第五話
静かな部屋に、ヴォルのため息が響く。
「何が言いたいのか俺にはさっぱり分からない。協力者? 女? 俺が何をして、その女とやらが何をしたっていうんだ?」
「協力者っていうのは少し違うかもしれないわね。知らないとは思ってないけど、今冒険者パーティー内であなたがやったみたいな追放をする人が増えているのよ」
「へえ」
「そして、その多くの人がこう言っていたの『若い女と何かを話した後、自分の衝動が抑えられなくなった』ってね」
リンナの発言は出任せだ。だが、ヴォルは「若い女……」と呟き、眉を顰める。何か心当たりでもあるのだろうか。
しばらくヴォルは沈黙して、考えるような表情を見せる。
「へ、変な言いがかりはやめろ!」
二人の男の一人が、また口を挟む。
すると、ヴォルが苛立ったように机を叩いて後ろを睨みつける。
「黙ってろ!」
「で、でも……」
「口答えするつもりか? 『無能な役立たずは黙ってろ』と俺に何度言わせれば気が済むんだ!」
男は、渋々といった表情で、気まずそうに口をつぐむ。
ヴォルはその反応に「チッ」と大きな舌打ちを響かせた後、リンナを睨みつける。
「俺が女の手を借りなきゃ何も出来ない腰抜けだとでも言いたいのか?」
動揺しているのだろう。ヴォルの声は震えていて、その表情からは怒りが伝わってくる。
「何だその目は、クソ……」
ヴォルは頭を掻きながら、ブツブツと何かを呟く。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……」
その様子は明らかにおかしく、後ろの手下達も少し困惑しているように見える。
ふと、テルの方へ視線を向けると、同じく困惑げな瞳と目が合う。
「女なんかいなくたって、俺は……。落ちこぼれは俺に逆らっちゃいけないんだ」
小さな声で、しかしはっきりと耳に入ったヴォルの言葉に、瑞希は眉を顰める。
ヴォルは最初からミズキのことを「落ちこぼれ」と言って嫌っていた。
しかし、たったそれだけでミズキを排除しようと思うだろうか。
ヴォルは大きなため息をついて、薄気味悪い笑みを浮かべる。
邪悪で、醜悪に薄く微笑むその姿は、ミズキを殴る前に見せた顔とそっくりだ。
「元副リーダーサマ、パーティーに戻りたいって言うなら許可してやってもいいぞ」
「結構よ。もう戻るつもりなんてないわ」
「それならさっさとここから去れ、ああ、その落ちこぼれは置いていけ」
「……落ちこぼれ、ね。ミズキのことを言っているんでしょうけど、ミズキの方があなたの後ろにいる引っ付き虫より、遥かに優秀なのにね」
「は、こいつらが優秀だなんていつ言った? こいつらはくその役にも立ったことなんてない無能ばっかりだ」
「……そう」
後ろの二人は、ヴォルの発言に気まずそうに俯く。
嫌なら反論すればいいのに、結局はヴォルの言う通りなのだろう。
「それで、あなたはミズキに何か用でもあるの?」
「……嘘をついて俺に恥をかかせようとしたんだ。その理由を知る権利ぐらいあるだろ」
そう語るヴォルの顔は、怒りで歪んでいる。
「あなたと二人にするなんて出来ないわ」
「俺が変なことをするとでも思ってるのか!」
ドン、とヴォルは机を叩く。
流石に様子がおかしい、先程まで会話が成立していたのに、どんどん感情が高ぶっている。
袖を引かれる感覚に横を向くと、心配そうな表情のメグと目が合う。
「俺の言うことを聞くのか、聞かないのか、どっちだ?」
「聞くわけないじゃない」
すると、ヴォルは立ち上がり、手下二人に「おい! こいつらをここから連れ出せ!」と声を荒げる。
「は、はい!」
男達は戸惑いつつ、すぐにヴォルの前に出る。
「おい! そこの落ちこぼれ以外はすぐにこの部屋から出ていけ!」
二人は武器を取り、戦闘態勢に入る。
ヴォルの手下という事は、戦闘系の能力を持っている可能性が高いのだろう。
「言葉が出なくなったら実力行使ですか? 卑怯者らしいですね!」
メグが前に出て叫び、キュアも無言で瑞希の前に出る。
「おい! 早くしろ!」
ヴォルが叫び、手下達がにじり寄ってくる。
リンナも剣を握って睨みつける。
「戦うってなら受けて立つわ。ミズキが受けた暴力を倍にして返してやるんだから」
「リンナさんの言う通りです! お前らの腐りきった性根ごと断ち切ってやる!」
そんな二人を見て、ヴォルは息を吐き捨てる。
「よくそんな嘘つきな落ちこぼれの言うことを信じられるな。悪人なのはどっちか」
「あなたみたいな貧相な心の持ち主には分からないと思いますけど、人を信頼するって、そんな単純な話じゃないんですよ」
メグは舌を出してヴォルに反論する。
「どっちにしろ、暴力は先に振るった方の負けなのよ。ミズキを殴ったのなら、堂々とそう言えばいいじゃない。あなたが言う通り、証拠なんてないんだから。でもあなたは隠すことを選ぶ。あなたは正真正銘の悪人よ」
リンナはミズキの前に立ってヴォルと向き合う。
「ヴォル、もう一度、これが最後よ。あなたは自分の意志で今の行動をしているの?」
「……俺は、誰かに命じられるような無能じゃねえ!」
ヴォルは身を乗り出してリンナに向かう。
瑞希も棍棒を握りしめるが、ヴォルが足を蹴り上げる方が速く、脚がリンナの前に振り下ろされる。
「何の真似だ」
「あなたの相手は俺です」
しかし、ヴォルの脚を受け止めたのはリンナの剣ではなく、テルの腕。
腕と脚がぶつかる鈍い音は、肉体同士がぶつかったとは思えないほど硬い。
「無能な豚が!」
「副リーダー! ヴォルは俺に任せてください!」
テルの能力は「腕力」、ヴォルの「脚力」とは真逆だ。
テルはふくよかな体型だが、身長がかなり大きく、ヴォルの脚技を難なく受け止めている。
リンナは頷いて残りの二人に向き合う。
「あんた達はどうするのかしら、ヴォルと一緒に不必要な暴力を振るうことを選ぶの?」
「ぼ、暴力じゃない! お、お前らの自業自得だ!」
二人の様子は少しおかしいが、ヴォルのような異様さを感じない。
恐らく、ただ、ヴォルに付き従っているだけなのだろう。
二人は剣を握り締めてリンナの前に立つ。
(二人の能力はなんだろう)
リンナは臆する様子を見せていない。メンバーについて詳しい彼女がそこまで堂々とするのなら、危険な相手ではないのだろうか。
「なら、かかってきなさい」
リンナの発言に、二人はその剣を振りかざす。
正直、動きはかなりお粗末なものだ。
瑞希は棍棒を握りしめるが、相手が二人、こちらが四人。リンナとメグがそれぞれの男の剣を受け止める。
「思ったより、軽い剣ですね」
「ちっ!」
メグは斧で剣を受け止め、リンナは剣で受け止める。
メグの方は余裕そうだが、リンナの方は少し押され気味だ。
戦いを補助しなければと考えるが、瑞希はどうしていいか分からず、その場に立ち尽くす。
(これで、殴りつければ……)
そこまで考えて、瑞希はミズキの記憶に、誰かを殴りつけた記憶がないことに気がつく。
(怖い……)
ミズキが冒険者になるのを渋っていた理由は確か……。
(ミズキには殺傷が出来ない。生きているものを殺すなんて耐えられない。それが例え魔物や害獣であったとしても……)
そう言って、ミズキはダジルに断りの返事をした。
でも、ダジルは「戦わなくていい。冒険者パーティーには役割がある。俺が戦い、リンナが守る。そしてお前は――」
――頭脳。お前は計算とか得意だろ? それに、大人達と上手く話せるし。俺とリンナはその……まあ、そういうことだから!
ミズキはダジルにそう言われて、渋々パーティーに参加することを決めた。
(あれ?)
何か、違和感がある。
それと同時に頭に鋭い痛みが走る。
(ミズキはどうしてパーティーに加入した?)
友達だから? 頼まれて断れなかったから? 推測はできるが、ミズキが当時何を思っていたのか、分からない。
(そうだ、最初からずっとそうだった)
瑞希が死んで、ミズキの体になってからずっと、ミズキの記憶は思い出せても、その時の正確な感情が分からない。
記憶なんて大抵そんなものだろう、小さい頃の記憶はあっても、その行動をした理由全てを覚えているなんてありえない。そう思っていた。
でも、ミズキにとって、冒険者パーティーに加入した記憶は一大事のはずだ。
だが、記憶は思い出せるのに、その時ミズキが何を思っていたのかだけがすっぽりと抜け落ちている。
(ない……)
今までどうして気が付かなかったのだろう。
(この体に、ミズキはいない……?)
他のことについても、その時、ミズキが何を思っていたのかが全く思い出せない。
リンナはミズキにご飯を作ることがあった。しかもかなりの高頻度でだ。なのに、どうしてミズキはリンナと好物の話さえしなかったのだろう。
(違う……)
魚が好きなのは瑞希であって、ミズキはその地域の都合や、文化の影響で魚を食べたことが殆ど無かった。だから知らなかった。
(味が分からないものを美味しいと言われても、理解できない)
じゃあ、両親やリンナが作るご飯はどんな味だっただろうか。
(分からない)
スパイスの匂いがして、硬い肉だった事は分かるのに、どんな匂いがして、どんな味がしたのか分からない。
不思議な話だ。大事な部分なのに、どうして今まで見落としていたのだろう。
(じゃあ、『ミズキ』の心はどこにあるの?)
内側にあると思いこんで、一部だと思っていた。でも、考えれば考えるほど、瑞希とミズキは乖離しているような気がする。
頭に電流が流れたように、ピリピリと痛みが走る。
「ミズキさん!」
メグの叫び声に、急いで意識を現実に戻す。
しかし、視線を向けた瞬間、ヴォルの足が眼前にあり、避けることが出来ない。
腹を蹴られて、肺と胃が圧迫される。強制的に胃の内容物が喉に上がって、口から「おごっ」という嗚咽とともに吐き出される。
痛くて苦しい。でも、それ以上に頭が痛む。
目眩がして、視界が白んでいき、足がもつれる。
「ミズキ!」
キュアの叫び声を聞きながら、瑞希は意識を手放した。




