」
「ご、ごめんなさい」
リンナはキュアを睨むが、すぐに瑞希に視線を移す。
何となく口を挟めないでいると、キュアは気まずそうに俯いてから、いそいそとヴォルの方に戻る。
「もう大丈夫?」
「うん。もしかして長い間気を失ってた?」
「いいえ、五分ほど気を失っていただけよ。治癒しようかと思ったけど、呼吸は安定していたから少し様子を見ていたの」
「なるほど……。他の皆は大丈夫?」
「ええ。もう、ヴォルとその手下は気を失って拘束しているから心配しないで」
混乱する頭を一度リセットして、何をするべきか考える。
「そういえば、ヴォルに何か異常はあったの?」
「そうね、異常……というより、何か異物があったわ」
「異物?」
取り敢えず頭に浮かんだ疑問を口にすると、リンナから不思議な返答が返ってくる。
「治癒っていうのは、簡単に言うと、体内のあらゆる流れを制御することなの。早すぎるなら遅くして、遅すぎるなら早くする。その流れは人それぞれ違っていて、その流れに影響を及ぼすものが異物。治癒はその異物を無くすことでもある。
小さい異物は誰しもが持っているのだけれど、流れに影響しなければ問題はない。
でも、その中で治癒できないほどに大きかったりするものがあって、それが厄介な病気とかってことになる」
リンナは説明をすると、ミズキに水筒を渡す。
この世界では、お店で飲料を買う時、入れ物ごと買うのと、中の飲料だけ買う二種類で分かれている。
水筒のような入れ物を持参していれば、店頭で飲料を入れてもらえる。
その方が安価で楽なので、マウントの街に向かう旅の途中、全員水筒を持参していた。
「ヴォルの中に大きめの異物が何個かあったから、治癒をしたら、それが全部綺麗さっぱり消えたわ」
「つまり、ヴォルはもとに戻ったってこと?」
中身を一口飲むと、ジャスミンに似た香りが口に広がり、頭の中が整理されていく。
「それは分からない。治癒するだけでは、それが具体的にどんなものかは分からないの」
「なるほど」
戻ったかどうかは、ヴォルの意識が戻ってからのお楽しみということだ。
「それで、これからどうする? もうダジルのところへ行く?」
「そうね……もう体は大丈夫?」
「うん」
立ち上がって体を動かす。頭痛は無いし、体も痛くない。むしろすっきりとした気分だ。
試しに服を少し捲って腹を確認するが、痣も見えない。
「ちょっと皆で話をしましょう」
「そうだね」
皆に声を掛けて、五人は集合する。
「ミズキさん、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと当たりどころが悪かっただけで、問題はないよ」
心配そうなメグに微笑みを向ける。
「これからダジルの家に向かおうと思うんだけど……」
「それなら、俺がここでヴォルを見張っておきます。意識が戻ったら確認してみます」
テルは腕を包帯で巻いている。一撃を喰らったと言っていたから怪我をしたのだろう。
「そうね……テルはもう大丈夫?」
「ええ、リンナさんが治癒してくれたので、殆ど痛みはないです」
治癒で傷を治す時、余程のものでなければ、完全には治癒しないそうだ。
その理由は、完全な治癒にはかなり体力を使うというものと、能力で治癒していると自然治癒力が下がってしまうからだそうだ。
「じゃあ……」
他の二人はどうしようと見ると、リンナが「あなた達もここに残ってなさい」と言う。
「ええ~私も一緒に行きたいです」
「駄目よ」
「なんでですか?」
「ダジルと話すのにあなた達は必要ないでしょ」
それでも、メグは「そんなの今更じゃないですか」と口を尖らせる。
「その、ダジルさんは警戒心が強いので、俺も二人で行ったほうが良いと思います」
テルが発言する。
ちらりとメグを見てまた頬を染め、すぐに視線を逸らすその行動は、やはりメグを意識しているものに見える。
(メグが男だって知ったらどうなるんだろう)
怒ることは無いだろうが、テルが異性愛者なら恋情は消えてしまうかもしれない。
(ま、それで消えるならその程度のものだってことだよね)
そんな事を考えていると、リンナが小さくため息をつく。
「メグ、あなた、『マウントの街へ偵察に行く』って上司に言ったんでしょ? なら、あなたはヴォルの様子を観察する必要があるんじゃない?」
「そ、そうでした」
苦虫を噛み潰したかのような表情で、メグは身を縮ませる。
(メグがついて来ることが出来たのはそれが理由か)
よく考えたら、忙しいと言っていた職場を離れるには理由が必要だろう。
メグの表情からも、何か無理を言ったのは一目瞭然で、思わず苦笑する。
「あんたも、いいわね」
「は、はい」
キュアは大人しく頷く。
どこも怪我をしていなそうで安心していると、ピンク色の瞳と目が合う。
微笑みを向けると、困ったような笑顔が返ってくる。
「……じゃあ、私達はダジルの家に向かいましょう」
リンナの一言で話し合いが終わり、瑞希は準備を始める。




