第四話
二階に降りて、リーダー室のある奥の方まで向かう。
進むにつれて鼓動が速くなっていくのを感じるが、足が止まってしまうことはない。
(大丈夫。大丈夫)
深呼吸をすると、鼓動もゆっくりと落ち着いていく。
もうリーダー室まではすぐといったところで、「うるせえ!」とヴォルの叫び声が聞こえてきて、思わず足がすくむ。
「ミズキ、大丈夫?」
「うん。行こう」
リンナは兜を被ったまま、心配そうな顔を向けてくる。
その、頭だけ頑丈になった姿が少しおかしくて、少し恐怖心が薄れる。
(同じ物を被ってるんだよね)
リンナの兜はかなり頑丈そうで、頂点にはトゲのような装飾がある。これで突進されたら大怪我を負ってしまうだろう。
「これから部屋に入るけど、あなた達は少し黙っていなさい。ミズキもよ」
「わかった」
全てをリンナ任せにするのも悪いが、この中で対話に適しているのはリンナしかいない。
それに、ヴォルが何らかの異常な状態になっているのであれば、下手に刺激しない方が良い。
「……ピンク女、何かあったらその針を使ってヴォル達をどうにかしなさい」
「は、はい!」
キュアは小さく頷く。
「メグは余計な口を挟まないこと、良いわね」
「分かってますよ」
メグはニヤリと笑みを浮かべる。
リンナはちらりと瑞希を見る。その表情からは心配が見え、安心させるように微笑み返すと、微妙な表情で目を逸らされる。
「じゃあ行くわよ」
リンナはそう宣言し、そのドアを勢いよく開けた。
◇
ドアを開いて見えたのは、座ったまま紙束をテルに向けてばらまくヴォルと、それを嘲笑うように見ている二人の男。
二人の男には見覚えがなく、ヴォルの手下……ボスに付き従う小物のような雰囲気だ。
かといって、ヴォルに付いているということは、それなりに戦える能力を持っているのかもしれない。
「なんだ?」
ヴォルはドアの方に視線を向けると、リンナ達を見て、はっ、と息を吐き捨てる。
「誰かと思ったら『元副リーダー』サマじゃねえか」
「久しぶりね」
「……何しに来たんだ」
ヴォルはじっとリンナを睨みつけるが、後ろの男に耳打ちされて瑞希達に視線を向ける。
「あ?」
ヴォルと目が合い、瑞希は思わず息を呑む。
しかし、ここで目を逸らしたら、ここにいる意味が無くなってしまう。
震える体に力を入れて、瑞希はヴォルを睨みつける。
すると、ヴォルは抑えられないと言ったように腹を抱えて笑い出す。
「落ちこぼれもいるじゃねえか。今更何の用だ? まさかとは思うが、パーティーに復帰したいとか言わねえよな」
「そんな事言うわけないじゃない。今日は確認しに来ただけよ」
「確認? 手続きのことならそこの豚にでも聞いてろ」
ヴォルはテルを指差し、ふん、と鼻を鳴らす。
テルは険しい顔でヴォルを睨みつける。
ダジルも同じ事を言っていた筈なのに、ヴォルの言い方はダジルが言うよりも、かなり不愉快に感じる。
「何だ、俺に言いたいことでもあるのか?」
テルはそんな事を言われても、ヴォルのことをじっと睨んだまま反論しない。
「喋ることも出来ねえ無能が」
ヴォルがそう吐き捨てると、後ろにいる二人の男もクスクスとテルを見て笑い始める。
いつの間にか袖を握られていた方に目を向けると、メグがじっとヴォルの後ろを睨みつけていた。
リンナはそんな状況でも声を荒げることなく、ヴォルの前に立ち、「貴方に確認があるわ」と冷静に言葉を紡ぐ。
ただ、その声色は固く、表情は見えないが、怒りに満ちていることは容易に想像できる。
「見て分かる通り、俺は今忙しいんだ。用事ならさっさと終わらせろ」
「単刀直入に聞くわ。あなたの協力者は誰?」
「なんのことだ」
「しらばっくれないで、あなたがパーティーをめちゃくちゃにする前、女と会っていたのは知っているのよ」
すると、ヴォルはため息をついて、リンナを睨みつける。
「変な言いがかりは止めろ。俺が何をしたって言いたいんだ? パーティーをめちゃくちゃにする? めちゃくちゃにしたのはお前とダジルだろ。くだらない喧嘩に巻き込まれて皆、迷惑してるんだ」
リンナはすぐに反論せず、その手を握りしめている。
「……つまり、あなたは何もしていないし、迷惑をかけられた側だって言っているのね」
「その通りだ。間違ってるか?」
リンナはその言葉に深い溜息をつくが、その息は震えている。
「なら、あなたはどうしてミズキを追い出せって言われた時、ミズキを殴ったの? ダジルはミズキを殴りつけろなんて言っていなかったそうじゃない」
ダジルがそんな事を言っていたのは初耳だが、納得はできる。ミズキに暴力を加えていたのはヴォルだけだった。
すると、ヴォルは瑞希の方をみて笑い出す。
「暴力? 何のことだ? 見ろよ、そこの落ちこぼれに怪我があるように見えるってのか?」
ミズキの能力を知らない素振りを見せるヴォル。
きっとこちらを馬鹿にしているのだろう。
「ミズキの能力を知らないって言いたいのかしら」
「落ちこぼれくんの能力か……おい、お前、なんだったか知ってるか?」
ヴォルはちらりと後ろを向いて、片方の男に尋ねる。
「え、ええ、確か『超再生』とかいうものです。記憶が正しければ、他人の治癒などは出来ず、自分の治癒速度が上がるだけのものだとか」
「へえ、それなら、もし俺が殴っていたとしても、もう傷一つない可能性はあるな」
わざとらしく行われるヴォルとその手下の会話に、瑞希は眉をひそめる。
「じゃあ、元副リーダーサマは、そいつがなんで殴られたって分かるんだ?」
リンナはヴォルの問いに沈黙する。
ここでミズキの証言だけを証拠に問い詰めるのは少し不利だ。
しかし、もし、ダジルに命令されてやったのなら、そう言えばいいだけの話。ダジルに命令されてやったことではないのだろう。
つまり、ヴォルはミズキを殴りつけたのが、自らの意思だったということだ。
「もしかして、その落ちこぼれの言い分だけを証拠に言ってるのか?」
ヴォルは続けて「流石に、そんな言いがかりをつけられたらたまったもんじゃない」と肩を竦める。
「落ちこぼれで嘘つき。最悪な人間だな」
ヴォルの後ろにいる男がそんな事を呟く。
「黙りなさい。余計な口を挟まれるのは不愉快よ」
リンナの言葉に、その男は「事実じゃないか!」と声を荒げる。
「あなた、部下の躾もできないのね、私だったら副リーダーの会話中に口を挟んで、ましてや大声で叫ぶ部下なんて到底看過できないわ」
「……まだ躾の途中なんだよ」
ヴォルは低い声で返事をして、「恥をかかせるな!」と二人に向かって叫ぶ。
二人の男はヴォルの言葉に渋々口を閉ざす。
(あれ?)
なんとなく、今の話の流れなら、ヴォルはリンナに反論しそうなものだが、ヴォルは手下に叫ぶことを選んだ。
ヴォルの対応は思ったよりは冷静。ただ、どことなく不安定な印象を感じる。
「もう一つ、聞きたいことがあるわ」
「何だ? その落ちこぼれのことはもういいのか?」
「……先に他のことを聞いてからにするわ。『銀の覇者が能力差別主義者の集まりだ』って、リバーの街まで噂が広まっているんだけど、あなたは一体このパーティーをどうするつもりなの?」
「とんだ噂だな。俺が差別主義者だとでも言いたいのか?」
頭を掻きながら、ヴォルはリンナから視線をそらして呟く。
「それとも、俺のやり方に苛立って、わざわざ戻って嫌味でも言いに来たのか?」
「最初に言ったでしょ。確認しに来たのよ。それとも、自分のやり方が間違ってるかもしれないって思っているの?」
ヴォルは頭を掻く手を止めて、リンナを睨みつける。
「やかましい女だ。パーティーを抜けたにもかかわらず来たと思ったら、落ちこぼれを連れて見学か? 呑気なもんだ。こっちは毎日忙しくてたまらないっていうのに」
「忙しい、ね……。テルに聞いたけど、依頼はずっと少なくなっているそうね。パーティーメンバーだってどんどん脱退しているらしいし。何が忙しいの? 脱退の手続き? そんなの書類を書いて提出するだけじゃない」
リンナは冷静に、かつ、しっかりと発言する。
「お前に何が分かるっていうんだ」
「私は元副リーダーよ。副リーダーのやることぐらい分かっているし、リーダーのやっていることももちろん理解しているわ。だからさっぱりなのよね、あなたが忙しいって言う理由が」
リンナはしゃがんで、落ちている紙の一つを手にする。
「依頼の経費報告書ね。こんなの書くのに三十分だってかからないわ」
「部下がやってなかったんだよ」
「この書類を書くのはリーダーか副リーダーの仕事よ。部下に命じるなんて聞いたことがないわ」
ヴォルの表情がどんどん険しくなっていく。それと同時に、妙な違和感も大きくなっていく。
(やっぱり、ヴォルの様子はちょっと変だ)
言葉に表すのは難しいが、何となく、ヴォルの様子が変に感じる。
「……おかしいとは思っていたが、豚がお前に情報を流してたのか」
「気になったんだけど、その『豚』と『落ちこぼれ』ていうのは何? ダジルの真似? 他人の嫌な部分を真似するなんて、あなた、変わってるわね」
グシャリと、ヴォルが机に置いてある紙を握りしめる。
リンナはそれでも「あら、真似じゃなかったの? 人の事をそんな風に言う無神経な人、ダジル以外に知らなかったから分からなかったわ」と続ける。
(挑発してる?)
リンナの言葉は、その節々に攻撃性を感じる。しかも、わざとそうしているように見える。
リンナは口喧嘩が強い。いつも、ダジルと喧嘩した時は、最後にダジルが「俺が悪かった! これでいいだろ!」と負け惜しみのように叫んでいた。
ただ、今、ヴォルを刺激する必要はあるのだろうか。いくら防御しているからと言っても、少し危険だ。
「言いたいことはそれだけか?」
そう低い声で告げるヴォルの瞳は、昏く濁っている。
(目が変?)
何となく、ヴォルの瞳から光が消えていっている気がする。
錯覚かもしれないが、少しその表情から人間らしさが感じられない。
しかし、それが分かったところで何かが変わるわけでもない。
リンナとヴォルの間には一触即発な空気が流れている。
もしかしたら、ヴォルの感情を爆発させて、真実を語らせようとしているのだろうか。
「最後にもう一度聞くわ、あなたの協力者――シルヴァという女について知っていることがあったら全て教えて頂戴」




