第三話
四人はカフェから出て、銀の覇者の事務所へ歩いて向かう。
事務所はギルドから徒歩五分もかからない場所にあって、かなり年季の入った建物だ。
だが、特に不便を感じた記憶はない。
(そういえば、建物を選ぶ時、ダジルが言ってたな)
――ミズキはババルルにも乗れない臆病者だから、ギルドに近いほうが良いだろ。
マウントの街に入ってから、紐を解くようにミズキの記憶が自然と思い出されていく。
てっきり、ミズキの記憶は全て頭の中にあると思っていたが、意外と眠っている記憶も多い。
もしかすると、今は相対的に瑞希の記憶のほうがミズキの記憶より多いから、自分を瑞希だと思っているだけなのかもしれない。
ミズキの記憶を思い出せば思い出すほど、瑞希とミズキが離れていくようだ。
一度は混ざった記憶が分裂していくようで、少し頭が不快感に襲われる。
「大丈夫?」
小声でキュアが話しかけてくるので、瑞希は小さく微笑む。
「大丈夫だよ」
二つの記憶は別じゃない、どっちも自分の一部だ。
キュアとの会話を思い出して、どうにか頭を落ち着かせる。
奥まった道を進み続けると、小さなビルに似た建物が見えてくる。
玄関に到着してから、四人は一度停止する。
「ミズキ、本当にヴォルなんかに会っていいの?」
「うん。僕だって文句の一つぐらい言う権利はあるでしょ?」
「それは、そうだけど……」
リンナは歯切れの悪い返事をする。
恐らく、ヴォルとミズキが会うことに反対なのだろう。
自分が言うことではないが、好きな人に無理をして欲しくない気持ちはなんとなく理解できる。
「怖いけど、僕だって一応……冒険者? なんだし、多少の根性はあるほうだよ」
そう、ミズキも一応、冒険者だ。魔物討伐に参加(雑用だけど)したこともあるし、いくつかの依頼をこなしたことだってある。
能力のことで馬鹿にされたことは何度もあった。でも、ミズキはそれで落ち込んでいなかったし、少しばかりの護身術なら学んだことだってある。
(ダジルが鍛えろってうるさかったから)
冒険者になるなら筋肉が必要だ、とダジルに引っ張られて、走り込みやトレーニングを一緒にやったことがある。
結局、殆ど目立った筋肉はつかなかったが、その時の経験は無駄になっていない。
瑞希だって、性格は図太い方だ。ヴォルに対する感情は恐怖だけではない。
「もう、変なところで頑固なんだから」
「僕はいつも頑固だよ」
「ダジルに比べたらマシよ」
「ダジルと比べられたら、誰でもマシになりそうだけど」
懐かしい記憶がぽんぽんと頭に浮かんで、リンナと微笑み合う。
「これから悪い人と対峙するんですから、ちゃんと緊張感出してください!」
メグはそんな二人の肩に手を乗せ、間から顔を覗かせる。
リンナは「分かってるわよ!」とその手を振り払い、いつも通りの少しムスッとした表情を見せる。
ふとキュアの方を見ると、「私が絶対守るからね!」と小声で囁かれる。
(大丈夫だ)
皆、傍にいるのは優しくて頼りになる友達だ。
それに、危なそうだったらどうにでもなる。これから死の危機に遭遇するわけでもないし、危険そうなら一度逃げて警備隊に通報することも出来る。
「よし、じゃあ行こうか」
少し緊張がほぐれたところで、一行は建物の中へと足を踏み入れる。
◇
事務所の中は、ミズキの記憶とほとんど変わりがない。
飾りは少なく、質素な雰囲気。ただ少し、掃除がされていないように感じる。
「結構広いんですね」
「まあ、使ってない部屋ばっかりなんだけどね」
事務所は三階建てだが、三階は物置部屋になっていて、使っているのは一階と二階だ。
そして、その一階と二階も、全部を使っているわけではなく、使わない部屋は他の冒険者パーティーに貸し出すこともあった。
ミズキが追放を宣告されたのは、主に会議に使用する大きな部屋だ。
「人がいないね」
テルがどうにかしてくれたのは理解しているが、こんな人のいない状態を見るのは久しぶりだ。
「ヴォルは二階のリーダー室にいるらしいわ」
「リーダー室ね……」
「リーダーごっこでもしてるのよ」
リンナは不愉快さを隠そうともしない表情で歩き続け、階段に到着する。
しかし、リンナは二階を通り過ぎて三階に上がってしまう。
「念のため、武器を持っておきましょう。邪魔な荷物も置いておく必要があるし」
疑問をぶつける前にリンナはそう言い、武器庫の前まで向かう。
中に入ると、所狭しに置かれたいろんな武器が目に入る。
「ミズキはこれね」
どれにするか悩んでいると、リンナに棍棒を渡される。
見た目よりも重く、少し驚いていると、続いて頭に何かを被せられる。
冷たい感触と独特な臭いがして、思わず首を傾げると、ガシャと金属音がする。
(兜みたいなやつかな)
先ほどちらりと見えた防具に、西洋の兜に似たものがあったはずだ。
「もし攻撃されたら、頭突きをしながらその棍棒を振り回しなさい」
「あはは……」
それは果たして効果があるのかと思うが、その光景を想像すると、相手は驚いて手を緩めるかもしれない。
他の皆は何を持っているのだろうかと視線を動かすと、メグが小さい斧を持って「これで悪いやつを切り落としてやる!」と楽しそうに笑っている。やんちゃな「メグ坊」と言っていたビルの言葉を思い出す光景だ。
「遊びじゃないのよ! 嫌そうな顔しないで!」
「はい」
視線を戻すと、真剣な表情のリンナと目が合う。
リンナは瑞希の全身を眺めた後、満足そうに頷いて自らの武器選びに進む。
もう一度周りを見ると、キュアも武器を吟味して、鋭い短剣を懐に忍ばせている。
(やっぱり兜だ)
隅にあった古びた鏡を見ると、兜をかぶって棍棒を握りしめているミズキの姿が目に入る。
その見た目は少し、いや、かなり滑稽だ。
全員が武器を選び終えると、リンナは満足げに他三人を眺める。
「これで何かあっても大丈夫ね」
リンナは瑞希と同じ兜を被り、剣を腰に携え、メグは胸当てと肘当てを付けて斧を握っている。
キュアは防具を付けてはいないが、その代わりに髪を一つにまとめて、短剣を腕に携えている。
多分、傍から見たらかなりおかしい格好の四人組だ。だが、防御面ではかなりいい感じだろう。
「いい? あなた達、もし攻撃されたら遠慮なくやり返すのよ。全力で反撃しなさい」
「はい!」
メグとリンナは揃って返事をする。
「じゃあ行くわよ」
リンナの後に続いて、三人は武器庫から退出する。




