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TS転生? いいえ、元からでした?  作者: 在間 薙
四章 記憶の欠片

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第七話

 場面が変わり、母とミズキが公園で会話をしている光景が広がる。


「ダジルくん、来ないわね」

「きっと寝坊してるんだよ」

「そうかしら」

「どうせ行くのはダジルの家なんだから、向かっちゃおう」

「そうね」

 

(そういえば、ダジルは小さい頃、かなりねぼすけだったな)


 いつも公園で待ち合わせをして、少し遊んでからダジルの家に行く。それがいつもの流れだった。

 ただ、ダジルはいつも待ち合わせより遅れて来るか、そもそも来ないことが多かった。

 リンナが来てからはそれが三人になり、公園で遊ぶ時間が増え、自然とダジルも来るようになった結果、ダジルとミズキが二人で遊ぶことは少なくなった。


 そうこうしていると、ミズキと母はダジルの家の前に到着する。

 

(でっかいな)


 ダジルの住む家は、日本家屋に東南アジアの要素を足したような外観で、かなり大きな平屋建てだ。

 住んでいるのはダジルと祖父母の三人。たまに親戚がやって来るらしく、ダジルはそれが嫌だと言っていた記憶がある。

 ミズキが玄関のノッカーを揺らすと、ビビビビと、けたたましい音が鳴る。


「出てこないわね」


 音は鳴っているが、暫く待っても玄関に誰も現れない。


「今頃、ダジルはおばあちゃんに怒られながら、急いで準備してると思うよ」

「ふふ、それじゃあちょっと待ちましょうか」

「うん」


 ミズキと母は、「それじゃあ、お話でもする?」と他愛のない話を始める。


(ダジルは早い頃から一人で何事もやらせられてたから、その面では仕方のないことなんだよね)


 五歳前後の子供が、一人で朝の用意をするのは少々難易度が高いだろう。

 せめて起こしてあげるぐらいはすればいいのに、ダジルの祖父母は厳しくて一度声をかけたらそれで終わるとか。


(思ったより、ミズキはダジルのことを知ってるな)


 少し記憶を探るだけで、次々とダジルの事が思い出せる。

 暫く待っていると、ドタバタと音が聞こえてきて、「早くしな!」とダジルの祖母の声が聞こえてくる。

 ミズキと母が顔を見合わせ苦笑していると、ガラガラと引き戸が開く音と共に玄関の扉が開かれる。


「……はよ」


 玄関から出てきたのは、今起きましたと言わんばかりのダジルと、その後ろで仁王立ちするダジルの祖母。


「悪いね、ダジルが起きなかったんだよ」

「大丈夫です。勝手に来てすみません」

「ミズキはダジルと違ってしっかりしてるねえ」


 ダジルはムスッとした顔で目線を横に向ける。


「ほらあんたも、一言ぐらい言ったらどうだい?」

「わるかった」

「……はぁ。仕方ない子だね、まったく」


 ダジルの祖母が硬い表情で大きなため息をつく。


(こうしてみると、ダジルの母がやんちゃだったのは、少なからず理由があるんだろうな)


 ダジルの祖父母は悪い人じゃないのだろうが、少し、厳しすぎる側面があるように見える。

 大仰に言うとダジルは「家庭環境に問題あり」といったところだろう。

 だからといって、放置されていたわけではない。なんというか、微妙な話だ。

 多分、ミズキもなんとなくそれを理解していたのだろう。


(だから、優しくしていたのかな)


 ミズキがダジルに優しかった理由はそれなのだろうか。


「入れよ」

「おじゃまします」


 ミズキは慣れた手つきで靴を脱ぎ、一度振り返って母を見つめる。


「お母さん、また後でね」

「ええ、エシタさん、夕方迎えに行きますので、よろしくお願いします」


 (エシタ……。そういえば、ダジルはおばあちゃんのことを名前で呼んでいたな)


 祖父のことも名前で呼んでいた。祖父は仕事の都合で家に帰るのが遅く、ミズキと殆ど接点はない。

 ただ、とても物静かな人だったことは覚えている。


 ミズキは母と別れ、ダジルとエシタの後ろを歩き続ける。

 ダジルの部屋に到着すると、エシタは「ミズキ、ダジルをよろしくね」と言い、すぐに何処かに行ってしまった。

 ミズキはダジルの部屋に入って、畳に似た材質の床に腰掛ける。

 視線もミズキの近くにある机の辺りで止まる。

 部屋は子供部屋にしてはかなり広く、物が少ないので少し寂しい雰囲気だ。


「んだよ」

「顔は洗ったの?」

「洗ってるよ」


 ミズキの質問に、ダジルは面倒くさそうに答える。

 顔を洗っていると言うが、目頭に大きな目やにが付いている。

 それに、髪の毛が爆発していて、見るからに寝起きなのが分かる。

 ミズキもその嘘に気がついたのか、怪訝な表情になる。


「目やにが付いてるし、もう一回洗ってきたら?」

「めんどくさい」

「私は別にいいけど、ダジルの肌が荒れちゃうよ」


 ミズキはダジルをじっと見つめながら、冷静に発言する。


(このころは『私』だったな)


 一人称を「僕」に変えたのはいつだっただろうか、確か、かなり早い段階……子供の頃だったのは確かだ。


「お前さ、そんなこと言って何が楽しいの?」

「何?」

「なんかお前と話してると、人形と喋ってるみたいで気味悪い」


 ダジルはミズキを睨みつける。

 子供らしくないミズキが、ダジルにとっては違和感があるのだろうか。


(でも、ダジルも大人っぽくない?)


 ミズキには瑞希の記憶があるから納得できるが、ダジルにそんなものはないはずだ。

 でも、受け答えはしっかりしているし、かなり落ち着いているように見える。


「それ、いつも言ってるけど、ダジルの知ってる人形は喋るの?」

「ふん、ちゃんと喋れるんじゃん」


(意外とミズキも言い返してる)


 ただ、「人形みたい」という言葉をダジルがいつも言っていた記憶はない。


(思い出せない)


 ミズキの記憶は殆どあるのに、所々、完全に思い出せない記憶がある。

 なにか理由でもあるのかと考えていると、ミズキがじっとダジルを見つめながら口を開く。


「顔、洗ってきて。目やにがついてて汚いのは嫌」

「なんでお前に命令されなきゃいけないんだ」

「嫌ならやらないでいいよ。でも近寄ってこないで。ベタベタして不潔だから」


 ミズキは冷たく言い放つ。部屋の空気が少し緊張したように感じる。

 喧嘩が始まってしまいそうな雰囲気だが、ダジルは「あっそ」と言って立ち上がり、部屋から出ていく。


(怒ったのかな)


 ダジルがいなくなった部屋で、ミズキは小さくため息をつく。近くにあったクッションを握りしめて、ぼうっと空を見つめ始める。


(眠そう)

 

 無表情なのでわかりにくいが、ミズキは何度か小さな欠伸をしている。

 

(ダジルはいないし、寝ちゃう?)


 別に、無理に遊ぶ必要はないのだろう。ミズキはこれからどうするのだろうかとじっと見つめる。

 それから数分後、襖が開く音とともに、ダジルが現れる。


「これで満足?」

「うん」


 てっきり怒ってどこかに行ったのだと思っていたが、あっさりと戻ってきてしまった。

 髪の毛が少し濡れていて、先程までの寝癖が多少落ち着いている。きっと寝癖をどうにかしようと鏡の前で格闘していたのだろう。

 つまり、ダジルの反応は怒っていたわけではないということ。


(わかりにくいなあ)


 ダジルはぶっきらぼうに座ってミズキを見つめる。


「で、何すんの」

「なにかしたいことでもある?」

「ない」


 ミズキの質問に即答が返ってきて、二人の間に沈黙が流れる。

 確か、二人はこのあといつも……。


「じゃあ訓練でもするか」

「……わかった」


 ミズキは少し不満そうな顔で頷く。


(嫌そうだな)


 この後は、訓練という名のチャンバラごっこで遊ぶのがいつもの流れだ。

 てっきりミズキも楽しんでいると思っていたが、その表情は少し戸惑いが見える。


「ふん、行くぞ」


 ダジルは立ち上がってミズキの近くまで行き、その手を取る。

 ミズキはそれに抵抗せず、手を握られたまま黙ってその後を歩き始める。


 二人が向かったのは、大きな庭。でも、綺麗な花々が咲いているわけでもなく、運動場のような雰囲気だ。

 ダジルは「待ってろ」と言うと手を離し、ミズキの傍から離れる。

 ミズキの表情は相変わらず少し不満げだ。

 すぐに戻ってきたダジルは、おもちゃの剣をミズキに手渡して、じっとミズキを見つめる。


「お前が言ったんだ。剣がうまくなりたいなら剣を打てばいいって、力になるとも言った」


 ダジルはそう言うと、ミズキから離れて剣を構える。


(そんなこと言ったっけ)


 記憶を探っていると思い当たるものがある。

 ――強くなりたいなら、今から訓練すればいいじゃん。ほら、おもちゃの剣で練習したら? 私も出来る限りは力になるよ。

 話の前後をいまいち覚えていないが、ミズキがダジルにそんな事を言った記憶がある。


(こじらせてるな)


 つまり、ダジルは「お前は俺を見捨てるのか?」と言いたいのだろう。

 客観的に考えるとダジルはかなり愛情不足な状態だ。そして、ダジルにとってミズキは唯一年齢が近い友人。

 もしかしたら、ダジルはミズキにある種、依存していたのかもしれない。


「あんまり、強くしないでね」

「分かってる」


 ミズキは困ったように微笑むと、剣を構えてダジルに向き合う。

 ダジルはそんなミズキを見ると満足そうに「ふん」と笑い、離れたところに立つ。


「はあっ!」


 掛け声とともに、ダジルが剣を振りかざす。

 ミズキはそれを受け止め、力を横に流す。


(まあ、子どものじゃれあいだよね)


 二人が持っているのは木剣のような剣で、当たる音は、コン、と軽い。

 剣の振り方もデタラメで、チャンバラごっこにしか見えない。

 それでも、二人は真剣な様子で剣を打ち合っている。


(でも、楽しそうだけどね)


 小さい頃の瑞希は、兄と一緒にチャンバラごっこをしていた。

 新聞紙や広告の紙を丸めて筒状にして、音を立てないようにベッドの上でそれを打ち合う。

 意外と楽しかった記憶があるが、ミズキの表情に楽しさは見えない。何の感情も見えなくて、ダジルの言う通り、少し人形みたいだ。

 しばらく二人が剣を打ち合っていると、カン、と軽やかな音と共に、ミズキの剣が落ちる。


「俺の勝ちだ」


 息を切らしたダジルが、剣をミズキに向けて高らかに宣言する。


「そうだね」


 ミズキは表情を崩すことなく、敗北を受け入れている。

 ダジルはそんなミズキを見て、ぐしゃりと顔を歪める。

 そして、剣を放り出してミズキに近づいて、その胸ぐらをつかむ。


(え、怒ったの?)


 ダジルの表情は怒りに歪んでいるが、その理由が全くわからない。

 今日のミズキの行動は、ダジルにとっては気に食わなかったかもしれない。でも、そこまで怒らせるようなものだったろうか。


 それとも、今日以前に何か喧嘩したのがまだ残っているのだろうか。

 困惑していると、ダジルはミズキを睨みつけたまま口を開く。

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