第七話
「……そうかもしれないわ」
リンナは静かに呟く。
「そうだとしたら少し厄介だね」
精神に異常をきたす、もしそうなったとしても、見た目ではなかなか分からない。
温厚な人が急に暴力を振るったら皆、不審がるだろうが、暴力的な人が暴力を振るっても不思議じゃないだろう。
リンナはため息をつく。
「なんか、ギルドの雰囲気が本当に悪くなってるのを肌で感じた」
「そんなに?」
「ええ、なんか自分の能力を高らかに宣言して、他の能力を馬鹿にする人とか、単純に性格の悪い人が多くなってた」
「なんというか、嫌な変化だね」
「ミズキの言ってる通り、ちょっと病的にも見えたわ。治癒は出来なかったけど」
「それ、誰かに伝えた?」
「いいえ」
もしそうなら、治すだけでこの事態が収束するかもしれない。
「ギルドも大変そうだったし、少しピリピリしてた」
「だろうね」
リンナの言葉からも、容易にその雰囲気が想像できる。
「……もし、ダジルが自分の意志でミズキを追い出したんじゃなかったら、ミズキはどうするの?」
「どうするって……」
リンナは真剣な表情で見つめてくる。
「……どっちにしろ、僕はもう『銀の覇者』には戻らないよ」
それは最初から決めていたことだ。だって、戻ったところで結局やるのは雑用だけだ。皆だってミズキに気を使っていたんだろうし、ミズキだって気を使っていた。
一度、心機一転して距離を置くのがいい気もする。幸い、リンナと連絡が取れないというわけでもない。
「じゃあ、この街に引っ越すの?」
リンナの鋭い声が響く。
「……今はそのつもりだよ」
いろいろ考えて、結局その結論になった。
人は多いが、割とさっぱりしていて、あんまり他人に興味のない人が多い印象。観光地ということもあって、いろんな物が幅広く手に入る。マウントの街と比べると物価は高めだが、商品を選ばなければそこまで気にならない。
そんなところが気に入ってしまった。ご飯もそうだが、街の雰囲気もかなり好きだ。
「ねえ、伝えたいことがあるの」
「何?」
リンナの顔は真剣なままだ。何か重要なことでもあるのだろうか。
「……好き」
突然の告白に、二人の間に微妙な空気が流れる。
「……突然だね」
そんな事を言う雰囲気だっただろうかと視線を向けると、真っ赤な顔のリンナと目が合う。
「どうせ、知ってたんでしょ」
リンナはじっとミズキを見つめる。
「……知ったのはつい最近だよ」
「メグに教えてもらったんでしょ」
「聞いてたの?」
「ちょっとだけ」
多分その後のことは知らないのだろう。あれを見られていたら、少し違う反応が返ってきそうだ。
「ミズキが私のことを好きじゃないのは知ってる」
「……そうだね。リンナの気持ちには応えられない」
少し悩んだが、はっきり言ったほうが良いだろうと、正直な気持ちを告げる。
すると、リンナはその瞳に少し涙をにじませて瑞希を睨んだ。
「……メグのことが好きなの?」
「それはないよ」
「じゃあ、あのピンク女?」
「それは……」
違うと言うべきなのだろうが、なぜかその言葉が喉に張り付いて口に出すことが出来ない。
メグは恋愛対象じゃない。可愛いが、自分より年下の可愛い妹のようだ。
じゃあキュアは? それを考え始めると、なぜか頭がうまく働かない。
「……わからないよ。でも今は誰も好きにはなれないし、そういうのに時間を費やすつもりもない」
今、恋愛のことを考えられるような状態ではない。取り敢えず一連の出来事をどうにかしてからじゃないと、考えられる話でもない。
そもそも、急にそんな事を言われても困ってしまう。恋愛だなんて、ミズキだって経験がないことだ。
「じゃあ、私のことは嫌い?」
「嫌いじゃないよ、嫌いだったらとっくに友達やめてるでしょ」
「……ふーん」
リンナはぶっきらぼうに返事をする。
「諦めなくてもいい?」
「え?」
「だから、私がミズキ好きなこと、諦めなくてもいいかって聞いてんの!」
リンナは持っているクッションに顔を埋めながら叫ぶ。
「それは、別に、いいけど……」
その感情を瑞希に否定することは出来ない。
するとリンナは少しクッションから顔を覗かせる。
「お人好し、鈍感、バカ」
褒めているのか貶しているのか分からない言葉を呟いて、リンナはため息をつく。
「私も、終わったらリバーの街に引っ越す」
「え……」
「ミズキがいいって言ったんじゃん!」
「それは、そうだけどさ」
リンナの行動を制限することは出来ない。だけどそれは少し戸惑ってしまう。
それに、ダジルはリンナのことを昔から好きだ。きっとそれを伝えたらダジルは悲しむだろう。
勝手な考えだが、ダジルにはリンナが必要だと思う。それは恋愛関係というより、相性の面でもそうだ。ダジル一人ではパーティーリーダーとしてやっていけるとは思えない。
「ダジルのことはいいの?」
「はあ? なんであんなクソ野郎の名前がここで出てくるのよ! 不快だからその名前は二度と出さないで!」
「……ごめん」
まあ、それは瑞希の勝手な考えだ。リンナにダジルの好意は全く伝わっていないのだろう。
そろそろダジルにも独り立ちの時が来たのかもしれない。
「バイトってあと何日だっけ」
「一応、あと三日だけど、もしかしたら早く終わるかも」
「じゃあ、明日は私も行く。三日後にマウントの街に向かいましょ」
「急ぐね」
「だって、早く終わらせたほうがいいわ。治せるなら早くダジルの頭を治して反省してもらう必要があるし、冒険者が多いマウントの街がどんな状態かなんて容易に想像できるもの」
リバーの街のギルドでこの状態なら、マウントの街はもっと混乱しているだろう。
「社会がどうだとか、私にはよくわからないけど、身の回りにいるふざけた奴らの頭を叩くぐらいはやってやるわ」
リンナはフン、と鼻を鳴らす。
「そうだね、僕達に出来ることをやっていこう」
結局、何を考えたって一人一人に出来ることは限られている。
瑞希もあれこれ考えるのは得意じゃない。リンナの言う通り、まずは目の前のことを一つずつ処理していこう。
◇
五日目のバイトはリンナがいたおかげか、かなり早めに終わった。
宿に帰った二人、そしてちょうど鉢合わせたメグの三人は、のんびりとディナの作ったご飯を食べる。
「お疲れみたいだね、メグ」
四人がけの席、瑞希の前に座るメグは、目の下に真っ黒な隈を付けていた。
「はい、もう疲れが溜まりに溜まって爆発してしまいそうです」
「何かあったの?」
質問をしてから、リンナの言っていたことを思い出す。そういえばここは冒険者ギルドが独立していないから、メグもその対応に忙しいのだろう。
「冒険者パーティーが暴れに暴れ、日々ギルド内で暴動を起こすので、もうギルドは混乱状態です」
想像していたよりも酷い返答に、瑞希は苦笑する。
心なしか、メグの顔が前に見たときよりげっそりしている気がする。
「……どうしてそうなったのか、原因は判明してる?」
「そんなの、知りませんよ! 毎日毎日、頭のおかしな人達を相手にしているせいで、こっちまで頭がおかしくなりそうです!」
メグはそのままご飯をかき込み始める。
「うぅ、久しぶりのあったかいご飯……」
「そういえば、メグは一人暮らしなの?」
ここに少し荷物は置いてあるようだが、住んでいるようには見えない。
「ギルドの近くに一人で住んでますよ。でもこっちにも私の部屋があるんで、疲れたらこっちに泊まるんです」
「そっか、今日もお疲れ様」
メグはご飯をひたすら口に入れ、頬をご飯で膨らませている。
「それで、最近のその騒動について、僕達にちょっと思い当たるところがあるんだけど……」
瑞希がそう言うと、メグは一度ご飯を飲み込み、訝しむ表情を見せる。
「冒険者が最近、なぜか荒れくれているんだよね」
「そうですね」
「僕達もその影響を受けてると思わない? ほら、僕、パーティーリーダーに追い出されたんだよね」
「パーティーリーダー?」
メグの不思議そうな声で、メグに話していないことを思い出す。
「……ごめん、会社って言ったのは嘘でさ、僕は冒険者パーティーの一員で、そのリーダーから追い出されたんだよね」
「ふぅん、嘘ついてたんですね」
「ごめん、あんまり言いたくなくて」
「いいですよ、許してあげます」
そう言うと、メグは手を差し出してくる。なんだろうと首を傾げると、「仲直りの握手です」となぜか二人が喧嘩していたようなことを言われてしまう。
「いっ……」
そっと手を握ると、想像以上の力でぎゅっと握りしめられ、瑞希は唸る。
「私、嘘をつかれるのは嫌いです」
「……本当にごめん」
メグはニッコリと笑ってその手を離す。瑞希の手にはうっすらと赤い跡がついていて、相当強い力で握られたのが分かる。
「さあ、説明を続けてください」
案外メグは怒らせたら怖い人だと思いながら、瑞希は説明を始めた。




